軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

85 『誰か』

陛下のご提案をジェフが話してくれた。

「クラークが手に入れた傭兵の情報を、まずは陛下に報告したんだ。相手が他国の侯爵なら、陛下に秘密にしておくわけにはいかないからね。そうしたらすぐに兄上が呼び出された。王妃殿下も同席していた」

「そうでしたか」

陛下とエドワード様はどうするおつもりか。

「陛下が君のことを心配なさっていたよ。それで、陛下のご指示で兄上がランダル王国のハロウズ侯爵家に向かうことになった。陛下が信書を持たせてくれるそうだ。陛下は兄上ならこの事態を穏便に収拾できるとお考えだ」

「エドワード様はなんて?」

「兄上は『安心して自分に任せなさい』と」

「そう……」

特殊任務部隊の指揮官が自ら乗り込むのか。

エドワード様なら間違いなく今回の事件を穏便に片付けられるだろう。相手が言い逃れできないだけの証拠を手に入れた上で、ぐうの音も出ないほど圧をかけるに違いない。

だが、私は迷っている。

「私のことでエドワード様にご迷惑をかけなくても、私がなんとか……」

「やめてくれ。それにこれは王妃殿下のご希望でもある。デルフィーヌ様は君に命を救われたことを忘れていない、とおっしゃっていた。それだけでなく、大切な人の命も救ってもらった、だから国が手を貸す、と」

大切な人とは毒殺未遂事件のエリーさんのことだろうか。それとも二人の王子様のことだろうか。

「それはありがたいことだけれど」

「何が不満なんだい?」

「不満ではないの。申し訳なくて。私の過去のツケを、エドワード様に払わせているようで」

「俺の兄は君にとっても兄だ。そしてアッシャー家の人間に危害を加えようとした事件を、アッシャー家の当主が収めに行く。なんの問題もない」

この件を家の問題と考えるのは貴族なら当然、か。

「君の過去についても話題に出た。兄も薄々気づいていたのか、驚いた様子もなかった。その点でも俺はホッとした。今更君を気に入らないと言われても俺は受け付けないけどね」

「そう。わかったわ。では、今回の件はエドワード様に委ねます」

「そうしてくれ。兄上には王国軍から大勢の護衛が選ばれて付いて行くことになっているが、形式はあくまでも私的訪問だ。公的に国が動くよりは、穏便に片付く」

「ええ、そうね」

私の返事の歯切れが悪かったからか、ジェフが私の両手を握り、顔を覗き込んできた。

「君が心配なら、俺も兄上に同行するが」

「ううん。それはいいわ。あなたはそれでなくとも山のように仕事があるんだもの」

「アンナ、大丈夫だ。兄上は徹底して仕事をしてくれるはずだ」

「それはそうでしょうね。……ええ、わかったわ。エドワード様にお願いしますから、ジェフは安心してね」

「はぁぁぁ、よかった。君が『自分のことは自分で片付ける』と言って納得しないんじゃないかと、ヒヤヒヤしていたよ」

ハロウズ侯爵家は私の現在の身分を知らないようだから、一人で乗り込んで自分で片付けたいところだが。ここは大人しくエドワード様にお任せするのが一番なのはわかっている。

エドワード様が送り込まれるのは、事件を表沙汰にすれば、アシュベリーの軍務副大臣の妻をランダル王国の一貴族が襲おうとしたことが大々的に知れ渡るからだ。それでは下手したら戦争になる。

自分の利益を求めて戦争をしたがっている軍人や軍に肩入れしている貴族は大勢いる。彼らはいつでも戦争を始めるきっかけを欲しがっている。

「穏便に済ませるためですもの」

「ありがとう。そう言ってくれて安心したよ」

話はそこで終わり、ジェフは「よかった」と言って自分の仕事を始めた。

翌朝、私はジェフがお城に行ってから羊牧場に向かった。

マイルズさんは牧場の柵を点検していた。彼はおそらく五十代後半か六十前半ぐらいなのに、体つきも動きも力強くて若々しい。

「マイルズさん、お元気そうですね」

「ここで働くようになってから、とても調子がいいよ。今日はなにか用事かい?」

「込み入ったお話と、面倒なお願いで来ました」

「俺はあんたに借りがある。借りを返せるなら喜んで引き受けるぞ。込み入った話も面倒なお願いとやらも、ぜひ聞かせてほしいね」

私とマイルズさんは、羊たちに囲まれながら立ち話をした。ここなら何をしゃべっても誰にも盗み聞きされないから安心だ。

「私の経歴を、もうご存じですよね。その過去の仕事の一つが原因で、誰かが私の命を狙ってきました。傭兵を五十人近くも差し向けてきたのです」

「五十人とはまた。相手はよほどの金持ちか?」

「わかっているのは、傭兵の雇い主がランダル王国のハロウズ侯爵家ということだけです。私が過去に関わったのはその次男。名前はサイラス・ハロウズ。今は平民になっているそうです」

「今は平民の元貴族、それも侯爵家か」

「サイラスが生きているのか死んでいるのか、もし生きているなら、その居場所と交友関係を調べてほしいのです」

「俺はその手の調査や人探しは素人だぞ?」

私は小さくうなずいて、話を続けた。

「ランダル王国にその手の情報を集める専門家がいます。私の知り合いです。いつもは依頼の手紙とお金を小荷物で送って、手紙で返事を受け取るのですが、その方法では結果を手に入れるまでに何か月もかかります。なので、彼女の家までマイルズさんに行ってもらいたいのです。無理にとは言いません。断ってくださっても文句は言いません」

