作品タイトル不明
見たわよ?
それにしても、逃げるのであれば、ラグ竜の商人などと名乗らずに、普通に旅人として通り過ぎればいいだけのことなのにと思う。
町長も一緒に食事をとりながら、このあたりのラグ竜の価値について説明してくれた。
「ここらへんじゃあラグ竜は公共物みたいなものなんだよ。草原地帯では牧場のように囲っている土地もあるらしいが、ここらは海と山の距離が近くてそんなに広い場所はないし。町の入口のあたりにゆるく囲っているけど、好き勝手に出入りできるからなあ」
おじいさまのところにも牧場はあったし、竜の卵を盗もうとした人も見たことがある。だが、確かにトレントフォースにいた時はそんな話は聞いたことがなかったように思う。
「ヒューバート殿下みたいに専用のラグ竜を持っている人はまずいないねえ。だからラグ竜を売り買いしてる旅人がいるって聞いて、ちょっと驚いたんだよ。もっとも、一泊だけして、すぐにファーランドの方に旅立ったらしいが」
町長が食事をとっているレイとエイミーを愛しそうな目で見ながらそう説明してくれた。町長自身は噂を聞いただけで直接顔を合わせてはいなかったらしい。
「宿屋に泊まり、魔道具店に行き、それに食料の買い出しをしていたらしい。店員によると、二人組の大きいほうの一人は、顔にやけどの傷があるとかでフードをかぶっていたから、どんな人かはわからなかったそうだが、もう一人の方は、その犯人像と一致したんだ」
ケアリーではサイラスとシーブスと名乗っていたらしいが、そのシーブスの方も私は顔を覚えている。
「私、見たわよ?」
エイミーがきょとんとした顔をして口を挟んだ。
「何をだ?」
町長がいぶかしそうに聞き返す。
「フードをかぶっていた人。背が高いから、見上げたらちょうど顔が見えたの」
「なんだって! いつ接触したんだ?」
町長はがたんと音を立てて立ち上がった。
「町を歩いていた時。町長のおうちはどこですかって聞かれて、山の方に見えるあの大きいお屋敷ですよって教えてあげたんだけど」
「なんでたくさんの人がいる中で、わざわざ町長の娘であるエイミーに聞くんだ?」
「しらない。お父様はいつも、旅人には親切にしてあげるように言うでしょ。だから教えてあげたんだけど」
今まで少し他人事のように話していた町長が、顔色を悪くしている。
「それは人がたくさんいる場所だったんだろうね?」
「ブレンデルの店の前よ。人がたくさんいる時だったもの。親切に、だけど慎重に、でしょ?」
わかっているわとエイミーが胸を張った。けれど、ふと頬に手を当てた。
「そうそう。珍しい、トウモロコシみたいな黄色い目をしていたの。それに、やけどのあとなんてなかったわよ。ちょっと怖い目をしていたけど、きれいな顔だったと思うの」
エイミーは自分の発言が周りを凍りつかせたのに気づかず、にっこり笑った。
「ニコの目とそっくりだったわ」
だからニコの目を見てすぐにトウモロコシの色だと言ったのかと腑に落ちた。
「間違いない。サイラスです」
兄さまの目が怖い。それを受けて、ギルがすぐに指示を出した。
「対策の立て直しをする! 一旦皆を呼び集めたほうがいい」
「わかりました。すぐに」
ギルの言葉にすぐに皆が動き始めた。
だが、私は動かない。少なくとも、デザートを食べきるまでは。
「リア!」
兄さまは私に指示を出そうとして気の抜けた顔をした。
「リアはリアでしたね。そのケーキ、おいしいですか」
「おいしい。おかわりはありますか」
私はケーキのお代わりを頼んだ。
「その調子です。リアもですが、子どもたちは決して屋敷から出ないでください」
兄さまもまだ少年だけれども、もうとっくに心は子どもの域から抜け出しているのだなあと思う。
「ルーク。アリスターたちはどうした?」
ニコも私に便乗してケーキのお代わりを頼んだ後に、部屋を出ようとした兄さまに尋ねている。
やはりせっかくできたマールライトを渡したいのだと思う。
「あいつを追って、ファーランド方面に向かっています」
「そうか。わかった」
ニコは静かに頷いた。私は隣のニコの腿をぽんと叩いた。少し行儀が悪いだろうか。
