軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第43話 グレン、助けを求められる

『ヴァルゼン公家暦11年 4月上旬 グレンフィルトへの街道 昼 晴れ』

【グレン視点】

グレンフィルトへの帰路は、これまでの人生で最も穏やかなものだったかもしれない。

なにせ「牛歩」のあゆみだ。 俺の愛馬が手持ち無沙汰に草を食む横を、三頭の牛たちが、世界の平和を一身に背負ったかのように、のっし、のっし、とゆっくり進んでいく。

俺は、その牛たちを眺めながら、隣を歩くイリアとレグナリア王領での出来事を話していた。 ミュラーブルクで一夜を共にして以来、彼女の態度はどこか柔らかくなった気がする。

「そっかぁ~。王様が猫をねぇ。アタイも、牛乳ってやつ、飲んでみたいなぁ~」

どこか甘えるような、それでいて無邪気な声だった。

「飲めるさ! そのために、この牛ちゃんたちがいるんだからな!」

「ふーん。……ねえ、牛肉も食べたいなぁ~」

「それは、こいつらが増えてからな! 貴重な種牛なんだぞ!」

俺たちのそんな会話を聞いて、後ろを歩いていた解放された女性たちが、クスクスと小さな笑い声を立てていた。 彼女たちの顔からも、ようやく暗い影が消え始めていた。

ゆっくりとは言え、着実に進み、一行はやがて見慣れたグレンフィルトの城門へと到着した。

門の前では、あの異国の商人バルザフが、腕組みをしながら待っていた。

「グレン殿、おかえりだぜ。……ずいぶん、のんびりしたお帰りだったじゃねえか。で、例の王様は何か言ってたか?」

「ああ。お前の事を待っていたぞ。薬の件で話がしたいそうだ。早くレグナリア王のところへ行ってやれよ」

その言葉を聞いた途端、バルザフは心の底から面倒くさそうな、深いため息をついた。

「ハァ……。あの王は、薬の事になると話が長いんだよなぁ……。なんでも買ってくれるから儲かるんだけどさ……。ああ、分かったよ! 仕方ない、行ってくるか!」

バルザフは、嵐のようにまくし立てると、すぐに馬の向きを変え、王都の方角へと駆け出して行った。

俺たちは、牛と共にようやく館へ帰ってきた。

館の入り口には、妻のエレーナと、『 紅豹(こうひょう) 傭兵団』のソフィアが、二人並んで待っていた。

その姿は、まるで凱旋した将軍を迎える正妻と側室のよう……いや、違う。これは戦場だ。

「あら、ずいぶん遅いお帰りでしたこと?」

エレーナが、完璧な笑みで言う。だが、目が笑っていない。

ソフィアが、俺の後ろにいる女性たちに、すっ、と冷たい視線を送った。

「まあ……。また女性が増えてますね」

ひっ、と俺の喉が鳴った。

まずい。アイゼンブルクから公の元を逃げ出してきた時よりも、はるかにまずい。

「こ、こここ、これは違うんだ! 断じて違う! そうだ、彼女たちは牛の世話係だ! な、そうだよな!?」

俺が必死の形相で振り返ると、事情を察した女性たちが、コクコクと激しく頷いた。

「ああ、お仕事もらえたわ!」

「本当? お給料もらえるかしら?」

「ねえ、牛乳は飲めるのかしら?」

「ポルト村で飲んだの、美味しかったわね~」

女性たちの安堵したささやき声に、エレーナは「ふうん」と鼻を鳴らし、今度は牛の方へ興味を移した。

「へえ、牛なんて珍しいじゃない? ……食べるの?」

「立派な肉付きですわ。美味しそうですわね」

エレーナとソフィアが、品定めするように舌なめずりをする。

「ばっか! だめだよ! こっちも違う! まずは増やすんだ! せっかくレグナリア王のご厚意で頂いてきたんだぞ!」

その時、俺が公から預かってきた護衛の一人が持っていたカゴから、か細い声がした。

ニャーン……。

「へえ、こっちは猫じゃない?」

「かわいい~っ!」

エレーナとソフィアが、今度こそ年頃の娘らしい顔でカゴを覗き込む。

エレーナが指を近づけると、カゴの隙間から小さな鼻が覗き、においを嗅いでいる。

俺は、この隙に戦場から離脱することにした。

「と、とにかく! まずは風呂に入りたいな! 道中長かったし、ヴァルゼン公にも臭いと言われたからな!」

「あ、じゃあ、お風呂の準備してきまっす!」

いつの間にか現れていたメイドのリタが、トテテテテ……っと、元気よく館の奥へ駆けていった。

久しぶりの館の風呂は、骨の芯まで温まるようだった。

ようやく人心地がついた俺が、執務室で一息ついていると、さっそく来客があった。

いや、来客というより、駆け込んできた、という方が正しい。

「ひどく急いでいたみたいで……。どうしても、と館の入り口で衛兵と押し問答になったそうですわ」

エレーナが不思議そうに首をかしげる。

「良さそうな服を着ていたから、貴族の関係者だと思ったんだけど……」

コン、コン、コン、と慌ただしいノックの音。

俺が「入れ」と応じると、息を切らせた一人の若い男が、執務室に転がり込んできた。

「失礼します! 私はアーデル伯の息子で、ミカと申します!」

アーデル伯? 確か、公の城にいた、あの年寄りの文官かな?

ミカと名乗る青年は、俺の前に進み出ると、その場で床に膝をつき、必死の形相で頭を下げた。

「グレン伯爵! どうか、父を……アーデル伯を助けてください! 父が、ヴァルゼン公にとらわれてしまいました!」

「――なんだって? 公が、アーデル伯を!?」

ガタッ!

俺は、勢いよく椅子から立ち上がってしまった。

執務室のソファーにいた白猫と黒猫が、びくっとして本棚の影に隠れてしまう。

レグナリア領で別れた時、公はあんなに上機嫌だったではないか。

いったい、あの後、公都で何があったんだ……!

外の厩舎から、牛と馬の鳴き声が響いていた。