軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第九話 《第六天魔王ノブナガ》(side:ルナエール)

「行儀よく順番待ちされなくても結構です。お二人同時に相手をして差し上げますよ」

《神の見えざる手》の一員であったゼロを圧倒したルナエールは、続けてヴェランタとノブナガへとそう挑発した。

「あ、有り得ぬ……そんな、ここまでだとは……!」

ヴェランタは恐怖に声を震わせ、呆然とその場に立っていることしかできなかった。

ふとヴェランタは、自身の膝が笑っていることに気が付いた。

千の貌と、万の手段を持つ《世界王ヴェランタ》。

彼の強みは《万能錬金》の《 神の祝福(ギフトスキル) 》だけではなく、その力を十全に活かしきる頭脳にもあった。

ヴェランタはこれまであらゆる苦境を跳ね除けてきた。

力に溺れず慎重に動き、幾重にも保険を巡らせ、自身より高レベルのノブナガさえあっさりと手玉に取った。

そんな彼だからこそ、ここ数百年、恐怖というものをほとんど感じてこなかった。

加えてルナエールは普段《穢れ封じのローブ》で《冥府の穢れ》を抑えているが、《冥府の穢れ》を漏らさないようにするということは、自身の魔力の大部分を封じることにも等しい。

ルナエールはこの場に乗り込むに当たって《穢れ封じのローブ》を脱いでいたのだが、そのため普段とは比にならない《冥府の穢れ》を放っていた。

《冥府の穢れ》は対峙する者の本能的な恐怖心を擽る。

聡明なヴェランタであったからこそ、この場の絶望的な状況を詳細に理解してしまい、そのことが彼の恐怖を更に加速させていた。

ヴェランタは自分の膝が笑っていることを自覚してから、どんどんと崩れていった。

足の震えを止めてまともに動かそうとすればするほど、その焦燥からか震えが激しくなる。

すぐにヴェランタは、立っていることさえままならなくなり、その場に膝を突くことになった。

「こ、ここまでの化け物ならば……何故上位存在はこれまで、もっと直接的に教えてくださらなかったのだ……?」

それはナイアロトプの上司の意向によるものだったのだが、当然そんな細かい事情までナイアロトプはヴェランタへと伝えてはいない。

「ヴェランタめ……ちょっと計画が崩れると、みっともなく騒ぎよって! 小娘、儂が相手じゃ! 図に乗るなよ!」

ノブナガが吠えながら、背負った刀の一本へと手を触れる。

妖刀《時流れ》。

鞘を抜いたその刹那、世界の時間を停止させる。

世の理を侵す、回避不能の必殺の居合斬りである。

戦いそのものに生き甲斐を見出すノブナガは、この妖刀に頼ることをあまりよくは考えていなかった。

《時流れ》を抜くのは、自身が死の淵に追い込まれたときだけであると、そう誓いを立てていた。

だが、目前でゼロを瞬殺され、心の折れたヴェランタを見て、戦うまでもなく、今がそのときであるとノブナガは察していた。

(儂の魔力で時の流れを断てるのは三度まで……仕損じて魔力を失えば、抗う術もなく命を落とす!)

ノブナガは前に出ながら、背より《時流れ》を下ろし、自身の腰へと差し直した。

必殺の居合斬りを万全の形で発揮するためである。

余計な思考を捨て、戦いのみ精神を注ぐ。

(まだだ……まだだ、まだ肉薄する! 急くな! 儂が人生至上の一撃を放てば、《時流れ》であの不死者を捉えられる範疇まで引き付ける!)

