軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第34話:開発サイクルの完成

夜に種田氏から連絡を受け、その翌日、私は業務前に種田精密を訪れていた。

錆びた引き戸を開けて中に入れば、

「あ、おはようございます」

と作業着姿の若者の挨拶に、私も同じ言葉を返す。

「来たか」

種田氏の言葉に、

「はい」

と短く応え、私はそれを見た。

作業台の上にある、改良型『対極硬度用・高周波解離ユニット』——ワンタッチ換装機構実装版である。

私は無言で歩み寄り、手に取ると、手首にかかる重量バランスを確認した。

「変わってないだろ」

「ええ」

種田氏に頷き返すと、私は視線を落とし、新設されたロック機構の解除レバーを押し込み、ホーンを引き抜いた。

金属同士が滑らかに擦れ合い、抵抗なく部品が分離した。

再び挿入し、固定する。

私はこの一連の分解と結合の工程を、五回繰り返した。

手袋越しでも操作に支障はない。

「……素晴らしい精度です」

私が事実を口にすると、種田氏は短く鼻を鳴らした。

「当たり前だ」

彼らしい応酬に私は首肯で応じた。

私はユニットを専用ホルダーに収める。

ここから先は、現場での実地検証という私の業務区分だ。

初期モデルはダンジョン内でのホーン交換が時間の都合で難しかったため、摩耗した時点で業務は終了、撤退していた。

そのため、熱の蓄積という問題は表面化しなかった。

だが、現場での連続稼働と換装が可能となったこの新モデルはどうだろうか。

熱膨張によってワンタッチ機構が固着し、外れなくなるという事態が発生する可能性があるのではないか。

だとしたら、ダンジョンという環境下で検証し、リスクを洗い出すべきだろう。

私は種田氏と若者に短く会釈し、種田精密を後にした。

いつものルーティンを終えた私はダンジョンに向かい、そして中層へとやってきた。

『金剛石の回廊』の手前に位置する、比較的安全な岩場エリアだ。

硬質な岩盤の前で立ち止まり、バックパックを下ろした。

リスクの洗い出しはここで行う。

実際にモンスターに使用していて固着というエラー現象が出てからでは遅いからだ。

エラー現象は発生するのか否か。

私は専用のドロップレッグホルダーからユニットを引き抜き、目の前の固い岩肌に先端を押し当て起動した。

微細な振動がグリップを通じて腕全体に伝わってくる。

想定される通常業務と同条件で稼働させ続けた後、私はスイッチを切り、ロック解除レバーを押し込んだ。

「……動かない」

熱膨張により、金属パーツの接合部が完全に噛み合ってしまったからだ。

エラー現象が、実際に発生することがわかった。

では、次だ。

実際にこのエラーは、稼働開始からどの時点で発生するのか。

それが判明しなければ、現場での安全マージンを設定できない。

私はユニットの熱膨張が収まるのを待ってから、ロックを解除する。

問題なくホーンの交換ができることを確認してから、予備のホーンを装填し、再び岩肌に先端を押し当てる。

スイッチを入れると同時に、私は腕時計を見る。

一定時間ごとに稼働を止め、レバーの抵抗を確認していく。

滑らかに抜ける状態から、僅かに抵抗を感じる状態へ。

そして、完全に押し込めなくなる臨界点を探る。

数回の試行の末、私は固着が発生するまでの限界時間をデータとして確定させ、手帳に記録した。

最後に念の為、もう一度、記録した限界時間で固着が発生することを確認してから、テストを終える。

振動ホーンを押し付けていた岩肌を見るが、損傷はない。

フォートレス・アイソポッド専用にチューニングされているので、当然の結果ではあるのだが。

その時だった。

背後の通路から摩擦音が聞こえてきた。

ここはダンジョンだ。

他の探索者が来てもおかしくはない。

だが、気配や足音を必要以上に殺そうとしていることが気になった。

モンスターが近くにいるというならわかるが、私にはその兆候は確認できない。

私は視線を手元に落としたまま、視界の端でその方向を捉えた。

十数メートル離れた通路の岩陰から、一人の探索者がこちらを注視していた。

