軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

百九十七話

なにかが触れる感触。

優しく、愛おしむような手つきで撫でられる頬。

微睡みからそっとすくい上げられるような感覚に、ゆっくりと瞳を開く。

「ああ……ちゃんと目を開いてくれました……夢では、なかったのですね……」

「おはよう、レイス。ごめん、俺が先に起きていなきゃいけなかったね」

「目が覚めて、最初に見えたのが瞳を閉じたカイさんでした……けれども、この胸に伝わる確かな鼓動が……ちゃんと貴方が生きていると、私に知らせてくれました」

最初に目に映った光景。それは、レイスの不安そうな顔。

けれども、瞬く間にそれは安堵の表情へと移り変わり、こちらの頬に添えられていた彼女の温かい手のひらがゆっくりと動き出す。

先程までの優しい手つきではない。まるで存在を確かめるように、揉むように、形を確かめるように、流れる血液を、命の鼓動を確かめるように。

ムニムニと、親にじゃれつく赤子のように。

「レイス、くすぐったい」

「……はい。でもやめません」

「……仕方ないな」

こちらも、彼女の身体に回したままの腕に少しだけ力を入れ、抱きしめる。

こちらの存在が、心臓の鼓動が強く伝わるように。

「レイス」

「はい」

「ごめん。俺が、不用心だった。その所為で、君に本来味わう必要のない苦しみを与えてしまった。その苦しみは、人が一生の内にそう何度も味わうべきものじゃないのに」

「……はい。家族が、大切な人の身体が、どんどん冷えていく、固くなっていく……この感覚を直接味わうのは、初めてでした」

「そう……か」

もう、二度と戻らない場所に行ってしまったと、本能が理解してしまう死の感覚。

それを、彼女に味あわせてしまったという罪。

俺自身、もう二度と味わいたくない恐怖と悲しみしか生み出さないあの感覚。

なのに、俺は――

「戦争で、多くの仲間の死を看取りました。自分の娘が、離れた地で亡くなったとの報を受けた事もありました。けれども、これは、この感覚は初めてのものでした」

「どうすれば、その感覚を消すことが出来る? 上書きする事が出来る?」

「……私がそれを口にしたら、貴方はそれをしてくれますか?」

「……それは、今すぐ?」

「ふふ、そんな顔しないでください。では、理由をお聞かせください。そして、約束を」

知っているさ。分かっていたさ。これは、俺自身の問題。

俺がまだ、折り合いをつけられないという問題。

そして、俺の性格上、今はまだ超えられない一線。

彼女の求めるものが何か。俺は知っている。

正直に、言おうか。何度も何度も、求めてきた彼女の思いに応える為にも。

「レイス、大好きだ。けれども、今ここで君を抱いたら、俺は前に進めなくなってしまう。きっと、溺れてしまう。それくらい、深く深く、君を、君達を愛している。俺はダメな人間だ。本来なら英雄でも、最強でも、魔王でもない、ただの人間だ。愛に溺れて身動きがとれなくなるくらい不器用で、弱くて、そして臆病な人間なんだよ」

「ふふ、貴方がただの人間なのはよーく知っています。けれども……ふふ、そうですか。溺れちゃうんですか。それならば――」

彼女の唇が、頬に触れる。

「今は、これで我慢しましょう。貴方が、いえ私達が立ち止まるその日が来るまで、私は待ちましょう。約束ですよ、いつの日か、私とリュエに、その身体で生を刻んでくれると」

