軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

66 人事一新

エバ様はとにかくその『大変なニュース』を話したいらしい。

侍女がお茶を淹れて下がるまで、ずっとそわそわしている。旦那様のマイケル・アンダーソン伯爵様が目でたしなめていなければ、侍女がいてもしゃべり始めそうな雰囲気だ。

「ジェフリー、お帰り。君のおかげで我がアシュベリー王国は戦争を回避できたようなものだ」

「マイケル、大げさだよ。俺はただの案内役だったんだから」

「いや。使節団の連中もクラークも言っていたよ。一触即発になったとき、『あの戦争を再び始めたいのか。どんなに力の差がある戦争だって、こちら側が無傷なんてことはないんだ。その戦争に自分と息子が参加する覚悟がある者だけが、戦いを語るべきだ』と言って皆を落ち着かせたそうじゃないか」

ジェフが酸っぱいものを口にいれたような顔になる。

「ああ、言ったな」

「誰も反論できなかったそうだね」

「皆、『ひと粒の 金(きん) さえもスバルツに渡すものか』と目の色を変えていてね。俺は前回の戦争でどれだけの兵士が死んだか、思い出してほしかったんだ。会議の参加者の中で、あの時の戦争に参加していたのは俺だけだったから」

「ジェフおじさんの言葉で冷静になった人が多かったんです」

クラーク様の言葉にうなずきながら、アンダーソン伯爵が私に説明してくれる。

「結局、あの一帯を『聖なる地』として守ってきた森の民に敬意を払うと言う形で、かなりの金額をスバルツ側に渡して、手を打った。それに文句を言うやつはいたが、元はと言えばジェフリーが金鉱を見つけなければ、我が国はなにも手に入れられなかったんだし」

「欲をかきすぎてもね……。火山が生み出した金なのに、『この線からこっちで出たものはうちのもんだ』と言い張って戦争になるのも馬鹿馬鹿しい。金で命を守ったと思えばいいさ。我が国はずっとそうやって戦争を避けてきたんだから、それでいいんだよ」

そこでついに我慢できなくなったエバ様が会話に割って入った。

「ねえ、あなた、あの話をしてあげてよ」

「エバ、そう急かすな」

「だって」

「マイケル、あの話ってなんだい?」

ジェフに尋ねられて、アンダーソン伯爵が「まだ確定したわけじゃないが」と前置きして口を開いた。

「ジェフ、君に軍務副大臣の役職が与えられそうな流れだよ」

「はあっ?」

お行儀の悪い声を出したのはジェフだが、私も心の中で(なんで!)と叫んでしまった。子爵になりたてほやほやのジェフが要職である軍務副大臣?

「なぜ……」

「嫌ねえ、ジェフもビクトリアも。ここは喜ぶところじゃないの。大出世だわ。ジェフは副大臣になれば、子爵から伯爵になるのも時間の問題じゃないの?」

「エバ、俺は子爵の地位だって欲しくて手に入れたわけじゃ」

ジェフが本気で迷惑そうな顔をしている。私のことを隠しておきたいジェフにとって、そんな要職に就くのは迷惑なのだろう。伯爵が嬉しそうな顔で続きを引き取る。

「軍務大臣は引責辞任した。副大臣は処刑される。慣例で言えば三番目のキャラハン伯爵が大臣になる。だがそこから先に問題がある」

アンダーソン伯爵様の説明では、軍部の三番目のキャラハン伯爵は五十五歳。これから軍の組織を立て直し、二度とあのような反乱を起こさせないよう周知徹底しつつ末端まで目を光らせるには、歳が行き過ぎている。六十歳で引退することは規則だから、たった五年しか残されていない。

「よって、三番目のキャラハン伯爵は五年間限定の軍務大臣となり、ジェフリーが副大臣として長期計画で軍の立て直しを担ってもらおうという意向のようだ」

「意向って、誰の?」

「陛下とコンラッド王太子だよ」

「ああ……コンラッド殿下か……。いや待て。マイケル、では、キャラハン伯爵が引退した後は?」

「繰り上がりでジェフリーが軍務大臣になる流れだろうね」

「ね? すごい大ニュースでしょ?」

エバ様の鼻息が荒い。私は頭の中で人物関係と地位を図にして考えている。

エドワード様が特殊任務部隊の長で、ジェフリーが軍務大臣? 兄弟でそっちを両方固めちゃうの? それ、この国の動きをかなり支配することにならない?

「宰相も引退することになって、後任はヘインズ伯爵に決まった。いろいろと一新するから、ジェフもやりやすくなるさ。今までの宰相は特殊任務部隊の長と兼任で、さぞかし心労が絶えなかったんだろうな。かなり体調が悪いようだ」

特殊任務部隊のマイクさんは、私の身元のことは宰相も王族も知らないことだと言っていた。

つまり、この国の宰相が特殊任務部隊の長というのは肩書だけで、実際はエドワード様が実権を握っているということだろう。

ますますとんでもないことなんじゃ?

