軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

SIDEルチア

花盛りの庭園。噴水のしぶきが陽光に照らされ、虹のような光の弧を描く。まるで舞台のスポットライト。ここにいる私を、より美しく見せるための演出のよう。

ああ。今日も完璧だわ、私。

ピンク色のドレスの裾をひるがえして、優雅に腰掛ける。周りの誰かが私のドレスを褒め、別の誰かが昨夜の舞踏会の話題に花を咲かせる。耳に届く声のほとんどが私を中心に回っている。そう、いつものこと。

──だって、私はこの世界の 主役(ヒロイン) なのだから。

努力なんて必要ない。好きなものを好きなだけ食べても、私の身体は華奢なまま。生まれついてのこの可憐さは、神様から授かった選ばれし者の証。周囲の令嬢たちは私を引き立てる背景で、令息たちは揃いも揃って私に夢中。もちろん、アルフォンス殿下も例外じゃないわ。

あの視線。あの頬の紅潮。あの甘く優しい声の震え。恋に落ちた男の顔。恋に堕ちた男の表情なんて、何度も見てきたもの。殿下もそのひとりに過ぎない。

たとえ、殿下に婚約者がいたって関係ないの。

「エリザベート様が、今日いらっしゃるそうよ」と耳にしたとき、私は軽く笑って紅茶を一口含んだ。

と、そのとき。

空気がぴんと張り詰めるような感覚があった。日差しは変わらないのに、視界の輪郭がほんの少し、音もなく揺らいだような、そんな錯覚。

振り向いた先にいたのは──エリザベート・グラシエル。

ライラック色のドレスに包まれたその姿は、確かにだいぶ痩せたよう。輪郭は引き締まり、肌は艶やかで、背筋はすっと伸び、歩くたびに裾が優雅に揺れる。あの陰気で、ぼてっとした彼女が、こんなふうに?

……ふうん、頑張ったのね。

唇の端が、ほんの少しだけ吊り上がるのを感じた。思わず笑いそうになる自分を抑えて、私は春風のような声で呼びかけた。

「まあ……エリザベート様」

誰が聞いても柔らかく、慈愛に満ちた声で名を呼ぶ。まるで長年の友の再会を心から喜んでいるかのような、優しげな響きで。

「とても……お綺麗になられましたのね。お噂は、耳にしておりましたけれど、まさかあのエリザベート様がと」

まさかあのエリザベートがダイエットに成功するとは思ってもみなかった。

口元に手を添えて、驚いたふりをする。言葉に潜む棘を指摘されたところで、「少し、心配なのです」としおらしく言えば、誰も責めたりしない。善意の仮面は、いつだって最強の武器。

「私、大切に思っておりますの。すべての貴族令嬢が、ありのままの自分を愛せる世界を」

と口にしながら、心の中では笑っていた。無駄な努力を止めなさいって、遠回しに教えて差し上げているの。慈悲深い私からの、ささやかな忠告。

エリザベートなんて、所詮は舞台装置。私の敵になるには、あまりに分不相応。

貴方が失敗したダイエットの代わりに勉強してたのも知ってるけど、そんなの無駄な努力。お勉強が出来たって、女の子は可愛くなくっちゃ価値がないのよ。

努力なんて、滑稽なだけ。私のように、生まれ持った美しさを持たない人間が、足掻いたって何にもならないの。

「エリザベートッ!」

甲高く、少し裏返った声がバラ園に響いたとき、ほっと一息ついた。

ああ、ようやく来てくださったのですね、アルフォンス殿下。

殿下は汗を滲ませながら、まっすぐに私たちの間に割って入ってきた。その目は怒りに燃えている。

「一体、ルチア嬢になにをしてるんだ!」

私は大きな瞳をぱちぱちと瞬かせ、わざとらしく殿下を見上げた。

いえ、エリザベートは実際、なにもしていない。私と会話をしてただけ。ただ、それを“何かあったように見せる”のが、私の得意分野。

「い、いえ……エリザベート様と少しお話をしていただけで……」

伏し目がちに、おずおずと答える。殿下の庇護欲を、確実に掻き立てる声色で。

「お前はまた……!なぜこうも彼女を目の敵にするのだ!」

エリザベートが殿下の言葉に「ただ挨拶をしていただけ」と反論する。だけど、殿下の中で彼女は悪役令嬢。何を言っても響かない。

その隙に、私は殿下の袖を引っ張り興味を引いた。俯きながら囁く。

「殿下……私は本当に、大丈夫ですの。ただ少し……エリザベート様の変化に驚いただけで」

演技なんて、簡単。慈悲深い令嬢を演じることほど、楽なことはない。

「……ルチア嬢……なんと慈悲深い……!」

思った通りの言葉が、殿下の口から漏れた。私は笑いそうになるのを必死で堪えた。

ああ、でも……ちょっと拍子抜けね。以前のエリザベート様なら、私が殿下と少しでも親しげにしていようものなら、すぐに「私という婚約者がいる殿下に近づくなんて、品位がないわ!」とか、「公衆の面前で軽率よ!」とか、私に突っかかってきたのに。

それを私は、“彼女こそが意地悪な悪役令嬢”に見えるよう、毎回煽ってきたのよ。今日はそれがないから、なんだかつまらないわ。

殿下の視線がようやくエリザベート様を真っ直ぐに捉えたとき、彼は初めて、彼女が変わっていることに気づいたようだったけど、「少し痩せたな?」と一言。たった、それだけ。

ふふ、やっぱりね。

どれだけ変わったとしても、私の敵にはなれないわ。

──この物語の主役は、あくまでもこの私。

貴女には、せいぜい私を輝かせるための“悪役令嬢”を演じてもらわないと。

「では、失礼いたします。どうかルチア様と楽しいお茶の時間をお過ごしくださいませ」

そう言って、エリザベートは静かに一礼し、ゆったりとした足取りでその場を後にした。

完璧な所作。洗練された仕草。誰よりも優雅で、隙がない。それはまるで、舞台の幕を引く女優のようで──

ぞくりと、背筋に冷たいものが走った。

どうしてかしら。胸の奥に、何か得体の知れないものが触れた気がしたけど、あのエリザベートが私の脅威になるはずがないもの。きっと、気のせいね。