軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十一話

あの蛇を討伐するとブルーグリズリーの子供に宣言したその夜、僕は木の上で、手ごろな枝をナイフで削り簡単な槍を作っていた。

こんな即席の武器なんて効くかどうかは分からない。

でも、僕にはトラップを作る知識も何もないし、武器になるのはナイフと自分の拳くらいだ。

だから、一つでも武器になるものが欲しい。

「っし、完成っと」

先を尖らせただけの簡易的な槍だけど、かなり鋭い。

木の下に落ちないように手近な場所に置き、木に背中を預ける。

この硬い寝床にも慣れたけど、やっぱり柔らかいベッドが恋しくなる。

「カズキと犬上先輩はどうしているかなぁ……」

「きゅ?」

「はは、お前は結局ずっとついてきたな……」

僕の顔を覗き込むウサギを撫でる。

不思議な兎だ。生物的にも、存在的にも。よくよく考えてみれば、僕はこのウサギのおかげで生き残れたんだ。

「明日は、危険に巻き込んじゃうかもしんないけど……よろしく」

コクリと頷く、ウサギ。

その答えに満足した僕はゆっくりと木に体を預け、瞼を閉じる。

戦いの前に体を休めておかなくちゃな。

翌日、僕はウサギをレーダー代わりにしてあの蛇を探していた。

持ち物は即席の槍とナイフのみで、それ以外の重荷は全て置いてきた。

勿論体も洗って臭いも消してきたので、臭いで気付かれる心配もない。

準備は万端、後は蛇を見つけるだけだ。

「きゅ!?」

「どうした?」

ビクリと体を震わせるウサギ。

向いている方向は真正面、槍を持つ手に汗が滲む。最大限に警戒しながら、音を立てないよう茂みを分けて進む。

「何かが争う音?」

音が聞こえる。とても大きな音だ。

木がなぎ倒されるような激しい音。

その音に注意しながら、ゆっくりと茂みを分け、前方を覗き込むとそこには目的のツチノコのような姿をした巨大な蛇が見えた。

ハッと思わず息を呑むが、その時僕はもう一頭蛇の近くにいる生物を見つけた。それは、昨日見たブルーグリズリーの子供の姿だった。

「アイツ……ッ!」

「きゅッ!」

全身傷だらけ、それでも死んでいないのは小柄なせいもあるだろうけど、もう疲労も極度の状態にまで溜まって満足に動ける状態ではない。

どうする? 出るべきか。それともあの蛇の隙ができるまでこのまま指を噛んで待っていればいいのか。

最善の策は後者、でもそれは……。

「カッコ悪いよなぁ」

「?」

「君は降りて」

ウサギを地面に下ろし、槍を両手で握り直す。

覚悟は決めた、勿論死ぬ覚悟じゃない。あの強者面して自分より弱い奴を虐めている蛇を仕留める覚悟だ。

「行くぞ!!」

この程度の威圧感ローズに比べたら、全然平気。

あの鬼畜外道冷血女の怖さを知っている僕には……。

「怖いものなんか、ない!!」

『グッ!?』

『………ッ!!?』

僕の上げた大声に驚く両者。

熊はともかく蛇の方は、僕か熊かどちらを狙うか逡巡しているようだ。これはチャンス。だけど、あのデカい鎧のような鱗に槍を突き立てても刃なんて決して通らないだろう。

ならどうするか? 決まっている、狙う部位はただ一つ。

「ッらァッ!!」

全力で踏み出した一歩で、蛇に肉薄するように接近する。近くで見るとより大きい、口から見える歯なんてデカすぎて、僕なんて一噛みで絶命してしまうだろう。

ん? 目の前が暗く……。

『シャアアアアア!!』

「うわぁ!?」

ガチンと目の前で閉じる巨大な口。

退がらなかったら死んでいたぞ……ッ!

