軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

二百十話

この一戦は、きっとこれから先何度も思い出し、そして語り聞かせる事になるのだろう。

娘が大人になり、そして気に食わないが誰かと結ばれる。そして、孫が生まれるんだ。

そんな孫に向かって、俺は自慢するように何度も何度も語って聞かせる。

『またその話~?』なんて言われたりするんだろうな。

ああ……そうなるといいな。だから――

「……姐さん。悔いのない闘争を」

「ええ。全力の闘いを」

凡庸な俺が。冴えない俺が。伸び悩み、どこか諦めていた俺がここまで来た。

それはもしかしたら、近くに刺激を与えてくれる人間がいたからなのかもしれないし、応援してくれる家族のおかげかもしれない。

けどな、たぶん俺はこう思うんだ。

『俺が今日、この場所で戦うのはきっと運命だったんじゃないのか』って。

だってそうだろう? 繰り上げられたり予定が狂ったり、色々日程がめちゃくちゃになってしまったが、今日って俺の――

レイスの準決勝当日。

こちらまでも緊張していたのか、いつもよりだいぶ早く目が覚めたようだ。

窓の外はまだ薄暗く、隣のベッドからは規則正しいリュエの寝息だけが聞こえてくる。

……そうか、君も早く目が覚めてしまったんだな。

俺は物音を立てないように静かに床に降り、寝室を後にした。

リビングでは、予想通りレイスがいた。

椅子に座り、窓から外の様子を眺めているように見えたが、あることに気がついた。

窓に、赤い光が映っていた。それは、先日開眼したばかりの彼女の魔眼。

それを発動させ、外を眺めていたのだ。

「レイス、おはよう」

「あ、おはようございますカイヴォンさん。少し、早く起きすぎてしまいました」

「俺もだよ。やっぱり、緊張しているのかい?」

「そうですね、やはりよく知った相手との試合というのは、いつもより幾分緊張してしまいます」

「大丈夫、勝てるよ」

別に彼女が不安そうな色を出している訳ではない。

けれども、気がつくと俺の口はそんな言葉を吐き出していた。

すると、それを受けた彼女は一瞬だけキョトンとした表情を浮かべた後、少しだけおかしそうに笑みをこぼした。

「ふふ、そうですね。ありがとうございます。私は、勝ちます」

「そうだろうとも。ところで、さっきまで魔眼を発動させていたようだけど」

「あ、はい。実はこの都市、空に魔力の通り道のようなものがあるみたいで、それを追いかけていたんです」

「へぇ! それは興味深いな」

「恐らくですが、以前オインクさんが使っていた小型通話の魔導具。あれが使える範囲にはりめぐされているのだと思います」

ああ、そういえばそんな事を言っていたな。

ならばもし、この世界全てにその道を行き渡らせる事が出来たのなら、携帯電話のように全ての人間が離れていてもやり取りを出来るようになるかもしれない。

そんな未来を夢想していると、寝室の扉が勢い良く開かれた。

「よ、よかったぁ……二人ともベッドにいなかったから寝過ごしちゃったのかと思ったよ」

「ははは、ごめんごめん。おはよう、リュエ。三人共早く起きてしまったね」

「そうですね。なんだか申し訳ないです」

「ううん、そんな事ないよ。じゃあ折角早く起きたんだし、一緒に朝ごはんでも作ろうよ」

「たまにはそうしようか」

気負いなく。いや、こうして起きている段階で多少の気負いはあるのだろうが、それでもいつも通りの自分達に、なんだかホッとしてしまう。

さて、じゃあ何を作りましょうかね――

朝食は、多数決でお肉以外のものになりました。

作ったメニューは、以前俺がレイラに教えてもらった謎パテを使ったラタトゥイユ風。

今回は簡単に済ませようと、正直エビ団子のトマト煮といった風合いだが、それでも美味しい美味しいとみんなで言い合うことが出来た。

なお、多数決で肉を上げたのは……彼女の名誉の為に言わないでおきましょう。

そして、会場へとやって来た。

ここまで波乱に満ちた大会は初めてだと、周囲の耳をむけると聞こえてくる。

そして、昨日の一幕。野蛮かもしれないが、やはり人々の本能は血を求めているのかもしれない。しきりに昨日の闘いについて語る人間をよく目にする。

結局、ヴァンがどうなったかの発表はギルドからはなく、一命をとりとめたとも、そのまま死んだとも言われている。

だが、俺達だけは知っている。彼があの時死んでいた事を。彼女の糧になった事を。

皮肉なものだ。長年彼女を苦しめていた人間の残党が、再起を掲げる前にその彼女に討たれる事になろうとは。

もちろん、未だにその選択をさせてしまった自分とオインクに思うところはある。

だが、飲み込もう。俺のような人間とともに歩むのならば、綺麗なままではいられない。

そう、自分に言い聞かせるのだった。

「では、私は選手控室に向かいますね」

「レイス! 武運を」

「レイス、頑張っておくれよ!」

人通りの少ないその場所で、彼女と別れる。

警備の職員がこちらの顔ぶれに驚いていたのが印象的だったが、ドーソンの方はどうなのだろうか?

