軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

二百九十五話

「まだ立てるなら、もう一度立ち上がれ」

闘技場の中央で、小さく呟く一人の剣士。

サーディス大陸最強の剣士と謳われ、そしてここブライトアーチの守護神とも呼ばれる男。

貪欲に、ただひたすらに強さを求め、何年も、何十年も、何百年も戦い続けた怪物。

その根底にある渇望が、今満たされようとしていた。

『いや、俺のスタイルじゃ対人なんて無理だって。適当にレベル上げてもしてくる』

かつて、自分を卑下するかのような、軽く流すような、そんな言葉と共に戦いを避け続けた男。

それを聞くたびにシュンは内心になんとも形容しがたい、不思議な感情を蠢かせ溜め込んでいた。

ゲーム時代、同じチーム所属し、そして自分に比肩するステータスを誇る男。

彼に少しでも高次元の、互いの思惑、戦術、読みを駆使した戦いの舞台に来てもらおうと何度も誘いをかけた。

だが、彼は終ぞ首を縦に振らなかった。

渇望した。その男、カイヴォンとの決闘を。

だが、無理やり誘い、そして対人という世界に慣れていないカイヴォンを倒しても、絶対に満足出来ない。

半ば諦めていた。プレイスタイルが、ゲームの楽しみ方が違うのだから、と。

だが、それでも周りは『ある疑問』を抱き、語ってしまうのだ。

『対人アリーナで最多勝利を収めるマスターおしゃべり剣士』と『全てのエリアを単独ネタ武器で攻略し続ける放浪魔王』。

酔狂な二人として語られる両プレイヤーの『どちらが強いのか?』と。

そんな疑問、話題ものらりくらりと躱し『シュンだろ。戦ったら俺に勝ち目はねぇよ』と笑うカイヴォン。

事実、現実世界でゲームセンターに入り浸り、同じく格闘ゲームを愛する『ダリア』こと久司と切磋琢磨しているシュンの方が、遥かに強いだろう。

だが、同じチームだからこそ、すぐ近くで戦っているからこそ、そして長い時間共にいたからこそ、彼は知っていた。

カイヴォンの『吉城』の異常なまでの執着心と、勝利への貪欲さを。

もしもその勝利への渇望を、自分に、対人の世界に向けてくれたら。

それを夢想しながら、日々を過ごすシュン。

そして、異世界に飛ばされ、数百年を自身の強化に費やした彼の目の前に、ようやく現れた待ち人。

目の前の男、待ち望んでいた相手は、今まさに戦う理由を持ち、彼の前に立っている。

己(シュン) とは違い、様々な思い、理由があってこの相手はこの場に立っているのだろう。

そんな他者の為に力を振るう覚悟をした彼に、僅かばかりの不満があった。

だがそれでも、万感の思いを込めて言葉をかけてしまうのだ。

『もう一度立ち上がれ』と。

知識量ならば、ゲーム時代の知識量ならば互角だとシュンは思っている。

それは事実であり、むしろ対人で求められる細やかなデータを全て知っている点を含めれば、その知識量はカイヴォンをも上回る。

そして、この世界にきて、戦いに費やした時間の差が、絶望的なまでに開いている。

建国、戦争、守護。

三つの節目に立ち会い、何百年も戦い続けた彼の実力を疑う者はこの場にいない。

そう、シュンの実力を疑う者はどこにもいない。彼の前に立っている相手、カイヴォンでさえも。

だが――『シュンの勝利を疑っている人間』は存在していた。

それは誰か?