だけど、このタイミングを待っていた。その場でくるりと回転し、右腕に逆手に掲げた槍を声と共に突き出す。

「これを食らえやァ!! ボケ蛇!!」

僕らしくない粗々しい発言と共に突き出された槍は、蛇の右眼に深く突き刺さった。

このまま根元まで突き刺して内側から貫通させてやる! そう思い、腕に力を込めて押し出しッ―――、

「キシャアアアアアアアア!!」

「んな!? がっ」

次の瞬間、僕の体は凄まじい衝撃と共に吹き飛ばされる。

意識が飛びそうになるも、反射的に治癒魔法を纏い、傷の治癒をはじめることでなんとか意識を繋ぐ。

木に叩きつけられ、ずりずりと地面に滑り落ちながら蛇の方を見る。そこには眼に槍が突き刺さり隻眼となった蛇が僕に向かって尻尾を振り切った姿が視界に映りこんだ。

「ぐっ……尻尾か……」

「フシュルルルルルル……」

僕はバカか。あの変な蛇なら尻尾くらい使う発想が真っ先に出るはずなのに。

だけど、治癒魔法で傷はすぐに癒えた。

あの蛇だってピット器官とか持ってなければ、半分の視界を失ったという事だ。それと比べれば、この程度の攻撃なんて僕には屁でもない。

全ての傷を治癒し終えた僕は、すぐさま立ち上がり腰からナイフを引き抜く。

「その程度かよ。全然効かないぞ!」

狙いは奴の死角になる右側。

丁度、あの蛇の死角になるように走ると同時に奴もこちらに向かって尋常じゃない突進を仕掛けてきている。

相手から勢いに任せて向かってくるなら、避けるのは簡単。思惑通りにこのまま左側、つまり奴の潰れた右目の死角に辿り着く。

しかし、奴はグルンとその場で急停止して僕の方に首を向ける。

「―――ッ!?」

瞬間、奴の頬まで切れたような口が僕を嘲笑うかのように歪む。

その笑みを見て、僕はまんまと蛇の罠に嵌まってしまったことに気付いた。

考えが甘かった。

僕はこいつが野生に任せて暴れまわる只の蛇だと思っていた。でも、こいつは明らかに違う。こいつは考えて行動している、こいつは考えて暴虐している。こいつは考えて殺戮をしている。

こいつは………いたぶるのを楽しんでいる。

大きな口を開けた奴の歯が、今度こそ僕の左腕から肩を捉えた。

「ぐぅッ、ぐあああああああああ!?」

左肩に歯が食い込み絶叫の声を上げる。

咄嗟に左手を突き出したからか、何とか左腕だけで済んだ。しかも不思議と食いちぎられてはいない。奴もその蛇特有の瞳を丸くしている。

「~~~~ッ!」

「へへッ」

当然だ、僕が突き出した左手にあるのはナイフ。それが奴の堅牢な鱗に護られていない口内の上顎部分に突き刺さっているのだから。

「ハァ……ハァ……ハァ……っく……」

肩が痛い……だけど、痛みには慣れている。

僕は右腕を無理やり肩に食い込んでいる下顎の歯に割り込ませ、力を込める。

「ぎっ、負けて、たまるかよぉ……!」

「シュッ、シュルルルル」

奴も僕を放してたまるかとばかりに顎に力を入れる。

僕だって、この世界に来てからずっと地獄の中で訓練してきたんだ力なら自信ならある。

……あああああああ、やっぱり無理だ! 両腕ならまだしも片腕じゃ無理だ、このままでは本当に左腕が永遠に僕から離れてしまう!!

