作品タイトル不明
――― 闇の中の真実 ―――
シンと静まり返った空間。 暖かな寝台。 部屋の窓の向こうには、大きな月が掛かった夜空……
手放した意識が戻ったのは、『砦』の自室だった。 意識が戻らないまま、中層域の森から『 橋頭堡(ポンティス) 』、森の端の『屯所』を経由して、『砦』まで運ばれたのだろう。 睡眠不足も含め、意識が戻らず深く眠っていたのだろう。 目覚めは、今までに感じた事も無い程に爽やかで、身体の調子も 頗(すこぶ) るよいのは、副反応としては最高の出来事と言う他無いだろう。
目覚めた時に、射手班長の彼女が傍らに居た。
「お目覚めですか、指揮官殿」
「あぁ、よく眠れた。 君にも苦労を掛けたようだ。 済まない、そして、ありがとう どのくらい眠っていた?」
「異変後、三日目となります。 過分な御言葉、有難く。 た、ただ、当職は義務を遂行したまでに御座いますので」
「極限状況に於いて、緊急事態宣言を宣し、対処を完璧に成した。 私は、君の職務に対する責任感に賞賛を送りたい」
「勿体なく…… 勿体なく……」
漸く会話が出来る。 あの時に行使していた数々の【魔法】も全て昇華し、今では通常に戻っている。 視界も歪みも無く極彩色に成っている事も無い。 鼓動は規則正しく刻んでいるし、呼吸も何ら問題は無い。 内臓系も多分大丈夫だと思う。 魔力経絡も損傷を受けた様子はない。 試しに、極軽い暗視の術式を刻んでみる。 おかし気な事は何も無い。 強いて言うならば、発動迄の時間が短縮された事と、発動した暗視の魔法が以前よりも解像度が上がっている事ぐらいだ。
暗視の効果で、周囲の様子がよく理解できた。 そして、彼女の両目から滂沱の涙が零れ落ちている事も。 心配をかけたようだ。 もう大丈夫だと云う代わりに、規定通りに護衛隊 衛生兵班長を呼んでもらう。 意識を失った兵に対し、その兵が目覚めた場合における一般処置の一環でもある。 その旨を彼女に伝えた。
「了解であります。 護衛隊 衛生兵班長を御呼びいたします。 本邸、護衛部隊から、衛生兵第一部隊第一班の衛生兵班長殿が此方に詰められておられます」
「兄上にも、この状況は伝わったか?」
「勿論で有ります。 事態の重要性緊急性を鑑み、副官殿が緊急報告を飛ばされておられました。 指揮官殿の意識が戻らば、直ぐに本邸に御連絡をと、そう申し付かっております」
「ふむ…… 兄上にもご心配をかけたな。 悪い事をした」
「本当であります!」
いきなり怒り出す彼女。 まぁ、怒りを感じるのは間違いないだろう。 見ていてくれと言ったのは私だ。 その私が魔力暴走で爆発しそうになったのだ。 責任感の強い彼女は自責の念に苛まれた事だろう。 その感情が怒りに変わるのも不思議な事では無い。 今になって心配が怒りに転化したのだろう。 済まない事をした。 がしかし、このままと言う訳には行かない。 護衛隊 衛生兵班長を呼んでもらう。
――― § ――― § ―――
「貴様は馬鹿か? 馬鹿なのか?」
護衛隊 衛生兵班長の傍らに佇む魔女…… 朋の姿が目に飛び込む。 朋にも心配をかけたようだ。 寝台に身体を預け、護衛隊 衛生兵班長に脈を取られながら朋の罵詈雑言に不思議なモノを感じていた。
「いや、ちょっとした検証なのだ」
「それが、死に至るとは考えなかったのか?」
「まさか、あれ程激烈な反応となるとは思っていなかった」
「貴様、錬金塔で【禁書】を読んで居たのではないのか? なぜ、その結果を想像出来ん。 訳が分からん」
「読んではいたさ。 色々とな。 だが、アレはなんだ? 良く判らんぞ。 魔力枯渇症状が出て、魔力の回復が見られない。 その原因が、装具に塗り込んだ『魔力遮断塗料』かもしれないと、そう思ったのだ。 外部の空間魔力から切り離された状況で、魔力が枯渇する事など、無いと思っていた。 唯一、女性が妊娠した時、胎児と母体間での内包魔力の差により、魔力が移動して魔力枯渇状態が恒常的に発生するとは知っていたが……」
「母上の事象だな。 それは理解していたのか。 ならば、内包魔力の大きい者は、臓器が魔力を糧に活動していると考えは及ばなかったのか」
「有体に云えば、そこまで依存しているとは思っていなかった」
