軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

4話 次は運動よ

夜明け前、空が白み始める頃――。

私は、静まり返った自室の絨毯の上に立っていた。リボンで髪をまとめ、動きやすいシュミーズ姿。貴族令嬢らしからぬその格好で、両腕をゆっくりと広げて息を整える。

「……いち、に、さん、し……」

言葉に合わせ、ゆっくりと片足を後ろに引き、腰を落とす。前世で身につけたストレッチの記憶が、身体に沁みついている。肩を回し、屈伸し、足踏みを重ねていくと、体がじんわりと温まり、額にはうっすらと汗が滲んできた。

天井に吊るされたクリスタルのシャンデリアが、朝焼けの光を受けて揺らめき、煌めいた。

「ふぅ……。太ももの裏にじんわり効いてる。昨日より動きも滑らかね……」

「お嬢様、もうお目覚めですか?中に入ってもよろしいでしょうか?」

「いいわよ」

返事をした瞬間、しまった、と息をのんだ。

重厚な扉がゆっくりと開く音がして、次いで、甲高い声が部屋に響き渡った。

「お、お嬢様っ!?な、な、何をしていらっしゃるのですかっ!?」

侍女のアメリアが銀の盆を取り落としそうになりながら、部屋に飛び込んできた。真っ赤な顔で、私の姿を見つめ、言葉を失っている。

「何って……朝の運動よ。ストレッチをしていたの」

「す、ストレッチ……!?そのような、令嬢のお身体に相応しからぬ動きで……しかも、そのお召し物で!?下着姿で膝を曲げて、屈んで、なんて……!」

アメリアの視線が突き刺さる。確かにこの世界では、貴族の貴族の令嬢が肌着姿で汗を流し、ましてや人目に晒すなど、あり得ないことだった。

だからバレないようにこっそり一人でやっていたのだけど。

「そんな下品な動き、おやめください!ご令嬢がそんな薄着で……、はしたないです!」

アメリアは必死だった。この世界では“令嬢”は、清楚でおっとり、優雅にティーカップを傾ける存在。ましてや、朝から額に汗して足を動かすなど、使用人の想像を超えていたのだろう。

「でも、これは健康のためなのよ。身体を大事にするのも、貴族の務めじゃないかしら?」

「しかし、お嬢様のような高貴な方が、自ら汗を流すなんて……。ああっ、せめて、そのお姿だけでもお改めを……!」

アメリアの真剣な声に、小さくため息をついた。非難ではなく、心配と戸惑いと、そしてほんの少しの恐怖が伝わってくる。他のメイドと違って、彼女は私を心から案じてくれている。

「わかったわ、今日の分はもう終わったもの。着替えるわ」

私がそう言うと、アメリアは安堵の息を吐いた。しかし、私の胸の奥では、燃えるような感情がくすぶっていた。まだストレッチが終わっただけ。

運動は、これからが本番なのだ。

着替えを済ませて、屋敷の庭園に出る。

後ろには、見るからに不服そうな顔をしたアメリアが、のそのそとついてくる。

「運動なんておやめ下さい!」

「運動なんて大げさよ。庭園を散策するだけよ」

深く息を吸い込むと、朝露に濡れた芝の香りが胸いっぱいに広がった。

かすかに香る薔薇の花、そして静かな鳥のさえずり。こんなに美しい場所なのに、いままでのエリザベートはここを「太陽がまぶしい」と言って避けていた。

「もったいないわね」

庭園と言えども、此処は公爵家。東京ドームがすっぽり入りそうな広さで、もはや庭と言うより森に近い。人工の小川がせせらぎを奏で、薔薇のアーチの先には噴水が太陽を弾いている。端から端まで歩いたらいい運動になるだろう。

「今の私には最高のジムね!今日は初日だし、軽く一周ね」

歩きやすさを重視して選んだのは、軽やかなシルクのドレス。

肌を撫でるように柔らかな生地が、歩くたびに裾を優雅に揺らして美しい弧を描く。以前着ていた窮屈なドレスとは違い、今の私の身体にしっくりと馴染み、流れるようなラインがほどよく体を包んでくれる。

私は姿勢を正し、一歩を踏み出した。

かかとから着地して、親指の付け根で地面を押し出すように。お腹に力を込めて、お尻をきゅっと締める。OL時代、YouTubeの宅トレ動画で学んだフォームが、今この世界で役立っていると思うと、自然と笑みが浮かんだ。

「ウォーキングには、心を整える効果もあるんだっけ?……ふふ、懐かしいわ」

そう呟いてから、後ろを歩くアメリアに振り返って声をかける。

「ねぇ、アメリア。ただ歩くだけでもダイエットになるのよ。呼吸を意識して、筋肉を使って歩けば、代謝が上がって脂肪も燃えるの」

「……代謝……?」

「つまり、身体の中の炎よ。燃やすの。脂肪という薪をね」

その比喩に、アメリアは目をぱちくりと瞬かせた。

「そうなんですね。確かに身体のうちが燃えてくるようですわ」

事前に歩き方を伝えていたおかげか、アメリアの呼吸は少し上がっていた。それは、正しい姿勢で身体を動かしている証拠。

ただの散歩。されど、運動と無縁だった私にはとても辛いものだった。足が痛み、呼吸が乱れ、体力が追いつかない。それでも私は、歯を食いしばって腕を振り続けた。

「がんばれ、私……。これは、自分自身を取り戻すための戦いよ」

これは、ただのダイエットじゃない。

乙女ゲームの筋書きをひっくり返し、自分の人生を取り戻す。そのための第一歩なのよ。

この日を境に、私は毎日20分のウォーキングを日課にし、少しずつ時間を延ばしていった。階段の上り下りを取り入れ、寝る前のストレッチを欠かさず、日常の中に運動を組み込んでいく。体力がついてきたら、次は筋トレをするつもりだ。……ふふ、計画は山ほどある。

やることはたくさん。これから頑張るぞ!