左手の感覚がなくなってきた。治癒魔法で治し続けてはいるけど、流れ出た血を戻すことはできない。

「ん? ……ひ……だりて? そうか……!!」

僕は蛇の口内に突き刺していたナイフを傷口を抉るように思い切り捻る。

案の定、苦痛のあまり僕を噛む歯の力が緩む。

「そらっ!」

その瞬間を見計らい、口をこじ開け左腕を引き抜く。

血と蛇の唾液に塗れた腕を抑えながら、後方に下がる。蛇は口内に走る激痛にもだえ苦しんでいる。

追撃のチャンスだけど生憎ナイフは蛇の口の中に置いてきてしまった。これで僕の武器はなくなってしまった。

でもまだ希望がある。

「……狙いはあそこだけだよね」

狙いは鎌首をもたげ高い位置にある、一部分。

奴の回復する暇は与えない。

そう思い、走り出そうとするするが――踏み出そうとした足に力が入らない。

「く、視界が……」

ぐらりと揺らぐ視界、それに伴い四肢にどんどん力が入らなくなってくる。

応急の治癒はした。左手は上がらないけどすぐに治る。

なら、考えられる可能性は一つだけ。

「毒、かよ」

あんな巨体で毒は卑怯すぎだろ。

でも、多分これが最後のチャンスだ。毒に侵された程度で逃すわけにはいかない。

全身を苛む毒を和らげるために、出せる限りの魔力で全身を覆う。

毒で体の中から傷つけられてゆくなら、その場から直していけばいいだけだ。全身に激痛を感じながら僕は自分の脚で地面を蹴り、蛇に向かって走る。

「ぐっ、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

絶叫しながら向かってくる僕の姿に気付いた蛇は、僕に向かって尻尾を振るってこようとする。避けられない、でも関係ない。当たれば治せばいいだけだ。

僕に尻尾が直撃する瞬間、目の前に青い塊が割って入った。

『グルゥ!!』

「お前……」

苦しげな声を上げ、尻尾を受け止めたブルーグリズリーの瞳が一瞬、僕の方を見る。

僕を、助けたのか?

僕を真っ直ぐに見るブルーグリズリーの眼を見てから、無言で蛇の方に向き直る。

頭は、僕の届かない位置にある。届かない位置にあるなら、胴体から昇っていく。

暴れまわる蛇の動きに振り落されそうになるが、意地でも縋り付く。

そして、頭の上に到着し、奴の右目に突き刺さっている槍を右手で掴む。

「これで、終わりだ!」

右腕に力を込め、槍を押し込む。

その際にさらに首を振り僕を振り落そうとする蛇、更に力を込め突き刺すとピタリと動きを止め、ドサリと地面に倒れる。

地面に投げ出された僕は、大の字に寝転がりながら横目で蛇を見る。

「は、ははは……やった……」

『グル……』

僕の近くに傷だらけのブルーグリズリーの子供が寄って来る。

食われるかと思ったけど、敵意はないようだから大丈夫だろう。

僕の傍らに座りこんだブルーグリズリーの子供は僕の顔を覗き込みながらもう一声鳴いた。

「お前も……敵取れてうれしいだろ?」

『……グゥ』

この小熊はこの後一体どうするのだろうか、この森で生きてゆけるのだろうか。

いや、それを考える心配はないか。あの蛇にだって立ち向かったんだ、それだけのガッツがあればこの森のボスにすらなれる資格があるはずだ。

『キシャ……シャ……』

しかし、安心しきった僕の耳に一番聞きたくはなかった鳴き声が聞こえる。

「ッ! ……嘘、だろ?」

のそりと起き上がった蛇。

痛々しい姿だが、その目には激しい憎悪が宿っており、その視線は僕を捉えていた。

『……グッ……グルル……』

「よせっ逃げろ、逃げるんだ」

僕の服を歯で噛み、引っ張り出す小熊。

僕なんて捨てて逃げてくれていいのに……! 動かない自分の体が不甲斐なさ過ぎて涙が出てくる。こんな所で終わるのかよ……!

