作品タイトル不明
――― 正攻法での対処 ―――
暫くは、対応に追われた。 兄上との対話により、様々な方策を模索する。 何度かの書簡の遣り取りの末、私が本邸に出向く事になった。 時間を取って貰い、本邸に向かうと兄上の執務室に連れ込まれた。 じっくりと話をしたいと思召しの様だ。 ならば、私からも良くお願いすべきであろうな。 久しぶりに顔を突き合わせての話し合いとなった。
当然、『割譲』が決定されるとなると、我が騎士爵家だけで対応は不可能となる。 基本的な道すら未整備な場所が存在するのだ。 この嘆願が認められたとすると、上級女伯家に合力を申し出る事で、対処するしかない。 工兵隊を回してもらい、森の端に連なる邑々を繋ぐ街道の整備をお願いしたい。
また、対『魔の森』への各家の備えである軍備は、此方に回してもらう必要もある。 再度、訓練を施し戦闘力を高めねば、対処は難しい。 我が騎士爵家にしても、主力を遊撃化し、問題が発生した場所への急派が出来る体制を整えねば成らなくなる。 我が騎士爵家の主力、遊撃の戦闘力を柔軟に運用せねば、対処すら難しくなる。
一度、解体的な組織改編を経ねば、打診された魔の森浅層域に安寧を齎す事は出来ないと思う。 その旨は、兄上にも伝えた。 書面での面倒な遣り取りは、御免被りたいので時間を造り本邸に帰還した。
兄上は執務室に私を迎えて下さり、話を聴いて下さった。 膝に二人の甥達を乗せながら…… ではあるが、真剣に私の提言を聴いて下さったのだ。 甥達も、その真剣な雰囲気を察知したのか、大人しく兄上と同じように私の言葉に耳を傾けてくれている。 大物になるぞ、この子らは。
「……了解した。 護衛隊はそのままに、主力と遊撃を統合する事を視野に、父上に話をする。 王都でも、その話になるかも知れない。 当事者が揃っているのだ、宰相府が行動を起こさぬ訳が無い。 立場の弱い父上が『諾』と応えるのは目に見えているし、母上が頭を抱えるのは想像に難くない。 遣れるところまで、やってみて…… 合力を上級女伯家に頼むか」
「それが宜しいかと。 降ってわいた天災のようなモノ。 しかし、天災とは違い予告があっただけましと云えましょうね」
「確かにな。 お前にも苦労を掛ける。 だが、半分はお前のせいだからな。 なぁ、息子たちよ、お前達の叔父はトンデモナイ男なのだぞ。 困ったら頼って構わん。 面倒事を押し付けられぬ様に、何か言われたら、この父に云うのだぞ」
「兄上!」
膝の上でコクコクと頷く甥たちの姿に、騎士爵家の未来を見たような気がする。 『御役目』を、どちらかに、引継いでもらおうかと思っていたのに、兄上は拒否したいらしい…… だから、そんな言葉も出るのだ。 御役目の重さと重圧の事を、深く理解されておられるご様子。 可愛い息子たちにそんな重荷を背負わせたくないと、その思いはヒシヒシと伝わってくるのだ。 だからと言って、私に伴侶を強要するのはどうかと思うのだが……
「嫁の当てはないのか? グズグズしていると、母上が何処からともなく引っ張って来るぞ? 既に、色々と選考を始めているらしい。 妻が楽しそうにそう云っていた。 母上の楽し気な表情は、妻の心の薬だからな。 さぁ、どうするんだ?」
「いや、まぁ、あの…… まだ、考える事など……」
「遅いくらいだが?」
言いたい事は判る。 母上が気を揉んでおられると、その事は以前より言われている。 兄上だけでなく、執事長や家政婦長にすら、薄っすらと伝えられている事柄でもある。 だが…… 未だ、私にはわからないのだ。 女性を愛するという事がどういった心の在り方かなのかが。 前世を含め、生涯の伴侶として女性を意識した事が無いのだ。 確かに、この世界では沢山の愛情を頂いている。 そんな中でさえ、私は『愛する』という事が判らないのだ。 常に、凪いだ冷たい心が存在するのを自覚している。 どうやら、私は人として、何かが欠けている…… 『欠陥品』なのだろう。 真顔になり、兄上に心情を吐露する。 これは、真剣に伝えないと、周囲を固められ可哀想な女性が生まれるかもしれないのだ、
「兄上。 正直な話、私には女性を愛するという事が判らないのです」
「誰かに心惹かれたり、恋に落ちたりした事すら?」
「色々と忙しいので……」
「私自身も褒められたモノでは無かったが…… 弟もまた…… 『情緒』が育っていないと、そう云う事か。 爺も、厄介な問題を残してくれたようだな。 ……あのな、弟よ。 恋に落ちるのは何かの拍子。 そこから育てるのが『愛』だ。 それだけは、心に刻んでおけ。 初動で心動かねば、育つモノも育たぬのだよ。 その過程さえ踏まえていれば、後はどうとでもなる。 兄は心配だよ。 あぁ、お前が妻も娶らず、このまま独り身を貫き通したら、可愛い我が子があの森を差配せねば成らんと思うと、夜しか眠れん」
