軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

薄い利益

お父様の荒っぽいしぐさは珍しいことだ。

「いったいどういうことでしょう」

「少し待ってくれ」

お父様はポケットから別の紙を取り出し、さっと読むと、今度はちゃんと兄さまに手渡した。

どうやら使者とは別の誰かがお父様に手紙を渡していたらしい。

「これは……。さすがランバート殿下、王家には王家のつてがあるということですか。そのつてを使ってもリアがさらわれたことはわからなかったくせに」

そんな昔のことを根に持ってもと思うが、私がさらわれた時の怒りはいまだに残っているようだ。

「では、お言葉通り私は行きますね」

私が手紙を読ませてもらえないうちに、あっという間に兄さまが行くことに決まってしまった。

「それから、もちろんリアも連れていきます。寂しくても我慢してくださいね」

「やっぱりリアは行かなくてもいいのではないか?」

「キングダムの臣として王命には従うとさっき言っていたではないですか」

「だがなあ。リアは行っても行かなくてもよい感じではないか?」

いまさらながらお父様が駄々をこね始めた。

それより、私が行きたいかどうか聞くのが先ではないのかと言いたい。

「いいえ、連れていきます。ニコ殿下が来るのなら、リアの無茶も少しは抑えられるでしょうし、いえ、待ってください。むしろ無茶が二倍、いえ、三倍に?」

「そんなにならないよ!」

私の抗議は、フッと鼻ではねのけられた。

心外である。

「それからお父様、リア」

私が行くということが、私の確認なしに決まっただけでなく、話はどんどんと先に進んでいく。

まあ、私は行きたいので、問題はないのだが。

兄さまがは今度は、お父様と私の両方に話しかけた。

「リアのあったかポシェットの件ですが。帰ったらゆっくり話そうと思っていましたが、そんな場合ではなくなってしまいました。おじいさまにも、なるべく早く実用化してほしいと言われていますが、どうお考えですか」

突然のファーランド行きにも戸惑っているというのに、あったかポシェットの件まで持ち出されてしまい、私の頭の容量はいっぱいでパンクしそうだ。

そんな私の頭の中をちゃんとわかってくれたのだろう。兄さまが分かりやすく説明してくれた。

「ナタリーやおじいさまの反応でわかる通り、リアのあったかポシェットは、たくさんの人が求める魔道具になると思います。人々の役に立つ、とてもいい魔道具を開発しましたね、リアは」

兄さまに褒められて私の顔はぱあっと光り輝いたと思う。

「もしこれを商売にするなら、あっという間に大きな規模に成長し、オールバンスの、あるいはリア個人の財産をいっそう豊かなものにすることでしょう」

私は兄さまの目をしっかりと見つめた。

「リアは、これはオールバンスのじぎょうにしなくていいとおもうの」

「ふうむ。それはどういうことでしょう」

「オールバンスではなく、ネヴィルのまどうぐしでもできるしごとなら、やりかたをおしえて、あちこちでつくってもらうの。そしてできるだけやすくして、たくさんのひとに、あったかくなってほしい」

「そうですか。わかりました」

兄さまはにこりと笑って、お父様のほうに向いた。

「お父様はどう思いますか」

お父様は、なぜか兄さまではなく私のほうに向き直った。

「いいか、リア。この事業は、アイデアだけ人に教えてそれで終わりと、そういうわけにはいかない。魔道具師にあったポシェットのマールライトの変質をどう教えるか、どこからどう広めていくかなど、やらなければならないことがたくさんある。それをオールバンスが薄い利益でやる価値があるのか、ということを考えなければならない」

