軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

番外編 マルグリットのダイエット奮闘記Ⅴ

運動を始めて、早一月。

朝はストレッチをして、午後はエリザベート様やジャンの指導でウォーキングや軽い運動をこなす。夜になる頃にはくたくたになり眠りにつくのも、すっかり日課になっていた。

けれど――。

――体重は、一向に減っていなかった。

鏡に映る自分の姿は、思ったほど変わらない。

「ど、どうして~!?!?きちんと運動したら痩せるって言ってたじゃないですか!!!」

床に突っ伏し、声にならない嗚咽を漏らす。ひと月分の努力を思えば、自然と涙がこぼれ落ちた。

「お、落ち着いてマルグリット。……なにか原因があるはずよ。見直してみましょう」

エリザベート様が困惑しながらも、優しく背を撫でてくれる。

その時。

「……なあ、マルグリット」

低く響く声に、びくりと肩が跳ねた。

振り返れば、ジャンが冷めた目をこちらに向けていた。

「確かに真面目に運動してるようだが……。お前、食べてるんじゃないか?」

「っ!」

図星を突かれて、心臓が喉から飛び出しそうになる。

「そうなの?マルグリット……」

エリザベート様が覗き込むように心配そうな眼差しを向けてくる。

「いや、以前に比べれれば、お菓子は少なめにしてるんですよ!?で、でも、運動するといつもよりお腹が空いて~」

必死に言い訳を重ねるわたしに、エリザベート様は困ったように眉を寄せた。

「運動は確かに大事。でもね、いくら動いても食べていたら痩せないの。減量するには、摂取カロリー……つまり食べたエネルギーより、消費するエネルギーが多くならなきゃいけないのよ」

「つ、つまり……あんなに辛い運動って、意味ないってことですか!?」

「違うわ。運動も大切よ。でも、それだけじゃ足りないの」

横からジャンが、鼻で笑うように肩をすくめた。

「どちらも大切だと、エリザベート嬢は言ってるんだ。……どうせ、ちょっとだけなら大丈夫だと言って、変わらず食べていたんだろう」

むぐぐ……。悔しいけれど、否定できなかった。

だって思い当たる節がありすぎる。夜中につい手を伸ばしたクッキー。お茶会でのケーキ。どれも「少しだけ」と思って食べたのに。

「その甘ったれた根性のままじゃ、痩せないぞ」

胸の奥がぎゅっと締めつけられる。悔しい。恥ずかしい。でも――このまま終わるなんて、絶対に嫌。

「むぐぐ……わ、分かったわ」

言葉に詰まりながらも、私は肩をぐっと正した。ジャンに馬鹿にされたままの私じゃないんだからね!

怒りと悔しさを胸に、私は決心する。

「食事制限、やってやるんだから……!」

小さな拳を握りしめ、ぎらりと光る決意の瞳。

今日から、絶対に自分を変える。そう、自分自身に誓った。

***

屋敷に戻り、夜、両親と食卓を囲んだ。

燭台の淡い光が、銀のカトラリーや白磁の皿にきらりと反射する。料理を前にしても、胸はどきどきと高鳴り、落ち着かない。

父はゆったりとワインを傾け、母は微笑みながらスープを口に運んでいる。

私はタイミングを見計らって、話を切り出した。

「ねえ、シェフにお願いして……ヘルシーな料理を作ってもらえないかしら? 私、本気で痩せたいの」

勇気を振り絞って口にした瞬間、ナイフとフォークの音がぴたりと止まった。

父と母が、同時に驚いた表情で私を見つめる。

「マルゴ、どうしてそんなことを?」

「ダイエットだなんて……あなたには必要ないでしょう?」

柔らかい声に、胸が締めつけられる。

――もし、あの日のことを正直に話したら。

友人たちの冷笑も、婚約者の嘲りも、ぜんぶ聞かせてしまったら。

この優しい人たちは、どんなに傷つくだろう。

喉の奥まで出かかった言葉を、私は無理やり飲み込んだ。

代わりに、少し大げさに笑ってみせる。

「あ、あのね!実際にエリザベート様にお会いしたの。もう、とてもお美しくて……! 私もあんなふうになりたいって思ったの!」

両親が顔を見合わせて微笑む。

「まあ、あの方は確かにとても綺麗なお方だが……」

父の声は柔らかく、しかしどこか思慮深い。

「マルゴはマルゴのままで十分可愛いのに」

母は優しく笑いながら、手をそっと膝に置く。

微笑みの奥に、少しの心配も見え隠れする。

「それにね……太りすぎは健康に悪いんですって」

嘘と本音を織り交ぜて、必死にごまかす。

本当は、友人や婚約者に笑われたことが原因なのだけど。

でも、優しい両親を傷つけるのが怖くて言えなかった。

「だから、私だけじゃなくて、父様も母様も一緒にどうかしら? 体を労わるのは、大事なことだと思うの」

父は腕を組んでしばらく考え込む。やがて、ふっと笑った。

「なるほどな……確かに健康のためなら良いことかもしれん。シェフに伝えておこう」

母もにこにこと笑い、同意する。

「あなたがそこまで言うのなら、少し考えてみようかしら」

「……ありがとう!」

こうして、私の食事制限がスタートした。

私は、エリザベートから伝授してもらったレシピをシェフに伝えた。

それからというもの、食卓にはヘルシーな料理が並ぶようになり、私はそれを口にした。

大好きなお菓子もぐっと我慢して、食事制限を続ける。

最初は物足りなくて苦しく感じたけれど……しばらくすると、少しずつ体が軽くなるのを実感できた。

そして何より――体重計の針が、少しずつ下がっていったのだ。

「え、うそ。」

眼をこすって見直す。

「わあ……! 本当に、落ちてる……!」

胸の奥からじわりと熱いものが込み上げ、思わず笑みがこぼれる。

「やったぁ……!」

嬉しさのあまり、思わずぴょんっとその場で跳ねてしまう。

ドレスの裾がふわっと揺れ、鏡の中のわたしまで一緒に跳ねた。

我慢してきた日々は、決して無駄じゃなかった。

毎日の努力、泣きながら耐えたあの苦しみも、全部、この瞬間のためにあったのだ。

えへへ、と頬が緩む。

わたしは、確かに変わり始めていた。

そして、この先も――

「絶対に、もっと可愛くなるんだから!」