恐らく、奥さんや娘さん、そしてこの街の仲間達がかけつけているとは思うのだが。

関係者席に向かうと、丁度前に冒険者の一団の姿が目に留まった。

そのまま関係者席へ向かうことから、恐らく彼らがドーソンの友人たちなのだろう。

なんだか少しだけバツが悪く、少しだけ間を空けてこちらも席へ向かう。すると、すでに席にはドーソンの家族が座っており、その周囲に彼の仲間達が陣取っていた。

関係者席を利用出来るのは、現段階で勝ち残っている人間の関係者だけ。

つまり、今この場所には彼らと俺達しか存在していない。

故に、彼らの視線がこちらに向かうのは当然な流れというわけだ。

「……アウェーだな」

「仕方ないよ。地元の人間を応援する気持ちは私だって分かるからね」

珍しく、達観した様子で彼女になだめられてしまう。

そうだな、俺がこんなんでどうするんだ。

不遜に、唯我独尊に、盛大に傲慢に、最強の名と共に振る舞おう。

「奥さん、どっちが勝っても恨みっこなしですよ」

「あ……どうも、先日はとても貴重な調味料を……あ、そうじゃないですね、ええと、負けませんよ、うちの人は!」

「ははは、ドーソンがそんじょそこらの冒険者とは一味違うのは嫌ってほど分かってますよ。こう言ってはなんですが、俺の目から見ても彼は強い、生粋の戦士だ」

「貴方がそこまで言うのなら、やはり勝つのはうちの人、ということでしょうか」

「嫌、それはない。うちのお姉さんに勝てるのは俺かリュエくらいだ」

意外なことに、彼女もまた負けじと言い返す。

だがそれはどこか冗談めいた、楽しそうなやり取りだった。

なるほど、いい奥さん見つけたなドーソン。羨ましいぞコンチクショウ。

とその時、この場に似つかわしくない幼い声がこちらに届く。

「お父さんは負けないよ! あのお姉ちゃんよりもお父さんの方が強いもん!」

「む……言ったな娘っ子。じゃあお父さんが勝ったら美味しい料理の作り方をお母さんに教えてあげよう」

「あら、それは是が非でも勝ってもらわないと」

「ごはん……お父さんがんばれー!」

まだ選手入場もしていない戦場に向かい大声を張り上げる娘さん。可愛い。

すると、我が家のこども好きリュエさんが小さくぽつりと呟いた。

「子供……ほしいなぁ……」

ノーコメントでお願いします。ちょっと色々とドキっとしちゃうんです。

そんな彼女の呟きに気をとられていると、会場全体から歓声が上がる。

視線を動かせば、そこには今日も布で巻いた弓を背負い、この場に似つかわしくないドレスを纏ったレイスの姿。

そして対するは、これまた派手な、金色の文字が模様のように編み込まれたローブを纏った、若干衣装に着られている感漂うドーソンの姿が。

「うーん……前から気になったいたんだけど……ドーソン君のあのローブさ、ちょっと厄介かもしれないね」

「ん? あの悪趣味なローブがどうかしたのか?」

「うん。あれ、たぶん魔法がかけられているよ。それも一つや二つじゃない。あまりに複雑で私でもこの距離じゃ分からないくらい」

「……やっぱり一筋縄じゃいきそうにないな」

レイスの勝ちは揺るがない。そう信じているが、やはり底の知れない男ドーソンに対し、警戒心を抱いてしまう。

