作品タイトル不明
第30話 その後(おまけ)
ヴィンセント第二王子が王立学園に編入して早一か月。
季節はもうすでに初夏となり、私達学園の制服も夏服に変化した。
そしてヴィンセント王子の正式な婚約者が決定するまで、私は弾除け要員として彼の偽装恋人をすることになったわけだが………。
もちろん偽装であるため甘い雰囲気なんて流れることはなく、むしろパシリとして使われることがほとんどだ。
中央棟にある、そう広くはない会議室にて。
目の前に座るヴィンセント王子が私に一枚の書類を手渡しながら聞いてくる。
「エニス、次の学園交流会でヘザーディア皇国から数名学生がやって来るが、このリストの中に知っている者はいるか?」
「はい。ガラハッド会長はもちろんですが、このエルメロード様は会長の双子の姉君でして、あちらの学園で留学していた際にとてもお世話になりました。
それからその下に記されているご子息はガラハッド会長の従者の方で、こちらのご令嬢はヴェラリス聖教の『聖女』候補の一人ですね」
「この時期に聖女候補が?先日ヴェラリス聖教の現聖女が引退発表したというのに、聖女候補の内の一人がこちらにきても良いのか?」
「内情は詳しく知りませんが、留学していた時にこちらのご令嬢はエルメロード様の補佐として付き添っておりました。
なので何か問題行動を起こして聖女候補を辞退し、この学園に来るというわけではなく、むしろエルメロード様の従者として本格的に立場を決められたがために来られる可能性が高いと思います」
そう返せばヴィンセント王子は「なるほど」と頷いて、私から書類を受け取った。
来月に行われる学園交流会のホストをヴィンセント王子が行うことになったのだ。
彼が編入してきたのと同時に、ヴィンセント王子の従者らしき人達も何人かこの学園に編入したのだが、私は彼らと共に王子のサポート……というよりも、パシリとして働かされていた。
「それじゃあ、このリストにある者達の情報を明日までにまとめてくれ。共有する」
「はい。畏まりました」
「それが終わったら、他の者達の手伝いをしてくれないか。招待状の手配が遅れているらしい」
正式な婚約者が決まるまでの弾除け。
ヴィンセント王子の従者の仕事がいっぱいいっぱいの時に駆り出される作業要員。
悲しいことに、いつの間にかめちゃくちゃ良いようにこき使われていた。
(いや、全然構わないんだけどね………。マリーのブローチを約束通り返してもらったっていう恩もあるし)
むしろ、今思えば私はあの時無自覚にも脅迫していたようなものなのだ。
ヴィンセント王子は身分を偽り『グレイ・キングズリー』という架空の青年として在籍していた。
おそらく第一王子派と第二王子派で内部分裂が起こらないよう、わざと一方の身分を隠していたのだろうと思うが、それを浅はかにも当の本人に言ってしまったのだ。
傍から見れば王族相手に『このことを内密にしてほしくばマリーのブローチを返しなさい』と脅しているようにも見えて仕方ない。
(決してそんなつもりはないし、ヴィンセント殿下自身そういうことは言ってこないから、私がそんなつもりでないことを察してくれてはいると思うけど…………)
もしこれから先「お前あの時俺を脅しただろ」と言われてしまったら完全に私の立場がない。
もちろんヴィンセント王子に恩はあるが、そういったこともあり彼の機嫌を損ねぬようひらすら働くしかなかった。
「………なあ」
「はい」
「お前は何か俺にしてほしいことはないのか」
じっとこちらを見つめながら聞いてくるヴィンセント王子に、私は「一体何なんだ」と疑問に思う。
(してほしいこと?)
すると彼は「これだけ世話になっているんだ。何かないのか」と言ってくれる。
してほしいこと………
してほしいことと言えば、やっぱり………
「早く殿下と婚約される令嬢が決まれば良いなあとは思っていますが………」
「…………」
彼の(偽造)恋人になって以来、同じクラスのカースト一軍令嬢スカーレットの目がかなり痛いのだ。
あからさまにいじめられるようなことはないが「何でこいつが?いつの間に?」といった視線をひしひしと感じ、居心地が悪い。
おまけに生家であるハボット伯爵家にも「どういった経緯でそうなったんだ!?」と手紙で長々と詰め寄られている。
もちろん家には「殿下の正式な婚約者が決まるまでの間の仮の恋人である」と内密に伝えさせてもらっているが、平穏のためにも早くこの役から降りたかった。
「………………そうか。いや、まあ、そうだよな」
「もちろん殿下は私めのような者には偽装とはいえもったいない身。この素晴らしい殿方にふさわしいご令嬢が並び立つのを、早くお目にしたいという意味で申したにすぎません」
「………………」
怪訝そうな顔をする彼に私はとっさに誤魔化す。
いや、うん。ね?嘘じゃないから。
殿下にはもっとふさわしい人がいて、はやく一緒になってくれたらなあと思っているのは事実だ。うん。
何だか微妙な空気になってしまうのを払拭するかのように、私は慣れない笑みを浮かべた。
◇
柔らかい栗色の長い髪にダークブラウンの瞳。
楚々とした雰囲気を纏いながらも意志の強そうな目をした伯爵令嬢、エニス・ハボット。
早くヴィンセントに正式な婚約者ができたら良いと言ってのけた彼女に、ヴィンセントは内心溜め息を吐いた。
(自分がその婚約者候補であるのは知りもしないんだろうな)
そういった話が進んでいるのを、彼女はまだ知らないのだろう。
最初は文字通り正式な婚約者が決まるまでの弾除けとして恋人関係を偽装していたが、このまま彼女が婚約者となっても問題ないということに周囲は気付き始めたのだ。
リュベル侯爵家の力が削げた今、パワーバランスの崩れた社交界でどの家から次期王妃を輩出するか考えた時、ハボット伯爵家が挙げられたのである。
王国樹立当初から存在する長い歴史を持った由緒ある家柄に、現在は衰退したとはいえこれまで自領を安定的に収めた手腕のある生家。
そもそも先代国王とリュベル侯爵家の計略によって未開墾地という外れくじを引かされたという前例があるのだ。
民衆に覚えめでたく、他貴族とも衝突なくやって来たハボット伯爵家がそのことを盾に反旗を翻せば、彼らの領地から採れる希少鉱石が手に入らない可能性がある。
それを思えばここでハボット伯爵家の令嬢を王妃(という名の人質)として召し上げた方が良いのでは、という声が上がり始めたのだ。
そのことを知らぬだろうエニスにヴィンセントは同情する。
思いっきり政治の駒として利用されている彼女に何と声をかけたら良いか。
とはいえヴィンセントとしても、それは悪くない選択であった。
政治的な理由で婚約者が決まるのは元より承知であり、一定の正義感と倫理観を持ち合わせ、あのセレスティアやマリーといった者達ともうまくやっていける素養のあるエニスは候補としては悪くない。
隣国ヘザーディア皇国の要人の子息との繋がりもあるし、彼女のああいった圧の無い雰囲気はどこへ行ってもうまくやれるだろう。
「………………ちなみにお前は将来どういった奴と結婚したいんだ」
「家の命令に従うまでですが、できれば優しい方が良いですね」
「良かったな。お前の将来の伴侶はきっと優しい男だぞ」
きょとんとするエニスにヴィンセントは苦笑しながら返す。
自分が優しいかどうかはさておき。
ヴィンセント自身もエニスのことをさほど悪く思ってはなく、むしろ気に入っているのは事実であった。