軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

3話 ついに見つけた米と味噌

「それでは、改めまして……ようこそ、ヒノモトへ! 父である藩主より、城へお通しするよう命を受けております。今からお連れしますね」

サクラは仕切りなおすように、凛とした立ち姿で私たちに挨拶をした。

柔らかな微笑みを浮かべつつも、背筋はぴんと伸び、その声には穏やかさと同時に、姫としての気品さを漂わせていた。

「どうぞ、お乗りください」

私たちは、彼女に案内されるまま駕籠へと乗り込む。

駕籠(かご) とは、人を乗せて人力で運ぶ乗り物のこと。人が座る部分を一本の棒に吊し、複数人で棒を前後から担いで運ぶようだった。

「まあ、素晴らしい景色ね……なんだか時間がゆっくり流れているみたい」

駕籠の窓から眺める港町の風景は、どこか懐かしく、それでいて不思議な異国の色合いに満ちていた。

前世で暮らしていた日本の街並みに似ている。けれど、同じではない。むしろ、教科書で目にした江戸の挿絵に近かった。

低く平たい屋根の町家が整然と並び、軒先には風鈴や竹筒が吊るされ、涼しげな音を奏でている。行き交う人々は控えめな仕草でこちらに視線を向けながらも、誰一人騒いだりせず、変わらず日常を営んでいた。

まるで前世で訪れた京都を思わせる、古都の風情がそこにあった。

「自国とは全く違う街並みだね。異国に来たのだと実感するよ」

思わずといった感じで呟いたカミルに、私は笑った。

「ええ。本当に……異世界に来たみたい」

――本当に、この国に似た“異世界”から来たのだとは、口にしないけれど。

そして駕籠は港を離れ、道はゆるやかな上り坂へと変わる。

段々と畑や茶畑が広がり、風に揺れる緑の波の向こう、次第に屋並みが姿を現し始めた。

「城下町に入ったようだね」

カミルの言う通り、川に架かる橋を越えると、いよいよ本格的な城下町の風景が始まった。左右には低く連なる町屋が軒を連ね、白壁に黒瓦の屋根が夕陽に照らされて鈍く光っていた。

行商人の屋台、煙を上げる焼き魚の店、風にゆれる紅の布。どこか人間味のある雑多さを感じる。

細く張られた縄暖簾をくぐって、客がちらほらと蕎麦屋へと吸い込まれてゆく。湯気とともに立ちのぼる出汁の香りが風にのって漂い、心なしか腹の虫が騒いだ気がした。

やがて道は広くなり、視界が開ける。

城下の中央――緩やかに上る坂の先に、それはあった。

「まあ、立派な城ね……!」

巨大な石垣が視界を遮るように立ちはだかり、その上に、堂々たる白亜の天守がそびえていた。瓦は艶のある深い青、軒下の金具が陽にきらめいている。高く聳えた屋根の端には、空を睨むかのように金の鯱が輝いていた。

「こんな城に住む方と、これからお会いするのね……ちょっと緊張してきちゃった。私の“野望”の為にも、外交は失敗できないもの」

私達は駕籠を下りて、地上に足をつける。

先ほど「ツキシマ」と呼ばれた武士の男が振り返り、厳めしい表情のまま告げる。

「こちらが、我が主の居城だ。くれぐれもご無礼のないように」

その言葉に、私も思わず背筋を伸ばした。

正門の前には、重厚な木の扉が控えていた。黒漆が塗られた表面には、城主の家紋が誇らしげに刻まれている。門の両脇には槍を持った門番が立ち、無言でこちらを見つめていた

何かを問われるでもなく、武士がひとこと名乗るだけで、その巨大な門が軋むような音を立てて、静かに開かれる。

城の内へと足を踏み入れた瞬間、外界の喧噪は嘘のように遠ざかった。玉砂利が敷かれた中庭に、梅の木が一本、すでに実をつけていた。風に乗ってふわりと香る青梅の匂い。どこか懐かしく、けれど異国の香り。

「ここは……庭園ね」

見渡せば、手入れの行き届いた松の庭。白砂を敷き詰めた小径が静かに延び、池では鯉がゆったりと泳いでいた。風にそよぐ枝葉がかすかに触れ合い、さらさらと心地よい音を奏でる。

「風流ね……」

「本当だ。自国の庭園とは違った趣で優美だね」

カミルが感嘆を漏らす。私も頷いた。

「ええ……。池や石組み、植栽を上手く使って、ありのままの自然の美しさを引き立ているみたい」

腰を低くした侍女たちが列をなし、私たちを迎える。

履物を脱ぐよう促され、畳敷きの館へと足を踏み入れると、静けさはいっそう張りつめ、肌にまとわりつくようだった。

案内に従って廊下を進む。障子越しの午後の光が淡く床を照らし、木の軋みさえ慎ましく響く。

通された一室で、私たちは座敷に膝をつき座る。

しばしの沈黙ののち、障子戸がすうっと音もなく開かれた。

そこには、上座にどっしりと座った一人の壮年の男がいた。背筋を伸ばし、静かな眼差しでこちらを見ている。鋭さと威厳を湛えたそのまなざしに、一瞬、喉が鳴るのを堪えた。

「遠路よりようこそ。ヒノモト国・永咲藩を治める城主、春日曙光である」

通訳を介しながら、重々しく名乗るその声音は、年齢を重ねながらも力強さを失っていなかった。

「こちらこそ、厚きご招待に深く感謝申し上げます。エリザベート・グラシエルと申します。

私共がこの地を訪れたのは、単なる好奇のためではございません。文化の理解と、相互の友好を育むための第一歩となれば、それ以上の喜びはありませんわ」

通訳を挟んで言葉を交わす間にも、城主は視線を逸らすことなく、ただ静かにこちらを見据えていた。

やがて、国書とともに贈答の品が一つずつ披露された。

白絹の光は柔らかく、金銀細工は陽の光を受けてきらめく。宝石の深紅、繊細な筆致で描かれた絵画など。異国の技と心を映した贈り物が並ぶたび、城主はほんのわずかに目を細め、静かに頷く。

