軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三十九話

母を助けて、そう獣人の少女は言った。

無表情にも見えるその瞳に気丈とも思わせる思いを秘めて……。

そして彼女は対価と言った。対価とは恐らく僕にあの予知のようなものを見せ、犬上先輩とカズキを助けさせたことについてのことだろう。確かにあの予知がなかったら、二人を救えずリングル王国軍は負けていたかもしれなかった。

その理解に至った僕は、取りあえずブルリンと犬上先輩を連れて、街に入らずに救命団の宿舎の方に移動した。ここなら街中で誰かに話を聞かれることはないし、ここにいる人達は全員ボクが信頼している。それに怪我人なんてほとんど来ない。

秘密の話をするならこれほど良い場所はないだろう。

ブルリンを小屋に戻した後に獣人の少女を食堂に案内し座らせ、僕と犬上先輩も少女の前に座る。

「じゃあ、話を聞かせてくれないかな?」

「ねえ、ウサトくん。私全く会話の流れが分からないんだけど……というよりこの狐耳っ娘は誰だい?可愛いね、撫でて良い?」

「………貴方しか頼れる人はいなかった」

「僕、だけ?」

「放置、か……ウサト君は私を苛めて楽しいんだろう?いいさ、私が興奮してもいいならするがいいさ」

構ってちゃんかよアンタ、今大事な話しているから少し待ってくれ。というか、僕しか頼れる人が居なかったってどういう事なんだろうか?治癒魔法使いにお願いごとをしたいなら、診療所のオルガさんとウルルさんに頼めば速いんだろうけど……。

「私の名はアマコ。見ての通り、狐の獣人。貴方の事は知っている、変な治癒魔法を使う人、ウサト」

「変な使い方をしているのは自覚しているけど……まあ、それはいいや。君には沢山聞きたいことがある。何で……僕にアレを見せたの?」

アレとは勿論、犬上先輩とカズキが黒騎士に殺されるヴィジョンのことだ。そもそもの始まりがアレだった。

僕の言葉に一瞬だが口を噤んだ少女、アマコは不安そうに犬上先輩を一瞥した後に意を決したように僕の方を向き口を開く。

「そうしなくちゃ、この王国はなくなっていたから。勇者は死に、王国は負け、そして国が亡び……全てが蹂躙されていた」

「……どう思います?」

「あながち間違ってはいないかもしれないよ。あの時ウサト君が来てくれなかったら私とカズキ君は確実に死んでいた。己惚れているつもりは無いけど、王国軍の士気は下がり結果的に魔王軍に押し負けていただろうね」

かなりの綱渡りだったということか。

僕はどうやらあの時、戦いの運命を変えた、とも考えてもいいのかな?なんという重役を何気なく課せられていたのか。そう考えると体が震えるな。

「……ここにはお世話になった人もいるし、なによりようやく見つけた貴方を失う訳にはいかなかった」

「君の魔法は獣人が固有に持つ特殊な魔法って認識でいいんだね?」

「うん」

恐らく未来予知。

それもかなりの精度のものだろう。

「戦いが敗北するのは一年前から見えていた。だから戦いが始まる前に探した……どんな病も傷も治してくれる治癒魔法の使い手を……」

「負けると分かっているなら、何でここから出て行かなかったんだい?君に命を助けられた私が言うのもなんだけど、滅ぶと分かっている国に居るより安全な場所へ逃げた方がよかったじゃないか」

