軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

最終話 晴れの日に

春の終わり。

空は澄んで晴れわたり、昨日の雨が嘘のようないい天気だ。

「良い日ですね。まるで天気までがお祝いしているみたい」

マリーが手を止めずに微笑む。今日はマリーの他にも侍女や針子たちまでそろって大賑わいだ。というのも、今日はわたしたちの結婚式だからだ。

わたしとしてはそんなに飾り付けなくていいし、アクセサリーもほどほどで充分だ。だけどそうも言っていられない。領主の結婚式なのだから、格というのも大事なのだ。

目の前に飾られた美しいドレスを眺める。わたしがほどほどに関わり、だいたいをお任せして作られたドレスは、針子たちが言っていたとおりきっちり期日までに仕上げられてきた。

白を基調にブルーノの瞳の色である紫の薄布が主張しすぎない程度に使われ、同じ色の模様が入っている。小さな宝石が散りばめられているらしく、光に当たってキラキラと輝く。さすがこの領一番と言われる針子たち渾身の作だ。

これをわたしが着るんだよね。

なんだか申し訳ないような気持にさえなってしまうけれど、純粋にこのドレスを着られることが嬉しくもあった。

アリーがわたしに化粧を施していく。

目を開けて鏡を見ると、自分で言うのもなんだけど、すごく綺麗に仕上がった顔があった。

「アリー、すごいわ。わたしじゃないみたい」

「今日の為に勉強し直したんです。気に入っていただけましたか」

「えぇ」

「今日はブルーノ様に喜んで頂かなくてはなりませんから」

ふふふ、とアリーは闘志を燃やし、またわたしの顔に軽く紅を入れた。

「さぁ、こちらを」

ドレスに袖を通す。てきぱきと着付けていくマリーは真剣で、どこか嬉しそうだ。

「ぴったりですね。本当に素敵」

アリーも針子たちもとろけるように微笑む。うん、本当に綺麗だよ、このドレス。ドレスのまま飲食はしないと思うけれど、なるべく汚さないように気を付けないと。

完成したわたしを見て、マリーたちがほぅと息を吐いた。その目は潤んでいる。

「綺麗ですよ、本当に……」

「なんで泣くの」

「すみません。嬉しくて」

マリーだけじゃなくて、アリーもちょっと泣きそうな顔をしているから、わたしまで目が潤んできてしまう。せっかく化粧をしてくれたのに泣くわけにはいかないと、顔に力を込める。

「さぁ、行きましょう。ブルーノ様がお待ちですよ」

支えられながら、玄関へ向かう。ブルーノはサロンで待っていた。彼も正装に身を包んでいて、その凛々しい姿に見惚れた。今日の装いはわたしのドレスと対になるように新しく誂えたものだ。何度か彼の正装姿は見ているけれど、今日は格別だ。

「ブルーノ様、似合いますね。とてもカッコよくて素敵です」

ブルーノは息を飲んで、わたしを見つめた。緊張しているのか、動きがなく固まっている。

「ブルーノ様? どうですか、似合いますか?」

「あぁ、その、ええと……」

「マリーたちや針子たちの渾身の作ですよ。少しは褒めてください」

「その、ええと、はぁ……」

なんとも煮え切らない様子に不安になってきた。わたしで申し訳ないなという自覚はあるけれど、それでも今日は自分でもこれ以上ないくらい綺麗だと思うのだ。

ブルーノは一度わたしから目を逸らし、長く息を吐いた。

「すまない。その、言葉が出なかった」

「え?」

「すごく綺麗だ。似合っている、とても、本当に」

ブルーノの顔は赤らんでいる。だけど少し悔しそうだ。

「殿下だったらこういうとき何て言うんだろうな。本当に言葉が出ない。だけど、エレナ、すごく綺麗で、俺は今、幸せだ」

殿下は言葉が過剰で、ブルーノは少し足りない。だけどそれだけで気持ちが伝わってきて、わたしは嬉しくなった。そしてちょっと照れた。

表玄関の前には使用人がずらっと並んでいた。わたしたちを見ると一斉に跪いた。それに驚いて「えっ?」と思わず声が出てしまった。

「ブルーノ様、エレナ様。使用人一同、心よりお祝い申し上げます」

ヨハネスが代表で言うと、使用人たちは深く頭を下げた。どうやら皆でわたしたちを祝ってくれたらしい。

「皆、ありがとう。この日を迎えられたのは皆のおかげだ。これからもよろしく頼む」

ブルーノが当主らしく皆を見回しながら礼を述べる。そして小声で「エレナ」とわたしに呼びかけた。わたしからも一言、ということだ。

使用人たちは伯爵家の使用人なのであって、今まで主はブルーノだけだった。でも今後は違う。婚姻を結んだことで、わたしは伯爵夫人になった。わたしも正式に彼ら彼女らの主なのだ。