カイヴォンに絶大な信頼を寄せ、その実力を誰よりも知るリュエか? 否。

自身の運命を切り開き、自身に絡みついた楔を打ち破ってもらったレイスか? 否。

それとも、心のどこかで自身を信じきれていないシュンか? 否。

この場にいる戦いを見守る国に所属する戦士たちか? 否。

皆が皆、もはやシュンの勝利は決まったようなものだと、リュエとレイスですら認め始めていた。

しかし――

ただ一人。

誰よりも、リュエよりも、レイスよりも、そしてシュンよりも深く、深く深くカイヴォンを知る人間がこの場にいた。

その人物こそが、最悪を想定し、敗北よりも恐ろしい結末を予期していた。

それは、シュンの死を幻視し、今もなお細心の注意を払い、この場を見つめている一人のエルフ。

幼い頃から共に歩み、友人として近くで見てきた男。

彼、いや彼女こそが、この場で唯一、明確にシュンの敗北を予期していた。

彼女――ダリアだけが。

「そいつはカイヴォンなんかじゃねぇ! ヨシキだ、お前が知らない、俺の知ってるヨシキだ!!!!!」

警鐘が脳内に響き渡る。ダメだ、ダメだダメだ。

カイヴォンだ? そんなの『あいつの極一部』でしかないんだよ。

捻くれていて、少々性格の悪い、けれども仲間の為に動く事が出来る憎めないヤツ。

そんなの……『仁志田 吉城』を構成する極一部分でしかないんだよ。

あの夜一瞬だけ見せた、狂気に溢れたあの表情を思い出す。

『なぁ、そんな奴どこにいる? 殺すよな、普通殺すよな? もしも殺人が、報復が罪じゃないのなら誰だって殺すよな? いやたとえ罪だろうと外聞なんて気にせずに本能のままに相手に食らいつくよな?』

これは、約束を、果たさなければならないのだろう。

俺は諦めて、隣にいる二人へと術式を発動させる。

強制的に、身体の制御を奪う電気信号を二人へと送り込み、その瞳を閉じさせる。

驚きと困惑の声を上げる二人。だが、それを諌める気力が俺にはもう、残されていなかった。

ただ静かに、一番近くにいた兵士を呼びつけ、俺は――

大人になるってのはどういう事なのか。

成人する事? 性交渉を終える事? 社会人となる事? 結婚する事? 人の親になる事?

自分の責任を自分で負えるようになる事? 自分を理性で支配出来るようになる事?

我慢を覚える事? 無償で人を愛せるようになる事? 自分が大人だと思っていた相手に認められる事?

自分の稼ぎで自分を養える事? 昔の自分を振り返られるようになる事?

