軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

59.王都の街

名前の疑問は簡単に解消された。

「あぁ、私の名は私の父がつけたのです。アリーとリリーは母がつけたので、だいぶ異なった感じになったみたいです」

ちょっと寂しいですよね、と言いながらそんなに気にしていない様子でガブリエラは笑った。ガブリエラが生まれたあたりまではマリーとその元夫はそれなりに上手くいっていたそうで、その後関係が悪化した影響らしい。

王都に到着した日はゆっくりと休み、その翌日。

この日は唯一の予定がない日だった。移動の疲れが出るかもしれないから、という理由と、ずっと留守にしている王都の伯爵邸での仕事をしなければならないからだ。

ちなみに王都に滞在するのは到着日と出発の日を除いて六日間の予定だ。王都にいる間にこなす社交やお茶会の予定が詰まっているのと、なんと国王陛下に謁見する時間があるという。今から緊張して倒れそうだ。

幸いわたしもブルーノも体調を崩すことなく、ガブリエラに「デート楽しんできてくださいね」とマリーそっくりのいい笑顔で送り出され、お昼前にブルーノと共に王都の街に出た。

そうか、デートなのか、とわたしはなんだか気恥ずかしい気持ちになった。ブルーノの様子はいつもと変わらない。

「さすがに王都は賑やかだな」

「そうですね」

子爵領とは比べ物にならないくらいに伯爵領の街は賑わっていると思ったけれど、それでも王都には及ばない。

「久しぶりか?」

「かなり久しぶりです。学生の時以来でしょうか。ブルーノ様はよく来たのですか?」

「学生の頃は出歩くこともあったが、今はほとんどないな。俺も久しぶりだ。一応調べてきたが、迷ったらすまない」

今日は二人きりで街歩きなのだ。わたしも調べたけれど、迷わない自信はない。

学園が王都にあるので、わたしも王都に来たことはある。王都の外れには一応小さいながら子爵邸もある。でも卒業してからはほとんど来ることはなかったし、王都をうろつくということはあまりなかったので、全く詳しくないのだ。

わたしたちはレストランに入って昼食を取り、それから街を歩いた。

華やかなドレスを売る店に服屋、アクセサリー店、本屋、食材店。見ているだけで楽しくなる。

次に公園をゆっくり散歩し、指定の時間になると劇場に入りオペラを見た。初めてだった。

貴族用のボックス席を二人で貸切だ。一般席で充分だとわたしは思ってしまうけれど、せっかく観劇にきたのにブルーノが近いことで怖がらせては申し訳ないから、という理由もあるらしい。そんなところまで気を使うところがブルーノらしいけれど、少し切ない。

