軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

44.懐かしい夢(3)

リオ様に離婚を突き付けた。

不思議なことに、もう悲しいとは思わなかった。

心残りは子供達のことだけ。

大人の身勝手に振り回される子供達に申し訳無さが募る。

だって彼等は道を選ぶ自由すら与えられないのだから。

いつか、ウィリアムやコーデリア様のお腹の子に罵られる日が来るのかもしれない。

それでも、私にはこの道しか選べなかった。

歪であったとしても、子供達を守ってくれる家族と家を残すこと以外、私にはどうしても出来なかったの。

いつか大きくなった貴方達に謝ることが出来るかしら。

この心臓が止まることなく、頑張り続けてくれる未来が来る確率はどれくらい?

「アシュリー様、お疲れ様でした」

「マクレガーさん。私はもう依頼人ではありませんので、そんなにかしこまらなくていいですよ。私の方が年下ですし」

「では、アシュリーと呼んでも?」

「いいですよ」

だって今日で最後だから。

「では、私も名前で呼んでくれ」

「……ジェフリーさん」

「ありがとう、行こうか」

「はい」

ゆっくりと二人で歩く。でも今日は無言だわ。

「……そういえば、子供達の健康診断を提案して下さってありがとうございます」

「ああ、あれはマシューの意見だよ」

あら、名前呼び。いつの間にそんなにも仲良くなったのかしら。

「そうなのですか?」

「私では限界があるから相談したんだ。

医師なら健康状態や虐待の有無、成長異常なども分かると教えてくれてね。彼の友人を紹介してくれたんだ。伯爵が承諾してくれてよかったよ」

「…リオ様は困った人だけど、悪人ではありませんから」

「悪気がない方が悪辣な場合もあるけどな」

「それでも彼は子供達の父親です。それだけは変えられません」

「……本当にな。それが彼の唯一の功績にならないといいが」

どうやらジェフリーさんは本当にリオ様……いえ、スペンサー伯爵が嫌いみたい。

「子供達が幸せなら何でもいいです」

「……出来れば」

「はい?」

「私の幸せも願ってくれないだろうか」

ジェフリーさんの幸せを私が?

「あの、私はシスターでも何でもありませんよ?」

「アシュリー。君だから頼んでいるんだ」

どうして?私などが願っても意味はないのに。

「……その、祈るだけでいいのなら。

『ジェフリーさんがこれからも幸せでありますように』

……何だか恥ずかしいですね」

何なのかしら。何だか辱められている気がします。

「ありがとう。これで少し勇気が出た」

「お役に立てて光栄です?」

ジェフリーさんは今、幸せではないのでしょうか。やはり、まだ奥様とお子様を喪った悲しみが癒えないのか。

「アシュリーの願いはいつも優しい」

「…え?」

「願い事とは、現状に不満や不足を感じる時に行うものだろう?

もっと裕福な暮らしがしたい。あれが欲しい、これが嫌だから変えてほしい。

悪く言えば、自分の欲が願いになる。

だが、貴女の願いはいつも自分以外の幸せばかりだ。

家族を喪った夫に幸せな家庭を与えたい。

育ててあげられない子供に出来うる限りの幸せを残してあげたい。

愛に恵まれなかった愛人は、罰だと言いながらも温かい家庭を作れるようにと願い、貴方の不幸を作り上げた前伯爵夫人すら、良き祖母になって欲しいと願う。

それでいて、願って終わりにもしない。

願い事が好きな人って、他力本願な人が多いと思うんだ。

願うだけで行動しない。心の中で唱え続けるだけ。

でも、貴女は願いを叶える為に必死に努力し続けてきた。体を壊す程にね。

……そんな君のことが愛おしいと思った。

そんなに傷付いていても、小さな幸せを見つけて微笑む。そんな貴女とこれからも共にいたいと願うよ。

アシュリー、今度は私の幸せを願ってくれ。

私はそんな君を守りたい。君を幸せにしたい。

君が笑ってくれると、私も幸せになれる。

──君のことが、好きなんだ」

真剣な眼差し。彼が本気だと分かる。

「……ジェフリーさんの気持ちは嬉しいです。

でも、お受けすることは出来ないわ」

こんなにも素敵な方に、いつ死ぬか分からない女をあてがうなんて駄目に決まっている。

「理由を聞いても?」

「…離婚したばかりです」

「もちろん待つよ」

「前の家庭に心を残しています」

「子供に、だろう?それは今後も一緒に考えよう。私は結構役に立つと思うよ」

「……心臓がいつ止まるか分からない」

「それは私も同じだ」

え?ジェフリーもどこか悪いの!?