そして、両選手が登場したところで解説席から今日もあの二人の声が響き渡るのだった。

『さぁ! いよいよやって参りました準決勝! この一戦の勝者が既に決勝に駒を勧めているヴィオ選手とぶつかることになっておりますぞ!』

『今年は正直どうなることかとヒヤヒヤしたが、嬉しいことに観客動員数は過去最大だ! ちなみにギルド主催のオッズの集金額もすさまじい事になってるぞ』

『はっはっは、そんな内部事情を暴露してオインク殿にしかられてもしりませんぞ』

『その総帥本人がホクホク顔でさっき漏らしていたんだよなこれが!』

とその時、何かの物音を拡声器が拾う。

目を凝らしてみれば、解説席に一本の矢が突き刺さっておりました。

豚ちゃん恐い。部下には容赦ないっすね。

『ひっ……ま、まぁまずは選手の紹介から入らせてもらうか。まずは……おいドーソン! やったなぁ! 色々変則的だがここまで勝ち残るとは大したもんだ! 俺はお前にかけてるんだ、負けてくれるなよ!』

『ドーソン選手はここまで、様々な戦法を披露しながら勝ち上がってきた技巧型の術士ですな。本来、彼のようなタイプは一対一の決闘には不向きとされておりますが、結果はごらんの通り。並み居る強豪を打ち破りこの場所まで駒を進めましたぞ!』

その解説に、彼の奥さんが少しだけ誇らしそうな笑みを浮かべていた。

ああ、その気持はよく分かる。自分の愛した人間が活躍し、それを讃えられる姿というのは、自分自身が栄誉を賜るもずっとずっと嬉しいものだ。

『この街の出身者だそうですが、どうやら今日は最愛の奥様と娘さんが応援にかけつけているそうです。これは、ドーソン選手も気合が入る事でしょうな』

そして解説は相手、レイスへと移る。

『さて、続きましては怒涛の快進撃を見せているレイス選手ですが……既に情報が広まっておりますように、彼女は知る人ぞ知る名店『プロミスメイデン』の元オーナーです』

『そして恐らく一部の人間は気がついているだろうが……アルヴィース戦役で行方不明になった『レディアントマジェスティー』その人だ。正直、この都市で姿を見た時は信じられなかった思いだ』

「カイくん、レイスだけかっこいい二つ名がついていて羨ましいと思うんです私は」

「奇遇だな。俺もちょっとうらやましい。けど当の本人にとっては黒歴史みたいだぞ」

その聞きなれない言葉に、投影されている彼女の姿を見やる。するとそこには――

顔を手で覆い隠してうずくまる我らがお姉さんの姿が! 凄く可愛いです!

『ここまでの試合で彼女の強さはこれでもかと伝わっているだろうが……この先は実際の闘いに期待してくれ。俺は、あの人の闘い方をよく知っているからな』

『なるほど、まだなにか隠し玉があると言うのですな! この試合、目が離せませんぞ!』

恐らくゴルド氏はレイスの本来のスタイル、即ち魔弓闘士としての戦い方を知っているのだろう。

それ故の言い回し。まだ何か奥の手があると匂わせ、会場の興奮を高めている。

だが、それは恐らくドーソンも同じ。あいつもまた、ただ真正面から戦うタイプではないと、会場の人間皆が思っている事だろう。

この一戦、確かに目が離せそうにない。

「さぁ……見せてくれレイス、ドーソン」

そう小さく漏らし、戦闘態勢に移る二人を見守るのだった。