軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十話 ドラゴンの主

地上に降りた後、二体のドラゴンをフィリアが拘束してくれた。

《夢の砂》で作った茨の縄で、二体をあっという間に押さえつけたのだ。

茨にはところどころに、中心に大きな瞳のある不気味な花が咲いていた。

ロズモンドは無表情でその花を見つめていたが、花の瞳が彼女を睨み返すと、大慌てで牽制するように武器の十字架を構えていた。

「どう? どう? フィリア、すごいでしょ! 褒めて褒めて!」

フィリアが得意げに口にする。

俺は彼女の頭を撫で、二体のドラゴンへと目を向けた。

「それで……炎獄竜のディーテさんと、氷獄竜のトロメアさんでしたっけ? 俺のことを知っていたみたいでしたけれど、それについて説明していただいてよろしいですか?」

ディーテは、『《空界の支配者》の命令』と口にしていた。

その相手には心当たりはない。

だが、俺を始末しようと考えているのならば、ナイアロトプ絡みだとしか考えられない。

『……この俺が、ニンゲン如きに敗れ、拘束されるなど! だが、貴様ら下等生物に話すことなど、何もない! 殺すならば殺すがよい! 我らは誇り高きドラゴン、たとえ敗れはしても、ニンゲン如きに屈すると思ってか!』

「ウル、食べていいですよ」

俺はウルゾットルを振り返る。

ウルゾットルは、ハッハと息を荒げながら、ディーテを見上げる。

口から溢れた涎が地に落ちる。

地面が溶け、黒い煙を上げていた。

『こっ、殺される覚悟はあるが、我ら忠臣を殺せば、主である《空界の支配者》様が黙ってはいないぞ! あの御方は、貴様らなぞより遥かに強い!』

「その御方を存じないので、脅されても恐れようがないのですが。説明していただいてもよろしいですか?」

ディーテは俺の言葉を聞いて顔を顰め、黙った。

どうやら納得してくれたらしい。

逡巡する素振りを見せた後、そうっとトロメアを振り返る。

『あ、あの御方は、自身について口外されることを嫌っているわ』

トロメアが首を振る。

『誇り高きドラゴンを相手に、脅して口を割らせようなど、ニンゲンの浅ましさと愚かさは底を知らずだな! 我らドラゴンは長命故に、貴様らニンゲンのように浅ましく生にしがみついたりはせん! 世界の理を保つという、大いなる使命のために生み落とされた存在! ただ欲のままに世界を貪り、繁殖する、貴様らニンゲンと同列に語るなど、もはや愚かしいを通り越して悍ましい!』

さっきトロメアへ確認を取っていたのは何だったのか。

ディーテは自身の言葉を、一瞬にして翻す。

その勢いは、半ば自棄になっているようにさえ感じられた。

「ウル、食べていいですよ」

『……だが、貴様らのような小さきニンゲンが偉大なる《空界の支配者》様のことを知っても、どうすることもできんだろう! 貴様らを恐怖の底に突き落とすために、《空界の支配者》様について教えてやろう!』

ディーテは三度言葉を翻した。

ディーテのせいで、俺の中のドラゴン像がどんどんと安くなっていく。

横を見れば、ポメラも死んだ目でディーテを見上げていた。

『ディーテ……貴方、《空界の支配者》様を売るつもり!? どうなっても知らないわよ!』

『ち、違う! こいつらに畏怖の念を覚えさせるため、蒙昧なるニンゲン共を啓蒙してやるのだ! 決して裏切りなどではない!』

ディーテはトロメアにそう言い訳してから、俺へと振り返る。

『く、《空界の支配者》様は、かつてドラゴンとしての禁忌を冒し、それによって膨大な力を得た。だが、その力によって世界の意思より認められ、その罪を許され……この世界の頂点であり、影にして真なる支配者、《神の見えざる手》の《五本指》に選ばれたのだ』

「《神の見えざる手》……」

聞き覚えのある言葉だった。

『これで貴方を、私のものにできるわ。《赤き権杖》は逃したけれど、フフフフ、そんなこと、もうどうだっていいのよ。この力さえあれば、これでようやく《神の見えざる手》に仲間入りできるわ』

