軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十話

焚火の番を交代するために、犬上先輩を起こした僕は体を休めるために横になった。

「むー、ウサト君は少し王道と言うものを知った方が良いよ。私が起きて交代するはずだったのに……どれだけ予想の斜め上を行くの」

「それはカズキと先輩の仕事ですよ、それに徹夜なんてナンセンスです。良かれと思ってする行為がお節介なだけになることもあるんです」

「それは、そうだけど……」

カズキならまだしも、魔力が全快じゃない状態で睡眠を取らないのは後々響いてくる。

休める時はしっかり休む、それが救命団に入って学んだことの一つだ。

「でも、先輩もあのまま朝まで寝てそうでしたけど」

「うっ」

先輩にそう言い放ち、目を瞑る。

相変わらず、モンスターの鳴き声が聞こえるが、犬上先輩が起きているから大丈夫だろう。

「ウサト君……まだ起きてる?」

「………なんでしょうか?」

交代してから、十分ほど経った頃だろうか、微睡みの中にいた僕の耳が犬上先輩の澄んだ声を捉えた。

身じろぎしながら犬上先輩の方に体を向ける。

「君はこの世界に召喚されて、どう思った?」

この質問の意図はなんだろうか。

何気なく質問したのか、それとも何か思う事あっての質問か。はたまた僕を勇者召喚に巻き込んでしまったことへの罪悪感か。

「どうって……まあ、ローズの訓練はキツイし、毎日いかつい同僚たちの顔を見なくちゃいけないし……第一魔王軍と戦うなんてまだ現実味がありませんよ」

「帰りたい?」

「……うーん、難しい所ですね」

帰りたいし、帰りたくもない気持ちもある。矛盾したような気持ちだけど、この世界で培った治癒魔法をという自分の能力を手放したくはない思いも少なからずある。それにこの世界で会った人達と離れると思うと心苦しいものもある。短い間だが、濃い日々を送って来たのだ。

だが勿論、家族の事も心配だ。

僕が悩むように逡巡していると、思い悩んでいるような声音で犬上先輩が僕に言葉を投げかける。

「私は、帰りたくないな」

その言葉にどれだけの意味が詰められているかは分からないけど。まず思うのは、そう言う話は僕にではなくカズキにしてほしいということだ。

月並な事しか言えない僕は、きっと先輩の求めるような答えを出せない。

でも、質問には答えよう。

「いいんじゃないですか?」

「……聞かないのか?」

「聞いて欲しいんですか?」

「聞いて欲しい」

そんな直球で言わなくても。

そしてなぜ、そんなにも堂々なんですかね。

「いや、いいです。面倒くさいです。眠いです」

「そ、そこまで拒否するとは……どれだけ難易度が高いんだいウサト君」

難易度って、ゲームじゃないんだから。

どちらにしろ帰りたくない理由なんて、大体は予想つくじゃないか。召喚された時、僕達、三人の中で一番犬上先輩が一番生き生きとしていた。つまりそう言うことだろう。

彼女にとっての居場所は元の世界ではなく、この世界。

先輩が元の世界に未練がないのなら、僕はそれを尊重するまでだ。

「……はぁ、変に緊張していた私が馬鹿みたいじゃないか」

「犬上先輩って、緊張したりするんですか?」

「む、少し失礼だね。私だって人間だ、緊張したりもするさ」

ジト目で、横になる僕の方を見る犬上先輩。

その視線から逃れるように寝返りを打ち、火に背を向けるような体制になる。話も終わった事だし、そろそろ寝よう。

「ふふ、君は普通だなぁ」

だんだん意識が混濁してゆく中、僕の耳に楽しそうな声で呟く先輩の声が聞こえた。

翌朝、僕達は日の出と共に森を抜けるべく歩き出していた。

森を出る道のりはローズと共に森を出たときの方向をなんとなく覚えている。

方向感覚には自信がある。

「気になったんだが……ブルリンは私たちの匂いを追ってはこれないのかな?」

「僕たちが川に落ちなければ来れたでしょうが、残念ながら」

あの食いしん坊、護衛の人達に迷惑かけてなければいいけど。

僕たちの足取りは、ゆっくりだ。その理由は二つある。

一つ目は、モンスターに気付かれないように大きな音を立てずに移動するため。今回は、前回の時にいたククルがいないのでモンスターの察知ができないからである。

二つ目は、移動する方向を見失わないこと、ただでさえ高い木がそびえ立っている森なのだ、あっという間に迷ってしまうだろう。そんな事態を防ぐために、周りに気を配りながら移動することが重要なのだ。

