軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

9.伯爵家二日目

翌日、伯爵家にきてから二回目の朝。

朝の光で目覚めたわたしは、うーん、と伸びをして起き上がり、身だしなみを整えて水場へ向かった。昨日教わったので、場所は分かる。顔を洗って口をすすぎ、部屋へ戻る。

よし、まだ大丈夫。

昨日は朝食を置いて水場へ行ってしまったので、その間に食べないと思われて朝食を下げられてしまったのだ。今日はまだ時間が早い。これから朝食をもらえるはずだ。

「おはようございます、エレナ様。本日も予定はありませんが、どうされますか?」

「また何か手伝うわ」

「ありがとうございます。では、今日は外をお願いしてもいいですか?」

こちらです、と案内するように出て行ってしまい、慌てて追いかける。

あれ、朝食は?

そのままアリーは建物を出て、広い庭を横切り、畑っぽい一角にやってきた。わたしの方向感覚はあてにならないけれど、たぶん厨房に近い。菜園なのだろう。

「こちらの手入れをお願いします。用具はあちらの小屋の中です」

「わかったわ」

では、と軽く礼をすると、アリーは戻ってしまった。

……朝食は?

「しょうがない、やるか!」

見渡してみると、かなり広い。今日中に終わるだろうか。

とりあえず用具を取りに小屋に入る。

「すごい」

迎えてくれたのはたくさんの農具たち。鍬に鎌、スコップ、ハサミ。あとは見たことのない形のものまで、どれもしっかり手入れされているように見える。広いとは言っても敷地内の菜園であって、農地ではない。それにもかかわらずこれだけの農具があるとは。

伯爵も菜園が好きだったりするのかしら?

そう思ってしまうくらいの品揃えの中から、小さめのスコップとハサミを手に取った。まずは綺麗に整っている区画内の雑草を抜いていく。子爵家にも菜園はあったし、それどころか領民の農作業の手伝いにもしょっちゅう駆り出されていたから、雑草と作物の違いくらいは分かる。

どのくらいそうしていただろう。やっぱり一人でちまちまと抜くのは時間がかかる。

ふぅ、と顔をあげたとき、向こうから人がやってくるのが見えた。大きなスコップをもっているから、ここを任されている人だろうか。

「あんた、ここでなにやってんだ?」

「ここの手入れを頼まれたので、雑草抜きを」

近くまで来たその人は、小柄なおじさんだった。

「新人さんかい。そりゃ助かるが、そんな服じゃ汚れちまうぞ」

「かまいません。洗えば大丈夫ですよ」

また掃除かなと思っていたので、あまり良い服は着ていない。それでも農作業だと聞けば違う服にしたのだけれど、まぁ汚れたら洗えばいいし問題ないだろう。

二人でまた黙々と作業する。

この草は食べられる。パクリと口に入れると、爽やかな苦味が広がった。こっちは食べれない。これは食べられる、パクリ。こっちは駄目。

朝食がなかったので、お腹が空いている。食べられるものを口に入れながら進めていくと、おじさんの手にオレンジ色のものが見えた。あれはまさしく間引いた人参!

「お、おじさん、それ、どうするんですか?」

年齢的にはおじいさんに近いかもしれないが、おじさんと呼んでおく方がいいだろう。

「あとで馬にでもやるさ」

「馬に? それなら、少し分けてくれませんか?」

「かまわないけど、どうするんだ?」

「食べるんですよ」

「はぁ?」

おじさんからもらうと、軽くすすいで口に入れた。コリッと良い音がする。その割には柔らかくてみずみずしく、甘い。採れたて人参に舌鼓を打つと、力が湧いてくるようだ。

それにしても、美味しい。

伯爵家は肥料がいいのか? 種か? 種類が違うのか?

いつか秘密を探ろうと思いながら、三本目の人参をまるで馬のように咀嚼した。

「おじさん、お昼の時間になったら教えてくれませんか?」

作業を続けながらお願いすると、「もうすぐお昼だぞ」と返ってきた。大変だ。

「おじさん、昼食食べてきていいですか? また戻ってきますから。早く行かないと下げられちゃう」

「行っといで」

おじさんのおかげでこの日は昼食にありつけた。

固いパンと、人参のスープだった。

一週間がたつと、こちらでの生活にも少し慣れてきた。

朝食も出してもらえるようになった。三日目までなかったので朝食をくださいとお願いしたら、「朝食を取らない方なのかと思いました」と言われてしまったのだ。どうやら一日目に食べなかったことで、そう思われてしまったらしい。固いパン好きと思われているところはまだ訂正できていないけれど、ウインナーやベーコンがついてくる。素晴らしい!

それから掃除をしたり、畑仕事をしたり。

空いている時間は館を散策したり、先日掃除した部屋の本を読んだりしている。子爵家ではこんなにのんびりとできる時間がなかったから、なんとも優雅で充実した毎日だ。

「ふふふん、お洗濯。おっせんったくぅ。ぐーるぐる」

適当な鼻歌を歌いながら、水に魔力を込めてぐるぐると回す。ぎゅっと絞って、そこからは手作業で干す。いい天気だから、乾くのも早そうだ。

時折、子爵家は大丈夫だろうかと心配になるけれど、わたしにできることは今はない。この伯爵家に留まって、ここから支えられるように努力するのみだ。

そのために何とか伯爵と親交を深めたいのだけれど、初日以来、一向に会える気配がない。食事も別々だし、そもそも離れで過ごしているようで、こちらの建物にいないらしい。婚約者になったわたしが本邸で、当主が離れって、おかしくない?

「ねぇアリー、伯爵さまはどうして離れで過ごしていらっしゃるの?」

「ブルーノ様は小さいころから離れでお過ごしだったので、今でもそちらのほうが慣れていらっしゃるのでしょう」

「子供のころから? ご家族は?」

「ご家族が本邸、ブルーノ様は離れ、と分けられていたのですよ。私が知る限り、あまり交流は多くなかったですね」

アリーの顔が少し憂いているように見えた。もしかしたら、痣と呪いのせいで家族とうまくいっていなかったのかもしれない。家族を呪い殺して伯爵当主の座についた、と聞いたし。

「伯爵さまはこちらで食事を召し上がったりされないの?」

「どうでしょう」

「お話できる機会があればと思ったのだけれど、忙しいのかしら?」

「そうですね、いつも忙しくされていらっしゃいます」

「何かお役に立てることがあればいいのだけれど……」

こちらにきてから日が浅く、自分のことも自分でできていないのに、会いに行っても迷惑になるだけだろう。伯爵がどんな方なのか探りたいけれど、使用人たちともまだ打ち解けられていない。

うーん、さすがに子爵領のようにはいかないわね。

小さい頃から知られているような環境じゃないのだ。これから関係を築いていかなければいけない。

明日はもっとこちらから話しかけてみよう。まだ遠慮があるけれど、みんな親切そうだもの。きっとなんとかなる!