心臓が、再び止まってしまうような優しい微笑み。

それに応えるべく、俺はゆっくりと頷くのだった。

「ねぇ、そろそろ私目開けていい? 耳塞がなくてもいい? 大丈夫、なにも見ていないし聞いていないよ! もーいいーかーい?」

「……リュエ、こっちきなさい」

「う、うん」

するとその時、姿の見えなかったリュエの声がベッドの下から聞こえてくる。

ああもう、この娘さんは。

おずおずとやってきた彼女をベッドに引きずり込み、レイスと一緒に強く抱きしめる。

「リュエの事も、同じくらい大好きだ。だから、もう少し待っててくれ」

「もちろん、いつまでだって待つさ。私は待つのが得意だからね」

この二人を、絶対に手放したりはしない。

絶対に、最後の瞬間まで。この生を全うするまで。

そう、心に誓うのだった。

すっかり夜も明け、このまま直接大会会場へとドーソンの勇姿を観戦に行こうという事になり、訓練施設を後にする。

一眠りした事でこちらの凝り固まった身体もだいぶほぐれ、そしてレイスのコンディションもすっかり元通り……というわけにはいかなかった。

「レイス、ちょっと恥ずかしい」

「せめて会場までお願いします」

まるでカップルのように腕を組む彼女を無碍にも出来ず、二の腕が埋まるほどの幸せな感覚に鼓動を強めながら往来を行く。

少しだけまだ甘え足りないのか、彼女が会場まで腕を組むように提案してきたのだった。

そして勿論――

「三人並んで歩くと邪魔になっちゃうかもしれないね。けど面白いね、これ」

反対側にはリュエさんが。

やめて、さすがに恥ずかしい。両手に花なのはいいけれどそれを周囲にアピールしながら練り歩くのはさすがに恥ずかしいんです。

が、こちらの内心を知られるのも面白くないと、少々強引だが酷く現実的な話題を口にする。

「レイス……今こんな事を聞くのは悪いとは思うが……あの訓練で、なにか掴めたりは出来たのかい?」

「と、唐突ですね……ですが、あの経験を無駄には絶対にしません。確かに、最後の瞬間のあの感覚は掴めました。あれを知ってしまえばもう……並大抵の技で私は動じません。間違いなく、あの一撃は私を次のステージに導いてくれましたから」

「それはよかった。はは、死んだ甲斐があったってものだよ」

「……怒りますよ?」

「ごめんなさい」

「カイくんの本気の一撃かー。実はあまり本気って間近で見ていないから、私も気になるよ。そういえば、結局龍神をどんな風に倒したのかも知らないし」

「そうだったのですか? 私も、結果だけは知っていますが、具体的にどんな状況だったのかは知らないんですよ」

少し不謹慎な発言もしてしまったが、なんとか二人の思考を変える事が出来た俺は、少しでも内心の同様を気取られぬよう、あの懐かしい一幕、龍神を葬った時の事を、あの時の気持ちを二人に伝える。

側にいたい。一緒にいたいという気持ちに突き動かされるように森の中を夢中で走った事。

見つけた相手を、無我夢中で倒そうと、自身が持ち得る最高位の技を放った事を。

ああ、そうか。思えばあの時も俺は、ゲーム時代同様、神がかり的なタイミングでコンボを決められたっけ。

本来なら、ゲーム時代ですら使ったことのない、超高高度からのコンボ。

それをたった一度のチャンスで決めて見せたのは、きっとあの時の俺の心が、決意がこの身体の力を最大限に引き出したからなのだろう。

「う、うっそだぁ。さすがに信じないよカイくん。本当は激闘の末にやっつけたんだよね」

「いや本当。一回の組み合わせで、実質二撃で倒したんだってば」

「……リュエの話を聞く限り、龍神は一つの時代を終わらせる程の天災のような相手だと聞きます。本当に、倒せてしまうものなのですか?」

「正直、なにかの不具合じゃないかとたまに思う時もあります」

あのコンボは、ゲーム時代から物議を醸すことがあった。

『天断(極)』は、その初撃の威力そのものが他の技よりも遥かに高く設定されており、またそのダメージ計算式が他とは事なっている。

『プレイヤーの攻撃力×100をそのまま、最終的なダメージに加算する』という条件がつけられているのだ。

そして、あの技の真骨頂『二分後に訪れる、全技中最高クラスの範囲を持つ斬撃』

この追加発生する斬撃の威力そのものは、最初の振り落としよりも低威力だ。

だがその分効果範囲が広く、また威力が低いといっても並大抵の敵を一撃で葬り、チーム間での戦争でも一気に戦局をひっくり返す程度の威力はある。

さて、まずここで第一の不具合というか、謎の仕様が存在する。

この追加で発生する斬撃によるダメージにも、ウェポンアビリティの倍率がかかってしまうのだ。

既に自分の手から離れた攻撃なのにも拘わらず反映されるアビリティ。

これだけでも十分に強いのだが、これで終わりではない。

俺はこの追加発生する斬撃に合わせて『追月』という剣術を重ねる事を十八番としていた。

『追月』は、技そのものの威力は中程度。そして猶予1フレームの間に他の攻撃が重なると、その重なった攻撃の威力と、さらに追月そのもののダメージを倍にするという特性を持っている。

