作品タイトル不明
予備があれば
それから部屋を出て、結局は子どもは子ども部屋にと追いやられたが私はご機嫌だった。
「リア、きげんがいいな。あのけっかいのへやのできごとは、たしかにおもしろかったが」
ニコが絵本をめくりながら私に尋ねてきた。
「それもある。でもね、いいこときいたから」
「いいこと?」
私もニコの隣に並んで、キングダムでは見たことのない絵本をめくりながらニコに答えた。
「リア、わかったの。よびがあれば、じっけんしていい」
「よびがあれば?」
ニコは少し考えを巡らせているようだったが、何のことか思い至ったようだ。
「けっかいばこ。よびがあれば、あんぜんにじっけんできるとよろこんでいたな。そのことか」
「そう」
私はニコニコと頷いた。ニコはふむという顔で、絵本を指でとんとんと叩いた。外から見ると、まるで絵本に付いて話しているように見えるだろうなと思うと、思わず笑い出しそうになるが我慢した。
「つまり、われわれのけっかいばこも、よびをつくれば、じっけんがしやすくなると、そういうことだな」
「あちゃー」
額を押さえて天を仰いだのはハンスである。
「本当にリア様はロクなことを思いつかねえ」
「しつれいな」
安全が確保できれば、バートたちにも実験をしてもらえるかもしれないのだ。
アリスターの結界箱に魔力が不足していた時は、結界は次第に弱くなり、最後にふっと消えたと記憶している。つまり、結界の効果がいきなり消えることはないということだ。
性能が不安定になってきたと感じたら、すかさず予備の物に替えてもらう。しかも、予備を複数持たせればどうだろうか。
夢を膨らませる私に、ニコが冷静に現実を指摘した。
「だとしても、まずはユベールに正しいけっかいばこの作りかたをおそわらねばならぬな」
「そのとおり」
私も神妙に頷いた。教えてもらえるかどうかが一番の難関だと言える。
そもそも、今まで遊びで作っていた結界箱は、あくまで私たちが想像に基づいて作っていたにすぎず、その作り方が正しいかどうかはまったくわかっていないのだ。
「でも、これでわかった」
「リア様はそれ以上わからないほうがいい」
護衛の戯言は無視するに限る。
「じっけんするまどうぐは、ひとつではだめ」
「これからは二ついじょう、作ることにするか」
「それがいい」
私とニコは目を合わせて、同時にこくりと頷いた。
「これはさすがにルーク様に報告しないと」
慌てるハンスに、さすがではなくても、いつもいつも報告しているではないかという突っ込みはしないでおいた、優しい私である。
ハンスは兄さまに報告したのかもしれないが、そのことで何か言われることはなかった。なにより、忙しくてそれどころではないというのが本当のところだ。結界を発動する日は二日後に迫っているので、シーベルには続々と各町の代表が集まってきていたからだ。もっとも、トレントフォースをはじめ、ウェスター西部の町は遠すぎて、あまり人は来ていないようだったが。
とはいえ、兄さまもギルも、王族と結界箱について直接のやり取りした以外は、ウェスターの他の町の代表との個別の交流の申し込みはすべて断っていた。
しかし、城の中や町で偶然出会った者、あるいは偶然を装って出会った者の挨拶を断ることはできず、そういったことで時間をとられているようではあった。それが嫌になったのか、あらかじめ決まっていたことなのか、結界箱の技術的な話をした次の日には、私たちは朝早くからシーベルの北の草原に出ていた。
「ここまで来て偶然の出会いを装うことはできないでしょうからね」
兄さまが苦笑いしているが、キングダムから出られないはずの四侯が手の届くところに出てきたのだから、一目だけでも、一声だけでもと思うのは当然かもしれない。
意外だったのは、ファーランド一行が、きちんと外交をしていたことだ。結界箱に関して踏み込んでくることはなかったが、どうやらキングダムを挟んでも物のやり取りが盛んだった町がいくつかあったらしく、忙しそうにしていた。
いつもなら、今日のような外出には必ず付いてきただろうと思うと、ちょっとだけカルロス王子を見直してもいいかもしれないと思った。
その一方で、意外と出番がないのがニコである。
キングダムの王族が結界の外に出てきたという衝撃は、四侯の私たちより大きかったものの、四歳の王子に一体何の力があるというのか。カルロス王子のように秘書官みたいな人が付いていればその人と顔見知りになっておくだけでも何かしらの意味があるかもしれないのだが、ニコには護衛以外ついていない。