「先輩、王国の外では獣人は狙われている存在です。多分、出ていこうにも出て行けなかったんでしょう」

「……この国以外は……駄目、獣人は……それだけで虐げられるものなの……」

僕の言葉に小さく頷く。多分だけどこの王国に来るまで相当怖い目にあってきたのだろう。何処から来たのかは分からないが、王国の外の国では奴隷の売買が行われている。

予知を持っていたとしても、この子は非力な子供。むしろここまで来られた事が凄い。

「私は獣人が住む国から来た」

「ここから随分と遠いな……」

「辛いとは思わなかった。母を救う為だったから」

「そのお母さんは、病気なの?」

「……そう、普通じゃ治らないって言われてる……ずっと、目を覚まさない」

だからこその治癒魔法使いか。

「獣人からは治癒魔法使いは生まれない……人間だけの魔法だから……でも、何処の国でも私の母を治しに来てくれる未来を見せる人間はいなかった」

「………差別、か。人間は排他的な面があるからね……」

先輩が困ったように唸るが、僕は先輩とは違う事を考えていた。アマコは治癒魔法使いを探していくつもの国へ訪れた、多分予知を使って危険を乗り越えたのだろう。

そこまで使い勝手がいいならば、獣人の国の権力者達は彼女を易々と手放す事はないんじゃないのか?考え込む僕にアマコが続けて言葉を紡いでいく。

「でも、数少ない治癒魔法使いを三人も見つけて……しかもその内の二人は私と共に母を助けに来てくれる未来を見せてくれた」

「オルガさん、ウルルさん、団長……の三人?」

「うん、でも来てはくれるけど駄目だった」

「駄目だった?」

「診療所の人は戦えないから……怖い人は……話は聞いてくれるけど一緒に来てくれなかった」

「……あー……」

なんとなくだが納得できた、確かにオルガさんとウルルさんは長旅には耐えられないだろう。そしてローズも一つの組織を束ねるリーダー、迂闊にその場を離れる訳にはいかない。というより『信じらんねぇ』とか言ってほっとくこともあり得る。

「それで僕に白羽の矢が立ったわけか」

「貴方なら、私と一緒に来てくれた。そして一目見て分かった、貴方は王国の破滅という未来を変えられるし、私のお母さんを助けに来てくれる人だって……だから、貴方に未来を見せた」

「簡単に見せられるものなの……?すごい頭痛だったんだけど」

「人に見せるのはすごい魔力を使う……あの後は三日三晩寝込んだ、お互い様」

だからあの後、この子を見つける事が出来なかったのか。

でも、よく考えればこの子は先輩とカズキの命の恩人なんだよな。加えて王国の人達にとっても……。

協力してあげたいけど、これは予想していたよりも大きな問題だ、獣人の国といったら僕の知っている限りでは人間に対して排他的な国だったはず。この子が獣人の国でどのような立場にあるか分からない内は、迂闊には行動しない方が良いだろう。

「とりあえずは王様に掛け合ってみるか……多分、僕一人の判断じゃ無理だ。ロイド様に事情を説明する時は君も来てくれる?」

「勿論行く」

「よし、先ずは団長からだな。とりあえずここに居てくれ、先輩も」

この時間なら団長室に居るはずだ。

椅子から立ち上がり、歩きながら思考する。さて、どう説明したものだろうか……。

ウサト君が疲れたような表情をしながら食堂から出て行ってしまった。残された私の目の前には礼儀正しく座っている狐の獣人、アマコ。

……可愛い、何この子お人形さんみたいだよ。本物の狐っ娘だ、触ってもいいかな、いや触るべきだろ―――といけない、我を忘れる所だった。危ない、危ない。

まずは、先程の会話で分かった事を纏めてみようか。

獣人の国からここまで来るのに、すごく苦労したということ。

この子は獣人の国で病に臥せている母をウサト君に治してもらおうとしている。

そしてその為にウサト君に私達が死ぬ未来を見せて、この王国が滅ぶ歴史を変えた。

それを対価に協力してもらおうとしている。

「何も言わずにウサト君に協力を求める事もできたんじゃないのかな?」

「……ここに来る前の私ならそうしてた、でもここの人達と関わって、できなくなった」

「そっか……」

心優しいロイド様が統治するこの王国は不思議な程に平和だ。皆優しく、差別もない独自の国を形成させている。この子も此処に来た時は周りが敵ばかりだと思っていたのだろう。

「この国は、私にとって故郷よりも優しい国。差別もなく、分け隔てなく接してくれる人ばっかりで……でも、母が故郷で苦しんでいるから……ウサトを連れて行かなくちゃいけなくて……」

ポツリポツリと紡がれる独白。ウサト君の時のようなハキハキとした感じではなく、何処か私に怯えているような喋り方だ。……どうやら私は、この子に良く思われていないのかもしれない。

「……ウサトを見つけた時、目を疑った。王国の破滅を防ぐ手立てがこんな形で見つかると思わなかったから」

「君の魔法は一体どのようなものなんだい?未来予知、といっても範囲というものがあるだろう?」

一年前に戦いが負けるとまで予知していたのだ。相当広い範囲が分かるはずだ。

「すごくあやふや。何時もはあんまり先の未来は見えない。でも寝ている時とか、不定期な時……一年とか半年後の未来がみえるの。そして未来を変える可能性がある人の未来は違う二つの未来が見える。その人にだけ、未来を選べるように見せる事が出来る」

「成程、それで私達が死ぬ未来をウサト君に見せ、それを防いでもらったという訳か。でも獣人では未来予知なんて魔法普通に目覚めるの?私から見ても相当凄い魔法なんだけど」