「…………『禁書』故の弊害か。 私も、貴様の依頼をアレコレしている内、その事を思い出して魔法学院へ、その旨を伝え資料を送って貰い精査した」
「そうか。 それは、新装備の開発の為にか?」
「あぁ、あぁ、そうだよ!! その通りだ!! まさか、貴様がそれに先んじ、自身の身を以て検証したなど、信じられるか!! あのな、我ら人とは森の野獣と何ら変わりは無いのだ。 教会はそれを良しとしない。 人とは特別なモノと言う常識で知見を固めている。 それに反する研究など表に出す事すら良しとしない。 だから、アレ等は禁書扱いとなっているのだ」
「判らんよ、その説明では」
深く朋は嘆息を落とす。 論旨の飛躍に気が付いたのか、深い思考の賜物か、朋の双眸に英知の光が溢れている。 研究と開発の一環として、私達の事を深く考えているからこそ、人の在り方まで考察に含めていると云う事の証左に他ならない。 説明を促した私に対し、どこから説明をしてよいモノかと思案に耽る朋。 ある程度、考えを纏め上げたのか、おもむろに口を開く。
「先程も言った通り、我ら人族と魔の森に暮らす獣とは、生物として何ら変わりはないのだ。 これを研究した者達も居た。 魔の森の中で家禽類を飼育して、中から魔獣化した個体があった事は記録に有る。 貴様も知っての通りだ。 濃い空間魔力に晒され続けていると、魔獣化する事は辺境では知られた事象だ。 これに目を付けた研究者もかつてはいた。 対象を拡大し、そこに人も見た」
「ふむ。 それは、思考の段階としては不思議ではないな」
「先人たちは考えた。 辺境域に暮らす者達と、王都近傍に暮らす者達の間に差異は無いのかと。 人を対象とした研究であったから、教会にもその過程を詳しく報告する義務も有った。 そして、見出したのは、人の持つ頑健さの違い。 王都に暮らす者達よりも、基本的に頑健な辺境の者達。 なにより、恒常的に無意識に身体強化を纏っていると、そう結論付けられている」
「それは何かで読んだ記憶がある。 眉唾物だと思っていた」
「只人が魔法を行使する事は不可能だ。 魔法術式を満たす魔力が無ければ、魔法を行使する事は出来ぬ。 だが、魔力は身体に存在する…… 空間魔力が浸潤し、魔力経路に到達する。 身体の中に魔力が回り、各臓器に魔力を供給して行く。 理解出来るか?」
「供給という事については、今回の事で何となく……」
「臓器が魔力を利用する…… そんな現象が散見されたのだ。 過去の知見で云うのであれば、色々と事象が観測されている。 視覚、聴覚、そして、魔法を行使した時に於けるその効果の大きさだ。 王都の低位貴族達が放つ魔法と、辺境の低位貴族達が放つ魔法を比較した実証実験の結果も有った」
「それで…… 違いはあったのか?」
「あぁ、数値化する事が非常に困難を伴う事なれど、対象物を破壊する実験に於いて、王都の者達は魔獣の表皮を貫けないが、辺境の者達の魔法は容易に魔獣の表皮を貫く。 この事一つとってみても、明らかに辺境の者達は、何らかの条件で強化されていると云える。 広大で脅威が常にある辺境では、頑強でなくては生き残れないから、環境条件の違いと割り切られていたのだが、王都から辺境に居を移した者の中にも、後天的に頑強さを得る者が居た事もまた…… 報告されている」
「空間魔力を取り込む事で?」
「ある程度の濃度までは…… だ。 あのように濃密な空間魔力環境下では、それが身体変容の引き金となりかねない」
「…………そうか」
「貴様からの依頼だがな…… その点が難しいのだ」
「と云うと?」
朋の真剣な眼差しに、少々たじろいだ。 錬金塔にて学びを共にしていた頃、このような表情を浮かべる事は稀だった筈だ。 何事にも動じない朋なれど、その実、とても繊細なのだ。 危険を嗅ぎ分ける能力は、他の追随を許さない。 自身が行う実験に関しても、十分安全を確保してからでないと実行しない。 思慮深く、とことん突き詰める朋の性格上、その様な眼差しをするという事自体が、稀なのだ。
だから、少々恐怖の感情が心の中に湧きあがる。
彼をして、ここまでの表情を浮かび上がらせるような無茶を、私が依頼したという事実に……