軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第101話 グレン、ホットミルクを作ってみる

第101話 グレン、ホットミルクを作ってみる

『アヴァロン帝国暦2年 11月上旬 帝都フェルグラント グレン邸 昼 晴れ』

【皇帝の右腕グレン視点】

すっかり冷たい風が吹き抜けるようになった、十一月の上旬。

俺、グレンは、自宅である広大な屋敷の厨房で、白い粉まみれになっていた。

「うーん……これで生地の硬さは合っているのか?」

「グレン様、もう少し混ぜた方がいいと思いますぅ! あ、でもその前にちょっと味見を……ペロッ」

隣でボウルを覗き込んでいるのは、我が家の専属毒見役でありメイドのリタだ。

彼女は食い意地が張っているだけあって、料理の勘も鋭い。俺たちは今、二人で『ケーキ』なるお菓子を作ろうと奮闘しているところだった。

事の発端は数日前。

俺が仕えるアヴァロン帝国の主、カール皇帝陛下から、ある貴重な品を下賜されたことだった。

「グレンよ、北方のハーグのヴァルデマール将軍から、大量の砂糖が贈られてきてな。余の右腕であるお前にも分けてやる」

皇帝陛下は上機嫌で、俺に少し黒ずんだ砂糖が詰まった袋をいくつも持たせてくれた。

サトウダイコンという作物から作られているらしい。

戦乱の時代を抜け出し、アヴァロン帝国が版図を広げるにつれて、こうした珍しい品も手に入るようになってきたのだ。

大量の砂糖を前にして、俺とリタが思いついたのが、以前から作ってみたかった甘いケーキの試作だったというわけだ。

「よし、生地はこんなものか。あとはかまどで焼くだけだな」

「楽しみですぅ! 焼きたての甘い匂いを想像しただけで、お腹が鳴っちゃいます!」

リタの言葉通り、彼女のお腹がキュルルと可愛らしい音を立てた。

俺たちは笑い合いながら、生地を型に流し込み、熱したかまどの中へと入れた。

ケーキが焼き上がるまで、しばらく時間がかかる。

ふと、厨房の隅に置かれた大きな木桶に目が留まった。中に入っているのは、今朝しぼりたての新鮮な牛乳だ。

俺の屋敷では、かつてのレグナリア王領は、ポルト村でもらった牛たちを大事に育てており、今では立派に数を増やして、毎日美味しい乳を出してくれている。

「リタ、ケーキが焼けるまで、まだ少しあるな。ちょっと休憩しようか」

「賛成ですぅ! せっかくですから、この牛乳を温めて飲みましょう!」

リタは手際よく鍋に牛乳を移し、火にかけた。

白い湯気が上がり、甘く優しい香りが厨房に漂い始める。

「そうだ、グレン様! この温かい牛乳に、もらったお砂糖を入れてみたらどうでしょう?」

「おお、それは名案だな。ただでさえ美味い牛乳が、さらに美味くなりそうだ」

俺たちは、温まった牛乳を木のマグカップに注ぎ、そこへ貴重な砂糖をたっぷりとスプーン一杯ずつ落とし込んだ。

くるくるとかき混ぜてから、一口飲んでみる。

「――美味いっ!」

「はわわ……ほっぺたが落ちそうですぅ! 甘くて、体が芯からポカポカしてきます!」

砂糖の優しい甘さが牛乳のコクを引き立て、冷え始めた体に染み渡っていく。

これは、想像以上の美味しさだった。

「リタ、急いでもう一杯作ってくれ! エレーナにも持っていこう!」

「はいですぅ!」

俺は、湯気を立てるホットミルクのカップを両手で包み込むように持ち、足早に妻であるエレーナの部屋へと向かった。

部屋の扉をノックして中に入ると、エレーナは窓際で書類仕事の束と睨めっこをしていた。

彼女は俺の顔を見ると、ふっと柔らかな微笑みを浮かべた。

「あら、あなた。厨房から随分と良い匂いがしていましたが、何かできたのですか?」

「ケーキはまだ焼いている途中なんだが、その前にこれを飲んでみてくれ。リタの自信作だ」

俺がカップを差し出すと、エレーナは不思議そうに受け取り、そっと口をつけた。

その瞬間、彼女の美しい瞳が大きく見開かれた。

「あら、ホットミルク? まあ……! なんて甘くて、美味しいんでしょう……!」

「カール皇帝陛下から頂いた砂糖を、温かい牛乳に溶かしてみたんだ。冷える日にぴったりだろう?」

「ええ、本当に。心がじんわりとほどけていくようですわ」

エレーナは、両手でカップを包み込みながら、嬉しそうに目を細めた。

日頃から屋敷の切り盛りで苦労をかけている妻が、こんなにも喜んでくれるなんて。砂糖を下賜してくれた皇帝陛下と、ヴァルデマール将軍には感謝しきれない。

(この味は、きっと皆も喜ぶはずだ)

俺は、エレーナの笑顔を見ながら、確かな手応えを感じていた。

◇◆◇

『数日後 帝都フェルグラントの大通り』

「おーい! 砂糖入りホットミルク、いかがかな! 体が温まるぜ!」

「こっちの店は、少し香辛料も入れてあるよ! 甘くてスパイシーだ!」

「一杯くれ! いや、家族の分も合わせて四杯だ!」

「おうよ! 毎度あり!」

十一月に入り、冷たい北風が吹きすさぶ帝都フェルグラントの街路は、驚くほどの熱気に包まれていた。

大通りのあちこちに屋台が立ち並び、真っ白な湯気を上げている。

俺がレオ商会に頼んで、余った砂糖と牛乳を街で売り出してみたところ、エレーナの時と同じように、瞬く間に大評判となったのだ。

「いやあ、グレン様のおかげで、今年の冬は楽しく乗り切れそうだよな!」

「まったくだぜ。この甘い牛乳を飲むと、一日の疲れが吹っ飛ぶんだ」

「皇帝陛下万歳! グレン様万歳だな!」

道行く人々が、マグカップを片手に談笑している。

厳しい冬の足音が近づく中で、人々の顔には明るい笑顔が溢れていた。

俺は、お忍びの格好で街角に立ち、その光景を満足げに眺めていた。

戦いで血を流すだけが、人々の生活を豊かにする方法ではない。こういう、ささやかな幸せを広げていくことも、皇帝の右腕としての立派な仕事だろう。

「グレン様! 早く帰らないと、今日焼いたケーキを私が全部食べちゃいますよぅ!」

後ろから、買い出し袋を抱えたリタが、元気な声で俺を呼んだ。

「おっと、それは困るな! エレーナの分は残しておいてくれよ!」

俺は慌てて振り返り、足早に屋敷へと向かって歩き出した。

帝都フェルグラントの秋空は、高く澄み渡っていた。