「なんせ7歳も年上のオジサンだからな。男の方が女性より寿命が短いというから、私の方が先に死ぬ確率は高いよ」

「でも、それとこれとは違うでしょう?」

「マシューは過労からの心臓病なら治る可能性はあると言っていた。

それに何よりも今、君は生きてるじゃないか。

私はね、永遠の幸せが欲しいわけじゃない。

ただ一日。今日一日の幸せを願うよ」

……たった一日だけ?

「今日一日、君と共にあれてよかったと満足して眠りに就く。

朝起きて、隣で眠る君の顔を眺め、またその一日の幸せを願う。

そうやって一日を大切に生きられるなら、愛するものも無く、無為に過ごす十年より余程尊いものになると思うんだ。

だからアシュリー、そんな小さな幸せを共に願ってくれないだろうか」

「……全然小さくないわ」

「そうかい?普通のことだよ」

……本当にこの人は。いつもさらりと私の不安を拭い去ってしまうのね。

「それにさっきから、私と一緒になるのが嫌だとは言わないじゃないか。

嫌いだとか迷惑だとか生理的に無理とか。そんなことを言われたらどうしようかと思っていたのだけどね?」

「っ、それは!」

そうね、そうやってお断りするべきだったのね。でも、生理的に無理とか言える自信がないわ。

「アシュリーが嘘が苦手でよかったよ」

「……まだ承諾していません」

「うんうん、 ま(・) だ(・) ね、まだなんだなあ」

……ぁぁああああああっ!!

勝てない!ジェフリーさんに口で勝てる気がしません!

「知りません!私は断りました!」

「そうだね。いいよ、時間を掛けてじっくりと口説くから。……覚悟してね?」

……じっくりって何。何で大人の色気を振り撒くの。

「もういいです。早くハンナさんのお店に行きましょう」

「そうだな。では、はい」

「はい?」

……何故手を出すの?

「君と手を繋いで歩けたら、さっきの願いが叶いそうなんだが」

さっきの?……あ、幸せになりますようにと願った……

「……繋ぎませんよ」

「どうして?」

「離婚したばかりで他の男と手を繋いで歩いていたら醜聞でしょう!」

「なるほど。では、ひと月後にもう一度お願いしますね」

「もう!どうしてそんなにも強引なんですか!」

「後悔しない為です」

後悔……貴方が?

「事故にあって、人は本当に突然いなくなるのだと知ったよ。

たくさん後悔したんだ。やってあげたかったこと、伝えたかったことが沢山あった。

だからね、今度大切な人が出来たら、ちゃんと思いを伝えようと思った。やりたい事も言いたい事も全部。

しっかりと相手と向き合って、長くなくてもいい。後悔しない人生を送ろうと誓った。

だから貴女も、私のことを少しでも好ましいと思ってくれるなら、命の長さを言い訳にせず、ちゃんと向き合って欲しい」

そう……そうね。ジェフリーは既に一度、大切な人達を喪っているのだわ。

「……喪う悲しさを味わうくらいなら、最初から手にしなければいいとは思わないの?」

私は怖い。いつか私の死が誰かを傷付けることが。

「一人寂しく生きていくより、二人で生きた幸せな思い出がある方がいい。

それにさっきも言っただろう?死とは突然やってくるものだ。そして、それは誰にでも訪れる普通のことだよ。だから今を大切に生きる。それだけだ」

……ああ、好きだな。

もう無理、認めるしかない。

だってジェフリーさんと共に生きたいと思ってしまった。

「ありがとう、ジェフリーさん。……私も貴方に惹かれているわ。でも今すぐは無理。どうしてもウィリアムの事を考えてしまうの。

別れて直ぐに再婚だなんて、あの子のことが嫌いで捨てて行ったのだと思わせたくない」

どうしてもこれだけは譲れない。

ウィリアムのことを考えると、再婚を考えていいのか分からないもの。

「勇気を出してくれて嬉しいよ。

ウィリアムのことは一緒に考えよう。今は君の気持ちを知ることが出来ただけで十分だ」

どうしてこんなにも優しいのだろう。私はとてもわがままなことを言っているのに。

「まだ後ろ向きなことを考えてる?」

「……だって」

「いいよ。そんな君だから惚れたのだとこれから信じさせてみせるから」

お手柔らかにお願いします……。

「さて、美味しい食事に出掛けようか」

「……ええ、ハンナさんに遅いと叱られてしまうわね」

「手は?」

「つなぎません!」

そうね。特別なことではないのかもしれない。

こうやって、小さな幸せを──。