軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十三話 メルの修行

「噛み砕いて言えば、全ての物質は万物の根源たるエレメントによって構成されているんです。このエレメントは魔力の流れそのもののようなものでして、その流れの構造や状態、動き、大きさによって分類されています。そして複数種のエレメントから構成される、極小の物質をアルケーと呼びます。錬金術師フェルベナが提唱したのは、このエレメントの魔力の流れそのものに干渉することでアルケーの構造に手を加え、物質の在り方を根本から変えてしまうといった方法なんですね。ただ、そんな小さいところに干渉して一つ一つ変えていくわけには行きませんから、物質の、ごく小さい一定範囲の微小領域を仮定して、その範囲内の魔力の状態を考えるところから始めていこうというのがこのフェルベナ魔術式なんです。ここまでは理解できていますよね?」

「ふぁい……」

俺の錬金術の説明を聞いて、メルが泣きそうな声で返事をする。

必要な分野が錬金術でよかった。

ポメラのときは俺がそもそも白魔法に疎かったのでほとんど教えることができなかったが、錬金術にはそれなりに自信がある。

ルナエールから大分しごかれてきた。

「理解しやすいように、まずは単純化した平面の、時間の流れない世界を仮定します。このとき範囲の境界部分の魔力の状態は、フェルベナ魔術式の性質上、不連続な魔術式で示されることになります。アルケーは魔力の流れを元の形に保とうとする復元力を持っていまして、そのためシドア魔力構造を考慮するためのルドゴリアの近似魔術式を用います。範囲内の魔力が形成している魔力場をシューマス法によって解釈し、ロイセン状態の魔力がエネルギーを有していないと仮定するんです。これによってマドリア空間における錬金術師セリアの方法論を、ゼルイド条件下に限ってパロムの仮想無次元空間へ拡張して持ち込むことができるんです。ここで記しているのは、簡単に説明するとそういうことです」

「フェルベナ……エレメント……ルドゴリア……」

メルが虚ろな目で魔導書へ顔を近づける。

「……横で聞いていて我にはさっぱりわからんが、あれで大丈夫なのか?」

ロズモンドが不安げに尋ねてくる。

「《魔導王の探究》に加えて、集中力向上、理解力向上、魔法に関する勘の向上の霊薬を用いていますから。今のメルさんならばっちり理解できているはずです。錬金術なら俺もそれなりに自信があるので、しっかり教えられるのが幸いですね。これなら今日の間に必要な分の知識は詰め込めそうです」

「あのぅ、ごめんなさい、わかりません……。頭が凄く熱くて痛いです……知恵熱が、知恵熱が……」

メルがぐったりと机に顔を付けてへたばる。

も、もう少し噛み砕いて教えた方がいいかもしれない。

「……ポメラも一度この方法で鍛えてもらったのですが、白魔法や精霊魔法は錬金術のような複雑なものではなくてよかったです。メルさん、その……頑張ってください」

ポメラがメルを励ます。

当のメルは、聞こえているのかいないのか。

机に頬を付けたままぴくりとも動かず、死んだような目でぼうっと宙を眺めている。

「理解力向上の霊薬が足りなかったのかもしれませんね」

「ま、まだ霊薬を飲むんですかぁ!?」

メルがびくっと跳ね起きて身構える。

「疲労感を麻痺させる霊薬もありましたね。こっちもぜひどうぞ」

「回復じゃなくて麻痺させるんですか!? それっ、あのっ、ウチ本当に大丈夫でしょうかっ!」

メルは不安そうな様子だった。

身体に別条はないはずだが、メルが不安なのであれば《ウロボロスの輪》を渡しておいてもいいかもしれない。

あれさえあれば、万が一死に掛けても即座に復活してくれる。

「あの、あのあのう……そのぅ……霊薬ってその、身体の中で混ざっても大丈夫なんでしょうか……? どれも、強い魔力を帯びてるお薬なんですよね? なんか体内で、ものすごいことになったりしません?」

「それは大丈夫ですよ、多分」

元々ルナエールが推奨していた方法だ。

俺もポメラも、そうした害を受けた覚えはない。

「た、多分……なんですね。あのぅ……ちょっとウチ、お腹たぽたぽで……気持ち的にもその、これ以上霊薬は、どうしても飲む気にはなれそうになくて……。もうちょっと今の状態で頑張ってみてもいいですか……?」

「それなら喉が渇く霊薬がありますよ!」

以前ポメラの修行の際に、彼女がすぐ霊薬を飲めなくなってしまったので、それをどうにか改善できないかと錬金術で造ってみたのだ。

早速使えるタイミングが来たのは嬉しい。

「ひいいいいいっ!」

メルが身を捩らせながら席を立って俺から距離を取り、そのまま近くにいたロズモンドへと助けを求めるように抱き着いた。

「カ、カナタよ、今日のところはこの辺りでもよいのではないか? メルはその、既に随分と疲れているように見える」

「ですから疲れを麻痺させる霊薬を……」

「ポ、ポメラも、今日のところは、この辺りでいいんじゃないかと思います! ね? 霊薬漬けは、慣れるまではその、色々としんどいものですから……!」

ポメラもロズモンドの言葉に同調した。

まぁ、確かに霊薬漬けは、俺のときも慣れるまではなかなか抵抗感があったように思う。

ただ、喉元過ぎれば熱さ忘れるというか、俺にはあまりその頃の感覚が残っていないので、少し疎くなってしまっているのかもしれない。

精神や感覚に直接干渉するような霊薬をバカバカ飲まされていたら、それが不安やストレスになるのは当たり前のことだ。

それを霊薬で取り除けといわれれば嫌気が差すのも当然だろう。

「では、今日のところはここまでにしましょうか」

「……お気持ちは嬉しいのですが、でもウチ……もうちょっとだけ頑張ってみようと思います。なにせ、あまり余裕はありませんからね……。せっかくカナタさん達の時間を使ってもらっているのに、長々やっているわけにもいきませんし……!」

メルが手のひらで、自身の頬をバチバチと打った。

「メルさん……!」

「よ、よしっ! 気合入れ直しました! これでまだ、霊薬を追加しなくても頑張れますっ! どんと来てください! どんと!」

……とにかく、霊薬投与の追加はなしの方向がいいらしい。

「なんにせよ、よく言いましたメルさん! 明日までにこの魔導書全部片づける勢いで行きましょう!」

「明日まで……!? は、はいっ! ウチはやるときはやる子ですからっ! よっ、ヨユーですよそれくらい!」

メルがヤケクソになったようにそう叫ぶ。

ポメラとロズモンドは、不安げに彼女を見つめていた。