「だいじょうぶ。アリスターも、小さいぬいぐるみもってる」
「よんこうのしるし、か」
「よんこうとともだちのしるしだよ」
ケーキを食べ終わったら、いつも遊んでいた広い部屋に行かされた。自分たちが遊びたくて行くのならいいが、大人の都合で行かされるとなるとなんとなく行きたくない気がするのはなぜだろう。
ケーキの食べすぎか、すぐ眠くなった私は、用意されている赤ちゃん用ベッドにすぐにお世話になってしまったのだった。
ニコに揺らされることもなく、静かに目を覚ました私は、ぼんやりと天井を見上げた。寝起きのいい私だが、今はなんだか胸に何かがつかえているようで、すっきりしない。
いまさらサイラスがトレントフォースに来ていたと知っても、心が動くことはない。
サイラスは私にとってはもう終わった人なのだ。だが、なぜエイミーに話しかけたのか。
私は寝転がったまま、くるりと顔を横に向けた。
二人で外に出てさらわれたのも、すぐそこだったなと思い出す。あの時、私の結界がうまく発動しなかったら、どうなっていたか。ここは安全なようでいて、すぐそこは結界の外という、危険な場所なのだ。
「ナタリー」
「はい、リア様」
先ほどから私が目を覚ましたことに気が付いていたナタリーは、すぐに返事をしてくれた。
私はそのまま何も言わず、エイミーとレイと、それから楽しそうに、でも静かに遊ぶニコをしばらく眺めていた。それから小さいお願いをする。
「ラグりゅうのぬいぐるみ、もってる?」
「はい。ここに」
小さいとはいえ、もこもこしているぬいぐるみを二つ、ナタリーはポケットかどこからか出してきた。メイドの制服、すごい収納力だ。
「リア、これ、エイミーとレイにもたせたい」
「それは……。ハンス、どうしましょう」
いいにしろ悪いしろ、すぐに返事をくれるナタリーが悩んでいるうえ、ハンスに相談するとは驚いた。
「リア様、そんな驚いた顔しないでください。俺のやる気がなくなるでしょうが。俺はけっこう優秀なんですよ。ナタリーに頼られるくらいには」
ハンスも私に張り付きつつ、きちんとニコたちのことも見てくれている。その他にも部屋にはニコの護衛たちもいるから、この部屋はなかなか厳重に守られているといえる。
「昼の話は俺も聞いていました。なんだかきな臭い話でしたし、前はルーク様に相談してからお言いましたが、ここは貴重な技術がどうこう言うより、町長に恩を売った方がいいと判断します」
ハンスは小さい声でけっこうひどいことを言った。だが、これで許可は出た。
「よし!」
私はぴょこりと起き上がった。
「リア、起きたのね。あいかわらずよく寝る子ねえ」
ちょっとお姉さんぶっているエイミーにプーと唇を突き出すと、私はよっこらしょとベッドから降りた。
「エイミー、レイ」
私はナタリーからぬいぐるみを受け取ると、二人をちょいちょいと手招きした。
「リア、いいのか?」
ニコの真剣な目に、私はこくりと頷いた。
「これ、おまもりだから、リアがいるあいだは、ずっとみにつけててほしいの」
私は、ぬいぐるみのポケットから魔石を取り出し、ぬいぐるみの中に押し込んでから一人ずつ手渡した。
「かわいいけど、ちょっとかわいすぎるかな……」
確かにレイの年の男の子がこれを付けていたら、恥ずかしいと思うかもしれない。
「レイ、わたしとおそろいだぞ」
「ニコとおそろいは嬉しいけど。でもなあ」
ニコはまだ小さいから付けられるのだというレイの心の声がする。
「アリスターもつけてるよ」
私はとっておきの情報を出すことにする。とはいえ、皆知っていることかもしれない。
「そういえば付けてたな」
アリスターの姿を思い浮かべて、やっと付けてくれる気になった。
エイミーはといえば、喜んでとっくに付けてくれている。
「みんなでおそろいって素敵ね」
「ともだちのしるし。いちにちいっかい、リアがきもちをこめるから」
エイミーはただ普通に喜んでくれていたけれど、普通の贈り物ではないとレイは察してくれたと思う。つけっぱなしの結界に、魔力を感じ取れる人の中には何かを感じてもの言いたげな人たちもいたが、事情を聴くには忙しすぎたのだろう。誰も何も聞かないでいてくれた。