「それは、私の血筋に関係している」

「……血筋?」

「私の一族は、時詠みを得意とする一族。母も予知の魔法を使ってたけど、母は私の予知は一族で一番すごいって言った」

「……」

……獣人は血眼になってこの子を探しているかもしれないね。

これはいよいよ面倒な事になってきたぞ、恐らくこの子が見た未来でローズさんに断られたのは、この子が獣人の国でなにかしらの重要な立場に居たからだろう。魔王が侵略する時期にそんな話をされたら、断るしかない。

「……まあ、決めるのはウサトくんだ」

彼はなんだかんだいって断れない人だからね、多分。

「狐の獣人から、母を治してもらうために故郷へ来てくれるように頼まれた、か」

「簡単に言うとそんな感じです」

団長室、綺麗に片づけられた部屋の中、僕の目の前で木製の椅子に腰かけ頭を押さえている翠髪の美女、ローズはアマコについての話を聞いて面倒臭そうに溜め息を吐く。

「……全く、お前も厄介な問題を持ってきてくれたな……いまいち獣人ってのは判別がつかねぇ……ったくよぉ、時詠みの姫とかふざけんじゃねぇぞ……」

「……時詠みの姫?」

なんとも厄介さ満々の名称だろうか。

「獣人には極少数だが時詠みと呼ばれる希少魔法を扱う種族がいるんだよ。獣人という種族に対しての厄災を予知し、伝える役割を持っている……そいつがリングル王国にいるとなると……獣人側はこっちに敵対する可能性がある、奴等の人間に対する敵意は異常だからな」

「魔王軍が侵略しているこの非常時にですか?」

「獣人にとっちゃあ、魔王軍より人間の方が目障りだろうよ」

まさかアマコがそんな重要な立ち位置に居るとは思わなかったな。良かったローズに相談しておいて、下手に王国の外へ行っていたら大変な事になっていたかもしれない。

「……団長からの意見を聞かせてください」

「駄目だ、と言いたいところだがまずはロイド様に話を聞いて貰わない限り判断できねぇ。今日はもう謁見は無理だろう……というより、ここ数日は無理だろう。ロイド様も他国と連携を図るよう取り掛かっているからな」

しばらくは謁見は無理そうか、なら僕はどういう立ち位置に居ればいいのか。もうちょっとアマコから話を訊いてみるべきか……それとも訓練でもして備えるか。

「その間お前は訓練だ。ロイド様が獣人の国へ行くことを認めた場合、今のお前じゃ自分の身を守るだけで精いっぱいだろうからな。もう一度私が訓練してやる。どうせ此処には怪我人なんてこねぇしな」

「それは別に構わないんですけど」

ここで嫌な顔をしなくなったあたり僕も相当慣れてしまったという事なのか。あんまりな慣れに一瞬くじけそうになるが、ここがローズのいる団長室だという事を思いだし踏みとどまる。

こんな時に怒られたくはないからね。

「リングルの森の方に行って来ていいですか?」

「あぁ、何でだ?」

「ちょっとブルリンの親の墓を作ろうかなって……」

「墓、か……行って来ても良いぞ」

「え?駄目じゃないんですか?団長なら即拒否する血も涙もない鬼畜女だと思ったんですが」

事実、この人なら『あぁ?墓ぁ?その辺に建てろ。時間の無駄だ』とでも言いそうな気がしたんだけど、一体どういう風の吹き回しだろうか。

僕の言葉の何処がおかしかったのか、突然滅多に浮かべない微笑を張り付けたローズは、尋常じゃない速さで僕の顔面を掴み上げる。

「ウサト、遠慮がなくなってきて私は嬉しいぞ!」

「う、嬉しいならっ、アイアンクローはやめっ、あだだだだだだだ……っ」

片手で持ち上げられもがき苦しむ。一体僕が何をした!?ただ正直に言っただけなのに。数十秒ほど地獄を思い知りようやく降ろされ、倒れ伏す僕を見たローズは汚物を見るような眼で見下ろす。

「そんなに慈悲のねぇ言葉が欲しかったならちゃんと言ってくれよなぁ、おい」

「もう十分慈悲の無い罰を喰らったんですけど……治癒魔法使っても直ぐに回復しないレベルなんですけど……」

どれだけ凄まじい力なんだこの女、ものほんのアマゾネスじゃないか。内心悪態をつきながら起き上がり、椅子に座り直したローズの方に向く。

「森へ行くのはできるだけ早めにしておけ。間違っても魔物の餌にはなるんじゃねぇぞ?」

「大丈夫ですよ、多分」

いざという時は逃げればいいだけだし。

伊達にグランドグリズリーから逃げきった訳ではない。毒も怪我も治癒魔法があれば治せるし、ある程度の食料を持っていけば火種がなくても生きていける。

……あの水も慣れた。

「じゃあ、僕は下で待たせている先輩とアマコにその旨を伝えておきます」

「ああ」

礼をしながら団長室を後にし下の階に降りる。ローズに握りつぶさんがばかりにアイアンクローされた顔を押さえながら食堂に入ると、懸命にアマコに話しかけている犬上先輩の姿が視界にはいる。

……染めた物とは明らかに違う光沢を放つ金髪、犬上先輩よりも一回り小さい体躯。見た目は13から14歳ほどかな?