そのとき、ルナエールを中心に魔法陣の光が浮かび上がった。

その光を目にした瞬間、武人であるノブナガは、本能的に自身の死を察知した。

まだ《時流れ》の間合いには程遠かったが、咄嗟に《時流れ》を抜いた。

静止した刹那の時間の中で、ノブナガは地面を蹴って背後へと跳んだ。

何が起こるのかを理解したわけではなかった。

ただ幾千の戦いを生き抜いてきた彼の本能が、その場にいては危険であると警鐘を鳴らしたのだ。

「時空魔法第十九階位《 超重力爆弾(グラビバーン) 》」

ノブナガが先に立っていた場所に黒い光が広がる。

広がった黒の光が一気に圧縮され、それと同時に石や瓦礫が一点に集約されていき、爆音が響いた。

判断が一瞬遅れていれば、黒い光の引力に身体を縛られ、そのまま肉体を爆縮されていていた。

「おや……避けられるとは。その刀の力ですか」

ルナエールが目を細める。

ノブナガは退いたところで、再び《時流れ》の刀を鞘へと戻していた。

一つ誤れば命を落とす場面であった。

しかし、ノブナガは恐怖を感じてはいなかった。

元々戦闘狂であったノブナガは今、不思議な高揚感を覚えていた。

戦いを戦いではなくす妖刀《時流れ》。

まさか自分が今更一対一の戦いでこんな反則アイテムに依存することになるなど、ノブナガは考えてみたこともなかった。

こんなものに頼らねば勝てないという事実自体が彼にとっては恥であった。

(試したい……たとえ妖刀で下駄を履いた無様な戦いであったとしても、儂が目前の不死者に敵い得るのかどうか!)

絶対の窮地の中で、ノブナガの悪鬼の如き顔が笑った。

(儂が時の流れを断てるのは、後二度まで……! 一度目で不死者の攻撃を往なして死角を取り、続けて二度目で奴を斬る!)

ノブナガは《時流れ》の柄へと手を触れ、その場で静止した。

ノブナガは強引に近づく必要はないと判断した。

どれほどの熟練者であっても魔法の大技の発動には隙ができる。

そして目前の不死者の魔法の発動よりも、ノブナガの抜刀の方が僅かに速い。

それは先に相手の重力魔法を回避できたことで証明できていた。

不死者が魔法攻撃に出るその瞬間を押さえさえできれば勝機を掴むことができるのだ。

「時間を止めるアイテムは初めて見ました」

ルナエールが淡々とそう口にする。

その後、再び彼女を中心に、魔法陣の光が展開された。

(今じゃ……!)

ノブナガはその瞬間に《時流れ》を抜刀した。

その刹那、世界が色と共に、時間の流れを失う。

灰色の世界の中で、ノブナガはルナエールの死角に当たる背後へと飛び込んだ。

ついにノブナガは《時流れ》の不可避の居合斬りの間合いに入った。

これでルナエールの魔法は再び外れ、彼女は一瞬ノブナガを見失う。

その隙に再び《時流れ》の力で時間の流れを断ち切り、ルナエールに不可避の居合斬りを浴びせられるはずであった。

「時空魔法第二十五階位《 世界の支配者(ワールド・ルーラー) 》」

ルナエールを包む魔法陣の光が強くなり、周囲へ広がっていく。

(先とは別の魔法……! それも第二十五階位だと?)

ノブナガにはこれがどういった魔法であるのか、全く見極めることができなかった。

だが、魔法現象が起きるのを待つわけには行かない。

そんな悠長な時間は彼には許されていなかった。

ノブナガはただ、至上の不可避の居合斬りを放つため、《時流れ》の刃を引き抜こうとした。

「不死者よ! 我が至上の一撃を受けてみよ!」

だが――刃は抜けなかった。

正確には、彼の手許から、いつの間にか失われていた。

その事実にノブナガが気が付くよりも先に、ノブナガの身体目掛けて、ルナエールが刃を振るっていた。

ルナエールの普通刃に殴り飛ばされたノブナガは、一直線に遠い壁へと、その巨躯を打ち付けることになった。

「峰打ちです。あなた方からは幾らでも聞かねばならないことがありますからね」

ルナエールは手にした刀――《時流れ》を地面へと放り投げる。

「それは、儂の妖刀……なぜ……? 何が、起きた……?」

ノブナガが弱々しく言葉を発する。

「時間を止めて、あなたの片刃剣を奪っただけですよ」

「な……!」

「私は魔法で時間を止められます。あなたの動きを見るに、どうやら私の魔法の方が、止められる時間は倍近く長いようですね」

ルナエールは事もなげにそう口にする。

「ク、ククク……カハハハハハ!」

それを聞いたノブナガは、大口を開いて笑い始めた。

「見事だ不死者よ! 純粋な力量で儂に敵う者などおるまいと思っておったが、まさかこれほどまでの 武士(もののふ) が隠れておったとは! ああ、とうに飽いたつもりであったが、世界のなんと、面白きことか……!」

ノブナガはそう叫んだ後に、がくりと首を倒して意識を手放した。