軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十五話 閻魔様の御前で(side:ロヴィス)

巨大な鬼……大精霊、ヤマダルマラージャは、どっしりと床に座ったまま、頭を下げ、その三つの目でロヴィスを睨み付ける。

「あの……こちらの大精霊は、何のために……?」

ロヴィスは引き攣った顔で、ルナエールへとそう尋ねた。

「ヤマダルマラージャの額の瞳は、因果の流れを可視化することができます。噛み砕いていえば、目前の人物が嘘を吐いているのかどうかが、一目見ればわかるということです」

ルナエールが自身の額に指を当てながら、そう語った。

「な、なるほど……」

「ヤマダルマラージャは、審判の対象が嘘を吐いていると察知すれば、相手を喰らってしまいます。ヤマダルマラージャに喰われた魂は、以降永劫に成仏することなく、彼の腹の中で苦しみ続けるとされています。些細な冗談に反応するようなことはないはずですが、万が一ということもあります。あまり余計なことは口にせず、さっき言った言葉を繰り返していただければそれで結構ですよ」

ロヴィスは大鬼を見上げる。

大鬼が口を開ける。

大鬼の口の中では、仄かに光を放つ人間の輪郭のようなもの、恐らくは魂の成れの果てらしきものが、大きく腕を伸ばしながら苦しげに喘いでいた。

「オオォオオオ、オオォオオオオオ」

取り込まれた亡者達の悲鳴が漏れる。

大鬼は口を閉じ、中で何かをよく噛むように動かした。

ロヴィスは逆に汗が止まった。

ロヴィスもまさか、粘った結果、死よりも惨い事態へ向かうことになるとは思っていなかった。

しかし、これくらいのことは想定しておくべきだったのだと、ロヴィスは反省していた。

この少女が、この少女の形をした何かが、自分の理屈では推し量れない、何か大きな法則のような存在であることは、彼女が外套を外した時点でわかっていたことであった。

もう、とっとと諦めて、大人しくしていた方がよかったかもしれない。

「ロ、ロヴィス様、その……」

ヨザクラはロヴィスに何か声を掛けようとしたが、しかし、もう何を彼に言えばいいのかもわからず、続く言葉がなかった。

元々ルナエールが出てきた時点で頭がパンクしかかっていた上に、ロヴィスの虚言で完全に混乱していた。

そこに畳みかけるように、大精霊ヤマダルマラージャの登場である。

完全に頭が追い付かないでいた。

また、それはヨザクラだけでなく、ダミアとポメラにも同じことであった。

彼らもまた、ヨザクラ同様に沈黙し、ただ事態を傍観することしかできないでいた。

「どうしたのですか?」

ルナエールが急かすようにそう口にした。

ロヴィスは息を呑み、覚悟を決めた。

「カ、カナタ様は、俺の命の恩人です。少し前に、危うく命を落としそうであったところを、カナタ様に助けていただきました」

ルナエールは大鬼の顔を見上げる。

大鬼は静かにロヴィスを見つめていた。

「以来、カナタ様からのちょっとした頼みごとを引き受けたり、俺から贈り物をしたり、旅に同行したりと、そうして親交を深めさせていただいた仲でございます……!」

大鬼は小さく頷いたが、それ以上の反応を示さなかった。

「そこまで詳しく話していただかなくても別によかったのですが、なるほど、確かに嘘は吐いていないようですね」

ルナエールの言葉に、ロヴィスは深く安堵の息を吐いた。

口から心臓が出そうな想いであった。

確かに嘘は吐いていない。

元々命の危機に遭ったのは、ロヴィスがカナタを襲撃したのが発端であり、ただそのことを見逃してもらったというだけの話である。

ただ、一応は命の恩人であると、そういえなくはない。

贈り物やら頼み事やら旅の同行やらも全て、ロヴィスがどうにかカナタの機嫌を損ねないようにと媚を売っていただけである。

旅の同行に至っては、ただ外の事情に詳しくなかったカナタが、道案内をロヴィスに頼んだだけである。

確かに都市に移動するまでずっと時間を共にしていたので、多少は親交が深まったと、そういう言い方ができなくもない。

実際には、別にカナタもロヴィスをどうとも思っていないし、ロヴィスもまたカナタを危険人物としか見ていなかったが。

しかし、そこだけ並び立てられて聞いたルナエールは、さぞカナタとロヴィスは仲が良かったらしいと、すっかり勘違いさせられていた。

「……カナタの友人であれば、私がここでどうこうするわけにもいきません。仕方ありません……行ってください」

「はっ、はい! 見逃していただき、ありがとうございます!」

ルナエールが腕を上げ、壁へと向けた。

壁周囲に黒い光が漂い、空間が歪んだかと思えば、黒い光と共に空間が圧縮され、轟音を伴って壁が崩壊した。

「ですが、貴方達を逃がした以上、私にもその責任というものがあります。貴方が他の場所で凶行を働いているとわかれば、そのときは私が責任を取って、貴方の許へと向かわせてもらいます。そのことを忘れないでください」