はい、この追月さんが全ての元凶なんです。

なにが問題かなのかは後にして、あの時の攻撃を簡単な計算式にしてみましょう。

アビリティによるダメージアップ系の倍率をx、そして与えるはずだった天断ダメージをy、最後にやや劣るが追月のダメージをzとして計算式を見てみよう。

{(y×x)+(y×x+z×x)}×2(追月による倍加)

こんな具合である。

本当ならここにダメージ判定が行われる度にさらに相手の耐性を加えた計算等が入るのだが、だいたいで分かればいいので割愛。

というかこれで計算があっているのかすら不安なのだが。

ともあれ、この段階で頭のおかしいダメージになるのは分かりきっていることだろう。

だが……なんの不具合か、最後の倍加の部分にまでアビリティの計算式が適用されてしまうのだ。

つまり――

{(y×x)+(y×x+z×x)}×(2×x)

こうなっちゃう。

馬鹿じゃないの? 最後の最後まで適用しちゃったら大変な事になっちゃうでしょ?

このxが具体的にどの程度のものか、あの一撃を放った時のアビリティを思い出してみる。

[氷帝の加護]氷属性により竜族へのダメージが2倍に。

[滅竜剣]竜族へのダメージを1.5倍にする。

[与ダメージ+30%][アビリティ効果2倍]ダメージを1.6倍にする。

つまり、この場合のxは4.8だ。

さて、ここでもう一つ忘れてはいけないのが『天断(極)はダメージに自分の攻撃力×100分加算する』だ。

そう、つまり威力うんぬんの計算を抜きにして、あの瞬間の俺の攻撃力×100のダメージが固定で追加されているわけだ。

固定で追加される。つまり相手の耐性なんぞ無視してダメージが約束されている。

さて、今度はあの時俺が他に付けていたアビリティを見てみましょう。

[挑戦者]格上の相手に挑む際にステータス1.5倍。

[簒奪者の証(剣)]武器の威力が所持しているアビリティの分だけプラスされる。

あの当時、まだLvが200しかなかったわけだが、それでも俺の攻撃力は武器込みで5000程度はあった。

そして[挑戦者]のアビリティのお陰で7500。

つまり、最低でも75万のダメージが保証されていたってわけですね・

ちなみにこのコンボを行った際に発生する謎計算を発見当初外部掲示板に投稿したところ、すぐさま運営に報告しようという話になった。

だが、なぜか運営はこれをスルー。今になって思えば、奪剣は運営が迂闊に手出し出来ない、ブラックボックス的ななにかだったのでは? とも考えられる。

問題の龍神は氷の封印で身動きが取れず、本来なら当てられないような馬鹿みたいなダメージを与えられちゃう天断(極)を簡単に決められる状態です。

では最低保障の75万を先程のyに、そして倍率の4.8をxに入れて計算してみましょう。

今回追月によるダメージzはゲーム時代のラスボス神様()相手に発動した時のダメージである約5000を代入。

はい、その結果がこちら!

