軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第94話 街の灯り

執務室を出ると、俺はそのまま自分の部屋へ戻った。

机の上に紙を広げ、椅子へ腰を下ろす。

父上とノルに話したばかりなのに、頭の中ではもう次の工程が動き始めていた。

街灯。

発想そのものは単純だ。

高い位置に灯りを置き、通りを照らす。

それだけなら、前世でもこの世界でも思いつく。

実際に王都など大都市にはろうそくを使った街灯が設置されている。

問題は、その先だった。

前世なら、暗くなれば勝手に点き、朝になれば勝手に消える仕組みがあった。

時刻で制御したり、光を感知して動かしたり、大量の灯りを一括で管理することもできる。

だが、この世界にはまだそんな技術はない。

俺は紙の左側に、理想形の構想を書き出した。

領都の中央に、安定して魔力を発する設備を置く。

そこから各通りへ線のようなもので魔力を送り、街灯に仕込んだ青輝石へ供給する。

そうすれば、一斉点灯も理論上は可能になる。

前世で言えば、発電所と送電線みたいなものだ。

――でも、今は無理だな。

少なくとも、今のハル領では無理だ。

魔力を安定して遠くまで通す素材がない。

流れを制御する技術も未成熟だ。

仮にどうにか形にできても、故障した時に誰が直すのかという問題が残る。

理想をそのまま追えば、街灯そのものより先に“送る仕組み”の方で何年も止まる。

今ほしいのは未来の完成形じゃない。

今のハル領で、今すぐ運用できる現実的な一歩だ。

俺は理想形の横に線を引き、その下へ新しく書き始めた。

街灯ごとに青輝石を入れる。

点灯と消灯は手動。

夜の巡回に出る騎士や衛兵が、順番に点けて回り、朝に消して回る。

巡回するついでにできる作業にすれば負担も大きく増えないだろう。

前世の感覚からすれば不便だ。

だが、この世界基準なら十分に実用的だ。

少なくとも、今のハル領の治安を一段引き上げることはできる。

要は、今ある技術でどこまで届くか、だ。

次に俺は支柱の形を書き始めた。

前世の街灯みたいな鋳鉄の柱が理想ではある。

強いし、長持ちするし、見た目も整う。

だが、鋳鉄を安定して使うには遠く及ばないのが現状だ。

量産まで考えれば、今のハル領にはまだ無理だ。

それに比べて、今のハル領には西の森の木材がある。

加工しやすい。

手に入りやすい。

交換もしやすい。

つまり、判断基準は単純だ。

コスト。

製作期間。

実現可能性。

この三つで考えれば、第一号は木製支柱が妥当だった。

「うん、まずは木だな」

小さく呟き、柱の太さと高さを書き込む。

低すぎれば意味がない。

高すぎれば設置も整備も面倒になる。

人の手は簡単には届かないが、脚立があれば点検や青輝石交換はできる――そのくらいがちょうどいい。

さらに、灯り部分の覆い。

雨除け。

風除け。

火ではないから炎ほど神経質になる必要はないが、それでも雨風で劣化しやすくなるのは避けたい。

光が上へ逃げすぎず、下へだけ偏りすぎない形。

通りを歩く人の顔と足元、その両方が見えるくらいの広がり。

考えることは多い。

でも、考えが形になっていく感覚は嫌いじゃない。

コンコン、と扉が鳴った。

「どうぞ」

入ってきたのはミアだった。

盆にお茶を載せている。

「失礼します、リオン様。さっきからずっとお部屋にこもっていらっしゃるので……」

「ありがとう」

机の端を少し空けると、ミアはそこへカップを置いた。

そして、広げた図面に目を落とす。

「これは……何の図面ですか?」

「領都の通りに置く街灯の試作だよ」

ミアの目が少し丸くなった。

「もう取りかかっていらっしゃるんですか」

「思いついた時にやらないと、たぶん忘れるから」

「リオン様らしいです」

そう言ってミアは少しだけ笑った。

だが、その視線はすぐに図面へ戻る。

支柱、覆い、灯具、青輝石の位置、手動で入れる切り替え具までしっかり見ていた。

「これが夜、通りに立つんですか?」

「そのつもり」

「……それは、かなり安心ですね」

ミアがぽつりと言った。