「異国より来たりし姫君。よき教養と誇りを持つ方とお見受けいたす」

その言葉が通訳された瞬間、私の隣でカミルが小さく微笑んだ。

どうやら、城主の好感は得られたようだ。

「そろそろ、お腹が空いてきた頃ではございましょう」

城主が静かに告げると、襖がするりと音もなく開かれた。数人の侍女たちが整然と入室してくる。

彼女たちの手にあるのは、漆黒に艶めく膳。その上には金の縁取りが施された器がいくつもきちんと載っていた。

侍女たちは足つきの膳を一つひとつ慎ましく運び、私たちの前へと丁寧に並べていく。

「ささやかながら、我が藩よりのおもてなしである。どうか召し上がられよ」

その声に合わせて、目の前の景色が一気に華やいだ。

ヒノモトの食事は、我が国のように一皿ずつ供されるコース形式ではなく、すべての料理が一度に並べられる。所謂、本膳料理と呼ばれる形式だった。そんなところにも異文化を感じる。

目にも鮮やかな小鉢に、野菜の煮物。黄金の鱗をきらめかせる尾頭付きの鯛、金箔が舞うように散らされた刺身。

そして、蒸したての米の白さに、味噌汁の湯気が重なり――

その一品一品が、もてなしの心を静かに語っていた。

「まぁ……なんて、美味しそうなのかしら」

盛り付けは繊細で、見た目からして食欲を誘う。

私はこくりと喉を鳴らした。手を合わせて頭を下げる。

「いただきます」

カミルも真似して、おずおずと手を合わせる。初めての所作に戸惑いながらも、どこか背筋が伸ばしている。

まず、白米。真っ白で艶やかな粒が、湯気を立てている。

箸先でそっと掬い、口元へ運ぶ。

まずは、ひと口。口に含めば、ふわりと甘みが口の中に広がった。米の一粒一粒がほろりとほどけ、舌の上でしっとりとした粘りを残した。噛めば噛むほど、甘みがじわりと増してゆき、自然と頬がゆるんだ。

「ああ……」

――なんて、美味しいのかしら!

次に、味噌汁。木の椀を両手で包むと、湯気が頬を撫で、鼻腔に温かな香りが満ちる。鰹節と味噌――懐かしい香りに、身体がじんわりと反応した。

「……ほぅ……」

ひと口含んだ瞬間、身体がほっとゆるんだ。

出汁の深みと味噌のまろやかさが混ざり合い、まるで心の奥まで染み込むような味がした。塩気はあるのに、決して刺激的でなく、優しく寄り添ってくる。口の中が熱くなり、目の奥がじわりと潤んでいく。

「なんだか懐かしい……安心する、味ね……」

思わず、声が漏れた。

私は椀を両手で抱えたまま、じっと湯気を見つめる。

長いあいだ、口にしていなかった味。

前世では当たり前のように毎日食べていたのに、今では夢の中の出来事のようだ。懐かしさが胸に押し寄せ、思わず目を閉じる。

「炊き立てのご飯に御味噌汁。うーん、なんて完璧な組み合わせなの……」

箸を持つ指がかすかに震える。

ひと口、またひと口と味わうたび、胸の奥に溜まっていた何かがほどけていく。

懐かしさと安堵が入り混じり、涙がにじんだ。

――ああ、ようやくもう一度出会えた。和食を、また口にできる日が来るなんて!

それから、焼き魚。皿の上には、丸々とした一尾の鯛が乗っていた。

皮が香ばしく焼かれ、箸を入れると、白い身がほろり崩れる。口に入れると、驚くほど上品で、くどさのない旨味。豊かな脂が舌の上で溶け、海の香りとともにふわりと口の中に広がった。

続いて供された漬物は、塩のかすかな鋭さと酸味の柔らかさが絶妙に調和し、米の甘みを引き立てていた。煮物の大根は出汁をたっぷり含み、芯まで味が染みている。

「ああ、魚の火入れが絶妙ね。大根も柔らかいのに崩れない。職人の腕を感じるわ」

「本当だね」

隣に座るカミルも、慣れない箸をぎこちなく動かしながら、慎重に料理を口へ運んでいた。

最初は珍しげに眺めていたが、ひと口食べた瞬間、その表情がふっとやわらぐ。

「……これは、驚いたな。見た目は慎ましいなのに、味が深い」

そう呟く声には、ほんのりと感嘆が混じっていた。

尾頭付きの魚を前に、最初こそたじろいだものの、彼は箸を巧みに操り、身をそっとほぐして白米と交互に口へ運ぶ。

骨を避ける仕草もどこか慎ましく、その丁寧な所作が妙に板について見える。

「ん、この料理……もしかして、味付けは塩だけ? 塩だけで、こんなに味わいが出るのか……。ヒノモトの料理は、素材の力を生かしているんだね」

その言葉に、私は微笑んだ。

膳の上には並べられた色とりどりの小鉢。カミルはひとつひとつをゆっくりと味わっていた。

一皿一皿は小ぶりで控えめなのに、どれも奥深く、自然と噛みしめたくなる味。

気づけば、心も体も満ち足りていた。

それに、なにより……

油も、砂糖も、肉もない。なのに、こんなにも満足感がなんて――。

ダイエットにも最適だわ!

私は膝の上で拳をぎゅっと握りしめた。

“この味、この知恵を――かならず、自国へ持ち帰ってみせる!”

私は改めて、自分の野望を胸に刻んだ。