作品タイトル不明
あの時兄さまは
兄さまはそのまま話を続けた。普段なら私の話から先に聞こうとするのだが、既にニコから話を聞いているのだろう。
「学院は王城のすぐそば。王城は王都の中央にあり、学院の周りはにぎやかな街です。本当はいけないのですが、上級生ともなると、学院の寮から抜け出して町で遊び歩くこともあります。そういったとき、どの生垣のどこを通るかは、ギルが知っていました」
「ぎる、わりゅいこ?」
「そこは追及しないほうがいいと思うのです」
兄さまは苦笑して、私の好奇心による追及をかわした。
「学院を抜け出した町は、いつもより騒然としていましたが、軍に制圧されているという感じではありませんでした。兵がうろうろしているということもなかったのですよ。そこで、制服はしょうがないですが、目の色が目立たないようにしながら、ギルの行きつけの店にすっと潜り込んだんです」
「ぎる、やっぱりわりゅいこ」
「そのおかげで助かったようなものですから」
兄さまは何でもよくできる人だが、12歳ではできることに限りがある。背の高さだけなら大人と同じ大きさのギルはやはり頼りになったのだろう。
「行きつけの店は、学院の者に人気だという食堂でした。安くて量が多いのだとか。育ち盛りですので、どうしても寮の食事だけでは足りない時もあるらしいです」
悪い店などではないと私に教えてくれようとしている。
「店に入るとすぐ、店主がどうしたのか聞きたそうな顔をしたのですが、それをぐっと飲みこんで、すぐに店の中に隠してくれました」
ベッドの下に隠れて非常食を食べていた私たちとは大違いである。冒険だ。
「ギルは学院がイースターの兵に襲われたということを、それはおそらく四侯の子である私たちが目的であるだろうことを話しました。そして店主からは、いきなり町の大通りを大量のラグ竜と知らない服の兵が城まで駆け抜けたことを聞きました。それらは町には見向きもせずに、城に入ったそうです。しかしそこからの動きは全くないという状況でした」
「あい」
「オールバンスまでは遠かったので、城に近いギルの家に伝言を頼むと、幸い四侯の屋敷にまでは手が回っていなかったとかで、すぐにギルの家に行くことができました。そこからオールバンスをはじめあちこちに伝言を飛ばし、私兵を集めている間に、城の護衛隊から連絡が入ったのです」
そんな大掛かりなことになっていたとは。
「護衛隊と言っても、実質動かしたのはハンスです。グレイセスはスタンおじさまについて王都を離れてしまっていましたからね」
「はんす、げんき?」
「もちろんですとも。もっとも、王子宮を取り囲んでいたはずの兵たちが、サイラスとその側近たちを逃がしてしまったことで相当悔しがっていました」
「にげた……」
もうすべて終わったのだからと、事情は何も聞かせないという選択肢もあっただろう。しかし、兄さまはそれを私に話してくれた。
「イースターの兵はラグ竜を侵入させ、城の兵が混乱している間に王族を確保したそうです。そして結界の間と王子宮だけを占拠し、立てこもりました。いくら戦力に差があっても、王族を人質に取られていては手を出しようもない。かといって、イースター側から何か要求があったわけでもないのです。膠着状態のまま、二日目の夜、初めて異変が起こりました」
「けっかいのましぇき」
「やはりリアもわかっていたのですね」
兄さまは私をギュッと抱きしめ直した。
「あい。りゅうのましぇき、ちゅかった」
「危ないものを持ち歩いているとは思っていましたが、役に立つとは思いませんでした」
兄さまは少し笑ってくれた。
「キングダムにいるものは皆、多少なりとも魔力を持っていますから、結界が切れた時は、ほとんどの者が何か違和感に気づいたと思います。でも私たちは、結界が切れたことそのものを悟り、愕然としました」
「よりゅ、きょぞく」
「そうです。王都のどこから虚族がわきだすかわかりません。それなのに、ハンターなど一人もいないし、せめて夜になったら人々を家の中にと思っても、王城が占拠されている状態のことを民は詳しくは知りません。三日目のリアと同じように、私たち自身が結界を張るしかないか、と覚悟した時に、結界が発動したのです。驚きました」
兄さまたちも結界を張ることを考えていたとは驚きだった。そして、あれほど頑張らなくてもよかったなあと少し気の抜ける思いもした。
「一番王城に近いリスバーンの家にモールゼイの人たちも集合し、護衛隊に守られてしっかりと立てこもっていたので、私達自身の心配はなかったのです。しかし、さすがに二日目で結界が揺らいだことで、三日目には、何とかして王族を奪還する作戦が立てられました。と言っても、力ずくでは王族が害されてしまう。王族だけならともかく、リアに何かあったらと思うと……」
不敬ですよ、兄さま。しかし、お父様かと思うほどそっくりな発言だった。
「どこかに侵入経路がないか、そもそもどこに王族が確保されているのか、必死で調査です。その時にニコ殿下とリアの姿が窓から見えたと報告があったのですよ」
「まど、のぞいてみた」
「とても助かったのですよ。三階でしたが、そこからなら何とか侵入できそうだとハンスが張り切って」
「はんす、らんおじしゃまもたしゅけた?」
「ハハハ」
なぜそこで笑い飛ばすのか。
「ハンスは護衛隊だった時に、特別部隊だけでなく、城の中の警備の担当であった時もあったようで、ふぬけた護衛隊をまとめあげて王族奪還の作戦を立てさせていましたよ。でも、自分はリア様の護衛だからといって、作戦を実行するのは護衛隊にお任せです。おそらく」
兄さまは何かを思い出してクスッと笑った。
「王族奪還は、リアを救出するためのおとりくらいに考えていたでしょうね」
「はんす……」
少し残念な人だが、だからこそ私にとっては信頼できる人でもある。
「当日、私もギルも城の占拠されていないところまで来ていました。救出作戦には関われなかったですが、リアが助け出されたらすぐに駆け付けられるようにと。もっとも、実際は駆け付けるどころか、結界を張るのに必死でしたから、リアの役には立ちませんでした」
「にいしゃま、しょばにいた。りあ、ほっとちた」
「そうか、結界の共鳴で場所がわかったのですね……。本当にリアは賢くてかわいい」
今の話に賢い以外の要素はないと思うのだが。
「結界の間の結界の仕組みは壊れてしまいましたが、時間はかかるが修理はできそうですし、そもそも壊れた時用に予備があるとのことで、結界を張る苦労は一日だけで済みました」
いつの間にやらうまいこと終わっていたようで、私はほっとして力を抜いたのだった。
「でも、あいちゅ」
「サイラス王子ですね……。抜け出るところなど全くなかったはずなのですが、王城内では結局見つけられなかったのですよ」
一体どこに行ったのか。