軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

50 大人たちの決断

「ノンナ、その恰好はどうしたの? しかも歩いて来たのね?」

「ヨラナ様、お願いがあります」

「珍しいこと。あなたが私にお願いだなんて」

「シェン国に行く前、ヘインズ家のご当主は偉い人だってスーザンさんに聞きましたけど、今も偉いですか?」

ヨラナ・ヘインズはノンナが孫娘のようで可愛くて仕方ない。だが、ノンナの可愛さにほだされるほど甘くはない。

「私の息子に、なにを頼みたいのかしら?」

「お城で働きたいんです」

「だめよ」

「……やっぱり」

「ノンナはまだ子供だもの。私の息子がお城で子供を働かせたことが発覚したら、息子が責任を取らされます。だからだめ」

「そうですか」

意気込んで訪問したときとは別人のように 萎(しお) れたノンナを見て、ヨラナは微笑ましい気持ちになる。

「息子には頼めないけれど、私のポーカー仲間の娘が女官長を務めています。お城のことなら聞いてあげられるわよ」

「わっ。ありがとうございます!」

「だけど。なぜあなたがお城で働こうと思ったのか、正直に話すことが条件ね」

「ん-」

「そのくらいはいいでしょう」

「ん-」

「ノンナ、覚えているかしら。『望みのものをただで手に入れようとすれば』?」

「『かえって対価は高くつく』ですよね」

「よく覚えていました。それが貴族社会の基本よ。たとえノンナでも交換条件は出させてもらうわ」

「ん-」

「ビクトリアのこと? それともジェフリー? まさかクラーク?」

「……」

「なるほど。ビクトリアのことなのね」

「なんでわかるんですか? あっ!」

ヨラナ夫人が楽しそうに笑う。

「誘導されるようではまだまだね。ビクトリアがどうかしたの? できる限り力になるから話してごらんなさい。また他国の偉い人に追いかけられているの?」

「そうじゃないと思います」

「どうしてそう思うのかしら?」

「ヨラナ様、ここで私が話したこと、お父さんに内緒にしてくれますか?」

ヨラナ・ヘインズは即答しなかった。可愛いノンナの願い事を聞いてやりたいが、大人としての責任がある。

(ここは、ジェフリー・アッシャーに言わないってことだけを守ればいいかしらね。ずるい大人でごめんなさいね、ノンナ)

「わかった。あなたのお父さんには何も言わないでおくわ。で、どうしてお城で働きたいと思ったの?」

「お母さんが国の依頼で二か月間働くことになったんです」

「ふむ。国の依頼ねぇ」

「私、お母さんが心配です。お母さんが引き受けた仕事がなんなのか知りたい」

「あなたがビクトリアのところに行けば、むしろ足手まといになるかもしれないわ」

「それは……お母さんがなんの仕事をしているかにもよりますけど。自分の目で確かめて、お母さんが安全そうならすぐに家に帰ります」

「安全そうじゃなかったら?」

「お母さんの近くにいて、守ってあげたい」

「それは無理ね。さっき言ったでしょう」

即答されてノンナの顔が再び元気を失う。

「お城は関係者以外が気軽に出入りできる場所じゃないわ。出入りするごとに許可証を見せなきゃならないの。万が一ノンナが不正な方法でお城に潜り込んだりしたら、あなたの両親は罰を受けることになる。場合によっては両親だけじゃ済まないわ。エドワード様も、クラークとその両親もよ? あなた、それだけの人に迷惑をかけてまで確認のためにお城に行くの? やめなさい。割に合わなさすぎる。そもそも、ビクトリアの働く場所がお城とは限らないでしょう」

少し考えてうなずくノンナ。

「そう言われたらそうですけど」

「働く場所はお城どころか王都ですらないのかもしれない。でもね、ビクトリアがなにを頼まれたのかを調べることはできるかもしれない」

「本当ですか?」

「ええ。調べてあげる。必ずわかるかどうかは保証できないけれどね。だからあなたはおうちに帰りなさい。そして私からの連絡を待っていなさい」

「わかりました。ヨラナ様、よろしくお願いします」

ノンナは唯一頼れる人に丁重に頭を下げ、ヘインズ家の馬車に乗せられて家まで送り届けられた。

バーサは「いったいいつの間に外出なさったのですか!」と驚き、その件はジェフリーに報告された。問い質されたノンナはジェフリーに「一人で街に遊びに行った」と答えてこってり叱られてしまった。

一方ヨラナ夫人はすぐに二通の手紙を書いた。

一通は三十年来のポーカー仲間に。もう一通はエドワード・アッシャーに。

※・・・※・・・※

エドワード・アッシャーは帰宅してから手紙を受け取った。

普段は付き合いのないヨラナ・ヘインズ元伯爵夫人からの手紙を読み、しばらく固まる。

「危ないところだった。あの子は腕前だけは工作員並みのようだから。ヨラナ様が知らせてくれて助かった。ビクトリアとノンナの絆の強さを甘く見過ぎていたな」

グンター・バールと名乗っている男のこともある。王太子妃毒殺未遂、反王室派の監視、金鉱脈が見つかったことで活発になりつつあるスバルツ王国軍の動き。やるべきことは山ほどある。今ここでノンナに邪魔をされるわけにはいかない。

