軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

101 周旋業者のエイブラム

『エイブラム 周旋(しゅうせん) 業』と書かれた黒い木の看板の下に立ち、ザハーロさんが私とイルに注意をする。

「エイブラムはなかなか食えない男で、王都の職業周旋業者の総元締めみたいな立場なんだ。エイブラムのご機嫌を損ねると、手に入る情報も入らなくなる」

「すみません、俺はこの国のマナーに詳しくないから、気をつけるべきことがあったら教えてください」

「まず、エイブラムを年寄り扱いしないこと。二つ目、エイブラムの話を遮らずに最後まで聞くこと。三つ目、勧められた飲み物は飲み干すこと。最低この三つは守ってくれ」

「それは僕の国でも同じです。安心しました」

「待って、三番目の飲み物に、怪しげな薬は入ってないわよね?」

ザハーロさんが苦笑した。

「怪しげな薬はないと思うが、どえらく不味い健康茶が出るような気がする。とにかく飲み干せ。どんな味でも嫌な顔をするな」

「わかったわ。さあ、行きましょう」

案内されて個室で待つ私たちの前にエイブラムがやって来た。七十代の愛想のいい、大人しそうな老人だった。痩せて顔にシワが多く、白く短い髪が豊富。目はいつも笑っているように垂れて細い。

互いに挨拶をしたあと、エイブラムはザハーロさんの顔を見て目をいっそう細くした。

「ザハーロは大きくなったなあ。元気にしていたかい?」

「おかげさまで元気ですよ。身体は十八歳からこっち、大きさは変わっていません。今日はエイブラムさんにお願いがあっておじゃましました」

「可愛いザハーロの頼みか。なんだろうなぁ」

「若い女性を捜しています」

エイブラムが真顔になったところで従業員の女性がお茶を持って入ってきた。銅のカップに茶色の液体がたっぷり入っている。

「さあ、飲んでくれ。私の大好きなお茶だよ。おふくろも飲んでいた思い出の味だ」

「では遠慮なく」

ザハーロさんがゴクゴクとひと息に飲み干した。私もそれを見習って一気に飲み干す。途中で猛烈な苦みと渋みと青臭い香りにむせそうになったが、平静を装って飲み終えた。

(イルは?)

隣の席のイルに視線を向けると、イルは味わいながら飲んでいた。

「この味、この風味。とても懐かしいです。よければお代わりをいただけますか?」

「ほう。お若いの、お国はどこかな」

「シェン国です。実家は薬の製造販売をしています」

「おお、シェン国か。実はこのお茶はシェン国から取り寄せた薬草茶だよ。そうかそうか、これはお前さんの家で作ったものかもしれないね」

「おそらく。味が我が家の健康茶と同じです」

そこから先は、エイブラムの機嫌が目に見えてよくなった。頃合いを見て「この娘さんを捜しています」と絵姿を見せると、何も言わずにジッと見つめる。

「金色の髪に紫の瞳、十七ね。この絵姿に覚えがあるぞ。ええと、まさか大公様の六女、サブリナ・アシュベリー様が行方知れずなんじゃあるまいね?」

そう言いながら私を見る。温厚そうな細い目の奥に、老人らしからぬ強い光が見えた。

それにしても、相手が当主ならともかく六女の外見まで覚えているとは。ザハーロさんが感心したような声でエイブラムを褒めた。

「さすがだ、エイブラムさん。そこまで頭に入れているんだな」

「大公様の家の下働きを選んで送り込んでいるのはうちだ。周旋する仕事が洗濯やゴミ捨てみたいな雇い主の目に触れない仕事であっても、周旋先のご家族は全部覚えるようにしている。そうか。こりゃちっとばかり大ごとだな。うちの従業員にもうかつに話せない」

