軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

143 誘拐事件の結末

朝早くにお城から呼び出しの手紙が届いて、授業の前にデルフィーヌ様のお部屋に駆け付けた。

デルフィーヌ様は普段、背筋をスッと伸ばして座っている。いつ人に見られても完璧なお姿なのだけど、今朝は違った。ひじ掛けに右肘をついて、手に顎を乗せて入り口を見ていた。私と目が合うと、小さくうなずいた。お肌に血の気がなく、いつもよりお顔が白い。

「朝早くから悪かったわね。でも、この後は公務が詰まっていて」

「私は早起きです。お気になさらないでください」

「父から陛下宛てに手紙が届いたわ」

密書の形でコンラッド陛下に届けられた手紙には、誘拐事件の顛末が書かれていたそうだ。

アシュベリー側から提供された情報を基に、イーガル王国の侯爵クロヴィス・グリムヴァルドは厳しい尋問を受けた。クロヴィスは一連の悪事を自白し、屋敷の使用人もその事実を認めたため、クロヴィスと妻は「貴族として著しい失態があった」という曖昧な理由で処刑。成人していた二人の子も同じく。近しい親族は爵位を大きく下げられた上で領地の交換。

「正式な裁判は開かれなかった。裁判で事件を公にすると、国として謝罪し、償わなければならない。さらわれた子供たちが平民だったからと、重鎮たちから内々に済ませるようにという強い要望があったからよ」

「さらわれた少女たちの行方はわかったのでしょうか」

「クロヴィスは少女が成長すると売り飛ばしたの」

思わず目を閉じた。どこに売られたかは聞かなくてもわかる。

「父が使える手をすべて使って探しているけれど、さらわれた少女の数は全部で十一人。生きて見つかったのは、今のところたった三人。劣悪な環境で病死したり、絶望して命を絶った子もいたの。私は……」

そこで言葉が途切れた。デルフィーヌ様は唇を噛み、両手を握りしめているけれど泣かなかった。

「人間は醜い生き物ね。私は現実を何も知らずに生きてきた。それが今、とても恥ずかしい」

「いいえ、デルフィーヌ様。醜い人間もいますが、美しい生き方をしている人間もおります」

「そうなのでしょうけど、今回、醜い生き方をしている者が権力を持っていた。きっとクロヴィスだけではないわ。もっと他にもおぞましいことをしている貴族がいるはずよ」

「デルフィーヌ様、人間に絶望しないでください」

デルフィーヌ様が私を見た。初めて見る気弱そうな目だ。

「この世界に善人だけの国などないのです。悪人だけの国もありません。完璧な善人に見える人が黒い心を隠していることもありますし、とんでもない悪人の中に優しい心が隠れている場合もあります」

優しく善行を積んでいた人が、陰でまさかと思うような汚いことに手を染めていたことを知っている。私が潜入してその悪事の証拠を見つけ出し、暗殺部隊が事故に見せかけて処分したことも知っている。

「私たちが生きている世界は、白か黒かには分類できないのです。人にはいろんな顔がありますから」

「それが世間を見てきたあなたの考えなのね」

「はい。私が見てきた世界はとりわけ汚い部分でしたが、それでも私は人間に絶望していません。こうして平民の子供たちのために苦しむ王妃様がいらっしゃる。デルフィーヌ様は、私にとって光であり希望です」

「こんな私が、希望?」

「はい。 私の命より大切な娘は、デルフィーヌ様が照らしてくださるこの国で生き、結婚し、子を産み育てるでしょう。デルフィーヌ様がこの国を見守ってくださる。そう思うだけで、娘を世の中に送り出す不安が和らぎます」

うつむいて私の話を聞いていたデルフィーヌ様が立ち上がり、私に近づいた。そして立ち上がった私を強く抱きしめた。

「少しだけこうさせて。誘拐事件の真相を知って以来、自信がなくて心細いの。私は安全な場所で、美しいものだけに囲まれて育った。そんな私が善き国母となれるのかしら。現実を知れば知るほど、根拠のない自信が消え去っていくのよ」

「もうすでに、デルフィーヌ様は善き国母でいらっしゃいます。私も抱きしめてもよろしいですか?」

「お願い」

細いデルフィーヌ様のお体を抱きしめ、「私がおります。デルフィーヌ様が不安なときはいつでも駆け付けます」とささやいた。しばらくしてデルフィーヌ様の腕の力が緩んだ。

「不思議ね。あなたは友人なのに、時々母親みたいに感じる。陛下にさえ言わないようにしている弱音も、あなたになら言える。こんな私でも、あなたの友人でいさせてもらえるかしら」

「もちろんです」

ドアがノックされ、外から「公務のお時間でございます」と遠慮がちな声がかけられた。デルフィーヌ様がスッと背筋を伸ばして「今行くわ。そこで待っていて」と答える。その声と表情から、弱気な雰囲気が一瞬で消えていた。どこから見ても聡明で芯の強そうな王妃様だ。

私はデルフィーヌ様の後から部屋を出て、養成所の生徒たちが待っている厩舎の二階へと向かった。

「先生! おはようございます!」

「おはよう」

厩舎の二階で最初に声をかけてきたのはパーシーだ。私が教官になった初日に私の腕前を怪しみ、体術で勝負した男の子。今ではすっかり私に懐いている。

「今日の授業は一限目が変装の授業、二限目は体術の授業です」

「わ! 先生の体術の授業を受けられるんですか?」

「ええ。と言っても、私はベン先生の助手です。容赦なく投げ飛ばす助手かもしれませんよ。覚悟して臨んでください」

子供たちが「やった!」「楽しみ!」「ケイト先生とベン先生、どっちが強いのかな」と騒ぎ出した。

「静かに。変装の授業を始めます。今日はカツラの扱いについて、詳しく教えます」

子供たちにカツラとバレない使い方、カツラの管理方法、カツラの作り方を簡単に伝え、「自分でカツラを作りたい人がいたら声をかけてください。詳しい作り方を教えます」と締めくくった。

続く二限目ではベン先生に投げ飛ばされる役だ。

硬い石畳に投げ飛ばされた時の身の守り方、地面に叩きつけられた時の勢いの逃がし方を実践して見せた。

ベン先生が全く手加減しなかったので、私も全力で身を守った。

何度投げ飛ばされても素早く立ち上がる私を見て、子供たちが目を丸くしている。容赦なく投げ飛ばされる様子に、怯えを含んだ視線を向けてくる子も少なくない。ベン先生が息を乱し、額の汗を拭っている。

「さすがですね。ケイト先生、生徒たちにこの練習で学ぶべきことを伝えてやってください。ただ『すごいなあ』で終わっている生徒がいるようです」

私は生徒たちの前に立ち、息を整えてから微笑んだ。

「体に加わる衝撃を逃がし、生き延びる隙を探す。どんなに不利な状況でも、絶望に身を委ねない。死なないために受け身は大切です。叩きつけられた衝撃でクラクラしていたら殺されてしまいます。私が教えることはすべて、あなたたちが死なないための技術だと思ってください」

その後は二人一組になって投げ飛ばし、起き上がる練習が続いた。ベン先生と私は子供たちの間を回り、注意する。

授業が終わり、生徒に質問をされているベン先生より先に教室を出ようとした。

汗だくの生徒たちに「また明日会いましょう」と声をかけて背中を向けると、「ケイト先生、ありがとうございました!」と子供たちが声をかけてくれた。

私は振り返り、(がんばれ)という気持ちを込めて、一番華やかに見える笑顔でうなずいた。