軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

88 出発

夕方、お城から帰って来たジェフが「ちょっといいか?」と言う。

「いいわよ、どうしたの?」

「マイルズが帰国したそうだね。彼が仕入れてきた情報を俺にも教えてほしい。俺は明日にでも出られるよ」

「……ジェフ? もしかして、屋敷の使用人に私を見張らせていたの?」

半分呆れて苦笑しながら尋ねた。ジェフは目元に笑みを浮かべて首を振っている。

「見張らせるとは人聞きが悪い。俺は愛する妻が心配でたまらないから、来客があったら必ず教えてくれと伝えただけだ」

私は背伸びをしてジェフの顔を両手で挟んだ。ジェフはただ笑っている。

「ジェフったら。そんなことを言ったらバーサたちに嫉妬深くて独占欲の強い男だと思われるわよ?」

「なにを今更。俺は君に関することなら、世界一嫉妬深くて独占欲の強い夫だ」

「もう。胸を張って言うこと?」

さっきまで出発のことを考えてピリピリしていた私が笑ってしまう。ジェフの顔を見上げると、ジェフが深い愛を湛えた眼差しで私を見つめている。

青い瞳の中を覗き込みながら、この人を置いて行くことはどうやってもできないだろう、ジェフはどんなことをしてでも私と一緒に来るつもりだ、と思った。

それに、ジェフの表情には夫婦の感情だけでなく、仲間内の信頼感も感じられる。

この人は夫であると同時に仲間なのだ。仲間なら隠し事はなしだ。もう、諦めよう。私が折れよう。

「わかったわ。マイルズさんが持ち帰ってくれた情報を全てお話しします」

私はレッド・ロビンが集めてくれた情報をジェフに説明した。ジェフは無言で最後まで聞いてから質問してきた。

「元工作員で、今は裏社会に顔が広い闇賭博場の経営者か。護衛の数が多そうだ。君はどうやってそのマチルダを名乗る女に近づくつもり?」

「一番人が少ない時間を狙って彼女の部屋に侵入するつもりよ。闇賭博場の建物が自宅も兼ねているなら、近くからマチルダの生活リズムを調べる。誰にも知られないうちに、ひっそり始末するわ」

「護衛の数はわかっているのか?」

「賭博場営業中はおよそ二十人、それ以外の時間帯は交代で常時十人」

「ずいぶん護衛に金をかけているな。だが君を狙っておきながら、たった二十人か」

ジェフは苦笑している。

「笑い事じゃないんだけど。でもジェフの笑顔を見ていたら、それほどたいしたことじゃないって気になるわね」

「きつい状況で勝利してこそ、武勇伝の誕生さ」

「ふふふっ」

ジェフと話していると、深刻な状況も「やってやる」という闘志を燃やす材料に変わってしまう。さすがは第二騎士団長として部下を束ね、信頼されてきた人ねと思う。

「問題はノンナとイルのこと。私は巻き込みたくないの」

「ノンナとイルは置いて行く。その件は俺に任せてくれ。マイルズが来たと聞いて、手配はしてある。出発は明日の昼すぎ。それでいいな?」

「ええ。いいわ」

そう返事をすると、ジェフリーが片方の眉をキュッと上げた。

「今夜はずいぶん素直だ」

「あなたは夫であると同時に仲間だもの」

「ああ、そうだな。俺たちは夫婦であり仲間だ。仲間に隠し事は無しだ」

「私もそう思ったところだわ。ジェフ?」

「なんだい?」

「必ず二人で帰って来ましょう」

「そのつもりだ。帰ってきたら、俺は羊牧場の主だ」

「いいわね。私は牧場主の妻。楽しい人生になりそうだわ」

ジェフが笑っている私を抱きしめた。

彼の腕の中にすっぽり収まりながら、私の心の中に冷たく青い炎が燃え上がる。

マチルダ・キンバリー。いや、メアリーと言うべきか。もうすぐお前に会える。どうせ今回のことも彼女のくだらない 僻(ひが) みが原因だろう。そんな理由で私を狙ったことを、泣いて後悔するがいい。