ついてしまった膝を、もう一度浮き上がらせる。

両手で握りしめた剣に力を込めて、ゆっくりと立ち上がる。

「……俺の場合はそうだな……自分の感情に折り合いをつけられるようになった事かね」

僅かな時間で、こちらの身体の不調が徐々に消えていく。

……ああ、そうだったな。そうだよ、いつだって、どんな世界だって――戦いのバランスを崩壊させるのは、攻撃力ではなく回復力なのだから。

「まだだ。俺は生きているしお前も生きている。まだ終わっちゃいない」

「ああ、終わっちゃいない。これから俺が終わらせる」

怒りを、憎しみを、嫉妬を、渇望を。

この一戦での勝利を、俺より強いつもりでいる男から奪うためになら。

大人である事を止めてやる。わがままを通すために、なんだってしてやる。

だから……少しばかり、童心に――

「今すぐ終わらせろ! 早く、シュン!」

「息くらい整えさせるべきだろう。こいつはまだやる気だ」

「その通りだ」

もう一度、お前に届くのならば。

こんなもの、いくらでもくれてやる。

もはや剣ではなく、鈍器のように剣を振り回す。

当然のごとく握りも甘い一撃は弾かれ、剣を取りこぼす。

右手首から先が切り飛ばされる。

そして――吹き飛んだ手首に向けて炎を放ち消し去る。

その瞬間、なくなったはずの手の先が、切断面から再生し始める。

部位が消え去れば新たに再生しなおすか。本当に『極限強化』の名に偽りなしだ。

「……殺してみろよ」

「お前……本当に人間か?」

駆けつけ、今度はこちらの首を落とそうとする刃を、少しだけ首を傾げてやり過ごす。

動きの邪魔にならない程度にしか回避を行わなかったという事実は、首を半ばまで切り裂かれるという致命傷をこちらに与える。

『命に至る傷』のはずのそれ。けれども至るための道筋を、こちらはすぐに塞いでくれる。

なら、これでいい。もう、一撃で死なないのならばそれでいい。

こちらが足を止めると思ったのか、そのまま首の傷を顧みず迫るこちらに対応出来ず、ついにその身体に触れる事が叶う。

そう、この間合だ。拳が届くこの距離ならば。

その身体を強く掴む事が出来るのならば。

仄暗い感情が、背徳的な喜びが、理性の壁を越えて湧き出してくる。

やっと、やっとだ。捕まえた。この手の中に今、お前が確かに存在する。もう放すものか。

「……よう、剣士様……生憎俺は、剣を振るう機会はなくても――」

「ちっ! 邪魔だ!」

シュンの肩を掴んだ右腕を切り離そうと刃が振るわれる。

が、こんな距離で勢いもなく振るわれた刃如きで、この身体を切断なんて出来るはずもなく。

そして、受けた傷以上の回復力を以って、こちらの腕は今も変わらず、その小さな肩を強く、強く、強く強く強く掴み続けている。

「アアアアアアアアア!!!」

狭い場所に無理やり入り込むように、掴んだ親指が肩の関節に入り込む。

そういやお前、防具つけてないもんな。昔っから道衣みたいな装備縛りしてたっけ。

その衣装を引き裂き、皮を破り、肉に穴を穿ち骨へと至る。

「暴力を振るう機会なら、幾らでもあったんだよ。お前を……俺の土俵に引きずり落としてやる」

やはりステータスの高さというのは身体の頑丈さに作用するのか、左腕の関節を外し、筋を少しだけ引きちぎる以上に深刻なダメージを与えることは出来ないのだと学習する。

相当痛いのだろう。デタラメに刃を振るわれ、何度も脇腹を貫こうと振るわれる刃。

そして武器の効果だろう。何度も見えない斬撃が、こちらの顔を、腕を、腹を痛めつける。

それでも、放しはしない。これはもう、一騎打ちやら、剣技の冴えを見せるやら、何か崇高な思いを遂げようとするやら、そんなお上品なものではないんだよ。

「いい加減に……離せ!」

とうとう剣を振るうだけではこちらを振りほどけ無いと理解したシュンが、一度剣を収納し、残された右腕でこちらの首に手を伸ばす。

首を押さえやすそうに手を目一杯広げて伸ばされたその手のひら。

その瞬間、膝を軽く曲げ首の位置を下にずらす。

すると、おあつらえ向きにシュンの親指と人差し指がこちらの眼前へと晒される。

そしてそれを――噛みちぎる。

「グッ! てめぇ!」

久々に齧る人の肉は、酷く不味いもので。余りにも馴染み深いその感触が今自分の口内にあるのが、たまらなく不気味で。

すぐに吐き捨てながら、ついにこちらの間合いから逃げてしまったシュンを見つめ直す。

なぁ、楽しいな? これはもう殺し合いだ。お上品に剣なんか振り回してんなよ。

お前、俺と同じだろ? 今まで苦戦らしい苦戦なんてした事ないんだろ?

数百年ひたすら自分の技を磨いたところで、命の奪い合い、ギリギリの戦いを数百年続けてきたわけではないだろ?