「今まで支えてくれてありがとう。皆のおかげで今日を迎えられました。これからもよろしく頼みます」

キリッと挨拶したつもりだったけれど、隣でブルーノが小さく笑った。

「エレナ、それはだいたい俺が言った」

「え? あ、確かにそうですね。えーっと、では……これからも、一緒に伯爵家を守り、盛り上げていきましょう!」

拳を握りながら元気に宣言すると、マリーが顔を上げて笑った。

「エレナ様は変わらないですね。もう私たちの主なのですから、一緒に、ではなく命令してくださればいいのですよ」

「嫌よ。マリーに命令なんてしたら、あとが怖いもの」

使用人たちは堪えきれないように笑った。ブルーノも笑っている。

「エレナ、行こう」

ブルーノが差し出した手を取り、わたしたちは馬車に乗った。本当にいい天気だ。正直、少し暑い。たぶんそれは天気のせい。

教会の裏口から控室に入る。わたしとブルーノの控室は別だから、ブルーノに次に会うのは聖堂の中だ。

控室ではわたしの父と母が子爵領から来てくれ、待っていた。

母はわたしを見るなり「ほぅ」と感嘆の息を漏らした。

「綺麗なドレスね」

「そうでしょう?」

「そこは自分を褒めろ、と言うところではないの?」

「それならば最初から褒めてくれたらいいじゃないの」

こんなやりとりも久しぶりだ。最後に会ったのはわたしが伯爵家へ出発した日だ。その時はまるでお葬式にでも送り出されるような顔だったのを思い出す。

「エレナ、とっても綺麗よ。あの時はこんな日がくると思えなかったし、こんな幸せそうな顔を見られるとは思わなかった。だから安心したし、とても嬉しい」

「うん」

「あなたが自分で掴み取った幸せよ。大事にするのよ」

ベールは母が下げる決まりになっているらしい。

ゆっくりと下ろされると目の奥がツンとした。母の笑顔が少しぼやけて見えたのは、きっとベールのせいだ。

母は先に教会内へ入っていき、扉の前には父が待っていた。わたしは父と途中まで歩き、それから父はブルーノにわたしを引き渡す手順になっている。

「すごいドレスだな」

「もう、二人してドレスのことばかり」

わたしが笑いながらむくれると、父も「すまんすまん」と笑った。

「こんな状況に慣れていないから、全てが煌びやかで目がおかしくなりそうだ。お前はすごいところへ嫁ぐのだな」

「わたくしも本当に大丈夫だろうかと不安になってきました」

覚悟はできている。ずっとしてきた。だけどちょっと怖いのも事実だ。

「エレナ、とても綺麗だ。それから、お前ならば大丈夫さ。我が娘だからな」

扉が開く。

教会にはたくさんの人が集まっていた。領民にお披露目の意味もあるため、警備はしっかりしつつ誰でも入れるようになっている。椅子に座れずに立っている人がいるほどだ。

馬車からチラッとだけ見えた広場には、お祭りの日のように出店が並んでいた。領民たちにとっては領主の結婚という名目を掲げてお祭り騒ぎをしたいだけかもしれない。だけどこの結婚を歓迎してくれて、わたしを伯爵領に迎えてくれている。それがわかるので嬉しい。

下見に教会を訪れた時には「本当に結婚するの?」と騒いでいた孤児院の子供たちも、今日は聖歌隊として参加している。「あたしたちライバルだね」と言っていた女の子たちは「いつかエレナ様みたいなお嫁さんになるの」と笑っていた。切り替えが早いことだ。

長い通路の先にブルーノの姿が見える。わたしはそれだけでホッとした。

わたしは父と絨毯の敷かれた中央の通路をゆっくりと進んでいく。ブルーノのところへ。そしてその姿がすぐ近くまできた時、父がわたしに微笑み、そして手を離した。その手はブルーノに引き継がれる。

わたしはブルーノを見上げ、微笑んだ。もう大丈夫な気がした。

ゆっくりと二人で歩みを進める。

「動きが固いぞ。緊張してるか?」

歩き出しながら、ブルーノが他には聞こえないような小声で囁く。

「していますよ。ブルーノ様は三回目で慣れているかもしれませんけれど、わたくしは初めてなのです」

言ってしまってから後悔した。ここで言うべきことじゃなかった。でもわたしはとても緊張しているのにブルーノは余裕そうに見えて、悔しかったのだ。

「確かに三回目だけど、今まではこんなに盛大じゃなかったぞ。当時は当主じゃなかったし、お互いの親族だけのこじんまりとした式だった」

「そうなのですか?」

「お互い望んだことじゃなかったから、義務的にこなしただけだ。感動も何もなかったさ。ちなみにキスはしていないからな」

思わず見上げてしまい、慌てて視線を前に戻す。

「以前は一切緊張しなかったのに、今は俺もすごく緊張している」

たしかにブルーノの動きも少し固い。そうなんだ、と思ったら、少し肩の力が抜けた。

「わたくしは、ブルーノ様がいるから大丈夫ですよ」

「……そうか。それなら俺も、大丈夫だな」

祭壇の前には司祭が待っていた。司祭はわたしたちに優しい眼差しを向け、説法を始めた。朗々と響く声に、参列者たちが耳を傾ける。

そして皆で歌を歌ったのち、わたしたちは誓いの言葉を述べた。

「それでは誓いのキスを」

ブルーノと向き合うと、ベール越しにブルーノの緊張した顔が見えた。そっとベールが上げられ、視界が開けた先にあったのは当然だけどやっぱりブルーノの顔で、それが嬉しくて、わたしは微笑んでから目を閉じた。

温かな感触が唇を覆い、離れた。

目を開けると、柔らかく微笑んだブルーノがいた。とても幸せそうな顔をしていた。

カラン、コロン、カラン、コロン。

鐘の音が響き、わっと歓声が上がった。

わたしたちはそろって観客側を向いた。前方には子爵家の家族がいて、喜んでくれている。伯爵家の使用人の姿も見える。みんな笑顔だ。

花びらが舞う中を、わたしたちはゆっくりと二人で歩きだす。

「ブルーノ様、わたくし今、とても幸せな気持ちです」

「あぁ、俺もだ。だけどエレナ、まだ始まったばかりだろう?」

ブルーノが幸せそうに微笑む。わたしもブルーノを見上げ、微笑んだ。

そう、わたしたちの結婚生活は、まだ始まったばかり。

わたしたちは幸せな未来に向けて、また一歩を踏み出した。