軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

30 彼を怪しんだ理由

マイクさんが王城の文官という建前で我が家を訪れている。ジェフリーも同席して、今は私と三人で声量を抑えめで会話中だ。

「ビクトリアさんは、いつザカリー古書店が怪しいと思ったんですか?」

「初めてあの店に入った時からです。私でもわかるような高価な古書を無造作に本棚に並べているのに、それより価値が落ちる本を書棚に入れていました。それも、偽造された古書と一緒にです。由緒ありそうな店なのに変だなと思ったので、知り合いの酒場の店長にザカリー古書店のことを尋ねたのです」

私が古書店のことを尋ねた時、ザハーロさんは表情を曇らせながらこう話をしてくれた。

『あの店は何代も続いていた古書店だったが、突然店主がいなくなったんだよ。一年くらい前かな。ご近所同士親しく付き合ってたつもりだったのに、何の挨拶も無しだった。しばらくして、親が残した借金を踏み倒して逃げたという噂を聞いたよ』

「偽造された古書。親の借金。どちらも修道院で聞いた話と同じ匂いがすると思いました」

「なるほど。それで?」

「なので頻繁にあの古書店に行って、わざとらしく毎回扉付き書棚の中を確認していたのです。グッドウィル商会の摘発の時、野次馬の中にザカリーがいたんです。彼は我が家の馬車をジッと見てました。私と摘発の関係を疑ってザカリーが声を掛けてくるのを待ってました」

「アンナ、その段階で俺に話をしてくれるべきだったよ」

それは私も散々迷ったのだ。

「ごめんなさいジェフ。ザカリーがあの日に行動に出ると知っていたら、あなたにも声をかけたんだけど。いつになるかわからない事に、あなたを毎日付き合わせるわけにはいかないでしょう? それにジェフが一緒だとザカリーは私に近寄らないだろうし。それではいつまでたっても事件が解決しないから。家を追われた人たちがいつまでも救われないと思ったの」

「敵が五人もいたそうじゃないか」

「五人だけよ。結局はノンナが全部片づけてくれたわ。全く危なげなくね。シェン武術は実戦的だったわ」

ジェフリーに笑顔を向けて謝った。

「ごめんなさい。次は必ずジェフにも声をかけます。だからそんなに落ち込まないで」

マイクさんとジェフリーが私を『困った人だ』という目で見る。

「ジェフ、なにかしら?」

「次も誰かに狙われるのが当然みたいな言い方はやめてくれ」

「あ、ああ、今のはうっかりよ。例えばの話」

「でも、ええと、ちょっと待ってくださいね、ビクトリアさん」

マイクさんが目をつぶり、頭の中を整理している様子。

「グッドウィル商会の摘発にあなたが関係していること、ザカリーが気づかない可能性もあったのでは?」

「必ず気づきますよ。だって私、これはと思う怪しい本の匂いを何冊も嗅いでましたもの。ザカリーは私を見ないようにしながらも窓ガラスを使って私が匂いを嗅いでいるところをいつも見てましたから。窓の外に日よけ用のシェードを深く下ろしていたのは、窓ガラスを鏡の代わりに使う目的もあったのだと思います」

マイクさんが「はぁ」とため息をついて私を見た。

「それ、全部わかってて古書店に通ってたんですか。危ないなあ。でも、ノンナさんがあれだけ強いからむしろ安心、ですかね。表向きは私があいつらを捕縛したことになってますが、奴ら、口を揃えて言ってましたよ、『恐ろしいほど強い小娘にやられた』って。まあ、彼らは詐欺の件数も多いし貴族まで餌食にしていたので、下っ端でも十年は強制労働ですよ」

それを聞いてホッとした。

「では少なくとも十年は私もノンナも安心ですね」

「今回は本当に助かりました。偽造契約書の主犯が誰なのか把握しかねていたんです。グッドウィル商会の人間は、人を介して命令を受けていたそうで。誰もザカリーのことを知らなかったんです」

「用心深い人だったのですね。でも古書の価値を知らないことが命取りに」

「いえ、ビクトリアさん、あなたと出会ったことがザカリーの命取りになったんですよ」

マイクさんがやっとお茶に口をつけ、「そうだ」と何かを思い出した様子。

「バーナード氏から回って来た暗号文書、やっと解読できたんですよ。エルマーはハグルの工作員だったんですね。暗号の仕組みがハグルの古いものと気づくまで私の仲間が苦労してました」