「安心?」

「はい。夜の領都って、道を知っていても少し怖いですから。特に人気の少ない場所は……足元も見づらいですし、後ろに誰かいるんじゃないかって気になります」

俺は手を止めた。

やっぱりそうか。

理屈だけじゃない。

実際に暮らしている人間がそう感じているなら、街灯はやる意味がある。

「ミアだったら、どこに一番ほしい?」

「え?」

「街灯。どこが一番あった方がいいと思う?」

少し考えてから、ミアは指を折るみたいにしながら言った。

「西門から市場へ入る道と、ギルドの近く、それから……市場の裏へ抜ける細い通りでしょうか。あそこは夕方を過ぎると急に暗くなります」

なるほど。

領民目線だとそうなるか。

父上と話したモデル区間とも、だいたい一致している。

「助かる。参考になる」

「本当ですか?」

「うん。使う側の感覚は大事だから」

そう言うと、ミアは少し照れたように視線を落とした。

だが、そのあとすぐに顔を上げる。

「でしたら、私にできることがあれば何でも言ってください」

「何でも?」

「はい」

「じゃあ、まず木材置き場から適当な材を持ってきてほしい。あとは細い紐と、釘、それから道具箱」

「わかりました!」

ミアは一礼すると、すぐに部屋を飛び出していった。

早いな、と少しだけ笑う。

俺も図面へ向き直り、今度は試作品第一号の形を絞った。

立派なものは要らない。

まずは動くこと。

立つこと。

灯ること。

それを優先する。

しばらくして、ミアが使用人を一人連れて戻ってきた。

木材も道具箱も、ちゃんと揃っている。

「早いね」

「必要なものを集めるだけでしたので」

どこか誇らしげな顔だった。

そのまま俺たちは、邸の庭の端を借りて試作品づくりを始めた。

柱に使う木材の長さを見て、印をつける。

支え部分の形を決める。

上部に灯具を取りつけるための受けを作る。

全部を俺一人でやるわけじゃない。

手先の器用な使用人に任せるところは任せ、俺は構造を見ながら指示を出す。

ミアは道具を渡したり、図面を押さえたり、落ちた釘を拾ったりと、思った以上にてきぱき動いていた。

「ミア、そこ持ってて」

「はい」

「もう少し右」

「このくらいですか?」

「うん、ちょうどいい」

支柱の上に簡単な覆いをつけ、その中へ街灯用に調整した小型灯具をはめ込む。

点灯の仕組みは、当面かなり単純でいい。

下から手で切り替えられる構造にしておく。

前世の街灯に比べれば、ずいぶん原始的だ。

でも今はこれでいい。

目的は、未来の王都を作ることじゃない。

今のハル領の闇を一つ減らすことだ。

気づけば、日がだいぶ傾いていた。

「リオン様、そろそろ暗くなります」

ミアの言葉に空を見上げる。

たしかに、試すにはちょうどいい時間だ。

試作品第一号は、邸の門の近く、通りに面した場所へ仮設することにした。

まだ本設置ではない。

高さ、光の広がり、周囲の見え方を見るための仮置きだ。

父上までは来なかったが、母上とノル、それに何人かの使用人が少し離れたところで見ていた。

ミアは俺のすぐ横に立っている。

通りには夕方の影が落ち始めていた。

まだ真っ暗ではない。

でも、昼の見え方とは明らかに違う。

「じゃあ、点けるよ」

そう言って、俺は手動の切り替え具に手をかけた。

カチリ、と小さな音。

次の瞬間、覆いの内側で青輝石の光が灯った。

白すぎず、黄すぎず。

やわらかいが、思ったよりしっかりした明るさだった。

「……おお」

少し離れたところで、ノルが小さく声を漏らす。

通りの地面が見える。

門の前の石段の縁もはっきりする。

人の顔も、輪郭だけじゃなく表情まで読める。

たった一本だ。

それでも、さっきまで夕方の闇が溜まり始めていた場所が、ちゃんと“街”の一部に見えた。

「すごい……」

ミアが息を呑む。

「夜道って、街灯があるだけでこんなに違うんですね」

「うん」

俺も素直にそう思った。

前世では当たり前だった。

でも、この世界ではまだそうじゃない。

だからこそ意味がある。

母上が少し驚いたように言う。

「これなら、たしかに安心するわね」