カズキ、犬上先輩、王様、セリア様、トングとその他……ローズ。

そうだ全部、ローズのせいだな。最後位怨嗟の声を上げても許されるだろう。

「くそぉ、鬼畜―――――ッ! 年増――――ッ! 暴力女―――――ッ! オーガぁぁ!!」

「シャ……アアアア!!」

「死んだら、絶対に化けて出てやるぅ―――!!」

口を大きく開けた蛇が僕たちに向かって近づいてくる。

もう気が済んだ、心なしかすっきりした。もう吹っ切れた、ローズは地獄で呪い続けてやる。でもこの小熊を巻き込むわけにはいかない。死ぬのは僕だけでいい。

「もういい、僕から――」

小熊に離れるように言い放とうとした瞬間、目の前で大口を開けた蛇が上空からやって来た「何か」に押しつぶされる。

「へ?」

「ったく。出来損ないが……大人しく死んでればいいものを……」

足で押しつぶした蛇の頭部から足を引き抜いた緑髪の女性。そして肩に見覚えのありすぎる黒いウサギをのっけている。

僕と小熊はその場で呆然としていた。

しかし数秒後、状況を理解した僕は全身が震える。

自分が助かった喜びからではない、目の前に君臨する女性への恐怖からでだ。

「よお、ウサト。よくやったな」

「ロ、ローズ様……!」

思わず様付けしてしまった。でも女帝の君臨に思わず様付けしてしまうのはしょうがないことだろう。

恐怖に震える僕を余所にローズは、肩に乗っている黒いウサギを撫でながらニヤリと笑みを浮かべる。

「いやいや、こいつが知らせてくれなかったら危なかった」

「そのウサギ……」

「あん、ウサギ? 何言ってんだ、こいつはウサギじゃねえぞ、私のペットのククル、お前の見張りをしてた魔物だ」

「えぇ……」

僕の癒しが悪魔に変わった瞬間だった。

ローズは、足元にいる蛇を見下すように蹴りながら僕に聞こえるように話し出す。

「いや、お前にもしもの事があった場合のために森のはずれにいたんだがな。まさか前侵略時にシグルスが殺し損ねたモンスターが、森に逃げ出しているとは流石に思わなかった。まあ、極力手は出さずに見てたんだけどな」

「侵略? 魔王軍の?」

この人、僕があの蛇に追いかけられているのを見ていたのか。……もう何も言うまい。

この鬼畜さにはほとほと慣れた。

「そうだ、しかしグランドグリズリーが殺されたってのは予想外だったな、余程いいもんを食っていたらしい。仮にもグランドグリズリーはこの森のボスだからな」

「は!? じゃあアンタ初めての魔物戦で森のボスと戦わせようとしたの!?」

なんて鬼ッ! 人でなし!

「いや、違えよ死にぞこない」

「死にぞこない!?」

「普通なら殺せる筈がねえからな、グランドグリズリーに挑んで返り討ちにされ、格上との実戦を積ませ、七日ほどしてから出そうと思っていたが……」

「思っていたが?」

「思いのほかテメエが面白いことになっていたからな、先が気になったもんだから続行させた」

ええ……僕の生きるための行動が僕の首を絞めていたの?

ローズは落ち込む僕に近づいて来る。もうどうにでもしてください。

『グルルッ!』

僕とローズの間に入るブルーグリズリーの子供。

「ん、こいつはブルーグリズリーの子供か? お前こいつに懐かれてんのか?」

「え、そうなの?」

僕も少なからずこの小熊に対して絆のような物を感じている。

「やっぱ、お前は私と似てるわ。おいお前」

ローズに声を掛けられビクゥと震える小熊。

やはり絶対的強者であるローズには動物でさえ怯えるのだろう。

「この死にぞこないを運べ」

「は? 何を言っているんですか!? 王国にモンスターをいれていいんですか!?」

「私が許されるんだ、お前も許される。それに丁度ククルを私の所に戻そうと思っていたんだ。オマケが居ても問題ない」

んな無茶苦茶な、まだこの小熊が僕に付いてくるという事すら怪しいのに……ん?何で僕の体を持ち上げているんですか小熊さん。

『グ』

「え~~お前も何か乗り気な感じ?親のいる森にいないくていいの?」

僕の言葉を感覚で感じ取ったのか、体を揺さぶりながら応答する小熊。何故か僕に恩義を感じているようだ。

思わず漏れるため息を吐きながら、僕は最後に気になった事をローズに質問する。

「そのウサギ……何で怪我してたのさ」

「ああ?お前を油断させるためだよ、こいつには一芝居打って貰った」

『きゅ』

そんな自信満々に胸を張らないでウサギさん。僕の心はその自信満々の姿でゴリゴリ削られているから。それに言葉が通じる理由もこれで分かった。全てローズの掌の上だったんだ……泣ける。

「さてとッ」

ヒョイと僕を背負った小熊を持ち上げるローズ。

もうやだ怖いこの人。泣きそうになっている僕にローズは笑顔で振り向き額に青筋を立てながら―――

「そういえば、私に何か言ってたなァ?なんだっけ?鬼畜?年増?暴力女?オーガ?私は25だぞ?帰ったら覚悟するんだな?」

今分かった僕の最大の敵は、あの蛇ではなく……。

「しっ、四捨五入したら30ですね?」

「……今日は眠れないと思え」

この怖すぎる団長だった。