軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第73話 動き出した大人たち

実演会の翌々日の放課後、

教室に学院職員がやってきた。

「ハル、ヴァレスト、ローデン、セルヴァン、アルスレイン。学院長がお呼びです」

名前を呼ばれた瞬間、教室の何人かがこちらを見る。

俺は席を立ちながら、エドガーと一瞬だけ目を合わせた。

向こうも、もう何の話かわかっている顔をしていた。

実演会のあと、あの場で終わるはずがない。

そう思ってはいた。

だが、思っていたより早かった。

通されたのは、学院長室ではなく応接室だった。

学院長。

担任のローヴェン。

工房担当の教師。

そして、俺たち五人。

部屋の中央の机には、封を切られた文書が一通、きちんと置かれている。

厚手の紙。

重い印章。

ただの連絡ではないと、見た瞬間にわかった。

学院長が言う。

「昨夜、ラウグレン公家から正式な申し入れが届いた」

やはり、来たか。

学院長は文書に目を落とし、必要な部分だけを読み上げる。

「実演会で発表された灯具に用いられた青輝石系鉱石について、

旧ラウグレン家王都屋敷敷地に由来する実習洞から産出したものである以上、

資源管理と調査体制に関してラウグレン公家が関与すべき立場にある――」

学院長はそこで一度区切った。

「加えて、研究成果そのものは学院に帰する点を認めつつも、採掘・開発・流通に関しては別途協議の場を設けるよう求めている」

静かな部屋の中で、その一文だけが妙に重く響いた。

セレナが先に口を開く。

「ずいぶん早いですね」

「早い」

ローヴェンが短く答えた。

「しかも、ただの感想や探りではない。最初から“話し合いの土俵”を作りにきている」

ヴィクトルが口元だけで笑う。

「感心するほどきれいな入り方ですね。

脅すんじゃなくて、“当然の権利です”って感じですね」

学院長は否定しなかった。

「実際、完全に無視できる主張ではない。

実習洞が旧ラウグレン家の王都屋敷敷地に由来する以上、歴史的経緯はたしかにある」

セレナがわずかに眉を寄せる。

「でも、それと今の研究とを同列にするのは乱暴です。

発見も、等級化も、試作品の開発も学院側で進めてきた話でしょう」

「それも事実だ」

学院長は頷いた。

「だからこそ厄介だ。

ラウグレン公は、そこを正面から否定していない」

そこだった。

研究の功は認める。

でも資源管理は別だ、と切ってくる。

それは理屈として強い。

エドガーが静かに言った。

「王家側から見ても、簡単には退けにくい主張です」

全員の視線がそちらへ向く。

「どういう意味ですか?」

ナディアが問う。

エドガーは感情を抑えたまま、淡々と答えた。

「もし青輝石系灯具が本当に広く使えるなら、ただの工房の成果では済まない。

夜間の見張り、巡回、輸送、工事、診療。

民生でも軍でも使い道がある。

そうなれば、“一学院と一地方領に任せてよいのか”という理屈は出てくる」

ヴィクトルが肩をすくめる。

「つまり、ラウグレン公は“うちが欲しい”じゃなく“国として危ない”で来てるわけか」

「そうだ」

エドガーは短く頷く。

「正面から欲を出していない分、面倒だ」

その言い方に、変に実感があった。

欲に見えるものは、まだ対処しやすい。

でも、国益だの正統性だの歴史的経緯だのを乗せられると、話は一気に重くなる。

俺は机の上の文書を見た。

まだ実演会から二日。

なのに、もうここまで来ている。

俺はこの国の貴族社会を甘く見ていたかもしれない。

その時、部屋の扉が叩かれた。

学院職員が一礼して入ってくる。

「失礼します。ハル宛に急使が」

その一言で、今度は俺の背筋が冷えた。

「ハル領からです」

机の上に新しい封筒が置かれる。

今度は、家の使いの印だけじゃない。

急報を示す赤い糸が巻かれていた。

父上だ。

俺はすぐに封を切った。

中の紙には、父上の手で、必要なことだけが短く記されていた。

リオンへ。

東の石切り場周辺で不審な動きがある。

作業員に青い石の買い付けを持ちかける者が出た。

夜間、坑道跡の周辺を探る形跡も確認している。

表向きは雑貨商や流しの買い付け人を装っているが、動きが不自然だ。

こちらで警戒を強め、ノルにも現場を見させている。

そちらで青輝石の価値がどこまで公になったのか、至急知らせろ。

ガルド・ハル