本当によく一人でここまで来れたと思うよ。

「……そう、少し時間がかかるんだ」

彼女は僕の方をジッと見た後そう言った。僕の話す内容を予知したのか、これは話す手間はいらないな。犬上先輩がすごい困惑してるけど。

「……お互いの目で通じ合っているという訳だね。こんないたいけな子にまで―――」

「ロイド様との謁見に時間が掛かるだけですよ。断じてそういう犯罪的な事にはなりません」

先輩は僕を犯罪者へと仕立てあげたいのか?いやこの世界でロリコンという価値観があるかは分からないけど……。

僕の言葉に先輩は慄いた後に、こちらを見て悲しそうに目を逸らす。

「最近、私の扱いがぞんざいすぎるんじゃないか?そろそろ泣くぞ?」

「そう言えるうちは大丈夫です。そもそもぞんざいになったのは、それだけ先輩と仲良くなったってことじゃないですか?」

「……何か私の仲良くとは違うよね、ウサト君の認識」

先輩の遊び相手という仲良くとは違って、僕のは親愛という意味での仲良くだからね。前みたいな高嶺の花、っていう先輩よりもこうやって気兼ねなく接することができる方が良い。

「君は……これからどうする?」

「直ぐに行けるとは思っていなかったから……今日の所は帰る」

「そういえば何処に住んでいるの?」

「おばあさんが営んでいる果物屋で居候させてもらってる」

「……あそこかぁ」

そういえばローズに森に投げ飛ばされる前、町でトゲトゲの果物を売っていたな。あそこで居候していたのか、今の今まで住んでいたという事はそれなりに良くしてもらっているんだな。

僕はどうしようか、今から街へ行くのもいいけど、このまま訓練をするのもアリだ。でも隣で期待するように僕を見ている先輩の視線に準じるならば……。

「僕も街へ行こうと思っていたから、送っていくよ」

「うん」

「犬上先輩も行きますよね?」

「勿論だよ」

目立つといけないから、救命団の上着を脱ぎ椅子にかけ私服になる。ブルリンは置いて行こう、やつを運動させるのは森に行く時だ。その時こそ奴を野性に目覚めさせるとき。

「ウサト」

「はい?」

心静かにブルリン野生化計画を企んでいると、僕の前に移動したアマコがこちらの目をジッと見つめる。青色の瞳に「異世界の人の目って綺麗だなぁ」とくだらないことを思っていると。

「ありがとう」

微かだが、笑みを浮かべてそう言い放った。

その「ありがとう」がどのような事に向けて言うかが分からない。

母を助けてくれることかもしれない。

一緒に来てくれることかもしれない。

王国を救って貰えた事かもしれない。

送ってくれる事に関してかもしれない。

でも、どれにしたって、僕が言う事は決まっていた。

「こちらこそ、どうもありがとう」

この子が居たからこそ、先輩もカズキも失わずに済んだ。

そのまま、不思議そうな表情を浮かべる犬上先輩と無表情だけど少しだけ歩が軽いアマコと共に街へ向けて歩を進める。

街の入り口に到着した頃、ふと思い出すようにアマコは僕と犬上先輩の方を向き、まるで警告するように――。

「言い忘れてたけど……ウサトもイヌカミもみんなに囲まれるから」

「「え……?」」

そう言い、バッと前へ振り返り走り出していくアマコ。獣人ゆえの常人以上の速さで街中へと消えていく彼女を見て一瞬呆然とした僕の肩を犬上先輩が弱々しく叩いた。やっぱり急ごしらえの変装をするべきじゃなかったか、僕達の姿を見つけた街の人々は喜色の表情を浮かべ、一部の人達は店の売り物を袋のようなものに詰めはじめた。

「アマコ、そういうのはもっと早く言って欲しかった……」

「ウサトくん、これ周りからどう見えているんだろうね……恋人かな?」

「主人と従者でしょ。というより、もうちょっと焦ってください」

僕だって伊達に街中を走っている訳ではないので、中々に街の人達と交流がある分、こういう時の団結力は痛い程良く知っている。

僕は大きなため息を吐きながらこれから訪れるであろう騒ぎに決心を固めるのだった。