「行くよ」

マイルズさんが即答した。

その決断の素早さに感謝して、私は頭を下げた。

「ありがとうございます。彼女が情報を手に入れてくれるまで、ホテルで待っていてくれれば大丈夫です。他の人にはとても頼めない用事なので、こうして勝手なお願いに来ました」

「俺が会いに行く人は、あんた個人の情報屋なのかい?」

「はい。組織には所属していない、一匹オオカミの情報屋です」

「大切な持ち駒だろうに、ずいぶん俺を信用してくれてるんだな」

「六年前、マイルズさんが私に近づいた目的を疑ったことはありますが、マイルズさんの人柄を疑ったことはありません」

私の言葉を聞いたマイルズさんは、しばらく空を見上げ、私に視線を戻した。

「俺を信用して頼みごとをしてくれてありがとう。これでだいぶ俺の後悔が軽くなる」

「マイルズさんは頼まれて私を見張っていた。それだけのことです。私がノンナを連れて国外に逃げたのは、私の事情です。マイルズさんが後悔する必要はありません。後悔は毒にしかなりませんよ?」

「……そうだな。後悔は確かに毒だ。その件、引き受けた。安心して待っててくれ。今日にでも出発しよう」

「ありがとうございます。よろしくお願いします。修道院には私のほうから話をしておきます。『マイルズさんの妹さんが病気なので、様子を見に行った』これでいいですか?」

「ああ、わかりやすい。それで頼む」

私はサイラスの年齢と外見の特徴を書いたメモ、ランダル王国の情報屋の住所を書いたメモ、情報屋に依頼する内容を書いた手紙を渡した。

情報屋への手紙は、万が一マイルズさん以外の人の目に触れてもいいように暗号を使って書いてある。

マイルズさんはそれらを受け取ると、牧場管理人用の建物に向かった。すぐに出発するつもりなのだろう。

私は修道院の院長にマイルズさんが留守になることを伝え、家に帰った。考えるべきことがあった。

十三年前、十九歳だったサイラスは、イーガル・ハグル間条約の内容を、条約が締結されるずっと前に不法な手段で読み、書き写した。報酬として大金が提示されていたらしい。

サイラスは仕事を終えた解放感から酒に酔ってその話を私に自慢した。「俺が書き写した紙きれ一枚に、金貨五百枚の価値があるんだ」と言っていた。

サイラスが深酔いして眠っている間に、私はその紙と一緒に消えた。

サイラスは一年後に貴族の身分を奪われた。サイラスはよく口封じされなかったと思う。

ハロウズ侯爵家が、よほどの力を使ったのだろうか。

サイラスを動かしたのは、イーガルとハグルが手を結ぶことを危険視したランダル王国の人間だろう。ハグルの特務隊がサイラスの雇い主を探したが、大元を特定することはできなかったと聞いている。

「もしかしたらランダルの国王が知らないところで、かなりの大物が動いた可能性がある」と、当時ランコムは言っていた。

サイラスは末端の実行犯にすぎなかった。

私がずっと引っかかっているのは、私一人を殺そうとするのに傭兵を五十人も雇ったことだ。

私はサイラスの前で、自分の戦闘技術を見せたことは一度もない。もちろん腕前を匂わせたこともない。

サイラスは私を大人しくて愛想がいいだけの田舎貴族の娘と思っていたはずだ。

そんなサイラスの実家が、私一人を殺すためになぜ傭兵を五十人も集めたのか。

私の戦闘能力を知っている『誰か』が、今回の件に絡んでいるとしか思えない。

エドワード様なら、きっとハロウズ侯爵家にある小さな害意の芽さえも完璧に摘み取ってくるだろう。

だが、『私の実力を知っている誰か』を探り当てることまでは無理な気がする。

傭兵事件は、表から見えないところに本当の理由が隠れているはずだ。

かと言って、私がエドワード様に頼んでその『誰か』を探ってもらうことは論外だ。

そんなお願いをしたら、『弟に迷惑をかける厄介者』と認定されて、私が排除されかねない。私がジェフの妻でいられるのは、私が抱えているマイナスよりもジェフの幸せのほうが大きいとみなされているからだ。

「こんなに迷惑をかけるのなら、いっそいないほうがジェフのため」と判断されたら最後、私とノンナはどうなることか。エドワード様とアシュベリー国王という、とんでもない実力者二人がジェフを大切に思っている。

それを忘れてはならない。

そしてジェフが兄と国王の『ビクトリアが有害なら排除する』という考えに気づいたら、彼は全てを投げ捨てて私とノンナを連れて他国へと逃げ出すだろう。

それは最後の手段にしたいし、あの二人から逃げきるのは難しい。

私のためにジェフが兄と母と国を捨て、一生逃亡生活を送るような事態は避けなければ。

さて。

私を始末しようとした『誰か』は傭兵を五十名も使って、なにがなんでも、確実に、私を消したかったはずだ。

その『誰か』がいる限り、ハロウズ侯爵家を抑え込んでも、第二第三の刺客が放たれるだろう。いつかはノンナも狙われるに違いない。

だから私は私と家族を守るために、その『誰か』のところへ出向くつもりだ。

私を消そうとしたのなら、自分が消されることもまた、覚悟してもらおうか。