読み終えた時には、部屋の空気がさらに一段重くなっていた。

学院長が低く問う。

「何があった」

俺は紙から目を離さずに答える。

「石切り場の周辺に不審者が出ています。

作業員への買い付け。

坑道跡の探索。

父上は、価値がどこまで公になったか知りたがっています」

ヴィクトルが笑みを消した。

「早いな」

今度のその一言には、軽さがなかった。

「実演会のあとに動いたって感じじゃない。

たぶん、その前から探られていますね」

ローヴェンも頷く。

「だろうな。

昨日今日で石切り場まで嗅ぎつけるのは無理がある。

実演会は“確信”になっただけだ」

セレナが息を吐く。

「つまり、王都ではラウグレン公が正式文書。

ハル領では、もう現地を探る動きが出てる」

「はい」

ナディアの声も、いつもより少し低かった。

「同時ですね」

そうだった。

俺の考えていた盤面が、たった二日で現実になった。

北は正面から権利を主張する。

そして、現地へ手を伸ばす人たちもいる。

無論、王家は無視できない。

学院ももう“研究だけ”では済まない。

考えすぎじゃなかった。

むしろ、考えたより早かった。

学院長はしばらく黙っていたが、やがて言った。

「これで明確になったな」

誰も返事をしない。

「青輝石の件は、学生の研究発表として扱える段階を越えた」

工房担当の教師が苦い顔をする。

「わかってはいたが、ここまで早いとはな」

「学院としても、以後は管理を強める。

サンプルの持ち出し、試験記録、試作品の扱いも見直す必要がある」

そこに、ヴィクトルが口を挟む。

「締めるだけじゃ駄目ですよ」

学院長がそちらを見る。

「どういう意味だ」

「向こうはもう動いています。

王都で文書を出して、ハル領じゃ人を動かしています。

こっちが“管理を見直します”で止まってたら、その間に足場を作られますよ」

正論だった。

そして、今のヴィクトルの顔は、商売の匂いに反応した時のものだった。

場が動いた時に、誰が先に取るかを見る目だ。

エドガーが静かに続ける。

「王家側へも、学院側から状況整理を上げるべきです。

実演会で公になったこと。

ラウグレン公から正式な申し入れが来たこと。

ハル領で不審な動きが出ていること。

ここまで揃えば、もう一部だけの判断では危うい」

「わかっている」

学院長は短く答えた。

「私からも学院として報告する。

だが、ハル領の現地対応までは学院では手が届かん」

その言葉で、全員の視線が自然と俺に集まった。

当然だ。

あっちは、俺の家だ。

父上が動いている。

ノルもいる。

でも、だからといって、ただ連絡を待っていればいい段階でもない。

俺は手紙を握り直した。

正直に言えば、少し甘く見ていた。

実演会で価値を見せる。

そこから交渉や圧力が来る。

そういう順序で、少しずつ大人たちが動き出すのだと思っていた。

でも実際は違った。

価値が見えた瞬間、もう動いている。

王都でも、ハル領でも、同時に。

学院長との話が終わったあと、部屋を出る手前でエドガーが俺に声をかけた。

「リオン」

「ん?」

「ラウグレン公の理屈は強い。

だから、まともに受ければ押し切られる」

「……だろうね」

「だが、向こうが先に動いたからといって、全部を取れるわけでもない」

エドガーはまっすぐこちらを見る。

「発見したのは学院だ。

規格を作ったのも、お前たちだ。

ハル領には産地の可能性がある。

ヴァレスト家には技術がある。

向こうが正論なら、こちらも正論を積むしかない」

それは、いかにもエドガーらしい言い方だった。

感情じゃない。

でも、諦めてもいない。

セレナもすぐ横から言う。

「お父様にも話は通すわ。

ラウグレン公家だけに好き勝手させる気はないもの」

ヴィクトルはいつもの軽さを半分だけ戻した顔で笑う。

「いいじゃないか。

やっと“本当にでかい話”になってきた」

「お前は楽しそうだな」

「そりゃな。ただし、楽しいだけで済まないのもわかってる」

ナディアは静かに締めた。

「なら、やることははっきりしています。

遅れないことです」

その通りだった。

王都では、正式文書が届いた。

ハル領では、もう石切り場が探られている。

研究していればいい段階は、もう終わった。

俺は父上の手紙をもう一度見た。

考えていたことが、急に遠い場所の話じゃなくなる。

だったら、止まっているわけにはいかない。