軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

辺境で四侯を傷つけられるのは

ナタリーが持ってきてくれたおやつを部屋で食べて、厚着をしたころには、他の人も国境に出かける準備は終わっていた。

「オールバンスの護衛の訓練のために、ご足労感謝する」

そうして、お父様の声と共に、私たちは出発した。

どんなに温かくしてもラグ竜の上は冷えるので、竜車も何台か出ている。

窓からのぞくと、普段穏やかなネヴィルの人も、オールバンスから連れてきた護衛たちも緊張した面持ちだ。

「おじいさま、ネヴィルのひとたちはきょぞくをよくみるの?」

「いいや、誰が好んでわざわざ国境まで虚族を見に行くかね?」

「トレントフォースでは、こどもはかならずきょぞくをみにいってたよ」

「結界のあるウェスターの町か。あそことは事情が違うし、国境といっても、微妙にゆらぐからなあ」

結界の位置が日によって微妙に違うというのは、トレントフォースの人たちも言っていた。

「それこそ結界箱がなければ、安心して国境まではいけないよ。だからほら、国境際には、街道を除いて家は立っていないだろう?」

街道を通る人用に、避難所も兼ねて、大きな見張り台が立っているが、そのほかは誰もおらず寂しいのが国境だ。

もっとも、それはネヴィル側で、ファーランド側には建物も見える。

「ファーランドからしたら、緊急の場合はこちらの国境を越えて飛び込めばいいわけだから、むしろ安心というわけだな。そう考えてみると安全なはずの私たちのほうが虚族に対する不安が大きいということか」

おじいさまが難しい顔をして国境を眺めた。

「この安全をたった五人で支えていると思うと、本当に頭が下がる。フッ」

おじいさまはなぜかくすっと笑う。

「フフフッ、フ。それなのに、小さい魔石を粉々にしてしまって呆然としているディーンときたら」

おじいさまはひとしきり笑うと、涙をぬぐった。

「そんなにおかしかった?」

「ああ、おかしくて。あのディーンの顔を、クレアに見せてやりたかった。どんなに笑ったことだろう」

私はおじいさまの隣に移ると、背中にそっと手を回した。

「リアもほんとは、おかしかった。かわいそうだからがまんしたけど、わらいだしそうだったよ」

「そうだよな。おかしかったよな」

お母様とも一緒に旅行したかった。

お父様と二人並んで笑い合って、きっと楽しかっただろう。

「リア、ありがとう。今回リアのおかげで、いろいろなディーンが見られたよ。いままで、民など目にも入っていなかっただろうに」

「おとうさまはいつもはかっこいいよ?」

娘として、ちゃんとフォローはしておこう。

「知っているとも。この国の結界を支える男、それがディーンだ」

「うん」

私のお父様はかっこいいのである。

さて、国境際に大きなテントをいくつか張り、その中を熱の魔道具で温かくあったかく保ち、拠点とする。潤沢な魔力が使える私たちがいつでも魔石を補充できるからこそのぜいたくである。

ファーランド側にも結界箱を置いた拠点を作る。こちらはテントはなしで、小さなテーブルの上に結界箱が置いてある。

護衛たちは国境際で日の入りを待ち、虚族が出てきたら、その中を結界箱を抱えてファーランド側の拠点まで移動、しばらく滞在して戻ってくるところまでが今日の訓練だ。

今日は「観る」ことを中心にし、場合によっては、ローダライトの剣を使って虚族を斬るところまでやるらしい。

無茶な訓練じゃなくてほっとしている私である。

とはいえ、キングダム側の人たちにとって、虚族は避けるべきもの。ほとんど日の沈んだ草原には緊張感が漂っている。

「なるほど、今日の結界はこのあたりで正解ですね」

魔力のある者なら、結界に出入りする時に何かしら感じるので、日のあるうちに、結界の境目には棒が立ててある。

何かあったらこの内側に飛び込めばよいというしるしだ。

その棒のところに、オールバンスの護衛がハンスを筆頭に十人ほど立っており、ネヴィルの護衛も同じくらい立っている。

そして虚族対策のハンターと思われるグループが一つ、少し離れたところに立っており、そこになぜか兄さまとお父様が一緒にいる。

兄さまとお父様はハンスと一緒にいるべきなのに、いったいどうしたことだ。

「リアもおとうさまのところにいきたい」

拠点で待機させられている私はおじいさまにお願いした。

「リアは安全な場所にいる約束だよ」

なだめるようなおじいさまの言葉だが、私はおじいさまをしっかりと見上げた。

「リアのいるところが、いちばんあんぜんなばしょだよ」

「リア、それは……」

厚い上着の上から斜め掛けしているラグ竜のぬいぐるみは、いざとなれば結界箱の代わりになるし、そもそも上着の下には小さい結界ラグ竜を付けているし、さらに言えば、私自身いつでも結界を張れる。

よく考えたら、いろいろなラグ竜やポシェットをあわせて三つも身に着けている私である。

「それじゃあ、おじいさまと手をつないでいくならいいよ」

「やったー!」

こうしてまんまとお父様のいる国境際まで移動することができた。

「にいさま、おとうさま」

「リア。やっぱりおじいさまでも止められませんでしたか」

兄さまはやれやれだし、お父様は無言で私を抱き上げた。

私が来ることを見越していたらしい。

「ちょ、あんたら、そんなのんきなことを言っている場合か。なんで幼児を連れてるんだよ。すぐにテントに戻せ!」

一緒にいたハンターはどうやら常識人のようだった。

「って、ちみっこもオールバンスか!」

人がハンターを見ている時、ハンターも人を見ている。

というわけで、私もばっちり観察されていたというわけだ。

「四侯はキングダムの外に出てはいけないはずじゃなかったか。まあ前回、既にルークさんは出てたけどな」

諦めたように脱力するハンターの話から判断するに、前回兄さまが来た時に付き添ったハンターらしい。

「今回は足を引っ張るハンターもいないので、大丈夫でしょう」

「ルークさん、相変わらずハンターに厳しいな。そしておそらくだが、そのちみっこも結界箱を持ってるってことなんだな、前回のあんたみたいに。小さい体のどこに持ってるんだ? そのラグ竜か?」