「あら、そうなんですか」

「そうなんですかって、ビクトリアさんは解読済みだったんでしょう?」

私は曖昧な微笑を浮かべるだけで何も答えなかった。

「エルマーはビクトリアさんに似てますよね。組織を抜け、運命の相手と巡り会って、幸せな人生を送ったところがそっくりだ」

「そう、でしょうか」

「そうですよ。それと、バーナード氏が出版に関わったエルマーの未発表作、もうすぐ書店に並ぶそうですよ。私もエルマー・アーチボルトのファンなので楽しみです。あ、そうだ、今後密かに私に知らせたいことがあったら、ヨラナ夫人の裏隣の家に。以前マイルズ氏がいた家です。今は私に連絡を取れる者が家を借りて住んでいます」

マイクさんは笑顔で帰って行った。

夫婦で寛いでいたら、コンコン! という音がして、私とジェフリーが一緒にドアを見た。ノンナが開いているドアのところにいた。

「お父さん、これからは私がいるから、お母さんのことは心配しなくても大丈夫」

「小さい勇者は活躍したそうだね」

「うん。カン先生のお弟子さんたちに比べたら、あの人たちの動きはとても遅かった」

「ノンナ。お前が怪我をしたら俺もアンナも苦しむってことを忘れないでくれよ」

「わかった。気をつけるね。それとお父さん、お母さん、私、ペットを飼ってもいいかな」

そうだ、うっかりしていた。もうノンナに犬でも猫でも育てさせてやれるのだった。

「ああ、いいぞ。世話は自分でするんだよ」

「はあい」

「何がいいの?犬?猫?それとも小鳥?」

「猫かな。エリザベスの家の猫が可愛いんだけど、私には懐かないの。私に懐く猫がほしい」

「そう。では子猫の貰い手を募集している人を探しましょうか」

「うん!」

こうして偽造契約書の事件は一件落着した。

数日後にバーナード様がエルマーの未発表作品を持って我が家に来てくださった。

「おめでとうございますバーナード様。エルマーの未発表作品だなんて、各国のエルマーファンが大喜びですね」

「エルマーの未発表作に関われるなんて、長生きはするものだな。これも全てビクトリア、君のおかげだよ」

「バーナード様の研究がなければたどり着けなかったことですわ」

バーナード様は発売前の真新しいエルマーの小説を私に贈ってくださった。

笑顔で受け取ったけれど、正直を言うと、私はこの本を読むのが少し怖い。

夜、ジェフリーが私の寝室に来た。とても心配そうな顔をしている。私はずっと笑顔を心掛けていたけれど、きっとジェフにだけは隠しきれなかったのだ。

「アンナ、どうした?伯父が来てからずっと表情が暗いぞ」

「ジェフ」

「言いたくないことか?」

「そうじゃないけれど、私の勘が当たっていたら、あの本にも暗号が隠されている気がするの」

「あの本にも? どうしてそう思うんだ?」

ジェフリーは椅子に腰かけている私の向かいに腰を下ろし、私を見ている。私は自分の書き物用の机の上に置いてあるエルマーの小説『長い旅の終わり』を見た。

バーナード様に羊皮紙の束を渡す前、ざっと読んだその小説は、冒険小説というより、冒険家が長い旅の終わりに穏やかな暮らしをしながら、愛する女性と暮らした過去を懐かしむ、という内容だった。女性はもう亡くなっている前提で。

「エルマーはこれをなぜ壺に入れてあの森の家に隠す必要があったのかしら。本にしないで重大な秘密を書いた暗号文と一緒に入れておくことに、なにか意味があったんじゃないかしら」

「意味、とは? 俺は暗号には詳しくない。君はどう思うんだい?」

ジェフリーが立ち上がり、私の隣に身を寄せるようにして座った。

「あのエルマーの遺言状を読み解けた人だけが『長い旅の終わり』に隠された暗号文を読めるよう、わざと壺に隠しておいたんじゃないかと思うの。広く世間に知られたくはない、でも誰かに聞いてほしい、そんな気持ちで」

「それで?」

「あまりに秘密が多い人生を生きたエルマーは、神の庭に行く前に、抱えた荷物を下ろしたくなったのではないかと思ったの。私、自分がエルマーだったらと想定してみたわ。我が子にも自分と妻の正体を隠していたエルマーが、最後に何を書いたのだろうって」

ジェフリーがそっと私の肩に手を置いてくれた。その手の温かさがありがたい。

「私がエルマーなら。誰かに聞いてほしくて、でも、秘密が次の秘密に連なっているから誰にも何も話せないとしたら。遠い将来のいつの日か、誰かが読んでくれたらいい、という気持ちで本に隠して書いたかもしれない。私がエルマーなら、ね」