軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

17話 攻略キャラという名の敵

定期的に開かれる、婚約者であるアルフォンス殿下との交流会。そのために私は王宮を訪れていた。

けれど、予想通りの結果だった。

「殿下は本日はご体調が優れず、休養を取られております」

「あらそう、またなの。それじゃあ、失礼するわ」

王宮の侍女が淡々と告げる。慣れた口調だった。つまり、これが一度や二度ではないということ。おそらく今日も、ルチアとの逢瀬を楽しんでいるのだろう。

私は胸の奥が冷えていくのを感じながらも、さっさと帰ることにする。あんな男の為に悲しむのも、怒るのも、無駄でしかないもの。

帰路につこうと廊下を進んだその時だった。向こうから歩いてくる人物に、私は足を止めた。

「……ごきげんうるわしゅう、ユリウス様?」

黒髪をきっちり撫でつけ、銀縁の眼鏡をかけた細身の青年。礼服の皺ひとつない整いぶりは、几帳面な性格をそのまま体現しているようだった。その佇まいはまさしく、宰相の息子――ユリウス・ウンブラ。

「ごきげんよう……?」

彼は一瞬、訝しげに目を細めた。私が誰なのか、すぐには気づかなかったようだ。

「まあ、しばらくお会いしていなかったから、忘れてしまったのかしら?エリザベートよ」

「――……エリザベート、嬢!?」

ユリウスの目が驚愕に見開かれる。その視線が私の全身をなめるように走る。数ヶ月前の、肥満で自信を失っていた私とは、別人に映ったに違いない。

「随分と……お痩せになりましたね」

「ええ、ダイエットしたの。――貴方の“ご助言”通りに、ね」

皮肉めいた微笑を浮かべると、彼は口を引き結んだ。どこか居心地が悪そうに、けれど相変わらず人を値踏みするような目が私を射抜く。視線ひとつ、歩き方ひとつで、私は悪役にされるんじゃないかと気が抜けない。

幼い頃から殿下に仕える立場として、私とも少なからず顔を合わせてきた彼は、

乙女ゲームの攻略キャラの一人だった。

彼はゲーム本編で、殿下の忠実な側近としてヒロイン――ルチアをつねに庇い、悪事の証拠を集め、最後に悪役令嬢である私を断罪した男だ。ゲームの通りなら、いずれ私は、彼の前で裁かれる。

「見た目が変わっても、内面が伴っていなければ意味はありませんよ。……努力を否定するわけではありませんが、令嬢たる者の品位とはまた別の話ですから」

「まあ、相変わらずお厳しいことで」

私の喉の奥に、冷たい笑いが滲む。

「品位ね。貴方の言う品位のある令嬢って、要するに都合のいい女ってことじゃないのかしら。女は黙って男を立てていればいいのでしょう?」

ユリウスの眉がわずかに動いた。ああ、思い出したのね。――あの会議での出来事を。

***

それは、王都の農業支援と飢餓防止策について話し合われた、特別会議の場だった。

私はグラシエル家当主の代理として、その会議に出席した。列席したのは名のある伯爵家や侯爵家の男たちばかりで、女の姿は私一人だった。そして、彼らの大半は、私が口を開くとは思っていなかったに違いない。

会議が進み、予算配分や労働力の不足について議論される中、私はふと、手元の資料に違和感を覚えた。

「失礼ですが、この施策案……農村の若年労働力の徴用について、数値に不自然な偏りが見られます。これでは末端に過重な負担が集中するのでは?」

一瞬、室内の空気が固まった。視線が私に集中する。

「……何か問題でも?」

そう切り返してきたのは、宰相補佐のユリウスだった。眼鏡越しの視線は冷ややかで、まるで「身の程を弁えろ」と言わんばかりだった。

「問題というより、懸念ですわ。徴用対象地域の偏り、対象年齢の不自然な下限。これをそのまま施行すれば、数年後には人材枯渇と健康被害が連鎖的に起こるのではないかしら」

ざわめきが広がる。幾人かの議員が資料を見直し始めた。

それでもユリウスは、表情を崩さない。

「令嬢、これは理想を語る場ではありません。感情論で施策を否定するのは、非現実的です」

「これは決して感情論ではないわ。データと分析に基づいた事実よ。そもそも民を守るのが、我ら貴族の責務ではなくて?」

「綺麗事ですね。貴女は現場をご覧になったことがありますか?絹の手でめくった紙の上で、どれほど立派な理屈を並べても、現場の声には敵いませんよ」

まさに火花を散らす応酬だった。

だが結果として、その会議では私の意見が採用された。後に知った話だが、あの施策案は、ユリウス自身の起草によるものだったという。

会議が終わった直後、ユリウスが音もなく歩み寄ってきた。彼の口元には、皮肉を含んだ笑みが浮かんでいた。

「――随分と、熱心に意見されていましたね。ですが、女性はもっと慎み深くあるべきです。女は黙って男を立てていればいい」

ユリウスは、わざとらしく小さく溜め息をついた。

「……殿下がルチア嬢に癒しを求めるのも、無理はありませんね。お勉強も結構ですが、まずはその怠惰な身体をどうにかすることです」

その声音は、同情でも忠告でもなく、あからさまな侮蔑に満ちていた。私が何か言い返そうとする前に、ユリウスは鼻を鳴らして去っていった。

その一件以来、ユリウスは私を強く、明確に敵視するようになったのだ。

***

「……変わりましたね、エリザベート嬢」

現在の廊下。

ユリウスは静かに私の正面へと歩み寄ってきた。その銀縁の眼鏡の奥には、相変わらず冷えきった光が宿っている。

「あら、それは褒め言葉として受け取ってもよくて?」

私が軽く皮肉を込めて問いかけると、彼は即座に切り捨てるように答えた。

「いいえ。むしろ、警告です。変わるふりなら、誰だって出来ますからね」

そしてすぐに、話題をあっさりと“あの娘”へと切り替える。

「ルチア嬢が最近、涙ぐむことが増えました。何か、心当たりは?」

「ルチア様が、ですって?」

あまりにも露骨な疑いに、私は少しだけ目を見開いた。ユリウスの声には、心底からの不信と憎悪が混じっていた。彼は、私がルチアを苛めていると本気で思っているのだ。

「愛しいルチアが泣いたら、全部私のせいなの?本当に、便利な構図ね」

「貴女はそういう女だ。今まで何度、ルチア嬢を泣かせてきたことか」

愛しいと思っているのは否定しないのね。

私は自嘲するように笑った。彼の中で、ルチアはいつまでも守られる存在で、私は永遠に裁かれるべき悪役令嬢なのだろう。

「ご心配なく。私はもう、アルフォンス殿下とルチア様と積極的に関わろうと思ってませんの」

これは嘘ではない。

前世の記憶を取り戻した今、私は間違いを繰り返すつもりなどない。ルチアに嫉妬し、怒りに任せて策を弄し、最後には追放される。そんな未来を辿る気は、微塵もなかった。

「あんなにアルフォンス殿下に執着していたのに?信じられません」

「……他の女性に現を抜かす婚約者に愛想を尽かしてしまったのよ」

これも本音。

けど、ユリウスはそれを信じない。いや、信じようとすらしていないのだろう。

「私は、王妃にはルチア嬢のような女性がふさわしいと考えています。感情に振り回され、他人を傷つけるような貴女に、その座を任せるわけにはいかない」

彼はそう言い切った。迷いも、躊躇もなかった。その瞳には、信念と、私に向ける敵意しかなかった。

……言われなくても、こちらから願い下げよ。あの男の婚約者の座なんてくれてやるわ!