陰で特殊任務部隊の実権を握る兄。

表で軍の実権を握る弟。

外務大臣のアンダーソン伯爵はアッシャー兄弟のいとこの夫。

権力が偏っているにもほどがある。

「陛下のご指名で宰相になられるヘインズ伯爵は、ヨラナ様の息子さんだけど、ヨラナ様とは違って人当たりがいい方なのよね、あなた」

「ああ、そうだよ。穏やかで顔が広くて、ああ、そういえばエドワードとも親しかったんじゃないかな」

エドワード様って、聞けば聞くほどこの国の全方向にクモの巣を張り巡らしていそうな。いや、義理の兄なのに、クモの巣は失礼か。

私がそんなことを考えていたら、人事の話に退屈したらしいノンナがクラーク様に話しかける。

「クラーク様、お土産は?」

「あるよ。僕の部屋に置いてある。見に来る?」

「うん!」

二人はあっという間にいなくなった。

それを見送ってジェフが口を開く。

「俺は断るよ」

「断れないさ。コンラッド殿下は『軍務副大臣は是非ともジェフリーに』と繰り返していらっしゃった。あの熱心さに逆らえるだけの人間も根拠もない」

「なんてことだ」

ついにジェフが頭を抱えてしまう。呆れるエバ様とマイケル様。私も頭を抱えたいけれど、微笑みを浮かべてジェフを眺めるだけにした。

帰りの馬車でもジェフは無言。途中で隣の私の手を取り、真剣な顔でこんなことを言う。

「なにがあっても君が姿を消すことは許さない」

「ジェフ……」

「君のことだ。俺のために、なんて理由で姿を消しかねない。俺は以前も言ったはずだ。君のためなら爵位なんてどうでもいい。貴族の身分を捨てることだって迷わないよ」

「ジェフったら。姿を消したりはしないわ。落ち着いて」

「お母さん、私もお父さんと同じ気持ちだよ。私はこの国が好き。この国で生きていきたい。私はお母さんを守りたいけど、この国を出たくはないよ」

「うん?」

「え?」

ノンナが真面目な顔で私たちを眺めている。

「ノンナ、私はどこにも行かないけれど、なにかあったの?」

「私、クラーク様に正式に婚約を申し込まれたの。返事は私が十六歳になったら聞かせてほしいって」

私とジェフが絶句する。二人が二階に行っていたのは二十分ほどだったろうか。あの間に? ノンナがほんのり頬を桃色に染めて、真剣な口調で話をし始めた。

「クラーク様はこの国を平和で安全で、繁栄する国にしたいんだって。そして、私とお母さんが二度と逃げ回らないで済むよう、守りたいって言ってくれたの。そのために出世して権力を持つんだって。今回使節団に立候補したのは、最初の一歩だって言ってくれた」

「……」

私の胸に込み上げてくる熱い塊。うっかり口を開いたら泣いてしまいそう。

「私とお母さんがシェン国に行ったとき、クラーク様はそう決めたんだって」

「そうか……クラークがそんなことを」

「クラーク様ったら……」

口を閉じていても涙がこぼれる。

クラーク様はそんなふうに思ってくれていたのか。

誰も私を知らないこの国で、ひっそり生きていくつもりだった。けれど、いろいろな人とのつながりが生まれて、私はこの国の一部になりつつある。

初めてランダル語の授業をしたときのクラーク様は、自分に自信のない、控えめな少年だった。あの線の細い少年が、今はノンナと私を守ろうとしてくれている。そのために出世の階段を上ってやると頑張っている。

「ありがたいわね」

「うん。それでね、これを貰ったよ」

ノンナがドレスの胸元から細い銀の鎖を引っ張り出している。

それはシンプルな銀の鎖の先に、銀の丸いプレート。真ん中に小さなガーネットらしい赤い石が埋め込まれている。

「これ、クラーク様が文官のお給料で買ったんだって。スバルツに行くことが決まった日に急いで買ったんだって。もし話し合いが上手くいかずに戦争になって死ぬことがあったら、私に渡してほしいって、手紙と一緒に机の中に置いて行ったんだって」

「そう……」

それを手のひらに載せて眺めながら、ノンナが私に向かって晴れ晴れと笑う。

「こんなに私を思ってくれる人、断れないと思ったの。クラーク様は文官の下っ……新人だから、もっと偉くなるまで何年もかかるよって言ってた。そもそも私がまだ十二歳だしね」

突然ジェフが「くっくっく」と笑い出した。ここは笑うところ? と感動に浸っていた私が驚いて隣のジェフを見たら、「笑ったりしてごめん」とジェフがまだ笑いながら言う。

「ノンナが結婚の話はなかったことにすると言ったとき、クラークは諦めていないだろうと思ったが、やっぱりかと思ってね。こうと思ったら諦めない俺の母方の、フィッチャー家の流れを汲むだけのことはあるな、と思ったものだから」

はぁ、と息を吐いて、ジェフが話を続ける。

「それにしても、ノンナが十六歳になるまであと四年もあるのに。返事をそこまで待つというのはすごいな。他の令息に横から持っていかれるとは思わないのかな」

「ああ、それは……」

私は思わず苦笑する。

おそらくクラーク様は、ノンナのことを他の令息に譲る気はない。ノンナに近寄る男子を全員排除するお覚悟なのだろう。

「それはたぶん大丈夫なんじゃないかな」

「ん? お母さん、なんでそう思うの?」

「内緒」

私は窓の外を見る。

アシュベリーの豊かさを表す王都の街並み。

ここが私の新たな故郷になるのだ。ジェフが軍務副大臣になろうとも、私はジェフと離れるつもりはない。

「まあ、どんと来い! ってところなのよ、クラーク様は」

(そして私もね)と思いながら私はノンナの顔を見る。

「ああ、そうだわ、ノンナ、羊牧場の責任者になった人が、あなたに会いたいと言っていたわ。羊たちがすっかりその人に懐いていたのよ。その人にぐりぐり頭をこすりつけて甘えていたわよ」

「えっ! 羊たちめ。私からは逃げてばかりなのに! なにそれ、悔しい。行く! 明日牧場に行く!」

「ええ、行きましょうか。驚くことがあるわよ」

「ふうん。よし、久しぶりに明日は羊に触りまくる!」

「あっはっはっは」

逃げまくる羊と悔しがるノンナの姿が見えるようで、私は大笑いしてしまう。