今夜の前夜祭で上座に座っているニコに挨拶には来るだろうが、それ以外の場でわざわざ会いに来る理由がないらしく、ニコは暇そうにしている。したがって同じく暇そうにしている私と楽しく行動を共にしているというわけなのである。
孫殿下とはいえ王子にそれだけのお付きの人と護衛だけでいいのかと思っていたが、余計な人をつけるとかえって面倒になるという、計算の上の人事だったのかなと思ったりもする。
「でもにいさま、どうしておそとへ?」
「これの実験のためですよ」
兄さまは竜車の足元に置いてあった布包みを指さした。ニコは腕を組んでふむと首を傾げた。
「けっかいばこに、にているな」
「ニコ殿下、その通りです」
「でも、けっかいばこ、ヒューたちにわたしてた」
ちょうど昨日、ギルがうやうやしく捧げ持ってギルバート王子に渡していたではないか。
兄さまはギルと目を見合わせてにこりと笑った。
「リア、一つだけだと思いましたか?」
「おもってた!」
兄さまがそう言ったということは、一つではなかったということなのだろう。
ギルが今度は全然うやうやしくなく、雑に包みをほどくと、そこから出て来たのは何の変哲もない普通の箱だった。もちろん、丁寧に塗装されており高級感はある。大きさは昨日ギルバート王子に渡したものと同じくらいだ。
「昨日見たウェスターの結界箱と同じ大きさの結界箱は、オールバンスの家にもありました」
私はオールバンスという家をなめていたかもしれない。だって、初めてヒューが結界箱の話をした時、確か皆は、
「伝説の?」
とかいってはいなかったか。おとぎ話のようなものだと思われているそんな結界箱が、そんなにあちこちにあるとは、というか自分の家にあるとは思わないではないか。
「トレントフォースでは、でんせつっていってた」
「おや、そうでしたか。確かに箱だけあっても魔石が充填できないのでは、使われなくなっていずれは忘れ去られてしまうでしょうね」
「俺だったら使えない魔石は箱から外して売っちまうな」
「それではならず者ですよ、ギル。でも」
兄さまは笑っているギルをちょっとにらんだが、何かに気がついたかのように目を見開いた。
「そう、そうだったのかもしれませんね」
「あれ、ルーク。俺の意見に賛成か?」
「賛成というか」
兄さまはすっかりギルとの話に夢中になっている。私はニコと一緒にそんな二人を静かに見ていた。
「オールバンスにあった結界箱をよく見てみると、作りがシーベルの物と一緒なんです。箱のデザインはもちろん違いますが、中の仕組みは同じ。おそらく、作った工房が同じなんだと思うんです。リアは伝説と言っていましたが、私は違うと思います。いえ」
兄さまは雑念を振り払うかのように頭を振った。
「時の流れがそれを伝説と言わせたのかもしれません。でも、結界箱を見た限り、既製品だった可能性があると思います」
既製品、という言い方はピンとこない。ギルもそうだったようで、顎に手を当てて兄さまの言葉について考えているようだ。そして口から出た言葉はこれだった。
「つまり、結界箱が一点物の特注品じゃなくて、同じ物がいくつも並べられているような、ありふれた品だったってことか?」
「そんな気がするのです。ただ、ギルが言った通り、もっとたくさんあったのに魔石だけが売られて、いつの間にかただの箱になってしまい、伝説と言われるようになってしまったのかもしれません」
ギルの質問はとてもわかりやすく、私も兄さまの言いたかったことがようやく理解できた。
兄さまやギルの言う通りだとしたら、ずっと昔、人はもっと魔力があって、もっと気軽に結界箱を使えたのだろうか。だとしたらどうして、国ごと覆うような結界箱を作ろうと思ったのか。
「リアも不思議に思いますよね。でも、キングダムの創生期の歴史は本当におとぎ話のようにしか伝わっていなくて、当時のことはよくわからないのが残念です」
既製品の結界箱が流通するような世界で、文字文化がなかったわけがない。そう考えると、当時何かがあったのだろうということだけは私にも想像がついて、ちょっとぶるっと震えてしまった。
「リア、てあらいか」
「ちがうもん」
ニコに心配されてすかさず否定したりしているうちに、ユーリアス山脈のかなり近くまで来てしまった。