軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

かわいらしい私の声

前を見ると結界箱の置かれた台は倒れて踏みつぶされており、あの美しい模様の入った結界箱は投げ出されたかのようにひっくり返り、中身が飛び出ている。魔石の載った台やマールライトの台はばらばらになって箱の先に落ちていた。

「内部機構は無事のようですね」

兄さまも同じところを見ていたのか、ほっとしたような声が聞こえた。

周りに目を広げると、民は皆、町のほうに避難できたようで、けが人はほとんどいない。

私はそれを見て胸を撫でおろした。私たちはひな壇に乗っていたから、降りて逃げようとすれば、町に逃げようと城へ逃げようと、竜の群れとぶつかる恐れがあり、動くに動けなかった。その一方で、結界箱の周りにいた町の人々は、真っすぐに町のほうに退避するだけでよかったらしい。

慌てず騒がずそういうことができてよかったと思う。

ひな壇の上の人たちも、顔色は悪いが皆無事だ。

しかし、地面の上に落ちた結界箱は、私だけでなく民の目にも入ることになる。町のほうに退避した人からざわざわと不安な声が上がり始めた。

「ギルバート殿下。城に予備があり、それが発動したことを民に伝えるべきかと」

兄さまが一声かけると、ギルバート王子は頷いた。

「その通りだな」

そしてひな壇の一番上に立ち両手を大きく広げた。

「安心せよ!」

聞き慣れた自分の国の王子のその声は、町の人によく通った。

「ラグ竜は去った!」

まずそれが大事である。

「既に城にて、ヒューバートが予備の結界箱を発動させた! したがって、虚族は来ない!」

ヒューの名前を出したのが確かに効果的だったようだ。町の人はほっとした表情を浮かべている。

「予備だと……?」

ひな壇から、最後に挨拶に来て、逃げ遅れていたケアリーの町長の小さな声が聞こえた。確かに、町を覆う規模の結界箱がいくつもあるとは思うまい。しかし、そんなひな壇の上の疑問は、今日の結界箱の発動を成功させるには、取るに足りないことだ。大事なのは民を安心させることである。

「これより警備を増強させるゆえ、安心して祭りを楽しめ!」

自分たちに被害が出なかった以上、ラグ竜の暴走も、過ぎてしまえば祭りのスパイスにすぎない。今しがた自分が巻き込まれ、目撃した事件をさっそく他の人に伝えようと、集まっていた町の人は三々五々散っていった。

「とはいえ、まさか竜の群れがまた来るようなことはあるまいな」

落ち着いた振る舞いをしていても、緊急事態だったことに変わりはない。額の汗をぬぐうギルバート王子である。確かにその心配はもっともだが、考えていても仕方がないと思ったのかすぐにてきぱきと指示を出し始めた。

「数人を竜の来た方と、去ったほうに向かわせよ。特に走り去った竜については確保を第一とする」

警備の増強の指示を出すとすぐに、原因の究明のために兵を向かわせるギルバート王子は、案外優秀なようだ。真面目なのは知っていたが、最初会った時のおっとりした印象が抜けていなかった私は感心して王子を眺めた。

ギルバート王子はすぐに、駆けつけてきたバート一行のほうを向いた。

「バートよ、こたびは本当に助かった。いったい何があったかわかるか」

「いや、わからねえ」

素直な返事であるが、わからないなら、なぜここに来られたのか。

バートたちによると、大きな竜の群れが、シーベルの周りに複数いるという昨日の情報は警備の者にきちんと共有され、結界の見回りをしている兵たちは、結界の周辺と共にラグ竜の群れについても警戒してはいたという。

しかし、西側のラグ竜の群れは突然動き出した。

「たまたま街道沿いにいた俺たちはそれに気づいたんだが、この人の多いなか、大通りをラグ竜で突っ走るわけにはいかないからな。東側から回り込んで、正面から突っ込んだ」

「助かったとはいえ、危険なことを」

ヒューの一言はバートたちを心配したものだ。

「いや、もともとラグ竜は臆病な生き物なんだ。なぜ暴走したかはわからないが、正面から仲間のラグ竜が走ってきたらよけるくらいはすると踏んだのさ。だからひな壇ぎりぎりに俺たちの竜の進路を取った」

バートはその時のことを思い出したのか腕で額の汗をぬぐった。

「大声を上げて、ちょっと恥ずかしかったけどな」

「いやあ、面白かったぜえ」

隣でのんきに腕を組んでいるのはミルだ。私は最後にミルが上げた声しか聞こえなかったが、そこまでも大きな声を上げて走ってきてくれていたのだろう。

「あー、ゴホンゴホン」

その時、わざとらしい咳払いが聞こえた。一斉に視線を浴びたのは、ケアリーの町長だ。

「大変な事態だとわかってはおりますが、我らはそろそろ失礼してもよろしいですかな。それに、ファーランドにキングダムの皆様も、少し休まれてはいかがかと推察しますが」

「あ、ああ。そうだな」

ギルバート王子は不快そうに眉をひそめたが、内容については同意した。兄さまも表情には出さないが、王族の指示をさえぎって自分の意見を押し通すやり方を不愉快に感じているのが伝わってくる。それなのにケアリーの町長は余計なことを言った。

「結界箱があれば虚族からは民を守れるとはいえ、キングダムと違ってこのような脆弱な管理の仕方では、結界箱の意味がありませんな。しかも他国の王族を危険にさらすとは」

「父さん! 不敬ですよ!」

町長の息子のカークが慌ててさえぎり、こちらに深く頭を下げた。

「父が勝手なことを言って申し訳ありません。突然のことで動揺しているのだと思います。私も驚きましたが、助かって本当によかった」

上げた顔には確かに動揺が浮かんでいた。そしてすかさず父親を責めた。

「父さんの言ったことは罪に問われても仕方がないくらい無礼なことですよ。我らもここにいたことでなんとか命を救われたのです。お礼を言うならともかく、批判めいたことを口にするなんて」

「かまわぬ。事実だ」

ギルバート王子は冷静だった。

「脆弱さが露呈したとしても、今後の対策に役に立った。もちろん、ケアリーも魔石の集積地として、今後も領都シーベル、ひいてはウェスターの発展のために力を尽くしてくれような?」

「もちろんでございます」

ケアリーの町長は大仰に頭を下げた。前に会った時、ヒューもケアリーの町長に嫌な顔をしていたから、普段からこんなふうに態度が大きいに違いない。

「ケアリー」

その時、三歳児のかわいらしい声があたりに響いた。

誰の声かって? 私だ。

ケアリーの町長は驚いたように私のほうを振り向いた。ひな壇を降りようとしていたところを思わず呼び止めてしまったのだ。さっきからの態度に、正直なところ、腹を据えかねていた。

目も据わっていたかもしれない。