軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第28話 二人の王子

荘厳な城の一室に、夕暮れの光が差し込んでいる。

長い歴史を刻んだ石造りの壁は、朱に染まりながら静謐な威厳を漂わせていた。

その窓枠に腰を掛けて外を眺める青年が一人。

金糸の髪は夕日に照らされ、まるで炎を溶かしたように輝いている。

第一王子──パトリック・テンブルグがじっと窓の外を見つめていると、その静寂を破るように扉が開いた。

薄暗い室内に、一人の青年が歩み入る。

パトリックが彼を一瞥すると、ふと笑みを浮かべた。

「やあ、ヴィンセント」

自身とは違う黒髪の屈強な青年──腹違いの兄弟ヴィンセントに朗らかに声をかける。

「 調査機関(カラス) の者から聞いたよ。無事に事件を解決したんだってね」

それにヴィンセントは足を止め、わずかに眉間に皺を寄せた。

そんな彼に苦笑しながらパトリックは続ける。

「でも教えてくれたら良かったじゃないか。俺の体調不良は《魅了の魔石》が原因だと。ずっとマリーから呪いを受けていると勘違いしていたんだぞ」

「仕方がないだろう。お前も容疑者の一人だったんだから」

「容疑者?俺が?」

きょとんとするパトリックにヴィンセントは頷く。

そんな彼にヴィンセントは肩をすくめた。

「…………お前はずっと嫌がっていただろう。表向き第一王位継承者として祭り上げられることを。早く正式に継承権を譲りたいと。そういう気持ちがあった以上、自らの地位を捨てるために、今回の事件を起こした可能性も否定できなかった」

その言葉にパトリックはわずかに目を細め、口元に自嘲を浮かべる。

己の魔石耐性の低さ。

本来なら継承順位は低いはずの自分が、ヴィンセントの盾として第一位に据えられてきたのを誰よりも理解していた。

信仰するヴェラリス聖教が一夫一妻を推奨しているため、それで苦労する母を見てきたからか。

王位につく気など更々無かったものの、不相応に祀られるのはひどく居心地が悪かったのだ。

「ヴィンセントにはばれていたんだね」

「ずっと昔、自分で愚痴をこぼしていただろう」

───それに、パトリックが偽りの王位継承者として台頭するのは肥大化したリュベル侯爵家の権力を削ぐためでもあったのだ。

いずれパトリックの継承順位が下がれば、向こうは婚約破棄を申し入れるだろう。

そしてその前にヴィンセントには別の家の令嬢を宛がえば、リュベル侯爵家が王家にこれ以上食い込むことはできなくなる。

そう思っていたのだが。

「…………まさかリュベル侯爵家が、ここまでのことを仕出かすとは思わなかったよね」

まさかこうやって自ら破滅に向かっていくとは。

無実の令嬢を利用し《魅了の魔石》まで持ち出してくるのは流石に想定外であった。

そしてその計画にまんまと引っかかってしまったわけだが。

「私はお前ほど王には向いていない。だから早く逃げ出して、田舎で静かに暮らしたいと願っていた───はずだった」

そこで彼は短く息を吐く。

けれどマリーと出会ってしまった。

脳裏に浮かぶ少女の姿に、パトリックの表情がわずかに揺らぐ。

正直マリー・ギャザウェルという少女に惹かれるものがなかったといえば嘘になる。

信仰する女神ヴェラリスと生き写しのような少女に意識してしまうのは仕方がない。

けれどセレスティアがいる手前、彼女とそういった仲になろうとは決して思わなかった。

ただ、もしマリーがか弱く庇護を求める娘ならば『真実の愛』という教えに準じて動いていたかもしれないが。

しかしマリーは違う。

柔な令嬢なんかではなく、寧ろ反骨心の塊のように強く、誰かを奮い立たせる力を持っていた。

「だからだろうね。《魅了の魔石》に酔った時、自分も彼女のように何かできるのではと錯覚して………気が大きくなり暴走してしまった」

その苦笑には後悔と、どこか清々しさが混じっていた。

「まあ、うまく収まって良かったよ。俺は正式に王位から外れたし、リュベル侯爵家の力も削げた。というより侯爵家そのものを取り潰してしまったわけだけれど」

「継承順位が下がっただけで、剥奪されたわけではないだろう」

「いや、これを機に退くと陛下に伝えるよ」

パトリックはきっぱりと言い切った。

「リュベル侯爵家が潰れた今、政界のバランスは崩れつつある。そんな中で第一王妃派と第二王妃派が継承を巡って争えば……もう手が付けられない。

それに、やっぱり魔石耐性の低い者が偽りでも王位に就くべきではない。俺はもう懲り懲りだよ」

ヴィンセントは黙って兄を見つめる。

この男は常に政治の道具として使われ、盾として立たされてきた。

その彼が今ようやく、自分の未来を自ら選ぼうとしているのだ。

「そうか………。分かった」

「俺はこれからお前の補佐として生きていく。表舞台でお前がどんな立ち回りをするか、楽しみに見守らせてもらうよ」

そしてパトリックは不意に話題を変える。

「そういえば、今回お前の調査に協力した女子生徒───誰だったか?」

「ハボット伯爵家のエニス・ハボットだ」

それからヴィンセントは苦々しげに答えた。

「…………俺の正体を見破ったぞ」

「へえ!あの ハボット(・・・・) の子が!」

パトリックの瞳が楽しげに細まった。

政敵からの暗殺を避けるため、王子であることを隠し学園に潜り込んでいたヴィンセント。

それを見抜いたのが あの(・・) ハボット伯爵家の令嬢であることに感慨深くなる。

『不遇』のハボット。

その名は、陰でそう囁かれていた。

王国樹立の古き時代から続く由緒ある名家であり、かつて大陸戦争では『英雄』ヴォルフラム・ゴーントと並び称された先代ハボット伯爵を輩出した名門。

本来であれば先代の功績に対し、国王から正当な褒章が与えられるはずだったのだが「ハボット伯爵領は戦火の被害を受けず、余力がある」───というリュベル侯爵家の進言を受け、先代国王は愚かにも伯爵家に瘴気に覆われた未開の地を下賜したのだ。

魔物がはびこり、誰も手を付けようとしない厄介な土地を。

そして希少鉱石の採れる鉱山を抱えるハボット伯爵家の権力が肥大化することを恐れた先代リュベル侯爵の、その目論見は結果見事に的中した。

莫大な資金を必要とする開墾事業に伯爵家は苦しみ、徐々に衰退の道を辿っていく。

おまけにリュベル侯爵家が援助として貸し付けた金はごく僅かにすぎず、その実態が後に明らかになると、かつて戦場を共にした前世代の貴族達は密かにハボット伯爵家を憐れみ、こう呼んだ。

───『不遇』と。

けれど、滅びることはなかった。

瘴気に蝕まれた大地を少しずつ切り拓き、領地を治め、幾多の難事を乗り越えて。

傷つき衰えたが、なおも生き延びる力を示し続けた。

そんなハボット伯爵家の令嬢、エニス・ハボットにも確かに同じものを感じる。

面倒事に巻き込まれながらも、なお気丈に立ち上がり、しなやかに切り抜けていく。

それはきっと、血に刻まれたものなのだろう。

けれど───

「正体を黙ったままにできない口の軽い子にはお仕置きも必要だと思わない?」

パトリックは悪戯っ子のような笑みを浮かべ、弟を手招く。

夕闇の中、彼の囁きは冗談のように軽やかでありながら底に鋭さを潜ませていた。

それにヴィンセントは王たる器はなくとも、彼のその性格の悪さで宮中をうまくやっていくのだろうなと確信したのだった。