翌日、我が家に訪問が相次いだ。

ジェフリーがいつものように城に出発した後、私には修道院から軟膏の増産について相談したいという連絡が来た。

「わかりました。すぐに向かいます」

そう返事をしたすぐ後にエリザベス嬢の家から使用人が来て、ノンナが呼び出された。ノンナはジェフが城に出かけ、私も出かけるのを聞いているから安心してエリザベスの屋敷へ行った。

その直後、エドワード様の妻ブライズ様から「義母の喉がいがらっぽいと言っている。以前イルが調合してくれた薬をまた頼みたい」と連絡が来た。

「イルが作る薬はよほどお義母様の身体に合うようね。私は修道院に向かうから、一緒に乗って行けばいいわ。途中で下ろしてあげる」

こうして全員がバラバラになり、私はイルを送り届けたあとは修道院には行かずにお城へと向かった。全てはジェフの手配で、私も同意した。メモは置いてきた。「用事を終えたらすぐ帰る」と。

仰々しい涙の別れをすれば、一見ノンナを思いやっているように見えるだろう。だが、そんな別れは間違いなく私たちの死を連想させる。来るか来ないかわからない不幸を連想させ、ノンナを怯えさせるのは残酷なことだ。そんな時間は一分でも短い方がいい。

黙って出発した私に腹を立ててくれているほうが、泣いて悲しまれるよりよほどいい。

馬車でお城の平民用出入口に向かうと、門の外でジェフが二頭の馬と一緒に待っていた。

「お待たせしました。すぐに着替えるわ」

「俺の方で荷物は全部用意してある」

「わかりました」

馬車の中で動きやすい服に着替えた。私が馬車を降りると、御者を務めていたリードが笑顔で「お帰りをお待ちしています。お二人だけのご旅行は初めてだそうですね」と話しかけてきた。二人で遠乗りがてら数日の旅行、と伝えたのはジェフだ。

「ええ、そうなの。楽しみだわ。留守の間、家をよろしく頼むわね」

「お任せください。どうぞごゆっくり。よい旅を」

笑顔で見送ってくれるリードに手を振りながら、私たちは馬で出発した。ジェフが用意した馬はたいそう大きく、体力があった。私たちは日没まで移動を続け、夜は手頃な宿に泊まって、日の出と共に移動を開始した。

ジェフとの二人旅は、リードが言っていたように初めての経験だ。

定期的に馬を休ませ、水を飲ませながら私たちも休憩した。

野の小鳥が歌っていて、風が爽やかだ。この旅の目的が本当にただの旅行だったらよかったのに、と思う。

「あなたと二人きりでこんなにずっと一緒に過ごすの、結婚以来、ううん、出会って以来初めてね」

「なんだか新鮮だな。きっと今頃ノンナは怒っているんだろうなぁ」

「そうね……。でもこれでよかったのよ。あの子を巻き込むのだけは避けたかったから」

「ノンナももう十三歳だ。万が一のことがあっても、生きていける」

「ええ……」

「兄夫婦が見てくれる。それは以前から約束してもらっている」

「そうだったわね」

草地に腰を下ろして並んで座っている私の手に、ジェフの大きな手が重ねられる。

「大丈夫だ。マチルダ・キンバリーを始末して帰ろう」

「ジェフ」

「なんだい?」

「輝かしいあなたの人生に、私がめいわ……」

ジェフが口づけてきて言葉を遮った。

「それ以上を言うな。俺は君と出会ったことも、一緒に生きていけることも、全て神に感謝しているんだ」

なにか言えば涙声になりそうで、私はジェフの首に顔を埋め、小さくうなずいた。

天候に恵まれ、私たちは順調に距離を稼いだ。明日はいよいよアシュベリー王国とランダル王国の国境だ。