軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

13 崖の裂け目

翌朝、朝食の時に昨夜見つけた石積みの場所の話をすると、ノンナとクラーク様が駆け出して見に行ってしまった。ノンナはもぐもぐしながら興奮した顔で戻って来た。

「ノンナ、食事中なのに」

「ばっふぇ、おふぁあはん、ふいにみふふぇはんはね!」

「ノンナったら。お行儀が悪すぎる」

「先生、ノンナは『だってお母さん、ついに見つけたんだね』って言ってるんです」

「それはわかってます、クラーク様」

なんだかんだでクラーク様はノンナに優しい。

そこからは急いで朝食を終えて、積まれている石を四人で移動させる作業に入った。石を上から取り除いていくと、トンネルというには狭すぎる空間、言うなれば『崖の裂け目』が見えた。

さらに、半分も石を外さないうちにとんでもない物が見えてしまった。人間の骨だ。骨は全部そろっていて、ボロボロになった服も着ている。骸骨は二体。壁にもたれかかっている者と裂け目に横たわっている者。

子どもたちには待つように言ってジェフリーと私が先に入り、骸骨を調べた。

どちらも胸に大怪我をしている。剣で切られたような傷が肋骨にあった。

「なかなかの太刀筋だな」

「そうね。肋骨も斬られてる。苦しむ暇もなく死んだかもしれないわね」

「お母さん、私たちも入っていい?」

「怖くないのならいいわよ」

ノンナが近寄って骸骨を見る。平気なのか。クラーク様はカリカリと手帳に記入している。

「お母さん、これのことかな、『勇気を持て』っていうの」

「そうかもね。あれを見てごらん」

私は裂け目の奥に視線を向けた。

裂け目の奥、薄暗い中に骸骨になった遺体がまだ三体もあった。全部で五体。いったいここで何があったのか。

皆で骸骨の近くまで中に入り、奥を見てみた。真っ暗だ。相変わらず風は来るが光は見えない。

「五体の服装はどれもこの辺りを聖地にしていた民族の服装ではないな。むしろアシュベリー、ランダル、ハグル。そういう服装だ」

「行けるところまで行ってみましょうか」

「中はかなり狭い。ここに人は来そうもないから荷物は置いていこう」

私たちは狭い裂け目の中を中腰になって進んだ。裂け目は狭くて、横を向いてグリグリと身体を壁を擦りながらではないとすり抜けられないような場所が数えきれないほどあった。

天井が低くて、かなりの中腰で進み続ける場所も多かった。しかもずっと上り坂。

この四人の中で一番つらいのは身体が大きいジェフリーだろう。でもジェフリーは皆を気遣って励まし続けてくれる。

私の足腰背中の筋肉が悲鳴を訴え、脚の筋肉がパンパンになった頃。予想通り、出口はあった。しかもどうにか人が通れる大きさだ。

今、私たちは全員で仰向けに倒れている。慣れない姿勢で歩き続けてみんなが疲れていた。

「お母さん、大丈夫?」

「ええ。ノンナとクラーク様は無事?」

「私は大丈夫!」

「僕も大丈夫です」

私たちがいる場所は奇妙な景色だ。周囲は左右にゆるく弧を描きながらそそり立つ崖。崖に囲まれた丸く広い円形の土地は、まるで巨大なスープカップか洗面器のようだ。崖はほぼ垂直に近い。裂け目はあの壁を貫いていたらしい。

「あの裂け目がここまで続いていたことに感謝ね」

「何箇所か狭かったから、服が汚れちゃったけどね」

確かに全員の服が土まみれだ。

「ジェフ、ここって」

「火口の中だな」

「ここ、アシュベリー王国では知られているの?私は知らなかったわ」

「火口があるだろうということは聞いていたけど、ここに入った人の話は聞いたことがない。ほぼ垂直な崖を登ってみようという奇特な人間がいなかったんだろう。違法な植物を育てる連中でさえ、例の民族に襲われるからという噂を信じて、あれ以上奥には入ったことがないらしい」

