実は身を引くつもりです。
作者: みこと。@ゆるゆる活動中*´꒳`ฅ
本文
陽光弾ける水面を、豪華な船が進んでいく。
船上では、大運河開通の祝宴が開かれていた。
華やかに着飾った王侯貴族がグラスを傾け、談笑する。
その一角で。
「いい加減現実を見て、身を引いてくださらない? エメリーヌ様」
「弱小伯爵家の分際で、王太子殿下の婚約者なんて。身の程知らずも良いところですわ」
名だたる家門の貴族令嬢たちが、ひとりの少女を取り囲んでいた。
少女は肩身を狭く……、恐縮しているようではあるが、その横幅は 樽(・) よ(・) り(・) も(・) 特(・) 大(・) に見える。
「大体、見苦しいとは思いませんの? その体型」
「わたくしたちは皆、幼い頃より厳しく己を律して、プロポーションを維持してますのよ? ですのにあなたと来たら、お肉を野放しにし過ぎでは?」
先頭に立つ令嬢が、扇子でエメリーヌを指し示せば、プッと周囲は吹き出した。
「本当に。今日みたいな 暑(あつ) い日にサマードレスをお召しになれないなんて、お気の毒」
なるほど、令嬢たちは皆涼やかに、薄手の布地やレースで仕立てたサマードレス。肩やデコルテを出す彼女たちに対し、エメリーヌは首まで覆った厚い生地のロングドレスでその身を隠していた。
見えない首と、横に垂らした髪。頬を隠しているつもりだろう。おかげで顔サイズは、はっきりしない。
おそらくドレスの中同様、 ミ(・) が 詰(・) ま(・) っ(・) て(・) い(・) る(・) と予想できる。
「何かおっしゃったらいかがなの?」
令嬢のひとりが詰め寄ろうとした時だ。
凛とした声が響いた。
「そこで一体、何をしている」
「まあ! これは。アルマン殿下にはご機嫌うるわしゅう」
歩いてくる青年に、令嬢たちが膝を 屈(かが) める。青年の見目は涼やかで秀麗。けれども威厳にあふれ、堂々としていた。先に話題に出た、王太子アルマンだ。
「何を、と言われましても。女性同士、楽しいおしゃべりをしていただけですわ」
代表格たる公爵令嬢が、アルマンに答えた。
「ほう。楽しいおしゃべり。遠目からは揃ってエメリーヌを責めていたように見えたが?」
「まさか。ただ未来の妃殿下と、交友を深めていただけです」
令嬢たちから庇うように、アルマンはエメリーヌの前に位置取る。
その表情はあくまで険しい。
「わかってはいるようだな? その通り、エメリーヌは未来の王太子妃だ。皆、礼を尽くすように」
「仰せのままに、アルマン王太子殿下──」
令嬢たちが丁寧に身を折った。不服な表情を隠すように。
「大丈夫か、エメリーヌ」
「殿下……」
エメリーヌが口を開きかけた時だった。
「海賊が出たぞ──!!」
船が揺らいで、大きな声が事態を知らせた。
「な!」
見慣れぬ船が接舷して、あっという間に風体怪しい男たちが飛び移ってくる。"運河に出るのは 海賊(・・) で良いのか"、とか言ってる場合ではない。
「皆、奥へ!」
アルマンが令嬢たちに声を掛け、抜剣しようと腰にやった手が、虚しく空を切る。
船上パーティーのため、非武装だったのだ。
「ちっ」
そんなアルマンの前に、エメリーヌが盾のように毅然と立った。
「殿下、ここは私が。殿下こそ、お下がりくださいませ。お嬢様方も後ろに」
「あ、あなたも逃げなきゃ」
公爵令嬢がエメリーヌを促し、アルマンも慌てて婚約者を止める。
「待て、エメリーヌ。何をする気だ」
と、彼らの前で、エメリーヌは厚いドレスを 捲(まく) し上げた。
「こんなこともあろうかと、私、たくさん持ってきております」
「あああああ、ドレスを 捲(めく) るなぁぁ! ここで出すなぁぁ!」
ガン!
ガラガラガラガラ!!
大きな音と一緒に、エメリーヌのドレス下から様々な武器、救命道具、非常食、etc.etc.