38390400

実際にはもっとダメージが大きかったと考えれば、恐らく4000万には届くだろう。

しかしこれでは、恐らく神様()以上の強さを誇っていたであろう龍神を葬るにはまだ遠い筈。

参考までに、ゲーム時代のラスボスこと神様の最大HPは7000万。

仮に龍神が神よりも強く、そのHPを倍の1億4000万だとしてみよう。

倒すには同じコンボをもう三回程決める必要がある。

さて、これはどういう事だろうね? じゃあなぜ龍神はワンコンボで沈んだのか。

そう、このコンボにはまだバグが残されているのだ。

最後に追月を自分で当てたことにより、アビリティの倍率が本来かからない場所にまでかかってしまうバグ。

恐らく、最終ダメージに至るまでに発生した計算のうち、ウェポンアビリティの倍率がかかっていない部分に無条件で倍率がかかってしまうというバグなのだろう。

そして、ここに至るまでの計算式で、ウェポンアビリティの倍率がかかっていない部分、いやかかってはいけない計算部分がもう一つ残されている。

……天断(極)の固定増加分ダメージである、攻撃力×100の部分だ。

はい、さっきの天断(極)による最低保証ダメージ75万がここで更新、360万に変更です。

まぁもっとも、既に計算が済んでダメージが発生している最初の振り下ろしの部分は除外されるのだが。

ともあれそれを踏まえて、改めて計算し直し出て来る数字は――

169718400

さよなら、龍神さん。

そりゃ一発で死にますわ。どんなダメージだよ、ありえないでしょうよ。

当時も、さすがにこの計算式の部分までは掲示板に報告しませんでした。

ここまでのケタになると、防御魔法やらダメージ軽減フィールドやらの存在を無視してどれもこれも即死させられますから。

使用するか否かの問題でなく、存在そのものを受け入れてもらえなくなるからね。

チーム間の対抗戦からレイド狩りに入れてもらえなかったり、悪用しようとする人間が出てきたり。

まぁそもそもそこまで奪剣士を育てていた人間は俺だけだった上に、天断(極)なんてロマン技を習得する為にわざわざ長剣を何ヶ月も使い続ける人間なんて少なかったのだが。

「どうしたんですカイさん、急に立ち止まったりして」

「今改めて龍神を倒した時の攻撃について考察してました。いや、たしかにあれは龍神が瞬殺出来てしまうのも頷けるな、と」

「むむ、どういう攻撃なんだい?」

「ううむ、ちょっと概念が通じるか分からないけど……ほら、二人はステータスを表示出来るから、自分の能力を具体的な数字として見られるだろう?」

「ええ、これはかなり便利な能力だと思いますよ。自分の鍛錬がどのように反映されているのか具体的なデータとして見えるのはかなり有効です」

「そうだねぇ。それに神隷期の頃は、自分の攻撃がどれくらいのダメージを与えたのかぼんやりだけど分かるようになっていたんだ」

「そうなんですか? その時の事はあまり覚えていなくて……」

やはりリュエは、ゲーム時代の事象のほとんどを覚えているようだ。

ならかんたんに説明してみるとしようか。

「まず、龍神の体力がどれくらいあるか、実際に戦った事のあるリュエさんはどう思いますか」

「むむ……そんな事考える余裕なんてなかったけれど……そうだなぁ、追い返すのには二日以上かかったし……想像もつかないけれど、私達の体力の数字より遥かに高いだろうね。きっと5000万とかじゃないかな?」

するとレイスが虚空に手をかざし始める。

恐らく自分のHPを確認しているのだろう。

「5000万……私は2000程度しかないのですが……」

「そう考えると、本当に人智を超えた相手、だよね。あれはまさしく天災だったよ」

当時を思い出してか、彼女の表情が曇っていく。

そうだろう。恐らく満足にダメージを与えられた人間なんて、リュエくらいしかいなかったのではないだろうか。

「俺の予想だと龍神の体力の数字は一億四千万なんだ。これは、神隷期最後の七星の体力を倍加した数字だけど、あながち間違いじゃないと思っている」

「ヒィ! そんなの倒せるわけがないじゃないか」

「倒せたから今貴女がここにいる事をお忘れか」

「……そうだったね」

「カイさんの話が事実ならば、それを一瞬で奪った事になってしまいますよ。本当に可能なのですか?」

「いやぁ、さっき計算したら一瞬で一億七千万を奪う攻撃を繰り出していたのが発覚しまして」

それを言った瞬間、さすがの二人もドン引きしてしまいましたとさ。

正直自分でも引きます。これはひどい。