軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第2話 ざまあ後の男爵令嬢

セレスティアとの会合後、同席していたグレイ・キングズリーはすぐにその場から帰ってしまった。

どういう人か全く分からないけれど、帰り際にセレスティアに聞こえない程度の声で「無理はするなよ」と言ってくれたため、悪い人ではないのだろう。

そして私はセレスティアに頼まれたため、一度男爵令嬢マリー・ギャザウェルと会っておこうと思っていた。

原作小説『悪役令嬢は優雅に微笑む』で、マリーはパトリック第一王子を筆頭に男子達を虜にし、王子の婚約者であるセレスティアを陥れようとする。

か弱くて大人しい少女を演じ、彼らの影に隠れて、王子に婚約破棄をさせようとした悪女だ。

そんなマリーと話すのは初めてで少し緊張する。

けれど今回彼女に会うのは、何もセレスティアの意向に素直に従うからではない。

マリーに会って、彼女と実際に関わって………うまく監視できない私をセレスティアに見せつけて「こいつまじで仕事できないじゃん。解雇」と思わせる作戦だ。

いや、きっと普通にしててもマリーの監督なんてうまくできないだろうから作戦も何もないけれど、いずれ私の使えなさを察してもらい、徐々にマリーのお目付け役からフェードアウトしたい。

(まあ、何をするにもまずはマリーに会わないと)

───というわけで、そんな思惑を持ちつつ、私はマリーを探して学園内をふらふらと歩き回っていた。

学園内を探してみれば、彼女は人気のない裏庭のガーデンチェアにぽつんと座っていた。

淡いピンク色の長い髪に深い碧眼。

庇護欲をそそる華奢な体には改造した制服(うちの学園はブレザーだが何故かワンピース型に改造されている)を纏っていた。

思いっきり校則違反であるが、顔の良さで大分誤魔化されており、あまりの可愛らしさに「そりゃ皆惚れるわ………」と思ってしまう。

そして私は周囲に人気がないのを確認し、彼女の前に出ていった。

「───ちょっと良いかしら?初めまして、エニス・ハボットです。貴女のサポートをするようにセレスティア様から頼まれたのだけど、もう聞いているかな」

そう声をかければ、マリーは怪訝そうに眉をひそめる。

私の顔をじっと見つめ、吐き捨てた。

「…………セレスティア?そういえばアイツ、そんなこと言っていたわね」

(あ、あいつ………)

あれだけ迷惑かけておいて、セレスティアのことをアイツ呼ばわりするマリーに顔が引き攣る。

すると彼女はガーデンチェアからすくっと立ち上がり、キッとこちらを睨みつけてきた。

「私は絶対に認めないから!ていうかそもそも私は何にも悪くないし『監視役』まで付けられるなんてごめんだわ!」

マリーのその言動に「おお」と思わず慄いてしまう。

そういえば原作のマリーは表ではか弱くて大人しい少女を演じつつも、裏では大分苛烈で感情豊かな性格だった。

裏表が激しすぎて、それもあって読者のヘイトを一心に集めていたと思う。

しかしセレスティアによって 断罪(ざまあ) された今、もう取り繕う必要もなくなってその性格が全面に出ちゃっているのだろう。

「大体ね、別に私は悪いことなんて一つもしてないのよ?なのに全部私が悪いみたいに決めつけてきて」

「いや、でも」

「それにハボットさんだっけ?貴女どうせセレスティアのスパイなんでしょ!私が学園にいるのが気に入らなくて、どうにかして退学させる口実を探すつもりね!?」

その通りである。

しかし、セレスティアの思惑が思いっきりばれてしまっているものの、それを私から肯定することはできない。

(でもマリーも興奮しているし、何を言っても聞く耳を持ってくれなさそうだな)