ノルも腕を組んだまま頷いた。

「見回りの負担もかなり違いますな。死角が減る」

その評価は大きい。

試作としては成功だ。

……いや、正確には第一歩の成功、か。

俺は街灯を見上げながら、頭の中で次の問題を並べた。

毎日点ける手間。

毎日消す手間。

青輝石の交換頻度。

雨風への耐久。

柱の強度。

量産コスト。

そして何より、光の広がり方だ。

思ったより真下が明るい。

だが、そのぶん、少し離れた先まで均一に広がっているとは言いにくい。

これでは街灯の足元は見えても、通り全体をやわらかく照らすにはまだ足りない。

「リオン様?」

横でミアが不思議そうにこちらを見る。

「いや、灯りは作れたと思って」

「はい」

「でも、まだ足りない」

俺はもう一度、街灯の光を見上げた。

その時、ふと前世の記憶がよみがえった。

災害時の避難所で、電球の上に水を入れた透明なペットボトルを置くと、光が広がって思った以上に明るくなる。

そんな工夫が話題になっていたことがあった。

光を広げる。

屈折させる。

拡散させる。

――使えるかもしれない。

「ミア、透明なガラス容器ってある?」

「え? ええ、花を飾る小さなものなら」

「水も持ってきて。できればすぐ」

「は、はい!」

ミアは慌てて走り出した。

俺はその間に街灯の覆いを外し、灯具の周りにどれくらい余白があるかを確認する。

ほどなくして、ミアが両手で小さな透明容器を抱えて戻ってきた。

中には半分ほど水が入っている。

「これで大丈夫ですか?」

「たぶん」

俺はそれを受け取り、灯具の周囲にうまく固定できる位置を探った。

そのままだと不格好だが、今は試験だ。

見た目は後回しでいい。

水を通して光がどう広がるか。

それだけ見られれば十分だった。

「少し下がって」

ミアが素直に一歩退く。

ノルも母上も、さっきとはまた違う顔でこちらを見ていた。

俺は位置を微調整し、もう一度灯りを見た。

次の瞬間、さっきまでよりも光がやわらかく周囲へ広がった。

真下だけじゃない。

通りの少し先まで、ぼんやりと明るさが伸びる。

石段の縁だけでなく、その向こうの地面も見えやすくなっていた。

「……っ、これは」

ノルの声が少しだけ変わる。

母上も目を見開いた。

「さっきより、広く見えるわ」

「うん」

俺も思わず口元が緩んだ。

狙い通りだ。

劇的に別物になったわけじゃない。

でも、たしかに一段よくなった。

「すごいです……!」

ミアが目を輝かせて言う。

「光が柔らかくなって、道の先まで見えやすくなりました」

「たしかに、これなら足元だけじゃなく周りも見やすいですな」

ノルも頷く。

「見回りの時に感じる圧迫感が違うでしょう」

俺は街灯を見上げながら、小さく息を吐いた。

やっぱり、使える。

この世界でも、光の扱い方次第でまだ改善できる。

「リオン」

母上が少し感心したように言う。

「もう改良まで思いついたの?」

「たまたま前に見たことを思い出しただけだよ」

でも、それで十分だ。

前世の知識そのままは使えなくても、原理を持ち込めるなら意味がある。

俺は街灯の光を見上げながら、頭の中で次の問題を並べ直した。

毎日点ける手間。

毎日消す手間。

青輝石の交換頻度。

雨風への耐久。

柱の強度。

量産コスト。

そして何より、自動化だ。

今は手動でいい。

でも、本当に欲しいのはそこじゃない。

夜になれば自然に灯り、朝になれば消える仕組み。

それができれば、領都の夜はもっと変わる。

「リオン様?」

横でミアが不思議そうにこちらを見る。

「いや……かなり良くなったと思って」

「はい」

「でも、まだ足りない」

俺はもう一度、街灯の光を見上げた。

通りの闇を押し返すその光は、たしかに必要なものだった。

しかも、改良の方向も見えた。

けれど、これで完成じゃない。

暗くなったことを、この世界でどうやって検知するか。

電気のない世界で、どうやって“勝手に灯る”を実現するか。

やることは、まだある。

闇を減らす方法は見えた。

あとは、この世界にない仕組みを作ればいい