つまり――

「ほら、剣を満足に握れなくなっただろ?」

「……だからどうした」

「なら――お前と俺じゃあ剣なしでの『場数』が違う」

殴る機会なら、いくらでもあった。

平和なあの世界で刀傷沙汰なんざ遭遇する機会なんて殆ど無いわけで。

けれども、それ以外の暴力は平然と日常に隠れているわけで。

だから、俺は少しだけ童心に帰ろうと思う。

向こう見ずで世間様に顔向けできない、本物のクズに戻ろうと思う。

「第三ラウンド。今度はルール無しの殺し合いだ」

「ダリア様! 既に魔導師団の詠唱魔導の準備が整いました。結界を解除してください」

「そんな命令を出した覚えはねぇよ。それより王族連中への指示はどうなってる」

「何を悠長な! シュン様が、我が国の危機をみすみす見逃せと言うのですか!」

「……二度は言わねぇ。王族連中を城に集めろ。もう、終わりなんだよ」

周囲の人間は未だ、理解していない。

あれはもう、こちらがどうこうできる存在じゃあないんだよ。

終わらせるべきだった。あいつが大人しく『こちらの事情に合わせてくれている』間に勝負を切り上げるべきだったのだ。

もう、今更遅い。この場に多くの人間を呼んだのが完全にアダになってしまっている。

舞台で繰り広げられているのは、もはや勝負などではなく、本物の殺し合い。

場所が場所だ、俺がここにいる限り死なせはしないが――これはもう、国の威信を落とすには十分すぎる惨状と言えるのではないか。

「……分かっていただろうが。お前がこっち側につかなかった時点で、こうなってしまうんじゃないかって」

剣を再び握ろうとするも、恐らく手に致命的な怪我を負っているのか、振るう度に取り落とす。

そしてカイヴォンは、余りにも、非道で、卑怯で、卑劣だった。

ああ、そうさ。お前はそういう人間だ。絶対に自分の上に誰かが立つのを認めない、そして加減や道徳心、後悔や後先を簡単に捨てられる化物だ。

恐らく闇魔術だろう。剣の形をしたそれを、平然と素手の勝負だと自分で言っておきながら行使する。

見ていられるか、こんなもの。だが、これを見届けるのが、俺の罰なのだろう。

「……ダリア、どうなっているんだい。目を開けさせてもらえないのなら、せめて教えておくれ。カイ君は無事なのかな」

「……ああ、無事だ。そして、もうすぐ終わる」

「終わる……それはどういう意味ですか。身体の自由を返してください」

「そいつは断る。これは、カイヴォンが俺に託した願いだ。それだけは、出来ない」

見られたくないだろうよ。こんな、醜悪で極悪で、非道で、人間味を感じさせない様は。

ああ、そうだとも。あいつは大人になった。

学生生活が終わり、面倒な付き合いから解放され、自分らしく生きる事を覚えたアイツは、確かに『大人』になった。

だが、俺だけは知っている。ニ◯年の付き合いの俺だから知っている。アイツの性格は、そんな『大人』になった程度で変わるような、単純なものではないと。

俺は知っている、アイツがどんな人間で、どんな心を隠して生きているか。

俺だけが知っている。だがシュンは『大人』になったアイツしか知らないから。

そして俺だけが想像出来てしまう、今の力を持ったアイツが『大人』を辞めた最悪の姿を。

残忍で、容赦がなく狡猾で、誰にも悟られずに、自分の欲望のままに力を振るう。

人間らしい感情が欠落した、本当に同じ人間だと、同い年の人間かと疑ってしまうような残虐性。

手段を選ばず、常人ならば眉を潜め選ばないような行為を平然と行い、喜々として相手を壊そうとする。

そんな、アイツ。

「……死ななきゃ安い、か。そいつは、ゲームの世界だけの話だよ、ヨシキ……」

ちりも積もれば山となる。雨だれ石を穿つ。一念岩をも通す。

そんなことわざで表現するには、余りにもおぞましい。

本来であれば達成できずに命を散らすはずの憎念のはずだろ、そいつは。

あの力はなんだ。何故、傷が癒える。そもそも――お前、戦い始めた時より、明らかに動きがよくなっているじゃねぇか。

それは成長だとか、学習だとか、そういう類の物じゃない。

もっと根本的な、有り体に言えば『ステータスが上がっているかのよう』じゃないか。

戦場に動きがあった。

ついに、倒れるべきじゃない男が膝をついてしまっていた。

顔中血だらけ。両腕が既に機能を失っているのか、だらりと重力に従い垂れ下がる。

そんな有様に、この場にいる全ての人間が言葉を失っている。

だが――今目の前で繰り広げられようとしていた光景に、俺は、ついに――

結界を解き、おぞましい執念が渦巻く中心部へと駆けてしまった。

「カイヴォン……もう終わりだ、俺達の、負けだ」

「……いや、まだ生きてるじゃん、コイツ」

「っ! ヨシキ! これは殺し合いじゃなかったはずだ!」

「……ああ、そういえばそうだったか?」

見開かれた瞳のまま、微笑みすら浮かべながら振り返る友の表情に、心臓に冷水を流し込まれたかのような感覚を覚える。