「兄上!!」
冗談を含みつつも、兄上は私の事を強く心配してくれている。 愛していてくれる。 そうなのだ、それは、判るのだ。 ただ…… 自身が誰かを愛するという心情が理解出来ていないのだ。 郷土を愛し、人の平穏な生活を望み、その為に成すべきを成す確固たる信念は持ち合わせている。 私の愛するモノが個人には向いていないという事なのか。 『情緒』と言われるが、私だって喜怒哀楽の感情はあるのだが…… 謂われてみれば、幼少の頃から感情に突き動かされて行動する事が少なかったように思う。 ……やはり、私は、人として『欠陥品』なのかもしれない。
――― § ――― § ―――
兄上に報告と対策の一部を献策した後、『砦』に帰還した。 思い悩む事柄は、何時もの如く多岐に渡る。 『魔の森』の探索、世界の神秘を解き明かす事は、宰相閣下と交わした大切な誓約。 今、真剣に考えねばならないのは、それを阻害する要因の排除と環境の土台作りなのだ。
砦に帰着すると直ぐに副官を呼ぶ。 今後に起こり得る哨戒地域増大に対する思索を共有する為だ。 合わせて各小隊の小隊長である曹長達、そして射手班の班長達にも集合を掛けた。 兵達の集う大広間の一番大きなテーブルに用意するのは、王国北辺を網羅する大きな白地図。 何をするにも視覚化するのは、理解の促進に繋がる事は明白なのだ。
大テーブルに白地図を置き、我が騎士爵家の支配領域を赤インクで囲む。 問題の焦点でもある近隣の騎士爵家が支配領域の『魔の森』の部分を追加で書き込んだ。 北辺の魔の森の大部分を占める程の広大さとなった。 深度は『浅層の森』全域となる様に、印付ける。
王国の東方、西方、南方に比べて、北辺の魔の森の浅層域は浅い。 直ぐに中層の森と呼称される、空間魔力量が跳ね上がる場所に到達する。 東西に長いが、南北には短いのだ。 また、この地域は国境も兼ね、国境守備隊としての役割も負う事になる。 もっとも、魔の森を超える様な外敵は存在し得ないという現実から、主眼は対魔物魔獣戦闘となる事は明白である。
「広いですな」
「あぁ、王国北辺を一纏めにした広さがある。 支配領域の面積から云うと、上級伯爵家の支配領域と大差ない」
「此処を守れと?」
「魔獣、魔物の出現が我が領域以外跳ね上がっている。 それも、我が騎士爵家近隣の地域が顕著なのだ」
「つまり、我等が支配領域から中型がそちらに?」
「そうだな、それが妥当な考え方だ。 離れれば、影響は少なく何とか各家で対処は可能だとは思うのだが、金と人命がやたらと掛かる厄介な御役目をこの際だからと、御一緒されたのだろう」
「傍迷惑な話ですな」
「まったくだ。 だが、根本原因が『我等が精強さ』と言う事でもある。 対処せねば恨みばかりが積み上がるのだよ」
「どうなさいます?」
「兄上とも相談した。 遊撃と主力を統合し、即応隊として再編する」
「……基幹要員と言う事ですか?」
「これだけの無茶を言うのだ、相応に合力と言うか、戦力は拠出してもらう」
「なるほど、あちらの対『魔の森』の戦力を、此方に組み入れるという事ですか」
「それが認められねば、受け入れる事は出来ぬ。 まぁ、その辺りは兄上に丸投げするがな」
「お人が悪い。 しかし、事実でも有ります。 これだけ広大な支配領域ともなれば、人員が全く足りませぬ。 各領の専門部隊をこちらと統合し、鍛え上げ、装備装具を配布し…… やっとですな」
「あぁ。 貴様たちは、その基幹部隊の指揮官となって欲しい」
「おおぉ…… 大出世と言う事ですな」
「対外的に見ればな。 労多く、利少ない、損な役回りだ。 恨まれもするし、嫉妬も受けるだろう。 にもかかわらず、任務は重大。 出来て当たり前。 抜かれれば、その地域の善良な民からも謗られる。 無理強いはしたくないが、頼れるのは貴様たちだけだ。 頼みたい」
「……指揮官殿のお気持ち、嬉しく思います。 なぁ、そうだろ」
副官が、集まった各隊の隊長格の者達にそう伝える。 皆も釈然としないモノを感じつつも頷いてくれた。 頼りにしているのは、本当の事だ。 支配地域の割譲が認められるのは、時間の問題だろう。 北辺の魔の森近くに在する騎士爵家達は、ほぼその対処能力の限界に達している事も又事実なのだ。
一斉に魔の森から魔物魔獣が溢れ出したら…… と考えると、胸が悪くなる。 ならば、その予備行動とも云える現段階で、何らかの手を打たねばならない。 そしてそれが出来るのは我等が騎士爵家であり、目の前の私の部下たちに、真摯に『感謝』を込めた視線を送った。
彼等が居なければ、北辺は魔物の森に沈んでいただろうと。