「そうなんです。そのサブリナ様が婚約者のお屋敷から姿を消しました」

「そりゃまた。サブリナ様の婚約者はワーズ侯爵家の御嫡男だったな」

エイブラムは束の間考え込み、それからイルを見た。

「坊や、一緒に来て俺の目の代わりをしちゃくれないか。代読してほしい書類がある。俺の目はもう、 霞(かすみ) がかかって細かい字が見えねえんだ」

「お任せください」

イルがエイブラムの後ろについて、部屋を出て行った。

「こりゃ驚いた。エイブラムが資料部屋に会ったばかりの人間を入れるなんて、初めてじゃないかな」

「資料部屋にはどんな資料があるの?」

ザハーロさんにだけ聞こえるように尋ねると、彼はさりげなく部屋の壁を眺めながら一周して戻ってきた。

「盗み聞きしている人間はいないように思うが、どう思う?」

「少なくとも覗き見している人はいないと思う。でも話をするなら、窓の外を眺めながらが安全ね」

二人で並んで窓の前に立ち、私はどの方向からも唇を読まれないようにハンカチを口の前に当て、小声で尋ねた。

「ねえ、ザハーロさん、もしかしてエイブラムさんて裏社会の人と繋がっていたりする?」

ザハーロさんが塩辛いものを食べたような顔になった。

「若いころのエイブラムは周辺各国で名の知れた泥棒で、なにかのきっかけでスッパリ足を洗ったらしい。そして今でも古い屋敷や城の隠し通路や隠し部屋の情報を集めるのが趣味だと言っていたな。とんでもなく高い金を払って集めているとかなんとか。そしてその手の図面を眺めながら酒を飲むのが楽しみなんだそうだ」

私が暗号を見つけると解かずにいられないようなものだろうか。

一瞬、七十歳になった私がお茶を飲みながら暗号を解いている場面を思い浮かべてしまった。ものすごくあり得る未来で、苦笑してしまう。

「なに笑ってるんだよ。この話は絶対に内緒だ」

「わかってるわ。笑ったのは他のことよ。だとしたらイルが代読しに行ったのは、ワーズ侯爵家の隠し通路の地図ってところかしらね」

「そんな気がするな」

しばらくして目をキラキラさせたイルと、満足そうな顔のエイブラムが戻ってきた。

「奥さん、いやあ、この子は賢い。気に入った。イル、いつでも遊びに来な。俺が相手でよけりゃ、なんでも教えてやるぞ」

「はい。ぜひお邪魔させてください」

「ザハーロ、俺は仕事に戻る。必要なことはこの坊やに教えておいた」

「ありがたい。このお礼は後日」

「礼なんぞいらねえよ。お前は俺の恩人じゃねえか。今度酒を付き合え。それでいい」

エイブラムは笑顔で出て行き、私たちは急いで馬車へと戻った。イルがすぐさま報告してくれる。

「ワーズ侯爵家からサブリナ嬢が脱出した出口の場所はわかりました。それと、その場所に詳しい人物の家も教わりました」

「サブリナ嬢が姿を消したのは一ヶ月も前だけど、今さらそこへ行って追跡できるかしら」

「まずはそこからたどってみろと言われました。その出口を管理している男に事情を話せ。と」

私たち三人を乗せた馬車は、『隠し通路の出口を管理している男』の家を目指して進んだ。

到着した場所は深い森で、三百メートルほど先にワーズ侯爵家の堂々たるお屋敷が見える。

そこは使われなくなった枯れた井戸。

私が覗き込むと井戸の底からかすかに風が吹きあがってくる。

「普通なら井戸から風は吹いてこない。ここが出口なのは間違いないようね」

「じゃあ、ここを管理している男の家ってのはどこだ?」

「もしかして、あれ?」

イルが指さす方を見ると、一見 小山(こやま) のように盛り上がっている地面があった。三人で足音を忍ばせて近寄る。私とイルは音を立てずに進めるのだが、街育ちのザハーロさんは山歩きには慣れていない様子。

「すまん!」

小声で謝る彼には離れて後ろを歩いてもらい、私とイルは並んで進む。

小山のように盛り上がっているのは間違いなく家だった。正方形に近い家の屋根は地面近くまで伸びており、そこに土が積まれて野の草が 鬱蒼(うっそう) と生え育っている。

(あら、これはこれで)と思う。こんな家を一軒持つのもいいかもしれない。煙突はその草の間に顔を覗かせ、細い煙を漂わせている。

「私は正面から、イルは裏口へ。ザハーロさんは東の窓のほうへ」

男たちを配置につかせてからドアをノックした。ドアの取っ手は曲がった木の枝。この家を建てた人は私と好みが合う。返事がないのでもう一度ノックした。

「すみません! 道に迷いました! どなたかいらっしゃいませんか?」

返事がない。だがさっき、煙突から煙が出ていた。こんな木造の家で、かまどや暖炉の火をつけっぱなしにして出かけるだろうか?

私はドアをそっと押してみた。鍵がかかっていない。

この家の住人が斧を振りかざして中で待っている可能性は……大、かな。隠れているとしたら、このドアの陰。右側だ。

「おじゃまします」

そう声をかけてゆっくりドアを少し開け、そこから勢いをつけて内側に全力で押し開けた。