観劇を終えて外に出ると、まだ日は落ちていないものの、風がだいぶ涼しくなっていた。高揚した気持ちを鎮めるにはちょうどいい。

「最高でした」

「そうか、それならばよかった」

最初は緊張したけれど、徐々に物語に引き込まれて、夢中で見ているうちに終わってしまった、という感じだ。

「ブルーノ様はよく見るのですか?」

「いや、あまり人が多いところにはいかないようにしているから、見たことはあるけれど数回程度だ」

「なんだかわたくしばかり楽しんでしまったみたいですね」

「そんなことはない。俺も初めての演目だったし、楽しかった」

ブルーノが嘘をついているようには見えないから、きっと一緒に楽しめたのだろう。なんだか名残惜しい気持ちになりながら馬車に乗った。

「とても楽しかったです」

「またどこかで時間ができれば……」

ブルーノは考え込んでいるけれど、たぶんそんな時間はない。今日一緒に巡れただけでも充分だ。

「また王都に来たときには、別のところも行ってみたいです」

次があるように、と思いながら言ってみると、ブルーノは笑って「必ず」と応えてくれた。

馬車に揺られること少し。

伯爵邸に戻ってくると、なぜかいるはずのない王太子殿下がくつろいだ様子でお茶を飲んでいた。

「おかえり。デートは楽しかった?」

「殿下?」

殿下が待っている、殿下を待たせてしまったという事実に焦ったが、もう一度言うが、いるはずのない殿下、である。そんな予定はなかったはずだ。

「城を抜け出して来てみたらデート中だって言うからさ、勝手に待たせてもらったよ」

「抜け出してって……」

「まぁ座りなよ。エレナも。って、ここ俺の家じゃないけど」

言われた通りにブルーノが座りわたしも隣に腰掛けると、ガブリエラがお茶をさっと出して下がっていった。殿下も護衛に下がるようにと告げ、部屋を出て扉が閉められた。

「非常識な訪問だっていう自覚は一応あるんだけど、今日のこの時間しか抜け出せなくてさ。でも先に話しておいた方がいいかと思って来たんだ。時間大丈夫?」

「こちらは大丈夫です」

「デートはどこに行ったの? あぁ、秘密ならそれでもいい」

殿下はニヤリと笑ったが、ブルーノは顔色一つ変えずに「街歩きですよ」と答えた。

「食事をして街と公園を歩きました。城ではいろいろあったようですが、街にはあまり影響はないみたいですね。賑わっていましたよ。王都の街は久しぶりなので、最近の普段の様子を知りませんが」

「定番のデートだな。俺もローズと行きたい」

ローズとは妃殿下のことらしい。

「オペラも見ました。初めての演目でなかなか興味深かったです」

「ずるいぞ。俺もローズと行きたい!」

ブルーノは涼しい顔でお茶に口をつける。

「殿下、いろいろ大変だったようで」

「まぁな。でもおかげでスッキリしたよ」

殿下は少しやつれたように見えるけれど、すがすがしい表情をしていた。

「婚姻が少し遅くなって申し訳ないね。もしかして縁談がいろいろきてるんじゃない?」

その通りだったので、ブルーノと顔を見合わせた。

「やっぱり。順番に説明するけど、とりあえず二人の望まないようにはしないつもりだと先に言っておく」

殿下が姿勢を正したので、わたしも自然と背筋が伸びた。本題はここからのようだ。

「王妃と王妃派閥が捕えられたことまでは連絡したよね」

わたしたちは頷いた。

「王妃は幽閉が決まり、王妃派閥で罪ありとされた者たちは今は牢に入っている。俺の父である王はこの件に大層心を痛めていて、これはまだ極秘事項だけれど、数年のうちに俺に王座を譲位する考えだ」

わたしたちは目を丸くした。言っても大丈夫だと信頼してくれるのはありがたいけれど、聞いちゃってよかったのだろうか。ちょっと怖くなる。

「理由は二つあるんだけど、まずは俺の異母弟のためだな」

殿下の異母弟とは王妃の息子である王子二人のことだ。彼らはまだ就学前、つまり十歳になっていない。この国には連座という制度がないわけではないが、十歳以下の子供で罪に関与していないことが明らかな場合、子供の罪は問わないのが一般的だ。

ただ、家族の中に罪を犯した者がいれば、貴族の場合は爵位や領地の返上だったり家が取り潰されたりするので、実際は何らかの影響が及ぶのは免れない。

「陛下も俺も関与していない弟二人を罪に問うつもりはないけれど、彼らを王位につける気はない。だから彼らが成人する前に、という話になっている」

殿下にとっても異母弟は可愛い存在のようで、なるべく影響が少ないようにとは考えているらしい。

「それともう一点。これは公にはできないんだけど、陛下が疲れたって」

「疲れた?」

殿下の実母である前王妃と陛下は政略結婚だったけど、それなりに仲が良かったらしい。それ故に、前王妃が亡くなられた時に陛下は非常に悲しみ、次の王妃はいらないと言っていたそうだ。

それでも王妃の座をずっと不在にはできず、今の王妃と再婚した。

「王妃の派閥は増長していろいろとやらかしたけれど、それでも陛下の後ろ盾であったことは確かなんだ。この派閥を失って、陛下は今その立場が弱くなっている」

それを補強しようとすれば、新たな後ろ盾となる家から王妃を迎えるのが一番だろう。でもその新しい王妃の家が殿下と折り合いがいいとは限らない。仕方なく迎えた二人目の王妃でこのようなことになり、もう次は迎えたくないというのが本音らしい。

「王妃派閥がいなくなったことで俺が王座につくのがほぼ確実になったわけだ。それで、俺に近しい者に取り入ろうとする貴族が多くなってる。ローズの実家も大変らしくてさ」

妃殿下の実家は元々は中立を貫いていたそうだけれど、殿下が即位するとなれば、どうしても殿下寄りにならざるをえない。今から繋がりを作ろうとする貴族から贈り物をされたり、親族に縁談が来たりと、バタバタしているらしい。

「ブルーノに取り入ろうとする貴族も多いかと思ったんだ」

「急にくるようになりましたよ。当然断っていますけれど」

「あー、ブルーノに縁談が来る理由がもう一点あって……」

殿下はどこか気まずそうに視線を彷徨わせた。