「しょっ、承知いたしました! あの、カナタ様に、またよろしくお伝えください!」

ロヴィスはルナエールに声を掛けられ、ぺこぺこと頭を下げた。

床を這うようにそろそろと起き上がり、ダミアとヨザクラの首を掴んで外へと逃げて行った。

ルナエールは彼らの背を見送った後、大鬼の姿を消した。

その後、ルナエールは固まっているポメラを振り返った。

ルナエールは目を細め、まじまじとポメラを観察する。

「…………」

目が、怖い。

オーラに圧迫感があるのは無論のこと、ロヴィスを見ていた時よりもむしろ目が怖い。

彼女の神々しい二色の双眸に、何か底知れぬ感情が渦巻いているのをポメラは察知した。

「な、なな、なんでしょうか? えっと……カ、カナタさんのお知り合い……なのですよね?」

ルナエールは怪訝げに目を細めたまま、ゆらりと幽鬼のように彼女へ距離を詰める。

「ひっ! ポポッ、ポメラを食べても、美味しくありませんからっ!」

「……時空魔法第二十三階位《 治癒的逆行(レトグレーデ) 》」

ルナエールは彼女へ手のひらを翳す。

優しげな光が広がり、ポメラの傷が、見る見るうちに塞がっていった。

「う、嘘……?」

ポメラは茫然と自身の傷があったところへ目を向ける。

傷口や血がまるで意思を持っているかのように動き、塞がり、元通りに馴染んでいくのだ。

何の傷跡も残っていない。こんなもの、ポメラの知っている白魔法ではあり得なかった。

肉体の再生能力を活性化させる、などという次元を超えている。

続けてルナエールは、周囲へ目を向けながら腕を翳す。

「時空魔法第二十二階位《 物の記憶(オブジェクトメモリー) 》」

建物内部に光が立ち込める。

物の破片や残骸がくっつき、ひとりでに浮かび上がる。

廃墟と化しかけていた冒険者ギルドが、あっという間に修復されていく。

すっかり《血の盃》襲撃前へと戻っていた。

「こ、こんなのって……。あ、あの、貴女は、一体、何者なんですか? カナタさんの、お知り合いなのですか?」

ポメラが困惑げにルナエールへと尋ねた。

ルナエールは目を瞑り、逡巡する様子を見せる。

その後、ポメラをゆっくりと振り返った。

「……ポメラ、でしたね、貴女の名前は」

「え? は、はい、そうですが」

ルナエールは深呼吸をしてから、ポメラへと指を突き付けた。

「あっ、貴女に、カナタは渡しませんので! おっ、覚えておいてくださいっ!」

顔を真っ赤にしながらそれだけ言うと、凄い速さで冒険者ギルドから出て行った。

残されたポメラは、茫然とルナエールの背を眺めていた。

それからすぐに、冒険者ギルドへ冒険者達が戻ってきた。

まだ警戒するように武器を構えていたが、ポメラを見て口々に歓声を上げていた。

「す、凄い、やっぱり聖拳ポメラが勝ったんだ!」

「だから言っただろ? 俺は見たぞ! あのロヴィスがこの世の終わりのような顔をして、無様に大慌てで逃げていく様を!」

ポメラは冒険者達の言葉にぽかんと口を開けていたが、すぐに激しく首を振った。

「ちっ、違います! それ、ポメラじゃないです!」

「見ろ、聖拳ポメラは無傷だ! 三対一で、赤子同然にロヴィスを片付けてみせたんだ……!」

「それには、そのっ、理由が……!」

「あれだけ破壊されていた建物が、元通りになっている……? まさか、ポメラさんの白魔法は、物の傷まで癒すことができるのか!?」

冒険者ギルドが、より大きな歓声へと包まれる。

「違います! 違います! なんでもかんでもポメラのせいにしないでくださいっ! 本当に怒りますよ!」

一方、どうにか都市マナラークを脱したロヴィス一行は、息を切らして草原に突っ伏していた。

「駄目かと思った……今回こそは、さすがに駄目かと思った……。おい、ヨザクラ、ダミア、分かっているとは思うが、もうマナラークには戻らないぞ。何なら俺は、一生あそこへはいかない。思い出したら吐きそうだ」

「あの女は、一体何者なんですか? ロヴィス様はご存知の様子でしたが……」

ダミアがロヴィスへ尋ねる。

「うん? 何を言っている、俺が知っているわけがないだろう」

「えっ」

「ずっとお前達と行動を共にしていたのに、いつカナタから聞き出す時間があったというんだ」

「し、しかし……」

「あの白い女のことなら名前さえ知らん。いつ破綻するのか冷や冷やしていたが、どうにか最後まで気づかれなかったらしい。だが、きっとマナラークでカナタと落ち合う予定だったのだろう。あんな嘘はすぐにバレる。次に会った時が、俺達の最期になりかねない」

「ロ、ロヴィス様……」

ヨザクラが何とも言えない表情でロヴィスを見る。

「なんだ!? また俺を責めようというのか! あれは無理だと、さすがにわかるだろう!」