会ってまだ少ししか時間は経ってないが、今日のところはもう引き上げた方が良いかもしれない。

うん。普通にしてても、こんな早く自分の仕事の出来なさが露呈するとは思わなかった。

こりゃマリーのお目付け役から外れる日も近いだろう。

「そっか。貴女の言い分は分かったわ。引き止めちゃってごめんなさい。とりあえず今日はもう帰るわね。でももし何か困ったことがあれば、いつでも相談して」

愛想笑いをしながらそう言ってみせれば、マリーに「別に相談なんてしないわよ」とつっけんどんに返される。

いや、本当にツンツンしてるな。

そして彼女は私の頭から足のつま先を舐めるように見た。

「…………本当は私の監視役なんて面倒臭いと思ってるんでしょ。なのに隠して良い子ぶっちゃて。一番信用ならないタイプなのよね」

「そんなことは…………」

「それに貴女みたいな冴えない子といたら恥ずかしいもの」

鼻で笑って小馬鹿にするマリーに、私は固まってしまう。

確かに、前世と比較すれば遥かに見栄えの良い外見も、マリーからしてみればひどく冴えないものだろう。

けれど、それを面と向かって他人に言えてしまう彼女の愚かさに呆れてしまった。

おそらく彼女の性格は一生治らないだろう。

「…………そう。ギャザウェルさんの言いたいことはよく分かったわ。今日のところは帰るわね」

「そうしてちょうだい………───あ、」

「ん?」

しかし次の瞬間、何故かマリーが私の頭上を見つめて目を丸くする。

どうしたんだろう。

そんな彼女に首を傾げた次の瞬間、私の頭上から大量の水が被せられた。

「───え、ええ!?って、冷た!」

滝のように浴びせられた水にバッと上を向く。

すると裏庭を囲む校舎の2階の窓から女子生徒が二人顔を出し青ざめていた。

その内の一人が手に大きな水瓶を持っている。

そして彼女達は2階の窓から慌てた様子で話しかけてきた。

「やだ!ごめんなさい!大丈夫!?」

「ちょっと!裏庭のベンチにいるのはマリー・ギャザウェルだけじゃなかったの!?ごめんなさい、すぐそっちに行くわね!」

ばたばたとした様子で姿を消す女子生徒二人にぽかんと呆ける。

しかし彼女達の言葉を聞くに、これはマリーを狙ったもので。たまたま側にいた私に間違って水が被ってしまったことを理解した。

な、なるほど………。

マリーに恨みを持つ子なんていくらでもいるものね。

どうしたものかな、と思いながらスカートの裾をぎゅっと絞る。

するとその時、ふと顔を上げれば、何故か驚いたように目を丸くしてハンカチを手にするマリーの姿があった。

「…………そのハンカチ、貸してくれるの?」

「…………へ?あ!違うわ!その、とっさに出しちゃったというか!あ、あんまり見窄らしいんだもの!この布どうせ捨てるつもりだったし、貴女が処分しておいて!」

そしてマリーがハンカチを私の顔にベシッと投げ付ける。

すると遠くから私に水をかけた女子生徒達の声と足音が聞こえてきた。

「あの、ギャザウェルさん」

「じゃ、私は帰るから」

そう言って彼女は私の前から足早に去っていく。

(……………よく分からない子だな)

投げつけられたハンカチを見れば、四隅に可愛らしい野薔薇の刺繍が施されており、きちんとアイロンがかけられていた。

到底捨てる予定のものとは思えないそれに、ふと疑問が湧く。

私に対して恥ずかしいとか色々言うくせに、とっさにハンカチを差し出してしまうその善良さ。

彼女のそのアンバランスさに違和感を抱いた。

───そして次の瞬間、ふと思い出す。

(あれ、マリーって確かガーネットのブローチを付けてなかったっけ?)

原作の描写にあった、マリーの胸元に付けられたガーネットのブローチ。

お気に入りのブローチみたいで、肌身離さず身に付けていたはずだ。

マリーのブローチがないことに怪訝に思うものの「小説の世界とはいえ生身の人間なんだから、色々違うのかな」とぼんやりと思った。