「聖地を守る民族はまだこの辺りを守っているのかしら」

「奴らはそう考えているようだったが」

「お母さん、ここに王冠があるの?」

「どうかしら。でも、わざわざ裂け目を隠す理由は何かしらあったのでしょうね」

クラーク様がまた熱心に手帳に書き込んでいる。

ジェフリーが私の背中や腿をほぐすようにさすってくれた。自分が一番つらかったでしょうに。

それが当然のことのように私たちを守ろう、労わろうとするジェフリーが愛おしかった。彼が隣にいることが心から頼もしい。

私は二十八歳でジェフリーと結婚するまで、誰かに命を預ける、守ってもらうなんてことは愚かなことだと信じて疑わなかった。

でも今、ジェフリーのことは爪の先ほども疑わずに済む。その心強さは言葉に表せないほど大きい。

ジェフリーに背中をさすられている私の腕に、ノンナがそっと手を触れてきた。

「お母さん」

「なあに」

「私、シェン国でいっぱい鍛錬したのは、今日みたいな日のためだったんだと思う。ここでもしここを守る人たちに襲われたら、私がお母さんを守るよ」

「ノンナ。ありがとう。でも子どもを守るのは親の役目よ」

「それでも。私がお母さんを守るから」

「先生、僕も頑張ります」

「みんなありがとう。みんなでここに何があるのか調べなくちゃね」

皆で火口の中へと降りる。火口の中には様々な種類の低木が茂っている。どれも高さは二メートルか三メートルくらい。鳥の声も聞こえた。

全員で周囲の景色や足元を見ながら歩いていたらチョロチョロと流れる細い湧き水を見つけた。ノンナが感心して覗き込む。

「山の頂上にも湧き水があるんだね」

「おそらく火口の中に降った雨を土と木が蓄えて少しずつ湧き水にしてくれているんじゃないか?」

ジェフリーが手ですくって少量を口に含んだ。

「刺激はない。むしろ美味い水だよ。だが、一度にたくさん飲むな。あとから具合が悪くなる場合もあるからね」

みんなでひとすくいずつ湧き水を飲んだ。

「染み渡る美味しさね、ジェフ」

「甘い気がする」

「ノンナ、それは気のせいだよ」

「ほんとだもん。クラーク様だってそう思ったくせに」

みんな水で元気を取り戻したようだ。

さて、ここに王冠とやらがあるのだろうか。

「ねえ、みんなで考えてみましょう。王冠と言う名の何かがある場所はここで間違いないと思うの」

「でもお母さん、木と草と岩以外はなーんにもないよね?」

さて。王冠とは何の例えなのだろうか。

とりあえず大型の肉食獣はいなさそうだと判断して、各自が自由に歩き回ることにした。崖に囲まれているから声は届く。なにかあれば駆けつけられる。

あっという間にノンナは遠くに走って行き、クラーク様はノンナの後を追うようにして歩いて行った。

私とジェフリーは裂け目の出口から中央部分を目指して緩い傾斜を下った。

低木が生い茂る火口の中心部には、大小様々な大きさの岩や石がゴロゴロしている。ほとんどが白っぽい石や岩だ。

遠くではノンナがひょいひょいと大きな岩に飛び乗ったり飛び降りたりしながら進んでいる。なぜあの子はあんなに元気なのか。

「食べられるものがあればいいのにね! クラーク様!」

「ほんとだね! ノンナ」

離れた場所を歩く二人の大声が聞こえてくる。

二人の間には、もう帰国した当初のぎこちなさが無い。一緒に語学学習をした頃の仲良しさんに戻っている。

ふと子どもたちの方を見ると、ノンナが何かを手でこすってからポケットに入れていた。

「どうしたの? 何か面白い物でも見つけたの?」

「なんでもない。大丈夫」

「そう。あんまり私たちから離れないでね!」

「はぁい」

結局、これといった成果もなく、そろそろ壁の向こうに戻ろうか、という時間になった。ジェフリーが子どもたちを呼び戻して今後の計画について説明した。

「もう少ししたらいったん引き揚げよう。昼ご飯を食べてからまた探検にくればいい。荷物を持ってくるには裂け目が狭すぎるから、拠点はあちら側に置く。今夜は野営だな。雨が降ってきたら裂け目の中で眠る。骸骨と一緒だが」

子どもたちはまた離れた場所で木の枝を折って地面を掘ったり、石を動かしたりし始めた。

私はジェフリーにずっと考えていたことを話をした。彼に黙ってやるのは嫌なことだったから。

「あのね、ジェフリー。壺に小説が書かれた羊皮紙が入っていたって言ったでしょう?あれには滝にぶつかるまで北上しろという指示の他に、意味不明な文章が書いてある羊皮紙が一枚あったの。これよ。見てみて。多分、『失われた王冠』より難しい暗号じゃないかと思うの」

ジェフリーにポケットから意味不明な文章が書き記されている羊皮紙を渡した。ジェフリーはしばらくそれを眺めていたが、「俺には全く理解できない」と言って私に返した。

「アンナ、それで?」

「これを、クラーク様に渡す前に私が解読したいんだけど」

「そうすればいいと思うが。誰にも文句を言う権利はないだろう? 君が本の暗号を解読したんだし、壺だって君とノンナが見つけたんだ。別にクラークに渡す必要もないよ。バーナード伯父にお土産にしたっていいんじゃないか? 伯父はきっと大喜びするぞ。好きにすればいい。それの所有権は君にあるよ」

「あなたは? 嫌じゃないの? 妻が暗号を解くのが大好きだなんて」

ジェフリーはノンナたちを見ていた目を私に戻して、なんとも言えない優しい顔をした。

顔が整ってる上に愛情のあふれるいい表情だ。五年も一緒に暮らしているのに思わず見惚れてしまう。ジェフリーは年をとっても恰好いいお爺さんになるタイプの人だと思う。

「君は君の好きなことをやるべきだ。俺は君が暗号を解く時の表情を見てみたいと思ってるよ。真剣に暗号を解いてる時の君はきっと美しい表情をしてるはずだからね。俺の妻はなんて魅力的なんだろうって、惚れ惚れするに決まってるさ」

「ふふふ。ノンナが聞いたらまた呆れた顔をするわよ」

「呆れさせておけばいいさ。そしていつの日か俺と君が二人で仲良く並んで墓に入ったら『私の両親は、呆れるほど仲良しだった』って、誰かに言うだろうさ」

ちょっと想像してみた。この人のお墓の隣に私のお墓。

うん、とても落ち着くではないか。この人生を終えてもこの人の隣にいられるなら、年老いて死ぬことさえ恐ろしくはないと思ってしまう。

「この際だから、君に正直に言っておくが」

「なあに?」

「俺はいつも君に愛想を尽かされないようにするのに必死だよ。いつだって君の近くにいたいし、誰かに君を取られたくない。そして君にもっと愛されたいと願ってる」

「ジェフ……」

「ふふっ、言葉にするとかなり恥ずかしいな」

そこまで言ってからジェフリーは片手で顔を隠した。

聞いている私も自分の顔や耳が赤くなるのがわかった。

この人と出会って共に生きるために、私の今までの人生はあったのだ、と最近よく思う。でもジェフリーにはまだ言っていない。そんな甘い言葉は内緒にして、いつかここぞと言う時に伝えるつもりだ。