これはローズに読まされた本に記してあった事項だ。

慎重に道を歩くこと数刻、未だに見えない出口の中、犬上先輩が木の上を飛び交う「何か」を視界に捉える。

「ウサト君っ、上!」

「!」

先輩に続いて、僕も上を見上げるとそこには、毒々しい緑色をした小柄な猿に似たモンスターの群れ。あれは――――

「ベノムモンキーか」

「知っているの?」

「いえ……本で見ただけで僕も初めて見るんですけど」

「ベノムモンキー」その名の通り、猛毒を持つ猿のモンスター。

本によると、その性格は温厚。食物競争に打ち勝つために自ら進んで毒の木の実を食すことで、その身に強力な麻痺毒を宿すようになったという。

毒を自ら食すことによって変色した緑色の毛並みは、天敵への抑止力になる。それに加え爪と牙には件の麻痺毒が宿っている。

実物は僕も見たことがないので木から木へ乗り移っているベノムモンキーの姿に思わず魅入ってしまう。

そんな時、群れから降り立った一匹のベノムモンキーの子供が僕と先輩の前に降りてくる。子どもなのか人間への恐怖心がない小猿は、僕と犬上先輩を珍しそうに見る。

……うん、これは一応警告しておこうか。

「犬上先輩、この猿、毒持っていますから触らないでくださいね」

「ほら、怖くない」

「おい、聞けよ」

駄目だこの先輩。

思わず敬語を忘れてしまったが、それよりも不用意に小猿に手を差し出す犬上先輩に頭が痛くなる。とりあえず彼女の奇行を止める為、先輩の腕を掴み近づかせないようにする。

「あぶないですって! 毒になっちゃいますよ!」

「……たとえ毒になっても、それはこの子の可愛さという毒牙に酔ってしまった私の業だ!」

「訳の分からないこと言わないでくれますか……」

無駄に格好良く言っても駄目。

ああ、一応先輩女子だから強く抑えることもできない。

犬上先輩が伸ばした手に、小猿が不思議そうに首を傾げる。その姿にニヤリと勝ち誇ったような笑みを浮かべた先輩だが―――

「キッ!!」

カプッっと先輩の人差し指に噛みついた小猿。笑顔のまま固まった先輩、僕は予期していた事なのであまり驚かない。

とりあえず心の中で言ってみる……ほら言わんこっちゃない。

事態を理解した先輩は、ぎこちない笑みで未だに噛みついている小猿に――――

「ほらね、怖くない」

「キッ――――――!!」

小猿は逃げた。

いや、ここは群れに帰ったと言った方が正しいだろう。

僕の目の前には、哀愁漂う犬上先輩の背中。僕はなにも言わずに彼女の肩に手を置き噛まれた時に注入された毒を治すのだった。

「犬上先輩、落ち込んでもしょうがないじゃないですか……先輩ならもっといいモンスターがいますよ」

「……」

先輩の体を治し終わったすぐ後に、森を出るべく歩き出していたが、先ほどの出来事が衝撃的すぎたのか俯いたまま顔を上げない。

正直に言おう、めんどくさい。だから、スルーする。

お互い何も喋らないまま、時間が経った頃、沈黙に耐えきれなかったのか犬上先輩が前を歩く僕に話しかけてくる。

「慰めてくれないのか」

「めんどくさいです」

「……」

会話終了。

少し可哀想な気がするが、泥沼化しそうなので敢えて話を切る。

だんだん、木の数が少なくなってきたな。この調子ならもうすぐ森を抜けられる。

「先輩、もうすぐ出られますよ」

「くっ……ここぞとばかりに話しかけるなんてッ。タイミングを心得ているなウサト君ッ」

何を言っているんですか。一人で騒いでいる犬上先輩をスルーしながら、前を向く。

しかし、前に向き直った僕の視界に青色の塊が見えた。

「どうした、ウサト君。立ち止まって……前に何が……」

「嘘だろ……此処まで来て」

ブルーグリズリー……、まさかの危険種。

それも中々の大きさのブルーグリズリーが木に爪を擦り、爪研ぎをしていた。

「迂回して進みますよ。間違っても抱き付いたり、舐めたりしちゃ駄目ですからね」

「君は私を変態か何かと勘違いしていないか?」

「……」

「無言!?」

足音を立てずに後ろに下がりながら、ブルーグリズリーに気付かれぬように移動する。運よく、爪研ぎに夢中になっていて気付かれていない。

よし、このまま離れて大回りしていけば―――、

『グルルルルル』

「ウサト君、後ろにも……」

「二頭もいるのか……!」

前に気を配っていたせいか後ろから近付いてきたもう一頭に気付けなかった。クソ、こんな時にククルがいれば……。

気付けば爪研ぎに夢中だった個体も、こちらに気付き近づいてくる。

前後、挟まれてしまった。

こいつらは脚が速い、鼻も良いからどこまでも追ってくる。近くに川があれば別だが、それではまた森に逆戻りだ。

どうする? 先輩を抱えて走る?

それとも、僕が囮になる? いや、奴らが犬上先輩をターゲットにすることだってありえる。

先輩の大火力でなぎ払う? 駄目だ、そんな事したらここら一帯が火の海になる。

それなら戦ってみるか?