失敗だった。そうだ、追い詰めてはいけなかったのだ。

勝負の序盤で終わらせる事が出来なかった時点で、この結末は決まっていたのだ。

すると、今の今までその腕から生やしていた、黒いトゲの様なモノをカイヴォンが消失させる。

そう、既に動けないシュンの脳天にその先端を押し当て、今まさに止めを刺そうとしていたのだ、この男は。

「……今、王城に王族を集めさせている。そこで、本懐を果たせ」

「……あー……まぁちょっと待て。まだ、その、なんだ」

次の瞬間、頭を垂れ、一言も言葉を発せずにいるシュンの前へと膝を落とし、顔の高さを同じにする。

まるで、面と向かって話そうとしているかのような仕草に、本当にこれで終わってくれたと、矛を収めてくれたのだと、安堵の息をはく。

だが、次の瞬間――

「まだこいつの口から敗北の言葉を聞いていない。なぁ?」

シュンの髪を掴み、強引に上を向かせる。

その動きは相手への気遣いなど一切ない、未だ目の前の人間を殺すべき敵だと認識しているかのようで。

つい、こちらも手を出してしまいそうになる。

だが――俺はもう、結界を解除している。それはつまり――もうコイツを縛るモノがなにもないという事に他ならない。

故に、この得体の知れない、強大すぎる力を秘めた友に、俺は何もすることが出来ないでいた。

「なぁ、認めろよ。お前は、お前達は俺に負けた。過去の過ちを認めず、その遺産である俺にこうして敗北した」

「……この、化け物が」

「お前も大概だ。そして、この国も大概だ。俺達がこれからする事に、もう手出しはするな。お前はもう、俺の敵になりつつあるんだ。その意味、分かるな?」

……間一髪、だろうか。

もし、こいつがあの夜に願いを託さなかったら。

もう『最愛の二人ですら切り捨て、修羅と落ちる道』を選んでいたら。

きっと、俺も、シュンも、今よりもひどい結末に至っていた。

だがカイヴォンは今、確かに『敵になりつつある』と言った。言ってくれた。

まだ、芽があるのだと、俺達にチャンスをくれたのだと。

それが、申し訳なくて、同時に、ありがたくて、けど同時に、悔しくて。

俺達の歩みが、全て否定されたような気がして、こいつの努力が、全部台無しにされた気がして、もう、何も判らなくて、ただ――

「「なんでお前が泣いてんだよ」」

「うるせぇハモるな馬鹿野郎」

誰も死ななかったのが嬉しいが、だがこんな舞台しか用意出来なかったのが申し訳なくて。

戦わずに済む方法を、もしかしたら俺がもう少し粘れば、もう少し汚い部分に踏み込んでいれば手に入れられたのではと考えてしまって。

もっと、もっと知るべきだった。カイヴォンではなく、この男……どういう訳か、俺以上にこの国に身を捧げているこの男の事を……。

「……今から、城に向かうぞ。約束は、果たしたからな。あの二人は何も見ちゃいない」

「……ああ、本当に感謝する」

駆け足の音が近づいてくる。

振り返れば、今の今まで死闘を、殺し合いを繰り広げていた者と、それをさせた人間が三人、ただ地面に座り込み、おかしな空気を出している事に異常を感じた様子のリュエとレイスがいた。

「俺は……お前が憎いよ、カイヴォン」

「……そうか」

「なんで俺が負けた。勝てる舞台を用意したのに」

「……間違いなくカイヴォンは負けた。だが、俺には勝てなかった。そういう事だよ」

「……訳が分からねぇよ」

その言葉の意味を、たぶん俺は理解出来たのだと思う。

こいつが、大人である事を、いや、リュエとレイスを一時的にとはいえ、自分から遠ざけた段階で、カイヴォンとしては負けてしまったと、思っているのだろう。

……そいつは違う。あの残虐性、大人である事を止めた、忌避すべきあの有様も、間違いなくお前だよ、カイヴォン。

そして、あの願いを俺に託した事そのものが、お前が『大人になった』証拠でもあるんじゃないのか?

大人ってのは……『格好をつけたがる』生き物だから。

二人が駆け寄る。この異常な空気を打ち破り。

ああ、ならば俺達は身を引こう。俺は未だ動けないシュンに回復を施し、その肩を持ち上げる。

「重いな。お前も十分」

「……だろうな」

「たぶん、お前は俺に黙っている事が沢山あるんだろうな」

「……そうかもな」

「そいつはきっと、今聞いても答えられないくらい、重たいものなんだろうな」

「……さぁな」

なぁ、カイヴォン。

もし、今日という日がこの国を変える礎になったのなら。

どうか、どうかこいつの事も変えてやってくれないか。

いつからか、俺とこいつは近くにいるはずなのに、違う場所を見つめていたみたいだ。

もう一度、もう一度同じ方向を見させてくれないか。

俺は、お前の願いを叶えたから、今度は……俺の願いも叶えてくれないか。

「……なんてな」

安堵の声が、喜びの声が、労いの言葉が背後の三人から漏れ聞こえる。

それを聞きながら、静かにこの舞台を降りた俺達は、周囲の兵士に引くように命じ、王都へと帰還を果たすべく手筈を整えるのであった。