お父様は、薄い利益と言った。

つまり、やってもいいけれど、完全なボランティアではいけないと言いたいのだろう。

「うすいりえきでもいい。ナタリーのようによろこぶひとがたくさんいるなら、やるいみはあるとおもう」

私はお父様にもしっかりと自分の意見を伝えた。

「それなら、ルーク。オールバンスとしての方針はそのように」

「承知しました」

何かが決まったようだが、経済の話はやっぱり付いていけない。

「リア、ちょっとこっちに座りましょうか」

兄さまは私を、ソファのお父様の隣に座らせると、自分もソファに椅子を寄せた。

そうするとまるで輪になって内緒話をしているようで、とても楽しい気持ちになる。

「さて、まずは後のほうの手紙についてです。ランバート殿下の手紙よりとても複雑な内容なので、私から説明します。読みたかったら後で読んでみてください」

それで私に手渡さなかったのか。

「どうやら今、ファーランドでは、ふらふらして国政をおろそかにする第一王子より、第二王子を推そうとする動きがあるのだとか」

私はぽかんと口を開けた。

いきなり大きな問題が出てきた。

「でもカルロスでんかは、きょうだいはみんな、めんどうだから、おうさまになりたがらないっていってた」

確か前にそう言っていたような記憶がある。

「本人たちがそう思っていても、周りはそうとは限りません」

だとすると、第一王子派と第二王子派で国が割れたりする可能性もある。

「だいじけん!」

「本当ですよね」

兄さまが苦笑する。

「今回のことも、どうやらカルロス殿下の力試しという側面があったようで、うまいこと新しい結界箱を持ち帰れればよし、持ち帰れない場合は」

「くにでのえいきょうりょくがよわくなる」

「正解です。いまさらですが、リアは本当に三歳ですか?」

「あとちょっとで四さい」

そういうことではないと兄さまの目が言っているが、説明のしようがない。

「だからと言って、キングダム側でも新しい結界箱や技術をほいほい提供したくはありません。リアの結界箱はその小ささゆえに、希少性が理解されにくく、今後も要求が加速することが見込まれるのに、提供できる数は限られますし」

兄さまこそ、一四歳ですかと聞いてもいいだろうか。

「キングダムとしては、今まで表に出てこなかった第二王子より、第一王子のほうが扱いやすいです。また、取り立てて非のない第一王子を引きずり落とそうとするような勢力に、力を与えたくないというのが本音です。つまり、野心家によってファーランドが混乱し、キングダムに悪影響が出るようではいけませんということです」

「そうなの」

さすがにそんなところまではわからなかった。

「ですから、今、リアの新しい結界箱の代わりに、ウェスターの王家にも送った、大きい結界箱をカルロス王子に持たせることで、成果の代わりにさせようというのがランバート殿下の作戦です。大きい結界箱は、マークとニコが持ってきてくれる手筈だそうです」

「大きい結界箱も貴重なものだが、新しい技術ではないし、貴重ゆえ、一個贈ったらそれ以上、欲しがられるようなものでもないからな。何より、魔石の維持が大変だから、複数個あってもどうしようもない」

作るのが簡単な小さい結界箱より、作るのに手間のかかる大きい結界箱のほうが、キングダムとしては都合がいいというのは不思議な話だ。

手紙の内容としてはそれでいいとして、それならあったかポシェットの話を、今する必要があっただろうか。

私の疑問が伝わったのだろう。

これについてはお父様が説明してくれた。

「ここ数日、町に出て民の家に行き魔石に魔力を入れ続けていたが」

ちなみに、初日では魔力の大きさゆえに魔石を壊していたお父様だが、二日目と三日目は壊さずにうまくやっていた。

「彼らの家は、狭く、寒い。ネヴィルの屋敷で働いているような給金の高い者でさえ、三部屋のうち一部屋を暖められればよいほうだ。一部屋に何人も寝泊まりするような家もあった」

お父様の言葉には悲壮感が漂っていたが、それは普通であって、皆はそれなりに幸せと思って暮らしているのだから、問題はないと思う。

「そんな者たちが、高い魔道具をポンポン買えるわけがない。そもそも魔道具はそう買えるものではないが、リアのあったかポシェットは、一家に一つではなく、一人に一つ、欲しいものだろう?」

「うん」

一人で二つ欲しい人もいるくらいだと思う。

「リアしか作れない物であれば、身近な人の分だけ作ればいいと判断したことだろう。だが、キングダムで魔道具師を名乗れるものすべてが作れるとしたら? 明かりや熱の魔道具のように、どんな家庭にでも行き渡らせることができるのではないかと思ってな」

