軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

38.出会い 2(ジェフリー)

「私は幸せな家庭を築きたかった。

だから必死に仕事をして、お義母様とだっていつかは分かり合えるはずだからと、揉め事を起こさないように気を使って、リオ様とは最初は親戚の子供くらいにしか思えなくて、でも夫として少しずつ歩み寄ってくれている気がして嬉しくて……。

ああ、何を言ってるのかしら。こんなことじゃないですよね、違います、そうじゃなくて」

話し出すと、まるで蛇口を勢い良く捻ったかのように彼女の気持ちが溢れ出た。

「止めないで下さい。そのまま正直に話して頂いて結構です。貴方は誰かに打ち明けたかったはずなのですから」

どれ程我慢し続けてきたのか。たった少しの本音すら、悪いことかのように塞いでしまう。それでは息すら出来ないだろうに。

「……ウィリアムを抱きしめたい。ずっと一緒にいたいんです。夫を愛していました。でも、何度も他の女性に触れたのだと思ったら無理なんです、一緒にいたくないっ!愛人なんか許せない、なんでなのって思うのに、私のせいで誰かが不幸になるのは嫌なんです。人の不幸を願うのは怖い。……優しいんじゃない。ただ、そのことを背負いたくないだけで。

赤ちゃんには本当に罪はないと思っています。だから産む気があるならば産んでほしい。でも、その子を我が子として育てるのは無理です。ごめんなさい」

今までの会話とは違って、纏まりなどなく、ただ溢れるままに語られる言葉達。でも、そんな本音の中にすら憎しみが無いことに驚いた。

「……心臓が壊れかけてるんです」

「え?」

「出産の時に一度心臓が止まりました。その前から、時々息苦しさと動機や胸の痛みがあって。

たぶん、睡眠不足や過労のせいだろうと言われました。

だからどちらにしてもウィリアムは育てられないし、伯爵夫人としての仕事ももう無理なんです」

ちょっと待て。何だそれは?

ここまで家を立て直してもらって、嫡男を命懸けで産んでくれて、体まで壊してお払い箱なのか?

「……その件だけでも訴えることは可能ですよ」

「いいえ。私の一番の望みはウィリアムが幸せであることです。ですから伯爵家に没落されては困りますし、伯爵は愛人の方と再婚して温かい家庭を築いていただく必要があります」

なんとも突き抜けたお人好しだ。いや、これは母親としての愛情なのかな。

「伯爵は大馬鹿ですね。こんなにも魅力的な女性を裏切るなんて。まあ、だから今頃離婚したくないと慌てているのでしょうが」

「ふふ。慰めて下さりありがとうございます」

「まさか。本気ですよ」

だってこんなにも愛情深い人は中々いないだろう。

その上美人で優秀だなんて、一体何があったら浮気に走ることになったのかと問い詰めてやりたいくらいだ。

「分かりました。では、方向性としましては、ご子息を第一に進めましょう。伯爵の方は浮気者扱いで十分です」

「えっと?」

「絶対に離婚したいのだと思わせるには必要です。気持ち悪くて触れられるのも無理、同じ空気すら吸いたくないと言えば理解を得られるでしょう」

「……空気までは言ってませんよ?」

「多少の誇張は許されます」

「まあ、弁護士とは怖いのですね」

「口撃が仕事ですから」

それから慰謝料の件でいるいらないと揉めたが、一般的な金額くらい貰えなければ弁護士としてのプライドに傷が付くと言えば、お人好しの彼女は折れてくれた。

お金はいくらあっても困らない。体を壊しているなら尚更だ。

「よければもう少しお話をしたいので、夕食を一緒にどうですか?近くに美味しいお店があるんです」

何故だろう。彼女ともっと話がしたいと思った。

「あの、奥様は大丈夫ですか?」

ああ、この指輪のことか。

「妻は随分前に事故で亡くなりましたので、今は独り身です」

「…そうなのですね。失礼致しました」

「いえ。ただ、その時の怪我で右足が少し悪くて。歩くのが少々ゆっくりになりますがお許し下さい」

これでも随分よくなったのだが、どうしても少し引き摺るようにしか歩けない。

杖を使えば困る程ではないのだが。

アシュリー様から了承を得られたので、馴染みの店に向かうことにした。

二人で事務所を出て、のんびりと歩く。

「私も胸が苦しくなるといけないので、最近はゆっくりと歩くことにしているんです。

そうしたらね、ほら。あそこを見て下さい」

示された方を見る。何のことだろう?

「あそこです。煉瓦の隙間」

「ああ、可愛らしい花が咲いていますね」

「ね?ゆっくり歩いていると、今まで気付かなかった小さな幸せを見つけられるようになったんです。ふふ、得をしてしまいました」

ふんわりと優しく笑いながら小さな幸せを喜ぶ。

……ああ、この人は本当になんて美しい。

姿ではなく、その心の有り様が綺麗で。

彼女のことがもっと知りたいと、そう思った。