ローズは、僕がグランドグリズリーに勝てると言った、それが本当か嘘かどうか分からないけど……試してみるのも悪くない。駄目だったら逃げる。

「先輩、相手が一頭なら勝てますか?」

「……多分、勝てる」

「じゃあ、僕が一頭を抑えます。その間にもう片方をお願いします。一頭ずつ倒していきましょう」

「分かった。……気を付けて」

犬上先輩が後方、僕が前方。

唸り声を上げるブルーグリズリーの前に立つ。

実戦はフォールボアを除くと、あの蛇以来。今の僕にはナイフも槍もない。だが不思議と恐怖心はない、一人じゃないとメンタル面まで強くなるのかな?

じりじりと僕が近づくと、ブルーグリズリーは二本足で立ち上がり、両手を上げて威嚇する。変な感じだ、ローズに森に放り込まれた時のことを思い出す。

「ふぅ……」

ゆっくりと深呼吸しながら、体に治癒魔法の薄い魔力を纏う。腰を落とし真正面からブルーグリズリーの懐目掛けて、全速力のタックルを仕掛ける。

ごうっと風切り音と共にタックルは、ブルーグリズリーの胴体部分に直撃する。

「おぉぉぉ!!」

「グォ……グルォォォォ」

腕を振り回し、懐にいる僕に爪を振るうブルーグリズリー、しかし僕との距離が近すぎるせいか攻撃が当たらない。

ブルーグリズリーの胴体に腕を回しながら、巨体を押し出すように足を進める。

「ぐっ……ぐぐ……」

やはり、ブルリンより二回り大きい大人のブルーグリズリーの力は、侮れないものがある。体重もブルリンの比じゃない。

しかし、僕にはずっと走り続けてきたこの脚がある!

歯を力の限り食いしばりながら、一歩ずつ地面を踏みしめながらブルーグリズリーを後退させる。ずっと走り続けてきたんだ、朝も昼も夜も。力の限り……諦めずに……!

次第にブルーグリズリーの胴に回した腕にも力が入る―――――青色の巨体が腕力のみで浮き上がる。その際に両腕から骨が軋むような音と、痛みが襲ってくるが治癒魔法で無理やり治し無視する。

「グァ!? アアアアア!!」

ブルーグリズリーを持ち上げたまま、走り出す。

体の隅々に激痛が走る。ブルーグリズリーという負担に身体が耐えきれていないのだ。

それでも僕は絶対にこの腕を解かない。

先輩を無事に帰さなくちゃいけないんだ。だから―――、

「倒れろ!!」

勢いをつけたまま、ブルーグリズリーごと木に体当たりする。強烈な激突音と共に、僕は宙に投げ出され、慣性力に任せ転がりまわる。

「はぁ―――……死ぬかと思った。でも、ローズの言ったとおりだったな……」

地面に大の字で寝転がった僕は、ブルーグリズリーを激突させた木の方向を見る。

そこには、力なく倒れ伏すブルーグリズリーと、歪に折れた木。ブルーグリズリーが死んでいない事に安堵しながら、上体を起こす。

とりあえずは、最低限回復するべく、痛みのある箇所を治癒魔法で治す。体を動かせるようになったらすぐに犬上先輩の方にいかなくちゃな……。

そう思い、立ち上がろうとすると、犬上先輩がいるであろう場所に眩いばかりの電撃が昼にも関わらず周囲を明るく照らすように炸裂した。

「……心配は無用だったかなぁ」

そう思い、また座り込む。

じきに犬上先輩もこっちに来るだろう。僕からいければいいんだけど、ブルーグリズリーを無理な体勢で持ち上げたから体がガタガタだ。

傷はすぐに治るが、精神的な疲労が濃い。

「ウサト君!」

案の定、犬上先輩が来た。服が土で汚れてはいるが、目立った外傷がないことに安心しながら手を振る。折れた木の近くで気絶しているブルーグリズリーに目を丸くしながら、座り込む僕の方に走り寄ってきた。

「大丈夫!?」

「大丈夫ですよ……犬上先輩の方は?……殺したんですか?」

「殺してはいないさ、気絶させる程度に抑えたよ」

流石に、ブルリンと同じモンスターはあまり殺めたくない。それは犬上先輩も同じ気持ちだったようだ。

さて、僕が気絶させたブルーグリズリーが起きない内にこの場から離れ――――――

『ウサト殿―――――!!スズネ殿―――――!!』

「この声は……」

「守衛さんの声だ……」

森の出口から僕たちを探していたのか、それとも昼夜問わずに僕達を探していてくれたのかは定かではないが、さっきの犬上先輩が放った眩い電撃が、ここら辺を捜していた守衛さんの目に留まったようだ。

犬上先輩に肩を借りながら、声のする方向に歩く。何かとても長く感じた二日間だった、ある意味前回より長かった。

「……疲れましたよ」

「私は楽しかったよ……ウサト君といれてね」

マジですか。

普通なら勘違いしちゃうところだが、先輩の事だからあまり気にしないでおこう。

『み、見つけましたぞッ!!心配しましたッ――!!』

『グオッ』

花のような笑顔を浮かべた先輩を横目で見ながら、僕達を見つけたボロボロの守衛さんとブルリンに力なく手を振るのだった。