「そうなるといいと、リアもおもう」

たった三日、町を回っただけで、人に興味のないお父様が、誰かのことを思いやれるようになるとは思わなかった。

「だが、これはそもそも、リア独自のアイデアだ。リアが決めたことに従おうと、ルークと話していたんだ」

「さいしょから、リアともはなしてくれてよかったのに」

私はプーと唇を尖らせた。

だが、私が寝た後も、お父様と兄さまはいろいろ話し合っていたのだろう。仕方のないことだ。

「だったら、にいさま、おとうさま」

兄さまとお父様がそう考えるなら、私にも考えがある。

お父様がネヴィルの民の生活を思うのなら、私はトレントフォースの町の人の生活を思いたい。

「できれば、ウェスターやファーランドのひとにも、あったかポシェットがひろがってほしい」

二人は虚をつかれた顔をした。

国は違っても、どの国の人も冬の寒さはつらいものだ。

兄さまが私を見てフフっと笑った。

「やっぱりリアは三歳かもしれません」

「ほとんど四さいだけどね」

これは言っておかなければならない。

「話は戻りますが、なぜリアの魔道具の話をしたのかというと、もしかしたら、そっちのほうが交渉材料に使えるかもしれないからです」

「おおきいけっかいばこより?」

「そうです。こちらの手紙には、結界箱の技術の流出はしてはならないが、他の魔道具なら、オールバンスの技術の提供での交渉を許可すると書いてありました。外交問題なのに、オールバンスに頼りすぎでしょう」

兄さまが不満そうにふうっと大きく息を吐いた。

「まあ、仕方ない面もある。そもそも、リアのことがあって、最初にウェスターと勝手に交渉を始めたのはオールバンスだからな」

「それも王家が動かなかったからですよ。しかも、ウェスターからの申し出があって、うちはそれに答えたまでです。リアを取り戻すには、オールバンスが自ら動くしかなかったのです。しかも、私財をはたいたのもオールバンスですからね」

兄さまがプンプンしているが、確かに王家は、オールバンスに頼りすぎかもしれない。

「ですが、世継ぎの王子であるニコラス殿下を使いに出すというのも、相当の覚悟のいることですし。前回ウェスターの使者に立ったのもニコ殿下ですから、つり合いは取れていますしね」

「アルでんかはこないの?」

兄さまもお父様も首を横に振る。

「イースターにとんぼ返りだそうだ。本当はランバート殿下が自ら出てきたいのだろうと思う。カルロス殿下ともマークとも、そこまで年齢は違わぬからな」

確かに、ニコの年齢分くらい年を取っているだけで、まだまだお若い。そもそも、彼がキングダムの第一王子なのだ。

「状況を鑑みれば、王家からの依頼もやむなしと思える。ルークとリアを、何の準備もなしにファーランドに送り込んでしまうことになるのは心苦しいが、任せてもよいか」

お父様はソファから立ち上がって、兄さまと私を交互に見た。

「もちろんです。私ももう、巻き込まれてばかりの子どもではありません。よい機会が向こうから飛び込んできてくれたと考え、ファーランドという国を、しっかり見てきたいと思います」

「リアもしっかりみてくる!」

私もちゃんと返事をした。

ファーランドは、ウェスターからの帰りに通り過ぎただけだ。しかも、あの時は心底疲れ果てて、旅の記憶がぼんやりしている。

兄さまは急いでキングダムに帰らなければならなかったから、私以上に見ていないだろう。

兄さまではないけれど、向こうから飛び込んできてくれた、思いがけない機会だ。

クリスにしばらく会えないのは寂しいけれど、ニコも来てくれるという。

「たのしみ!」

その気持ちが一番だ。

「そうですね、楽しみましょう。旅の費用は王家に請求でいいですよね」

「あ、ああ。そこまでは考えていなかったが、そうしようか」

お金のことはたぶん気にしていなかったお父様は兄さまの勢いにたじたじであるが、確かに旅には費用がかかるものである。