軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

鏡の中の私

仰々しく飾り立てた迎えの一行に比べれば、ヒューは王子とはいえ動きやすい旅装で、むしろ質素なほどだ。その王子は、迎えの一行を見て不快そうに眉をひそめている。バートが他人事のように王子に尋ねた。

「俺たちは関係ないとはいえ、あれはちょっとなあ。王子さん、最初からこんな予定か?」

「ばかな。アリスターにはこれまでも何度も断られている。今回とて連れてこられるかどうかは定かではなかったからな」

ヒューは吐き捨てるように言った。

「一つ手前の町まで迎えに出たからと言って、おのれの手柄になるわけではなかろう。いったい何があった」

中央に王家から遣わされたと思える豪華な馬車。引いているのは飾りの布をかけられたラグ竜。その両側に、やはり飾り布をかけられたラグ竜に騎乗した美しい装いの騎士たち。さらにいくつもの豪華な馬車が着いてきている。

「りゅう、いやそう」

「そうだよな」

心なしかラグ竜も迷惑そうな顔をしている気がする。

「殿下!」

迎えの中からひときわ有能そうな騎士がラグ竜から下り、王子のもとにやってきた。

「カート、何事だ」

「申し訳ありません。込み入った事情でこうなりまして。歓迎団の代表として、副宰相殿が来ております」

「なんだと! 面倒な……」

二人がそんな話をしている向こう側で、馬車から一人の男が降りてきた。でっぷり太ったその男は、それでもにこやかな顔で、ふうふう言いながら王子のもとへ歩いてきた。

「殿下! このハーマンがお迎えに上がりましたぞ」

「うむ。ご苦労。しかし迎えなど頼んでおらぬが」

鷹揚に頷く王子がそれでもちくりと皮肉を言うが、副宰相だというその人は怯みもせずにお腹を揺らして笑った。

「リスバーンだけではなく、本物の淡紫までお連れになったとの連絡、領都では大騒ぎでしてな。それだけではありません」

副宰相は大げさな身振りで右手を胸にあてた。私とアリスターは少し離れたところでぽかんとしてそのしぐさを見つめた。なんだあれ。道化みたい。二人の気持ちは一つだったと思う。その副宰相の向こうで、カートと言う騎士が首をかすかに横に振っている。

「キングダムからの使者が来ております」

「なんだと」

王子は一応驚いて見せているが、旅でずっと一緒だった私にはわかる。驚いているふりをしているだけだ。カートと言う人が、さっきあらかじめ耳打ちしていたのはこのことに違いない。

「正直なところ、何と引き換えでもキングダム側からよい返事がもらえるとは思っていなかったのですがな、重要視していなかったはずのオールバンスの子がよほど大切らしい」

私はあきれた。そんなことを広場の真ん中で、しかも私やアリスターが聞いているところで平然としゃべるなど、副宰相と言っていたがウェスターという国は大丈夫なのだろうか。

副宰相は王子の返事も待たずに、

「それで、キングダムの子どもたちと言うのはどこに」

ときょろきょろと見渡した。ちなみに私はアリスターとバートたち4人と一緒に、王子の後ろ、何メートルか離れたところにいる。さらに言うと、少ない王子一行の中に子どもは私たち二人だけだ。

「もしかしてまだ宿におられるのかな」

「ハーマン」

「ならば迎えをやりましょうぞ」

「ハーマン!」

副宰相はきょとんとした顔で王子を見た。

「殿下、いかがなされました」

「いかがも何もない。二人は後ろにいる」

「は?」

副宰相の視線は私たちを素通りした。そして戻ってきた。そっぽを向いているアリスターを少しだけ見て、視線を下げてようやっと私を見た。

「金の髪、淡紫の瞳。まさか」

「まさかではない。アレらがそうだ」

「あれら?」

視線がまた上に上がり、今度はしっかりアリスターを捕らえた。

「おお、よく見れば夏青の瞳。しかし」

副宰相はいけませんなと言うように首を振った。顎のお肉もプルプルしている。

「なぜ庶民の格好を。そう言えば殿下も何やら貧乏くさい」

王子のこめかみがひきつっているような気がする。

「ハーマン、長距離の旅は着飾ってできるものではない。そもそもこんなところに迎えにこなければ、城の謁見の間で正装の上きちんと出会えていたはずだろう。こちらの準備もかまわず勝手にやってきてそれか」

