軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第15話 青く光る石

テオを取り戻したその夜、俺は父の執務室で、拾った名簿を机の上に広げていた。

北村、南村、東の開拓地。

いくつもの村の若い男たちの名前が並び、最後に同じ送り先が記されている。

東の石切り場。

父ガルドは名簿をじっと見つめ、低く言った。

「ここか」

「うん」

俺は頷いた。

「町の金貸しの店は入口だ。連れて行かれた先で、もっとまずいことが起きてる」

母エマが不安そうに俺を見る。

「明日、行くの?」

「行く」

答えは決まっていた。

テオを一人取り戻しただけじゃ、何も終わっていない。

名簿に載っている若者たちは、今もその石切り場にいる。

父はしばらく黙っていたが、やがて言った。

「ノルをつける。ミアも同行させろ。今回は正式な視察として行け」

「正式に?」

「石切り場は、表向きにはハル領内の通常採石場だ。ならば、領主家の者が見に行くのは当然だ」

そこで父は目を細めた。

「ただし、向こうもただの馬鹿ではない。お前を子どもと侮るか、逆に厄介者と見るか……どちらにせよ、簡単には本当の顔を見せんだろう」

「見せなくてもいいよ」

俺は名簿を折りたたんだ。

「綻びは、隠してる場所ほど目立つ」

翌朝。

俺たちはまだ日が高くなる前に、東の石切り場へ向かった。

同行はノルとミア。

前回の北村視察より、空気は明らかに硬い。

ミアは荷袋の中身を何度も確認している。

「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」

「前もそう言いましたよね」

「言ったね」

「そのあと、荷馬車に人が乗せられかけていました」

正論だった。

俺は小さく笑ってごまかし、前を向く。

道は北村の方角とは逆で、次第に岩肌の多い斜面へ変わっていく。土の色も少し灰色がかり、草もまばらだ。

やがて、遠くから乾いた音が聞こえ始めた。

ガン、ガン、ガン。

石を打つ音だ。

「……あれですな」

ノルが顎を上げる。

丘を回り込んだ先に、石切り場はあった。

むき出しの岩肌。

削られた斜面。

木組みのやぐら。

荷車。

そして、その景色に似合わないほど多い見張り。

最初にそれが引っかかった。

普通の採石場なら、働き手と運搬役が中心になる。

だがここには、作業している人間の数のわりに、ただ立って周囲を見ている男が多すぎる。

視界の端に文字が浮かぶ。

《監視過多》

《出入り統制》

《通常採石場としては不自然》

やっぱりな。

さらに奥へ目を向ける。

石を運ばされている若者たちが見えた。

北村の者だけじゃない。年の近い男が何人もいる。皆、顔色が悪い。汗をかいているのに、どこか青白い。

《疲労:高》

《睡眠不足》

《栄養不足》

《継続労働による消耗》

《原因:労働+接触物質》

接触物質?

そこが少し引っかかった。

「ハル子爵家のご子息が、このような場所に何の御用でしょう」

柔らかい声がして、俺はそちらを向いた。

中年の男だった。

よく手入れされた髭。上等な上着。腹は少し出ているが、動きは軽い。

笑っている。だが、目の奥だけが冷たい。

シュリトラーだ。

「視察だよ」

俺は答えた。

「ハル領の石切り場なんだから、見に来るのは変じゃないでしょ」

シュリトラーは胸に手を当て、いかにも慇懃に一礼した。

「もちろんでございますとも。ベルク商会の店主、シュリトラーと申します。ですが、こんな石と埃ばかりの場所、お坊ちゃまには退屈ではありませんかな」

「退屈かどうかは見てから決めるよ」

そう返すと、シュリトラーの笑みがほんの少しだけ薄くなった。

「では、どうぞ。表の採石場だけでしたら、いくらでも」

表の、ね。

言い方がもう怪しい。

俺は何も言わず、石切り場の中を歩き始めた。

ノルが一歩後ろ、ミアがさらに後ろからついてくる。

石材の山。

荷車。

削られた岩肌。

どこを見ても、普通の採石場に見せるための景色は整っている。

だが、《綻びの目》は別の情報を拾っていた。

《出荷量と採掘量が不一致》

《報告用石材:偽装》

《地下坑道の存在》

地下か。

俺は視線を少しずらす。

やぐらの影、岩壁の下、木板で半ば隠された入口。そこへ、若者たちが順に消えていくのが見えた。

「シュリトラー」

「はい」

「この石切り場、地下にも掘ってるんだね」

シュリトラーは瞬きひとつせずに答えた。

「安全確認のための簡易坑道でございます。表面だけでは岩の状態が読めぬこともありますので」

嘘だ。

視界に即座に文字が出る。

《虚偽》

《主要採掘場は地下》

《未報告区域あり》

俺はそのまま、木板で隠された入口へ近づいた。

「リオン様」

ミアが緊張した声を出す。

その時だった。

坑道の中から、若い男がふらつきながら出てきた。

肩で息をし、額には汗。腕に抱えた石は、普通の灰色の岩じゃない。

青白く、内側から淡く光っていた。

その瞬間、視界の端に文字が一斉に走る。

《青輝石》

《届け出必須の希少石》

《未申告採掘》

《長時間接触で衰弱》

《違法流通の可能性:高》

背筋に冷たいものが走った。

青輝石。

結界や魔道具の核に使われる、国への届け出が必要な石。

それを、こんな場所で。

ハル家に何の報告もなく。

村の若者に掘らせていたのか。

若い男は石を抱えたまま、咳き込んだ。

そしてふと顔を上げる。

北村の者ではない。

でも年は近い。目の下に濃い隈があり、何日もまともに休んでいない顔だ。

その横を、見張りの男が乱暴に押した。

「止まるな。さっさと運べ」

俺はシュリトラーを見た。

「ただの石切り場じゃないね」

シュリトラーの笑みは崩れなかった。

「おや。何か珍しい石でも見えましたかな」

「見えたよ」

俺は青く光る石を指した。

「しかも、国に届け出が必要なやつがね」

初めて、シュリトラーの目が細くなった。

だが次の瞬間、彼は肩をすくめてみせた。

「坊ちゃまはお詳しい。ですが、あれは質の悪い発光鉱で――」

「嘘だよ」

俺は遮った。

「あれは青輝石だ。しかもかなり純度が高い」

静かに空気が変わった。

ノルが一歩前へ出る。

ミアは息を呑んだまま、坑道の方を見ている。

シュリトラーは数秒黙り、それからゆっくり笑った。

「……仮にそうだとして、何か問題でも?」

問題だらけだ。

ハル領の土地。

ハル領の若者。

無届け採掘。

違法流通。

でも今ここで全部を言い切る必要はない。

その代わり、確実に掴むべきものがある。

俺は坑道の奥へ目を向けた。

青白い光が、さらに暗い下から滲んでいる。

掘っているのは一つや二つじゃない。

かなりの量だ。

そしてその光の奥、支柱の一本に文字が浮かんだ。

《支柱:亀裂》

《荷重偏り》

《崩落予兆》

《三十息以内に危険域》

まずい。

坑道の中には、まだ三人いる。

そのうち一人は、今ちょうど青輝石の塊を抱え上げようとしていた。

俺は思わず一歩踏み出した。

「止まれ!」

石切り場全体が一瞬、静まり返る。

坑道の中の若者たちが、何事かと顔を上げる。

俺は亀裂の走る支柱を指した。

「そこだ! その支柱、崩れる!」

次の瞬間、パキ、と乾いた音がした。

木が裂ける音だった。