作品タイトル不明
134 パーシーと腕試し
五十代のふくよかな女性から派手な服装の三十代の女性になった私を見て、生徒たちが驚いている。
私は静かに今日の授業の目的を説明した。
「人を見かけで判断するとどうなるか、わかってもらえたでしょうか。対象の人物が三十代と思い込んでいれば、目の前を五十代に変装した人が通り過ぎても気づかない。追跡は失敗です。自分たちだけが特殊な技能を習っていると思ってはいけません。私たちが相手にする人もまた、訓練を受けている場合が少なくないのです」
生徒たちが私を見る目が一変していた。
「私は自分にぴったり合うカツラを作るのが好きです。暇があるときにカツラを作るのが趣味だった時期もありました。瞳の色は変えられませんが、髪の色は変えられます。髪の色を一番の目印にするのは危険です。そのうちカツラの作り方も教えます。合っていないカツラは『私は変装をしている人間ですよ』と相手に知らせているようなものですからね」
生徒たちの目がキラキラしている。
「さて、暗号は解けましたか? 解けた人は手を挙げて」
四人が手を挙げ、その生徒たちに答えを聞いたが全員が間違っていた。
だから貼った紙の挿絵を示しながら暗号の解き方を説明した。
「知ってしまえばとても簡単な暗号です。見え透いた誤字の罠に引っかかってしまわないように。この暗号は百年ほど前に考え出されたもので、今はもっと複雑な暗号が使われています。暗号の作成と解読はイタチごっこです。なので、暗号の解読は専門家に任せた方がいいかもしれませんね。私は趣味でとりくんでいました」
「趣味……」
あちこちから声が漏れた。
「さて、暗号の話はいったん置いて、変装した時の声の出し方、しゃべり方について説明しましょう」
そこから先は全員が真剣に話を聞き、ノートを取っていた。
老けた声の出し方を教えたところで授業は終わりになった。
「次回は同じ文章を貴族風、庶民風、訛りを入れた場合、裕福な商人風、貧しい地区の育ちを匂わせる話し方を教えます。では今日の授業はここまで」
教室を出て歩き出したら、背後から複数の足音。振り返ると数人の生徒が「ケイト先生!」と言いながら私を追いかけてきた。
「どうしたの?」
「先生、今日の授業、とても面白かったです!」
「変装ってあまり興味がなかったんですが、一気に興味を持ちました」
「ふふっ。ありがとう。そう言ってもらえると、私もやる気が出るわ」
そこで歩き出そうとしたら、ずっと無言だった少年が口を開いた。
「変装を見破られたことはありますか?」
「変装を見破られたことはまだありませんが、情報を探っている最中に怪しまれたことはあります」
「そのときはどうするんですか?」
「相手が襲ってきたら、戦います」
少年がほんの少し笑ったような。
「先生みたいな華奢な人ががっしりした男に襲われたらどうするんですか? 逃げるんですか?」
なるほど。まだ「お前のことは信用してないぞ」と言いたいわけね。
「大男には大男向けの戦法がありますね。でも私はそちらを指導する許可を得ていないの」
「なんだ」
他の訓練生たちが(やめなよ)と言うように批判を含んだ視線を送ったが、少年は怯まない。どうしても私を否定したいらしい。
「マイクさんに許可を貰ってきてくれるなら、体術であなたを倒して見せますが」
「へえ。じゃあ、今すぐ許可を貰ってきます!」
少年はそう言うなり駆け出した。残っている子供たちは「パーシーったら」「あいつはいつも先生たちに反抗的だよな」などと言い合っている。そういうタイプは納得すれば従順になるものだ。
待っていると、少年が駆け戻ってきた。
「許可を貰ってきました。次が体術の訓練なので、鍛錬場を使っていいそうです」
「では今から行きましょうか」
私がそう答えると一緒にいた子供たちは「大変だ。みんなに知らせなきゃ」と言って教室に戻っていく。
鍛錬場は隣の厩舎の上だそうで、パーシーが先導してくれた。
隣の厩舎の階段を上ると、もう子供たちが集まっていた。この時間の教員は? とみるとマイクさんと五十代の男性が待っていた。
「マイクさん、本当にいいんですか?」
「ええ。こちらは体術の教官のベンです。彼もあなたの腕前を見たいそうですよ」
「あら。では張り切らなければなりませんね。服装はこのままで結構ですので、さっそく始めましょうか」
遠慮や謙遜は時間の無駄だ。スカートとブラウスのまま鍛錬場の中央に立った。
私の相手をするパーシーは、指をポキポキ鳴らしながら手首足首を回している。
事前に渡されていた資料によると、パーシーは十六歳だ。身長百七十五センチ、体重は五十八キロくらいか。
彼の前に立ち、右手で一度「いらっしゃい」と合図した。腕に覚えのある者には結構屈辱的な合図だろう。
案の定、カッとなったらしいパーシーが拳を構えて突っ込んできた。
それを直前で左に避け、避けながらパーシーの背中に右の肘打ちを入れた。
パーシーは背中を押された形になり、慌てて踏みとどまろうとする。その瞬間に私は肘打ちした勢いを使って回転し、左手でパーシーの左腕を掴む。
パーシーが振り返って反撃する前に足払いをかけた。
仰向けにドオンと倒れたパーシーのみぞおちに軽く右の拳を当てた。本当に体重をかけた拳を入れたら、失神するか呼吸ができずに苦しむことになるので軽く当てるだけ。
「体格差があっても、スカートを履いていても、相手の動きを読んで対応すれば問題ありません。パーシー、立てる?」
手を差し出すと屈辱か怒りかで赤い顔をしているパーシーが、私の手を無視して立ち上がった。
「自分の命を守るためと思って、体術の訓練を真剣に受けてください。今私がナイフを持っていたら、パーシーは死んでいました。ではこれで失礼します」
生徒たちには笑顔で、マイクさんと体術の教官ベンさんには会釈をして階段を下りた。
マイクさんは目元が笑っていたが、ベンさんは「ほう?」みたいな顔で見送ってくれた。
なかなか充実した初日だった。
次回の授業に備えて、第三騎士団が使っているカツラがどんなものか、確認しよう。諸制度維持管理部に行けばいいのかしらね。
歩いていると背後から声をかけられた。
「夫人!」
「あら、ミルズ。どうしたの?」
「さすがですねえ。カッコよかったです! 今度、俺とも組んでください」
「体術の練習のこと?」
「はい!」
「考えておきます。そうだ、第三騎士団が使うカツラを見せてほしいのだけど」
「それでしたら衣裳部屋にご案内いたします」
ミルズは会うたびに身長が伸びている気がする。筋肉もついてきていて、歩き方が若干格闘家のようになっている。
「ミルズ、歩き方が素人じゃなくなってるわ」
「しまった。マイクさんに二度も注意されたのに。気をつけます」
苦笑しているミルズと共に、私は「衣裳部屋」なる場所を目指した。