「いえいえ、すでに使者が参っております以上、領都にこのような格好で入られては、わが国が四侯の血筋を大切にしていなかったことになってしまう。殿下のようにお若くてはそこまで気が回りませんからね。やはりお迎えに来てよかった。さ、皆の者」

副宰相は人の話を全く聞かず、お迎えの者にそう声をかけると、パンパンと手を叩いた。いい音がするのは確かだ。

「準備を整えよ!」

既に馬車を下りて荷物を抱えて待機していたお付きの人たちが、わらわらとやってきた。その目は私とアリスターを獲物を狙うように見つめている。きっと私の言うことを聞かず飾り立てようとするに違いない。こんな時は。

「どりー!」

私はドリーを呼んだ。

「リーリア様、どうなさいました」

少し離れたところにいたドリーが急いでやってきて、荷物を抱えている人たちを見て、ああという顔をした。

「私もハーマン様の話は聞こえていました。リーリア様の着替えは私が担当しますので、荷物だけ預かります」

「ドリー様、困ります。私たちの仕事がなくなります」

荷物を抱えているものたちが抗議した。ドリーがドリー様と呼ばれているということは、やはりドリーは使用人の中では偉い人なんだろうな。

「だまらっしゃい! お嬢様がどのようなものをお好みかも知らず、適当な仕事をしてご機嫌を損ねられでもしたらどう責任を取るのですか。いいから荷物は宿に運びなさい!」

ドリーの声に使用人たちは慌てて指示された宿に荷物を運び始めた。

「アリスター様も、ここはあきらめて、何とか妥協点を捜しましょう」

「わかったよ、ドリー」

アリスターも素直に頷いた。旅の間に私たちとドリーはお互いちゃんと妥協点を見つけていたのだ。ドリーは悪い人じゃない。私たちは、ただ旅の間楽な格好をし、自立して行動したいだけ。

副宰相の趣味であろうと思われる派手な服から、何とか納得できる幼児用のワンピースを着せられ、頭に紫色のリボンを巻かれた私は、少し居心地が悪いがまあ、我慢できないこともない。実は一番驚いたのは、

「お嬢様、どうですか?」

と、鏡を見せられたことだというのは内緒だ。赤ちゃんの頃は、私を抱っこして鏡を見せてくれる人などいなかったし、ハンナだって着替えの時にいちいち幼児に鏡を見せたりしなかった。

ましてアリスターたちに引き取られた後は、かわいいかとかそんなことまったく誰も気にしていなかったのだ。私も含めて。

だから私は、初めてちゃんと鏡を見たことになる。そこに立っていたのは、ほわほわの淡い金髪を紫のリボンでまとめ、白いレースの襟のついた淡いピンクのワンピースを着たかわいらしい幼児だった。透き通った淡い紫の大きな目はセバスの言った通り少し垂れていて、鼻も口もちょこんと小さい。白い肌にぷくぷくしたほっぺはほんのりと色づいている。

「にーに。おとうしゃま」

兄さまに似てはいないと思う。兄さまとお父様は切れ長の目がよく似ていた。

「なんてかわいらしい」

思わずドリーも呟き、鏡を構え周りを取り囲んでいた付き人も全員感嘆したように頷き合った。

「本当に、お兄様とすっかり同じ色あいですのね」

中の一人がうっとりとそう言った。私ははっとしてドリーと目を合わせ、その付き人を見た。ドリーが代わりに尋ねてくれた。

「あなた、お兄様といいましたね?」

「はい、使者のおひとりでございます。まさか四侯の跡継ぎが二人も来るなんてと、領都はそれは大騒ぎで」

「二人?」

「はい、お嬢様のお兄様と、アリスター様のお兄様でございます」

兄さまと、ギルに違いない。ウェスターまで本当に迎えに来たのだ。