周囲の索敵行動を全く行わず、私の手元とホーンを押し付けていた岩肌を、まるで記録するかのように凝視している。

不自然だ。

ダンジョンという死地において、自身の安全確保を放棄してまで他者の行動を観察する合理的な理由がない。

何かがある。

「……だが、何だ?」

私は息を吐き出した。

彼が何者でも構わない。

私の業務を邪魔するわけではないなら、これ以上、彼に意識を向けるコストは無駄だろう。

私は新しい振動ホーンをユニットにセットして専用ホルダーに収めると、『金剛石の回廊』へと向けて歩き出した。

『金剛石の回廊』は、石英質の岩盤に囲まれた、乾燥した空気が支配するエリアだ。

私の足音が硬質に反響するのを計算に入れ、歩幅を調整して進む。

前方の通路が交差するポイントで、対象を発見した。

多層装甲を持つ巨躯、フォートレス・アイソポッドだ。

私は足音を完全に殺し、死角となる斜め後方へと回り込む。

多脚の歩行周期を見切り、装甲の継ぎ目が露出するタイミングに合わせて踏み込んだ。

専用ホルダーから素早く抜き放ったユニットの先端を正確に押し当て、スイッチを入れる。

高周波振動が装甲の分子結合を解離、隙間が広がっていく。

私はもう片方の手でサバイバルナイフを引き抜き、切っ先を深く差し込んだ。

フォートレス・アイソポッドは光の粒となって霧散。

魔石だけが残された。

一体目の処理を完了。

事前の限界時間に対するマージンは充分に確保されている。

私は魔石を回収し、次なる標的を探した。

ほどなくして発見した二体目に対しても、同様の手順で処理を完了した。

当初の計画では、このまま三体目の処理へと移行するはずだったのだが、

「……おかしい」

グリップから伝わってくる熱の上昇速度が、先ほどの岩盤テストで算出した安全マージンの計算と明らかに合致していない。

私は岩陰に身を潜め、思考した。

テスト環境の岩盤にはなく、フォートレス・アイソポッドには存在する変数。

「——ッ!」

気付いた。

「そうか、体温か……!」

まだもう一体は処理できるかもしれない。

だが、このまま稼働を続ければ、計算外の熱蓄積により、安全マージンを割り込み、致命的なエラーを招く可能性がある。

私は迷わず、ユニットの電源を切り、ホルダーへと収めた。

これ以上の業務継続は、許容できないリスクの増加でしかない。

私は出口へ向けて撤退を開始した。

地上に戻り、探索者協会の換金カウンターで手続きを終える。

提示された金額は、予想外のエラーもあり、事前の計算通りとはいかなかったが、投下した資本に対する適切な利益は確保できた。

私は協会を出て、種田精密に連絡を取った。

数回のコールの後、種田氏が出た。

「どうだった」

彼の短い問いかけに、私は現場で得た事実のみを返す。

「動作証明は完了しました。換装機構は仕様通りに機能しています。ですが」

「ですが、何だ?」

「追加の要件定義が必要です。生体対象は、外部熱源として機能します」

私は今日得た一次データを言葉にして伝達する。

「内部発熱のみで算出した限界時間に、対象の体温分の係数を加える必要があります。現状の安全マージンでは、複数体の連続処理は安全ではありません」

しばらくの沈黙の後、低い声が返ってきた。

「……わかった。放熱フィンの形状と材質を見直し、排熱効率を上げる。再設計だ」

「よろしくお願いします」

私は通話を切った。

現場の一次データが、次期モデルの設計へ直接反映される。

試行錯誤のサイクルが、完全に機能し始めた。

胸の奥に、静かな充足感が広がるのを感じた。

私はスーパーマーケットに立ち寄り、夕食の買い出しを行う。

今日は複雑な調理工程を省き、速やかなカロリー摂取を優先する。

惣菜コーナーで、きつね色に揚がった鶏の唐揚げを選んだ。

宿舎の自室に戻り、頬張る。

衣の油と、醤油とニンニクの香ばしい匂い。

そして濃厚な肉汁。

疲労した筋肉の隅々にまで染み渡っていくようだった。

今日を無事に生き抜き、明日の業務への活力を養う。

平穏な日常の維持。

私にとって、これ以上の報酬は存在しなかった。