手紙を読み終え、エドワードは妻のブライズを呼んだ。

「はい、あなた。どうしました?」

「ブライズ、君に頼みたいことがあるんだが」

「あら、お珍しいこと。なにかしら?」

「ジェフリーにはこれから相談するんだが、ノンナを我が家で二か月間預かろうかと思うんだ。ちょっとビクトリアが忙しくてね。あの年頃の女の子の扱いは、ジェフリーだけでは心許ないと思うんだよ」

ブライズは夫に頼みごとをされるのは結婚以来初めてで、(これはよほど大切なことなのね)と思ったが何も質問しなかった。

ビクトリアがノンナを心から可愛がっていることはわかっている。彼女がノンナを二ヶ月もジェフリーに任せる仕事というなら、余程のことだ。それがどんな仕事なのか話せることなら夫は自分に説明しているだろうし、細かいことを説明しないなら言えない事情があるのだろうと判断した。

「あなた、安心して私にお任せくださいな。ノンナと暮らすこと、楽しみだわ」

「すまないね。助かるよ」

話を聞いて驚いたのはジェフリーだ。

「兄上、ノンナを預かるって、どういうことです?」

「ノンナは城に働きに行こうとしたらしいぞ。ビクトリアが留守にするんだって? ノンナはビクトリアが城にいると思い込んでいるようだが」

「城に? 働きに?」

ノンナがそんなことを考えていたのは驚いたが、あの二人の結びつきの強さを思えばノンナの行動はあり得ることだ。ジェフリーは唇を噛む。そして兄に今回の件をなんと説明したものか、と考え込んだ。

「私は君たち夫婦が決めたことに口は出さないよ。用事が終わればビクトリアは帰ってくるんだろう? だが、その間にノンナが勝手なことをしたらお前がお咎めを受ける。ここはブライズがノンナの面倒を見るよ。安心しなさい」

「ノンナは俺がしっかり面倒を見るつもりでしたが」

「あの年頃の女の子の扱いは難しいぞ? それに目を離せばまたなにをするか。ジェフ、ブライズに任せてくれないかい?」

「ノンナに聞いてみてからでもいいでしょうか」

「もちろんだ」

自分の部屋で何度も読んでいる冒険小説『地獄からの使者デル・ドルガー』をパラパラとめくっていたノンナは、ジェフリーから話を聞いて驚いた。

「なんで私がエドワード様の家に行くの? 今日黙って外出したから?」

「兄はノンナを心配しているんだよ」

「アシュとベリーは?」

「猫たちも連れて行けばいい。兄も義姉も猫は好きだよ。母もね。それと、俺の母の話相手をしてくれると助かるんだが。ブライズは俺の母の世話を自分でやっているんだ。使用人に任せてなくてね。二ヶ月だけでもノンナが母の話相手をしてやってくれたら、ブライズは助かると思うぞ」

ノンナはビクトリアから『ジェフリーのお母様は、昔つらいことがあったの。心が悲しみに耐えられなくて壊れてしまったそうよ。だからお会いしたときには優しくして差し上げてね』と言われたのを思い出した。

(お母さんの役には立てなさそうだし、せめて伯母さまとお祖母様のお役に立とうかな。二ヶ月もイライラしてお母さんを待ってるの、嫌だし)

「わかった。アシュとベリーを連れて行っていいなら」

「そうか。では明日からでいいか?」

「うん、いいよ」

こうしてノンナと猫たちは二か月の間エドワード・アッシャーの家に預けられることになった。

これが思いがけない結果を生むのだが、それはまた先の話となる。

※・・・※・・・※

エドワードはジェフリーから了承の返事を受け取り、安堵のため息をついた。

ここまでひた隠しにしてきたビクトリアに影を頼んだのには理由がある。

「王太子妃の食事に毒が仕込まれるのはとんでもない事態だ。王家のすぐ近くまで敵の手が及んでいる。宰相はもう、対応しきれないのだろう」

宰相が体調を崩しているのはだいぶ前から気づいていた。

国の内向きは宰相が、対外的な事案には自分が対応してきたが、宰相はそれがもうできない状態ということだ。宰相に配慮して手を出さずにいたが、王家を守り切れなくなってからでは遅い。

デルフィーヌ様は身長百六十五センチ、たいそう細い。

体格はどうやってもごまかせない。鍛錬を欠かさない工作員がそこまで細いことは稀だ。

その体格で腕がある女性工作員は三名。

そのうち、二名は年単位で他国に潜入している。今彼女たちを戻すことは、膨大な手間と費用が無駄になるだけではない。いきなり姿を消す者がいれば、不審を招く。聖フローレン祭が終わってから新たにその立場に誰かを送り込むのは、容易ではない。

こうした事態を想定して国内の仕事を与えていたルナは使えなくなった。

更に悩ましい問題がある。

二十年近くアシュベリーは戦争に参加していない。それは工作員たちの功績も大きいのだが、近年は特殊任務の予算を減らす流れが強くなっている。

「特殊任務に予算を使うより、目に見える軍備増強のほうが他国を牽制できる」という意見だ。そして予算は年々減らされている。潜入工作員を呼び戻して大金が無駄になる案は却下だ。

エドワードはジェフリーたちへの情よりも国の平和を選び、ビクトリアを使うことに決めた。

(すまない。ジェフ、ビクトリア)

エドワードは、声に出さずに謝った。