作品タイトル不明
石の謎ー5
男は気楽な調子でそう言い、笑った。
その後、ブライアン様が質問をいくつも重ねたが、この男のレベルで知っていることは、限られているようだ。
「もっと詳しく知りたければ、誰に聞けばいいんだ?」
「そうだな。国の中枢にいる人間か、王族か、司祭か」
「今回の捜索で、お前に指示をしたのは誰だ?」
「王太后だ」
男は楽し気だ。状況と男の様子がまるでそぐわない。
その違和感がどうにも不気味に見える。
「王の命だが、王太后殿下が直接指示をしている。石を取り戻すついでに、女の孫娘を不幸に陥れろとさ。これで復讐できると喜んでいた。怖いな、女は」
ブライアン様が私に向かって、聞きたいことはあるかと尋ねた。
正直、石の話の衝撃で、自分が殺された件は飛んでいた。
「メリーとジェイソン様の二人とやりとりをしていたの?」
「メリーだ。ジェイソンも知っているが、主導者はメリーだ。楽に死ねる薬を探して欲しいというジェイソンの依頼に、メリーが毒づいていた」
最期の時に、ジェイソン様がそう言っていたわね。その記憶は、もうとても遠いものになっている。まるで自分の身に起きたこととは思えないくらいに。
「なぜジェイソン様まで殺したの?」
「これは国の機密だ。関わった者は生かしておけない」
そう言った後、男は突然に、怪訝な表情になった。
しばらく黙っていた後、こちらを睨んだ。
「薬を仕込んだな」
そう言った後、こっちを睨んだまま歯を噛み締めていたが、急にガクッと首を垂れた。
まさか、死んだ!?
兄が立ち上がり、私の腕に手をかけ、立ち上がらせた。そのまま黙ったまま腕を引かれて部屋を出る。
「どういうこと?」
私が聞くと、「あの男は密偵だろう。多分国か王族に仕える者だと思う。物の考え方も、動き方も、自分の身の処し方も、普通とは違うんだ」
兄の表情は優しいと言っていいくらい、柔らかいものだ。軍人としての共通項のようなものがあるのだろうか。私にとっては、それも初めて目の前に突きつけられた事実だった。
この二人も戦うのが仕事なのだ。
しばらくして、ブライアン様が出てきた。
「歯に毒を仕込んでいたようだ。誰か呼んでくれ」
私たちが地下から上がっていくと、談笑していた騎士たちがこちらを向いた。
表情で何があったか分かったのだろう。無言で立ち上がった。
「そこの三人、頼む。こちらの囚人たちに異常はないか?」
「はい」と答えた騎士たちに、兄は頷いてみせ、一つの部屋に向かった。
部屋では男が四人、所在なげにしている。
兄は部屋にはいると、「親玉が死んだぞ」と告げた。
それを聞いた男たちの顔に驚きと、怯えが走る。
それを次の部屋でもやった。
この部屋では、男の内の一人の様子が、他と少し違っていた。
焦りのようなものがある。
ブライアン様がその男の口に、布を噛ませて縛った。
そして黙ったまま、その男だけを別室に閉じ込めた。
「密偵の可能性がある。しっかり見張ってくれ」
そう言い置いて、部屋を出た。
もう日は落ち、辺りは暗い。
色々あって、気持ちがいっぱいいっぱいで、何も喋る気になれなかった。
私たちが屋敷に向かうと、心配気な顔のロイドと出くわした。
「エリック様。伯爵様が状況を報告してほしいと仰っています」
兄は私をじっと見た。
「疲れているし、腹も減っているし、まずは食べて休ませて欲しい。その後で報告に行くので、少しだけ待って欲しいと伝えてくれ」
それから私に聞いた。
「夕食はどうする。食べられるなら食べた方がいいが、無理はしなくていいぞ。だが各所への報告前に話さないとな」
父への報告以外に、近衛騎士団への報告もある。
まだ、もう一人の尋問も残っている。
私は頭の中がぐちゃぐちゃになっているようだ。
何を隠さなければいけなくて、何を報告するべきなのだろう。全くまとまらない。
こういう時は刺繍か甘いものだ。
「私はデザートだけいただきます。多めにね。ロイド、甘いものを頼んでもらえる? 三人前くらい」
「かしこまりました。甘いワインはいかがでしょう。気持ちをほぐしてくれます」
「ありがとう。それもお願い」
兄が前を歩き、ブライアン様は私の横に並んだ。
「怖くありませんか?」
「人が死ぬのを見たのは、二回目です。一回目に見たのは、自分が死ぬところでした。慣れてしまったのでしょうか。あまり怖く思わないのは」
ブライアン様は私をじっと見る。
「私の事を、怖く思われたのじゃないかと、心配していました」
「そんなこと、ありません。ただ騎士としての一面を初めて見たので、少し驚きました」
「さっき色々と口走りましたが、全部本心です。私も少し自白剤に影響されていましたから」
「やはり自白剤を使ったのですね。私は全く気が付かなかったのですが、いつ飲ませたのですか?」
ブライアン様は腕をこちらに差し伸べて、中指に嵌めた指輪を私の方に向けた。
凝った細工で、エナメルの蝶の彩色が美しい。
「この中に香水と一緒に入っていました。揮発したのを吸い込ませるんです。知らない内に効いていくタイプなんです」
「まあ」
「なるべく吸わないように、気を付けていましたが、やはり影響されてしまう。これは相手に気付かれずに盛るための薬です。相手が手強い場合、例えば国の密偵などの場合、気取られると自決されてしまうので」
国の密偵という言葉で、ずんと肩に荷が乗ったような気分になった。
全く。
いつからの因縁なのだろう。祖母がこれを隣国の王にもらった時?
私は兄から渡された布袋の口を開けて、中に転がっている石を覗いた。
金色にキラキラと輝いている。
兄が持っていたときと、明らかに様子が違う。
また、ため息が漏れる。
ずっと行方知れずのままなら平和だったのに、なぜベルシア国の王は、思い出したりしたの!
そこも腹立たしい。
もしかしたら、今日あの男をそのまま行かせていたら、それで無事に済んだのだろうか。
ハッとした。
私があの男を引き止めるよう、兄に言ったのだった。
考えれば考えるほど混乱する。
「マリア嬢。考えるのは後にしませんか。少し休んで、スッキリしてから三人で考えましょう」
ブライアン様の目を見るとホッとする。綺麗で、私を気遣う気持ちをたたえた瞳。
混乱した気持ちを鎮めてくれる刺繍と甘いものに、ブライアン様の瞳を加えよう。
「ところで、私の気持ちはお分かりいただけたと思いますが、あなたは私をどう思っておられますか」
「気持ち? 青い瞳に吸い込まれそうな気持ちになっております」
私は青い瞳の中を覗き込み、そこから視線が外せなかった。
「あの、今ではなく、さっき尋問中に言った気持ちについて、なのですが」
ブライアン様が戸惑ったように瞳を揺らす。その揺らめきに月の光が映り込み、金色が交じる。
その瞳の上につやつやした絹のような黒い前髪が一筋はらりと垂れた。
「まあ、綺麗」
その時、兄が凄い早足で遠ざかっていくのを、目の端で捉えた。