いろんな道具が落ちてくる。
「え?」
令嬢たちの目が丸くなる。
「いざ、参ります」
しまいにはドレスさえも脱ぎ捨て、軽装となったエメリーヌの手に、鞭が握られている。彼女は迷いなくタンと跳ぶと、海賊たちに応戦する騎士や水夫の輪に飛び込んだ。
「参るな──っ! くそ、この剣を借りるぞ」
エメリーヌの残した道具の中から、手ごろな剣を拾ってアルマンも駆け出す。
令嬢たちはその場に固まり、広がる光景に目を疑った。
そして、しばらくすると。
参戦したエメリーヌやアルマンの活躍に圧倒された海賊たちは、あっという間に鎮圧され。
万雷の拍手が、船の上に鳴り響いた後。
アルマンやエメリーヌは、公爵令嬢からの問いに答えていた。
「つまり、エメリーヌ様はアルマン殿下の 仮初(かりそめ) の婚約者で、幼い頃から護衛の任にあった、ということですの?」
「はい……。正確には、 ライフガード(命を守る者) ? と申しましょうか。殿下のあらゆる危機に備えて、常にお傍にいるには、婚約者という立場がちょうどよいと……。幼い頃、王命を賜りまして……。いずれ殿下に相応しいお方が現れた際には、私は身を引くお約束をしております」
「んまあああ、なんですの、それ! 乙女を何だと心得てらっしゃるのかしら!」
「わ、我が伯爵家は代々、"王家の剣"として国に仕える家柄でございますれば、これも大切なお役目かと……」
エメリーヌの言葉に、公爵令嬢がアルマンに向けて、キッと厳しい視線を送る。
「俺は! エメリーヌのことを 仮初(かりそめ) だとか、そんな風に思ったことはまったくない! いずれは彼女を妃にと心から望んでいる!」
「そんな、恐れ多い……」
揺れるエメリーヌの瞳に、公爵令嬢がグイと身を乗り出す。
「い・い・え! エメリーヌ様っ。お受けなさいませ、殿下のプロポーズ。そりゃあ筆頭公爵家の娘の 義務(・・) として、わたくしが王太子妃になりとうございましたが! 青春全部注ぎ込んで、太いフリまでして、わたくしたちに馬鹿にされてまで、長年殿下をお支えしたあなたは、報われるべきですわ!」
「義務、だったのですか……? 殿下へのアプローチが?」
「ええ、半分くらい。だから遠慮なんて不要ですのよ! わたくしは殿下の地位目当て。あなたは違いますでしょう? 本心から、殿下をお慕いしてるってわかりますもの」
エメリーヌの顔が発火する。
その姿は誰が見ても恋する少女だ。そして、惚れ惚れするほど美しい。
一切の装備を外したエメリーヌは、あのふくよかさはどこへやら。よく鍛えられた痩身は、女性も見惚れるくらい引き締まっている。
これをずっと隠していたなんて。
危機に備える道具は、過剰過ぎじゃなかろうか。
そこには仕事以上の気持ちが十分に見て取れた。
アルマンのために心を砕いていたエメリーヌが、とてもいじらしい。
公爵令嬢の言葉に、アルマンが目を逸らす。
「プ、プロポーズは、まだだ」
「殿下っっ!」
「いやだってそうだろう。こんな血だか、ワインだかがこぼれまくった船の上で、誰かに促されて求婚するなんて、あり得ない! 俺はエメリーヌを大事にしたい!」
「……それはそうですわね。では、先行きを見守っておりますので、頑張ってくださいませ」
「あ、あの私は本当に……」
「殿下っ! エメリーヌ様が消極的ですわよ! 宝石やリボンにお花……。いいえ、素敵なサマードレスをお贈りになってお心を掴んでくださいな」
「応援してます!」
「おふたりが結ばれる日を、楽しみにしておりますわ」
エメリーヌを責めていたはずの令嬢たちまでいつの間にか、握りこぶしを作って輪になっている。
「んんっ。皆がこう言ってくれている。エメリーヌ、また日を改めて俺たちは仕切り直そう。差し当たって今日は、このマントを受け取ってくれないか」
「!」
「その……、ドレスを脱いで軽装になってしまっているだろう? 皆に見られないよう、キミを隠してしまいたい」
肌を出し軽装で立ち回りを披露したエメリーヌは、アルマンから大きなマントでくるまれて船室に送り届けられる。
耳元で囁いた王太子に、真っ赤に染まったエメリーヌを見送って。
「尊いものを見ましたわ~」と公爵令嬢たちは喜んだのだった。
王太子と伯爵令嬢エメリーヌの結婚式。その招待状が各貴族家に届く日は近い。