確かに、アリスが口にしていた言葉だ。

元々アリスが《赤き権杖》とコトネの《軍神の手》を狙っていたのは、《神の見えざる手》の一員となるためのようだった。

そしてアリスはあの騒動を、上位存在が俺を殺すために干渉して造り上げたものであると、そう考えていたようだった。

俺は実際、レッドキング討伐の際にナイアロトプらしき相手に魔法干渉を受け、命を落としかけた。

アリスは上位存在がこのロークロアに干渉していることを知っていたのだ、上位存在より目を付けられることを何よりも恐れているようだった。

そして、俺は今、どうやら《神の見えざる手》から命を狙われている。

そう考えると、自然と《神の見えざる手》の正体にも見当が付いてくる。

《神の見えざる手》はナイアロトプ達上位存在の直属の組織で、ロークロアのコントロールを目的としたものだろう。

この世界で人類が滅びず、かつ常に魔物の脅威と隣り合わせにするための、マッチポンプの団体だ。

「……あの騒動では随分と遠回りなことをしていたのに。どうやら、なりふり構わずに俺を潰しに来たみたいですね」

ただ、ナイアロトプが本気で俺を消したいのならば、上位存在を引き連れてこちらに乗り込んで来ればいいはずだ。

ゾロフィリアやレッドキングとは比べ物にならない程強大な力を有しているだろう。

それをしないというのは、随分とこの世界への干渉に制限があるらしい。

詰まるところ、《神の見えざる手》は、この世界の平和を乱す、事実上の黒幕ということになる。

どうにかルナエールと接触して相談したいが、彼女がどこにいるのか定かではない。

妙な意地を張っているようで、見つけてもすぐに逃げられてしまう。

本格的にルナエールを捕まえるための算段を練る必要があるかもしれない。

「それでその《空界の支配者》に、あなた達以外に部下は? 他の《五本指》は?」

『ほ、他の《五本指》のことなど知りはせん! ただ、《空界の支配者》様は、過去の禁忌より、ドラゴンの間では忌み嫌われている。従うとすれば俺達のような、ドラゴンのしきたりから逸れたような者くらいだろう』

つまり、ディーテやトロメアのような邪竜連中、というわけか。

もっともドラゴン界隈の勢力図など知りはしないため、それを聞いたところで何ともいえないのだが……。

『もっとも、部下など使わんだろうがな! 我らを打ち破った貴様らには、もはや一片の容赦もせんだろう! すぐにでも《空界の支配者》様がこの地に降り立ち、貴様らを焼き尽くす……! 恐怖するがいい、カナタ・カンバラよ!』

ディーテがそう口にしたとき、ディーテとトロメアの身体より、黒い炎が昇り始めた。

二体が何かをするつもりかと、俺は慌てて《英雄剣ギルガメッシュ》を構えた。

「下がってください、俺が……!」

だが、二体は苦しみながら、その場で暴れ始めた。

ディーテの纏う炎が黒炎に呑まれ、トロメアの纏う氷が一瞬にして溶けていく。

『こっ、これは、《献身の呪い》の……! 違うのです、《空界の支配者》様! 俺はただ、この無知なるニンゲンに《空界の支配者》様の偉大さを示そうとしただけなのです! お許しを……!』

『私、止めたのに! どうして、私まで……! 《空界の支配者》様……!』

どうやら《空界の支配者》が、呪いによって二体を監視し、いつでも殺せる状態にしていたらしい。

俺が助けようかと前に出たとき、ロズモンドが背後から声を掛けてきた。

「助けるには値せんぞ。こやつらは、生きる災害とまで言われるほど、人間を苦しめてきた邪竜である。元々ニンゲンを虫けら程度にしか思っていないため、何かしてやっても恩義を感じることもないであろう」

ロズモンドの言葉に、俺は掲げた剣を止めた。

黒い炎は燃え広がらず、ただ二体のドラゴンの身体だけを燃やし尽くしていく。

「……だが、その《空界の支配者》とやらは、恐ろしく冷酷な邪竜のようであるな。貴様は、何をしでかしたらそんな相手に目を付けられたというのだ?」