軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

難所から見る夕日

「竜と荷物ごと乗り換えるシステムか。これは我が国にはないな」

「ファーランドにはここまで狭い道はありませんからね。こんなに狭くて流通が分断しないのが不思議だ」

出発の前、カルロス王子とリコシェが珍しそうに牧場を観察している。

「だからこの先の土地は、ファーランドとの取引が多くなる。国としてはウェスターだが、住んでいる民にはあまりウェスターの国民という意識はないのが困りものだ」

ヒューが答えているが、逆に言うと、この難所の手前の地域はウェスターとキングダムとの取引が中心となる。地域によって経済活動が違うことがわかる、とても勉強になる旅なのだった。

「けど、俺らだってファーランドに肩入れしてるってわけでもねえよ。魔石はわざわざケアリーに売りに行ってるしな。あえて言うなら、トレントフォースの民はトレントフォースの民だ」

トレントフォースが北に接するのはファーランドで、商売はするが頼るわけにはいかない。南はといえば道幅の狭い難所があり、物理的にも距離的にもウェスターには頼れない。

だが、キングダムの結界の恩恵を受けており、近くのローダライトの鉱山と森林資源で豊かな町である。北にも南にもおもねることなく、バランスをとって商売しているのだという。

私は感心してバートの話を聞いていた。

「ちょうちょう、じつはすごかった」

「ハハハ! リアにとっては親馬鹿で弱腰の町長にしか見えなかったよな? 実はすごいんだぜ」

思い出してみれば、いざという時は屋敷に町の人間を全員集合させ、大きい結界箱で守り抜くという覚悟があった。でも、それよりも頭に思い浮かぶのは、トレントフォースでの楽しい日々で、たどり着くのが、とても楽しみである。

ラグ竜ごと次の町で交換するという仕組みはあっても、今回は利用しないそうだ。私のミニーのように、ヒューは王子として専用のラグ竜を持っているし、そもそも野営をすることもあるから、荷物は全部揃っている。

出発の隊列を眺めて、私はふと不安になった。

「たしか、こやはいつつしかなかったきがする」

「本当にいろいろなことをよく覚えているな、お前は」

ヒューがあきれたようにそう言うが、そこはあきれるのではなく感心するところだと思う。

「他の旅人と重なることがない限り大丈夫だし、そもそも大人数での移動はほとんどない。いざとなれば結界箱のある我らが外に泊まればいいことだ。問題ない」

力強いヒューの一言だったが、結果として問題はあった。

「ここもローダライトが壊されているだと! しかも三か所とは」

五つある小屋のうちの三か所で、窓枠のローダライトが壊されていたのだ。

ドアは壊されていないから、わざわざ調べない限り窓だけが壊されているとはわからず、夜になって虚族が侵入してきてから焦るという嫌なやり口である。

「小屋が二か所だけ残してあるのが良心からなのか、油断させる手口なのかわからないのが不気味だな」

こちらとしてもローダライトなど持ち合わせてはいないので、修理もできない。苛立ちを隠せないヒューにバートが頷いた。

「なんにしろ、用心するに越したことはねえよ。周りに人がいる気配はないから、誰かが襲ってくるということはないとは思うが。あの時は常に人の影があった」

あの時とは私が襲われた時だろう。

「無事な小屋には客人を。そして、ローダライトがあるなしにかかわらず、全員結界箱を使うように」

結界箱を潤沢に使う旅に虚族の心配はない。

「リア、心配するな。何をもってこんなことをしたのかわからないが、我らを本当に狙うなら、ニクスや他の町で、ローダライトを壊してみせたのは悪手だった」

ヒューは口の片端をニヤリと上げた。

「普段はローダライトを詳細に点検したりなどしないから、ここだけ壊しておけば、確実に数人は虚族にやられていただろうに」

その日、難所の小屋に宿泊したのは私たち一行だけだったので、結界箱をいくつも用いて小屋の戸を開け放ち、夜を観察することにした。

「きょぞくがみられるなら、なんどでもみたい」

と言ったニコのためである。

「ついでに、俺の新しい結界箱も試したい」

試作品のはずなのに、既に自分の物だと思っているバートもいる。

「うむ。わたしがせいかをみとどけよう」

「頼むぜ」

制作者であるニコと分かり合っていてちょっとおかしい。

いつものように食事と入浴を明るいうちに済ませた私たちは、小屋の入口にかかるように張られた結界の中で、日が落ちるのを待った。

「左手に海が見えるが、ここらあたりは切り立っていて海に下りることはできない」

「魚を獲れるところが意外と少ないのは、ウェスターもファーランドも同じだな」

そうなのだ。だからニクスのような魚を獲れる町が栄えていたりする。ただし、冷凍技術は発達していないので、魚や貝は内陸部では貴重品であり、あまり流通してはいない。

しかし海に下りることはできなくても、その景色は美しかった。

西の海に、太陽が溶けるように沈んでいく。

「王都にいた時は、日が沈むのをゆっくり眺めることなんてありませんでした」

「ああ。やることが多すぎたし、それにそんなことに価値があるなんて思ったこともなかったよな」

兄さまとギルが椅子に座りながら静かに言葉を交わしている。

「ここを通るのは三度目だが、こうして日が沈むのをゆっくり眺めたのは私も初めてだな」

ヒューも珍しく、ゆったりと椅子に腰かけて夕日を眺めている。

「私はファーランドの北の領地に住んでいますから、海からの日の出も海への日の入りも見たことがあります。ですが、海が違うからでしょうか。いつも見ている景色とは違って味わい深いですね」