「せいかい!」

ラグ竜を結界箱と見破る当たり、慧眼で恐れ入る。

私は両手で丸を作ってあげた。

「かわいいかよ! オールバンスなのに!」

オールバンスなのにというのはよくわからない理屈だが、かわいいというなら多少の暴言は許す私である。

その時、わずかに残っていた日が完全に陰った。

途端に寒さが忍び寄ってくる。

ヴン。

同時に体に響く虚族の気配に、身震いが抑えられない。

久しぶりの感覚だが、何度経験しても不愉快だ。

「早いな! 人数が多いからか」

夏の間は背の高い草で覆われていた草原も、今は枯れはて、ところどころにごつごつした岩がむき出しになっている。

ウェスターで旅をしている時うちに、草原の岩のところから虚族が出現するのを見た。

山脈のそばに虚族がよく出ることは知られているが、草原でも虚族がよく出るところは、岩がむき出しの場所が多い。

こんなにすぐに虚族が湧き出るのも、さもありなんといったところだろう。

少し離れたところの護衛たちを見ると、やはり何かを感じたのか、警戒態勢に入っているのがわかる。

「護衛の反応、悪くないですね」

「ああ、まずこれに反応できるかどうかが、ハンターになれるかどうかの分かれ道だからな」

兄さまたちの話を聞いてハンターたちを見ると、確かに魔力がある程度魔力があるタイプだ。

「来た」

少し離れたところにあるファーランド側の家々は、硬くドアを閉じて、人のいる気配は窓からの明かりだけである。

本来人気のないはずの草原に、ゆらゆらと揺れる影たちが現れ、国境に、いや人の気配に集まってくるのが見えた。

「ウサギが多いな。それにイノシシ、ネズミ。珍しい、ラグ竜もいる」

久しぶりの虚族にちらりと目をやるが、私はそれよりやはり護衛が気になった。

「ハンスとネヴィルの者たちが丁寧に解説していますね。動揺はしているが、好奇心のほうが勝っているように思えます。まあ、合格か」

兄さまの冷静な声が草原に落ちる。

「そろそろ結界の外に出る感じでしょうか。あなたたちとも旧交を温めたいところですが、仕事が優先ですね。あちらの面倒をよろしくお願いいたします」

「わかった。少し離れたところから見守る、だな。あんたたちからもらった結界箱、本当に役に立ってるぜ」

ハンターはそう言うと、ポーチに入れた結界箱にカチッとスイッチを入れ、結界の外、ファーランドに迷いなく飛び出した。

それを見て私は首を傾げた。

「にいさま、にいさまとおとうさまに、ごえいはつかないの?」

四侯とその跡継ぎを国境際に一人にしておくなんてありえなくないだろうか。

ちなみに、私の護衛はおじいさまだと勝手に思っている。

「おや、本当にリアの言う通りだぞ」

おじいさまもいまさらそれに気がついたのか、ネヴィルから人を呼ぼうとしている。

「いえ、大丈夫です。ご心配なく。四侯への縛りがなくなった今、辺境で我らを傷つけられるのは、人だけですから」

お父様が静かにそう指摘した。

そうして見渡してみると、私たち一行以外、人ひとりいない。

暗いからよくわからないけれども。

おじいさまに答えながらも、お父様の目は、結界にぶつかっては跳ね返る虚族の姿を追っている。

「人型も現れ始めたな。私も久しぶりに見た。リアは大丈夫か?」

「うん。なれてるから」

「そうか。ハンターと一緒に狩りに出ていたと言っていたものな」

おじいさまはあきれたように苦笑したが、確かに虚族に慣れている幼児など、ウェスターにもファーランドにもいないだろう。

魔力の強さにひかれたのか、護衛のほうに行っていた虚族まで少しずつこちらに集まってきたような気がする。

「では、行くか」

「お父様、やはり行きますか?」

「ああ」

お父様は、上着を払うと、腰に付けた小さなラグ竜を外して、私に手渡した。

「リア、後で返しておくれ。私は自分の意思で、自分の力だけで、辺境を歩いてみたい」

「お供します」

兄さまが自然とお父様の隣に立った。

「ただし、私は安全第一で。小さいラグ竜と結界箱持ちで、しかもローダライトの剣を携えているという完璧さですよ、リア。いざとなったら私がお父様を守りますから」

「うん。いってらっしゃい」

「オールバンスは本当に……」

今度こそおじいさまは本当にあきれ顔だが、止めはしなかった。

「護衛が歩き出しましたよ」

「ああ、問題なさそうだな」

数人に分かれて歩き出したが、手に抱えた結界箱の効果で、直径直系三メートルほどの虚族のいない空間ができている。国境際と同じように虚族を弾く結界箱の効果に感嘆している者もいれば、虚族から目を離さない者もいて様々だが、全員冷静に対処しているようなのはさすがだ。

「では、彼らがこっちを見ていない隙に、行きましょうか」

「ああ」

お父様は自分の胸の前に、手のひらを上にして右手を差し出した。

「結界」

途端にふわんと立ち上がる結界には、お父様の魔力の気配がする。

「少し後から付いていきます。存分に辺境を味わってください」

「ああ、ありがとう、ルーク」

これも昨日の夜に話し合っていたことなのだろうか。

お父様は、キングダムの外に一歩を踏み出した。