これは海を領地にもつジャスパーの言葉である。

「私は……」

カルロス王子はそれだけ言って深刻そうな顔で黙り込んだ。

「どうした、カルロス」

放っておいてほしいのか、突っ込んで聞いてほしいのかと気を使って悩んでいた私の代わりに、ヒューがずばりと聞いてくれた。

「いや、なに。ちょっと思っただけだ」

「何を思ったのだ?」

なんだかニコみたいな言い方だなとおかしくなる。

「なぜ私は、虚族も、夜の海も、海に沈む夕日も、自分の国で見たことがないのかと」

「それは……」

ヒューも一瞬何を言っていいかわからなかったようだ。

もちろん、ヒューだって、虚族はともかくとして夜の海にしろ海に沈む夕日にしろ、ほとんど見たことがないのは同じはずだ。

「初めて国の外に出たからとはしゃいであちこち見て回っているが、私は自分の国をこれほど熱心に見たことはなかった。いや、見に行こうとさえしなかった」

少なくともヒューは、ウェスターの東端の領都から西の端のトレントフォースまで一往復したことはあることを考えると、カルロス王子はそれさえしなかったということなのだろう。

「キングダムを挟み北と南に分かれているとはいえ、我が国ファーランドにも海はあり、山もある。その気になれば、いくらでも各領地を見回る機会など作れたはずなのに、いったい何をやってきたのかな、私は」

ヒューは何も言わず立ち上がると、カルロス王子の隣に立ち、その肩に手を置いた。

「カルロス、お前は第一王子で、私は第二王子だ。つまり、お前の立場は私ではなく兄上と同じということになる」

ウェスターの第一王子はギルバート殿下で、今はケアリーで事件の後始末に大わらわのはずだ。

「私は兄上の手足となり、国のあちこちに派遣されたが、兄上にとっては、領都から長期間離れたのはこれが初めてだ。世継ぎの王子は簡単に城を離れることはできない。それを我らはきちんと理解しているよ」

カルロス王子は少しうつむいて力なく首を横に振った。

「うちにも弟も妹もいるが、私を含め誰一人として、国のあちこちに派遣されたり、視察をしたりということをしたことはない。キングダムのアルバート殿下の見合いの付き添いとして、妹がキングダムに行ったくらいだ」

「テッサどのか」

ニコが口にした名前にカルロス王子は驚いたように目を見開いた。

「よく覚えているね。さすがキングダムの世継ぎだ」

活発な人だったように記憶している。だからしょっちゅうあちこちに行っている元気な王女様なのだろうと思っていたが、違ったようだ。

「ファーランドは豊かでもないが、特段貧しくもない。虚族がいて夜に出歩くことはできないが、民は皆それに慣れている。他国との争いもない。今のところ王位を簒奪しようとたくらむ動きもない。つまり、王族が特に何かをしなくても国は問題なく動いている」

その中で、ウェスターは領都全体に張る結界を作ろうとし、実現した。イースターの王族は四侯の一角を削り取り、キングダムの力を弱めようと画策し、結果として国としての体はなくなった。

キングダムはその流れの中で、今まで国に閉じ込められていた王族も四侯も、自由に動き始めている。

その状況を、問題なく動いているファーランドの中でぼんやり見ていただけのカルロス王子は、国の外に出て、さまざまな経験をしてやっと何かをつかんだのだろう。

「この地の夕日は美しい。だが、ファーランドの夕日も美しいに違いない。そう思ったら、深い後悔に襲われたのだ。今まで生きてきた中で後悔などしたことのない私が」

「カルロス……」

確かに、カルロス王子の振る舞いは後悔や反省という言葉とは無縁に見える。私は王子二人のやり取りにちょっと感動して、兄さまを見上げた。怠け者で努力が嫌いなカルロス王子のことが兄さまはあまり好きではない。この発言を聞いて、ちょっとは兄さまの気持ちも変わったのかなという好奇心からである。

だが、片方の口元を少し上げただけの皮肉げな兄さまを見て、慌てて視線を戻した。

「後悔したとしても、それを生かして努力できるかどうかは別物です」

この兄さまのつぶやきが誰にも届きませんようにと祈ることしかできない私である。空気を読む幼児としては揉め事はごめんである。